止めるな!
「待て待て待て、なんであいつ……は?」
「レン、落ち着いて!核魔法ダメ絶対!」
レンは混乱と憎しみのあまり核魔法の準備を始めてしまった。
ツバキも此奴がレンを…!と負の感情を抱いたのだが、他者が怒ると自分は冷静になるもの。普通なら相手を思って怒り殺そうとして、本人がもういいの、と言う場面なのだが……これが現実だ。
魔力に気づき、レンの腕を掴んで注意を自分に向ける。レンの魔法の威力だと、このあたり一帯が吹き飛んでしまう。もしかしたらそれ以上の被害が出てしまうかもしれない。
冷汗が頬を伝っているが、拭う余裕がなく、ツバキは文字通り必死に訴える。
「ツバキ止めるな!俺はあいつを殺らなければ…!」
何処かの漫画でありそうな台詞を言っているが、それだけで引くわけにはいかない。ツバキは負けまいと反論…というよりもツッコミを入れる。
「その為の犠牲が大きすぎるよ!」
「あいつがこれで死ぬなら構わない。」
「どう考えてもダメでしょ!?」
「ダメ!」「止めるな!」ツバキが正しいのに一向に分かったといわないレン。そして時間切れ。ついに魔法が完成してしまう。ツバキの信念は届かなかったのだ。
勝ち誇った顔をするレン。手段を選ばず、血も涙のないこと。街中でジャグリングしている魔王よりも魔王らしい。
掌を街へ向ける。
「そんじゃあ…『爆撃砲術』」
レンの手に魔力が蒼の光となり集まる。
若干の嬉しさがにじみ出ているレンに対してツバキは絶望の顔をした。
「あああ…ごめんなさい、私が止められなかったから…。」
ひたすら謝った。はたしてこの地はどうなってしまうのか。想像しただけで遠い目になってしまった。
(更地で済むことを祈ろう、そうしよう。)
なんかいろいろ諦めてた。
そして塊となった魔力は音を立てて真っ直ぐに魔王がいる町へ向かっていく。音速並みの速さで。
誰もが諦めるであろう状況。何も知らない住民達は笑っている。自分達が死ぬことも知らずに。
しかし町が更地となることはなかった。
魔法が街に当たる前に消えてしまった。何かに触れた様に。
何が起こったのか把握できないでいる二人。ツバキなんか色々覚悟していたのに拍子抜けだった。
「…レン、何が起こったの?」
必殺、人に聞く。しかし今回ばかりは頼りにならなかったが。
「分からん、何かに当たった瞬間に『爆撃砲術が消えたことしか。」
「私も。これなんかありそうじゃない?」
「考えとしては結界が一番あり得るが…絶対といえないな。」
結界と聞くと、ツバキは瞬時に憶測を立てる。
(仮に原因は結界だとする。だとすると、魔法が消えてしまったのは、結界の性質にあるはず。)
例えば魔法を通さない結界とか。魔王は通れたのだから、条件付きの結界か。もしくは
(敵意を持った者は通れないようにできているのか)
そしたら厄介と顔を顰める。レンは街には殺意を持っていないが、魔王への憎悪も街への敵意と判断されたら入れないのだ。実際に今こうして目の前で入れず消えたのだから。
「結界の可能性はどれくらいの確率?」
「九割ってところだな。」
「ほとんど確信か……そしたら結界前提で考えていいと思うよ。」
ツバキは他一割はいいと言い切る。
レンは誰かが仕掛けた罠もあったのだが、ツバキに言われ、やっと捨てる。それでも心には留めておいたが。
「ああ!でも彼奴を仕留められなかった!くっそお…!」
「まだそこに執着⁉いや、気持ちは分からなくもないけど。」
「だろ!?そんじゃ街に乗り込んで…殺る」
「待ってぇ!?関係ない人を巻き込むのは良くないと思うんだ!」
何か決定的な事実はないの!?とツバキは考えた。
(うぇぇぇ…私もここの人達が魔人だったら殺ってもいいけど…人間だし…。レンはこの世界に未練なんてないから………はっ!)
ツバキは思いついた。なんの関係のないところから閃いた。ツッコミ気質だと本人は言っているけれどボケも入っているだろう。
「レン、私がレンに出会えたのは魔王がレンを追放したから会えたんだよ?ね?」
これだー!ツバキは自分をよくやった褒めた。自分もそう思ったら祭後の憎しみは無くなってしまった。むしろ感謝をしている。レンにもそれはもう効果抜群だった。
レンは一瞬ピクッとなると、魔法の行使もやめた。
「そうか…彼奴のお陰っていうのは癪だが、ツバキと出会えたのなら……あーでも一回は殴りてぇ…。」
レンを覆っていた触れただけで死ぬような殺気は消えた。ひとまずは落ち着いたようだ。
ツバキが平気だったのは、普通にレンが殺気を当てていなかっただけだ。殺意を抱いていたのは魔王に対してなのだから当然といえば当然なのだが。
知らぬツバキは
「外で殺るんだったら協力するよ!」
街を巻き込まなければければいい!と笑顔で言うツバキ。突っ込みはない。
レンは許可がおりたので、早速計画を立てる。
「本当か!?そしたら街に乗り込んで拉致れば……」
立てられなかった。
「あーでも、それは難しそうなんだよねぇ。」
内容にいちいち反応するのは疲れると、ツバキはレンを宥めるのに諦めてしまった。
「もしかしたら敵意を持った者が入れない設定とかあるんじゃないかなーって。」
「たしかにあり得そうだな。まぁ、最初の目的はここの宿に泊まる事だし。あ、それだけを考えていたら殺意が収まってきた。」
「そうだった!すっかり忘れてた…。そしたら空いた時間に魔王さんを観察しようよ。」
名案!と言うように手を叩く。レンも頷き、やっと魔王から離れる。
「そうするか。予定なんてないし。」
「そういえばさー魔王を最終的にどうするか決めてないよね?」
「殺る」
即座に答えたレンに、ツバキは殺意を抑えよ!?と内心で悲鳴をあげたが、ふとある当然の不安が生まれた。当たり前すぎて忘れていた。
「…………ちなみに聞くけど勝機はある?」
最後に会った時の実力からレンは様々な戦法を考える。
「……五分五分だな。」
少し間をあけて答えたことから、かなり危ない戦いになりそうだとツバキは戦慄の表情を浮かべた。
「……私は参加したほうがいい?」
「あーーーー背後から援護を頼もう。」
流石に前は危ないとレンは考えた。魔法では勝てるかも知れないが、近距離戦で勝てるほど魔王は弱くない。だからといってツバキがいないと勝機が下がる。ツバキの魔法はそれだけ強力だった。
そしてツバキも確かに技術はレンと比べると圧倒的に低い、とレンの考えを的確に見抜き、仕方ないと納得した。
「了解。……レンはそれでいいの?」
殺すだけでレンの憎しみは消えるのか、復讐?は出来るのか。
この答えは一つだった。
「いや、消えないな。だが、それでも一矢報いたって…なんというか、スカッとするな。」
ツバキは言いたいことがわかった。してやられたからやり返したい。それだけなのだ。ツバキも里奈達にやり返したいと思っている。
普通はここまで冷静ではない。元凶の敵を目の前にしてレンがこれだけで済んだのは流石云百年生きているからだ。凡人ならば何も考えずに突っ込んでいる。
「分かる。ざまあをしたい!」
異世界でもよくある!とオタク魂は燃えている。何処までもツバキはツバキだった。
「取り敢えずは明日でいい?今日は偵察って事で。」
「賛成。俺も魔力がさっきのでかなり減ったからな。」
「それにしても全然進まないなぁ……。バジリスク討伐に…シュカイ。やることが多すぎる…。」
多忙な毎日に溜息が出てしまう。
見たレンが申し訳なさそうな顔をした。
「バジリスクは俺の我儘だな。ごめんな。」
「ううん、でもせっかくだから私の分の銃も作りたいな。」
「元々そうするつもりだ。バジリスクが終わったら武器の依頼をして…服がそろそろか?」
滑空し、地上に降りる。いつまでも飛んでいるわけにはいかないのだ。
飛び降りつつ、レンの疑問に答える。時間感覚はツバキの方が正確だった。
「あと二週間だね。帰って一週間待ったら出来上がり、かな?」
「俺が生産系のスキルを持っていたらもう少し早く回ったんだけどなぁ…」
「十分助かってるのにこれ以上望んだらバチが当たりそう…。」
「ま、あとはレベルだな。俺はいいがツバキのレベル上げるか。ダンジョンに潜って。」
街の中心にある時計塔を目印に歩き出す。迷子防止やなんやかんやの理由をつけて、レンはツバキと手をつなぐことに成功した。
「最低なんレベ?」
「出来れば80。」
「めっちゃ高。」
(うわぁそれいつになるんだろう)
目標の高さに乾いた笑いが浮かぶツバキだった。