おおぅ?
「………え、本当に?」
過去に異世界人が来たとは知っているが、現在存在しているのは初耳だ。
レンを疑うわけではないが、思わず聞き返す。事実が不思議なのだ。ひょっとして前回召喚された勇者かも知れない。
「分からないが、二週間ほど前からの噂だな。」
「………。」
ツバキは思わず黙った。一つの説が浮上したのだ。可能性はかなりに低い……?ので、すぐに振り払ったが。
だが可能性を潰した事を後に後悔する事となる。
黙ったツバキをどう思ったのか、レンは頭をぐしゃりと撫でる。ツバキは目を細めた。
「まぁ、あくまで噂だしな。今の優先順位はバジリスクの討伐だ。」
「バルクさんが教えてくれた所はヒルテッドビル、だっけ?」
ツバキは最初聞いた時、東京が思い浮かんだのだが、何とダンジョンらしい。とても驚いた反応をしたものだ。レンも初めて聞くダンジョンで、おそらく最近発見されたものという予想だ。
「隣国か……休憩しながら行くか。」
「大丈夫?負担がすごかったら馬車とかでもいいんだよ?」
残念ながら車は存在しない。当然鉄道も。普通の移動手段は、徒歩か馬車の二択なのだ。
異世界者でも、理屈を知らない、『錬成』スキルがないとつくれないので、どうしても再現できなかったのだ。ツバキも後者なので、どうしようもない。
(足手まといなだけなんて…!)
お荷物な自分が悔しいツバキ。
いつか絶対自分の移動手段を手に入れたい。レンについて行くからには相応の力を手に入れる、ツバキは心に誓った。
レンは馬車も少し考えたが、費用もかかるし、全速力で飛行したらそんなかからないだろうと踏む。
「いや、大丈夫だ。一つ問題があるとすれば隣国だから国境越える手続きが面倒って事ぐらいか。」
「冒険者のカードでどうにかならないかな?」
「あぁ、それがあったか。んじゃ対策は必要ないな。」
つい癖で、と言うと、浮遊する。
「レン、どうやって飛んでるの?」
「『浮遊』だが…そうか、演唱していなかったもんな。」
(『浮遊』……確かレベル制だったはず。今は無理、かな?)
「急にどうしたんだ?」
今まで気にもしていなかったことを聞かれたので、レンは思わず聞く。
ツバキは自分で飛べるようになりたいからと告げる。レンに頼りっぱなしと言うのもどうかと思うから、と言う理由だ。
「そうだな。今後のためにも覚えておいたほうがいいな。」
「だけどレベル制だったはずだから無理だなって…」
レンはツバキの返答に顔を顰めた。
「それ誰に教えてもらったんだ?」
へ?と間抜けな声がツバキから出る。眉をひそめながら言われたので、もしかして嘘情報と嫌な予想をする。
そして前にも言ったが、ツバキの嫌な予想は当たる。
「それ嘘だぞ。」
「キースさぁぁぁぁん!?」
思わず叫んでしまったのは大目に見て欲しい。
普通ならツッコミを入れるところだが、流石レン。ナチュラルに会話を続ける。
「キースって?」
ツバキはレンの優しさに乗っかり、発狂は黒歴史として封じられた。
「魔法団長だけど……」
「その人は信用してはダメだ。」
とても同感したツバキだった。間違った教えをしている人を信用できる人がいたら凄い。
「うん、でも何でレベルって言われたんだろ?」
「ああーー説明しようか?」
とてもありがたかったので、お願いする。
「そうしてくれると助かる!」
「まず、俺が取得した当時のレベルは42。取得レベルは何て言われた?」
「60だったかな?」
「人間はそんぐらいなのか…『浮遊』の取得条件は、レベルの到達と、魔力の一定量を超える事なんだが……多分超えていると思うが、今いくつだ?」
「ええと、少し待って。」
『ステータス』
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名前: 本城咲 レベル.32
性別:女
年齢:17歳
職業:双剣使い・魔導師
HP.1200/1200
MP.12000/12000
筋力:500
体力:800
耐性:110
敏捷:12000
魔力:15000
スキル:エアーカッター・ファイア・ウォーター・ハルス・殺気・威圧・ハイライト・シンクロダーク
死祭り・パワーソウル・アジリティソウル・ヒール・ハイヒール・エリアヒール・エアリール・
ダブルアタック・ダブルカッター・スキルオーバー・ダブルウィンドウ・毒薔薇・毒薔薇園・氷杯・真風・煙弾・死の宣告
言語理解・魔力回復速度上昇・体力回復速度上昇・限界突破・演唱破棄・演唱省略
称号:勇者・異世界者
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スキルがとても増えていて、知らないのがあった。後で確認しようと心に留める。
肝心な魔力はーー
「15000」
「えっぐ」
「私も思ってる。これなら取得条件は超えてるよね。」
「余裕だ。あとはレベルだな。40になったら取得できるぞ。」
「ほんと!?」
「ダンジョンに入ってたらあっという間だ。」
「やったぁ!」
目標達成が一気に近づき、無邪気に喜ぶツバキ。
拳を振り上げ、バランスが崩れそうになる。
「ちょっ、ツバキそんな暴れんなって。」
「ごめん、これで自分で飛べるようになるのかぁ……ふふっ!」
「そんなに喜ぶことか?」
「少しでもレンに近づけるんだよ?嬉しいよ!」
「……そうか。」
ニコニコとストレートに言うツバキに照れるレン。自分で言うのはいいのだが、言われるのは慣れないのだ。
「 ………それにしても風が気持ちいいなぁ…。」
「?いつものことだろ。」
「地球にいたら人間が飛べるなんて夢だからね。機会でもない限り。」
「へぇ、キカイがあったら飛べるのか?」
「うん、人間は何処までも発展していくからね!」
30年前はスマホがない。100年前は電池がない。遡っていくと、どれだけ目覚ましく発展していったか。
「ますます地球が楽しみになるな。」
「帰ったときは私が案内するよ!」
「そのときはツバキの家族に挨拶だな。」
「そのときは魔人だって言う?」
「チキュウには魔人がいないんだろ?どっちがいいと思う?」
「言ってもうちの家族は受け入れる自信がある。」
「凄いな。」
「まぁね、私の家族はーーー」
ツバキは続けようとしたところで気づく。まだ帰れると分かったわけじゃないのに何熱く話をしているのか。今はまだ早い。
レンは急に口を閉じてしまったツバキを不思議に見る。そして気付いた。まだまだゴールから遠いいのにその先を話している自分に。
バツの悪い顔をしたが、同じ顔をしているツバキと目があったら、笑う時ではないと分かっていながらも笑ってしまう。
「「はは(ふふっ)!」」
家族にもう一度会えるかも知れない。
希望などなかったのに、ツバキはレンと出会ってから帰れる確率がぐんぐん上がっているような気がするのだ。
ツバキの眼は自然とレンに向き、相手も自分を見ていた。似ている紅と赤の眼は、何よりも雄弁に語っていた。『運命』と。
流石に恥ずかしいから言えないが、お互いにこの出会いは必然的なものだと思っていた。何年も前から知っていて、恋人のような感覚。これが『運命』、と。
「レンってゲームを知ってる?」
「いや、それもチキュウのものか?」
「うん。娯楽だよ。架空世界の自分を機械の中で動かすのがゲーム。私はそれをこよなく愛してる。」
レンは怪訝な顔をした。どうしてもゲームというものに理解ができなかったのだ。ツバキが好きならば、自分も好きになると言うのは分かったが。
しかし、それ程のめり込む理由は分からなかった。
「……娯楽にか?」
「えへへ、毎日なにかを追い求めているうちにゲームにたどり着いたんだよね…。」
ツバキは今なら分かった気がした。求めていたのは地球にはなかった。異世界にあったのだと。そして、自分を救ってくれた、今自分を抱えてくれている人だと。
しかし何も言わないで伝わるわけがない。レンは孤独を感じさせる言動に一瞬怯む。
「……闇を感じるのだが?」
「大丈夫、今は違うから!むしろ今の方が充実してるよ。」
さすがに恥ずかしかったので、笑顔で大事なことは抜かして言う。
だが、これだけでレンには伝わった。
つまり、『貴方がいるから』と。
レンは嬉しい気持ちで胸が一杯になる。
「んっ!?」
歓喜の気持ちは言葉ではなく、行動で示される。
突然の口付けにツバキは戸惑ったが、拒まず受け入れる。
ツバキは酸素不足になったところで長かったキスは終わる。
「ふぇ…レン、外ではやめてよ…。」
「ツバキが可愛いことを言うから。」
「え、私のせいなの?」
「だな。」
「ええぇ……。」
困った顔をしているが、口が笑ってしまうのは隠しきれない。
愛されていると実感すると、如何してもニヤけてしまうのだ。
「それじゃあもう少し飛ばして行きますか!」
「全速力は無しでお願いします!」
…………………
……………
……
ツバキが眠ったり途中で森に降りたりして数時間。
3つ目の村を超えたところでレンは提案をした。
「今日はそろそろ宿に泊まろうと思うんだが、いいか?」
ツバキは怪訝な顔をして、
「……え、まだお昼だよ?」
まだ日は高く上がっているのに何を言っているのだろうか。
レンは少し困った顔で、理由を話す。
「この先は宿が少ないから、満室の可能性が高いだろうって予想してな、そしたら早いうちに近いところで泊まった方が良いと思って。」
「そう言う理由なら仕方ないね。空いた時間は外で時間を潰そうか。」
「そうだな。」
「具体的にどこにするか決めてるの?」
「次に街が見えたら其処にしようと思ってる。」
「りょーかい!」
「そしたらもう少し飛ばしてーーーー」
「それは無しでお願いします。」
うぅ…ジェットコースター苦手になった気がする、とツバキは嘆く。レンのスピードは地球にあるどんなものより速いのだ。F○よりも速い。
「冗談だけどな。人をフラフラさせる趣味なんてないしな。」
「それならいいけど…。」
「……おっ、森が途切れているところが見えたぞ。」
「何処何処!?……見えない。」
「結構先だから仕方ないさ。でも、村までそうかからないな。」
「本当は距離が半端ないんだけど…速いなぁ…。」
風圧で顔にかかった髪を払う。ツバキはゴムが欲しいと思ったが、生憎ゴムは城に置いてきてしまった。
鬱陶しそうに髪を必死に抑えているツバキを見たレンが、閃く。
「………『障壁』」
ツバキは突然暴風並みの風がピタリとやんだのに驚く。
「わっ風が。レン、『障壁』って風にも対応しているの?」
「いや、もしかしてってだけだ。本当に防げるというのは思っていなかった。……余計だったか?」
「ううん、助かったよ〜ありがとう!」
「ツバキの為なら当然だ。」
何処かで起きているブリザードの元凶の二人は微笑み合う。
そして森が途切れるまであと少し。レンは止まった。いつもの事だが、飛んでいるのがバレないように、と言う理由ではない。
「は?」
「えぇ………」
レンは苛立ち、ツバキは困惑した。
国のはずれにある街には、完璧に魔力を隠した魔王がジャグリングをしていた。