日本に修行に来い
「って、バジリスクって何処にいるの?」
異世界に来たばかりのツバキは当然知らない。
レンから行き先を聞かなければーーー
「わからん。」
(え!?知らないの!?)
知っていると思っていたツバキは、まさかの計画性が無いことに、あんぐりと口を開ける。
驚いているツバキに、レンは涼しげな顔で捕捉する。
「戦ったことはないからな。」
なのに自信満々だったのか、とツバキは心の中でツッコんだ。
流石に少しの不安は持って欲しかったと思う。
「え、じゃあどこで狩るの?」
「ギルドで依頼を受ければ良いかなと思っていたから……」
あぁ、確かにと納得する。
ギルドなら依頼を出しているかもしれないし、聞けば場所ぐらいは教えてくれるだろう。
「ギルド……魔物でも売っとく?Aランク以下のがあったら。」
「いや、ない。」
「……そーですか。」
ギルドに入ると、貴族らしき服装をした男が、受付に居た。周りにガタイのいい男達がいるが、見るからに護衛だろう。
貴族でもくるんだな〜と呑気に考えながらぼーっとみている。
レンに手を引かれ、以来表を見る。
『ケルベロスの討伐』
『スライムの討伐(可能な限り捕獲希望)』
『ゴブリンの集落、偵察』
「色々あるけどバジリスクはないね。」
「仕方ない…ギルドに聞くか。」
バジリスクと聞いて周りにいた冒険者が青ざめて去っていったが、ツバキ達は気にしなかった。
受付に向かおうと振り向くと、先程の貴族が忌忌しそうな顔をしながら依頼を貼りに来ていた。
ツバキはレンのローブを引っ張り、道を開ける。機嫌が悪い貴族に無礼を働くと、どんな事が起こるかわからない。面倒になるよりは、プライドを捨てた方がマシだ。
「……くっそ、何故この私が……!」
ツバキは自分の判断が正しかったことに安心した。
こういう無駄にプライドの高い典型的な貴族は、大体性格が悪い。下手したら不敬罪で殺される可能性もある。
貴族の男を横目で見ながら、レンに手を引かれる。
「……ツバキ行くぞ。」
「ん。」
受付の奥ではでは何か慌ただしく受付嬢達が動いているのが見えた。
(何かあったのかな?)
「あのー」
「しばらくお待ち下さい!」
話しかけたが、目の一つよこしてくれなかった。
忙しいというのは見たらわかるが、客はしっかりと対応した方がいいと思う。
これがさっきの貴族だと態度が変わるのだろうが、ツバキ達を相手にする気がないようだ。
「魔物の情報を聞きたいのですがー」
「あちらでお願いします!」
(あちらってどっち!?)
適当にも程がある。
一人ぐらい寄越してくれてもいいだろうに。
イライラしていると、やっと受付嬢がくる。
「すみません、今日のギルドで情報を聞く事はできないので、如何してもならば、魔物の情報はここではなく、あちら…左奥で聞いてください!失礼します!」
一方性的に言うと、去っていく。
「………。」
あり得ない、日本に来て修行しろと絶句する。日本の接客は素晴らしいぞ。世界一だ。知らんけど。
「……取り敢えず奥にいる男性に話を聞こうか。」
「……うん。」
ツバキ達はまだ左奥には行ったことがない。右は依頼表や食事処なのだが……左は何故か細道になっているのだ。ぽっくり開いた穴の奥が見えなく、ホラーが苦手なツバキは躊躇してしまう。
「怖かったらやめるか?」
レンが聞くと、ツバキは恐怖を逃す様に頭を振り、両手で拳をつくる。
レンを見上げ、宣言する。
「ううん、仕事はしっかりするよ!」
ローブの中から強い輝きを見せる赤い眼の彼女に、レンは頭を撫でる。
「仕事ではないんだけどなぁ……。可愛いツバキが観れたからいいか。」
重症だなとツッコむ人は居なかった。ツバキは照れてしまっている。
「んじゃ参りますかー」
細道に入ると、自然とツバキの手が前を歩くローブを掴んだ。
レンは気付いたが、此処でからかうつもりはないので、今は優しい目を少し向けただけだった。今は。
「………何でホラーな感じに設計したんだろう。」
「何でと思うのはすごく同感だ。……そろそろだな。」
先が見えなかたっが、ようやく光が見え、ツバキは安心する。
レンは空いている片方の手をつかみ、振り向く。
「もうそろそろだぞ。」
「…うん!」
少し早足になったツバキに合わせ、レンもペースを上げる。
だんだん見えてくる風景は、バーのような感じで、ツバキの頭に疑問が溢れる。
(え、何で飲み屋みたいな風景が見えてくるの?あれ?テンプレが起こるのですか?テンプレはなし、いらない。これ以上の面倒はいらない!レンが居るだけで十分だから!)
ツバキが心の中で思った一部分が伝わったのか知らないが、レンの口角があがる。ツバキからは見えなかった。
そしてツバキの脳内ツッコミが三十を超えた時、長い通路は終わった。
………………………………………
………………………
……………
「……ほぅ、バジリスクの居場所、ねぇ……。」
「あぁ、教えて欲しいのだが。」
「そもそも倒せる相手ではないだろう?」
当然の質問だが、対面している二人…レンとツバキは不敵に笑う。
「いや、俺達なら倒せる。」
即座に否定するレンに、ツバキも余裕だと頷く。自信に満ち溢れている彼女を見た者に、今さっきまでなかったんだよと言っても、信じないだろう。いや、表面は天真爛漫なツバキだったから、レン以外の人が知る由も無いが。
何が引き金となったのか。先ず、心にスペースがあったとするなら、愛のスペースに埋まっていたはずのものが恐怖と裏切りで取り除かれ、レンが空いた空間には愛を注いでいた。ツバキはそれでも足りなかった。恐怖が深かったのだ。表面では明るい、理想の子を演じていたが、心はずっと泣いていた。どうして、どうして、と。そう簡単に割り切れるほど、ツバキは強くなかった。
力をつけたことによって少しは持ち直したが、しかしそれでも、莉奈達は屑だから大丈夫だったが、あの出来事自体のトラウマは、心にいらないストッパーをかけていた。
しかし今。レンが細道の時、ツバキの事は忘れていないと言うように、気遣ってもらい、引っ張ってもらった。面倒臭い自分でも、見捨てないでくれたレンが堪らなかった。
(惚れ直しちゃった)
恐怖状態にあったせいで吊り橋効果みたいになってしまったが、ツバキは本来の自分を取り戻した。
「それならいいが……此処がどんな目的で使われているか、知っているのか?」
「情報屋だろ?」
レンが不敵な笑みを浮かべながら言うと、この場の主はプライドを傷つけられたらしく、眉だけ反応した。
「知っていて情報が欲しいのか。ギルドに聞けばよかったのでは?」
「はっ!あちらさんは何でか知らないが、接客も出来ないぐらい忙しくてな、此処を紹介されたんだ。」
「へぇ、ギルドも悪いものだ。この情報屋を紹介するとはな。」
「情報屋とは言っていなかったが。」
「それで当てたあんたを褒めてやるよ。」
「どーも、それで何処だ?」
「そもそも何の目的で?」
「武器の材料だ。何処かで手に入れられる品物でもないしな。」
「……何?」
交渉の相手、情報屋のリーダーを務めている''バルク''は、今まで隠していた表情を出す。驚いた顔をした。
バルクはレンの材料という言葉に目を見開いたが、レンが何か言おうとする前に首を振って先ほどの発言を無かったことにした。
「いや、何でもない。続きは。」
どうやら話しを聞く気になったみたいだ。しかしそれでも舐めきった態度をする。
「それで、だ。貴様は見たところ金は持っていないようだがーー」
暗に客ではないと言うバルクにレンは舐めるなよとこちらも遠回しに言う。
「いえいえ、これでも冒険者ですから。」
「………ランクは?」
「それは野暮な質問では?」
「……そうだな。代金はこれぐらいになるが、どうだ。」
提示させられた金額は普通の冒険者ではとてもじゃないが、払える額ではなかった。
バルクがニヤニヤ笑いながら、二人の様子を伺う。
しかし……普通ではない冒険者が此処にいる。冒険者かどうかはおかしいが。
ツバキとレンは視線を合わせ意見を確認する。
『別にいいか?』
『出来ればもう一つくらい情報が欲しい額だけど……足元見られるかな?」
『多分そうなるな。だが………勿体無いな。』
(本当に。)
いくら情報屋でも取りすぎでは?
ツバキは疑問に思ったが、この世界の常識を知らないので何も言えなかった。
まあ、しょうがないと諦め、レンにどうぞと目に力を入れる。
「じゃあ払うぜ。今此処で払うか?」
「……は?本当にいいのか?」
正気を疑うように問いかける。こんな下っ端のような冒険者が自分が言った大金を持っていると誰が思うか。
レンはバルクの失言に気付き、深く掘っていった。
「おかしいと思っている自覚はあるようで助かる。この額なら後一つは当然言う料金だよな?魔物程度の情報でこんなに取るなんてーーーーそれほどお金が無いのかな?」
ツバキは頭を抱えたくなった。流石にこの展開は予想していなかったのだ。
いや、つい調子が乗ってしまったのだろう。確かにリーダーがあんな反応をしてしまうと、墓穴を掘ったも当然だ。
だからレンはそこにつけ込み、煽る事で情報を貰おうとしているのだろう。
「いやいやそんな訳ではーーーではもう一つ何かあげましょう。何かありますか?」
効果は抜群だった。バルクは一瞬で手のひらを返した。
レンはまるで盗賊のような笑みを浮かべ、とんでもない要求をする。
「そうだなーーー違う世界へ渡る方法とか?」
「は?」
バルクが唖然とする。まさかそんな質問をされるとは思っていなかったのだ。
「れ、レン!?」
「なんだ、良いだろう?聞くだけだ。」
「だけどーー」
「どうだ、店主。」
「……………残念ながらここには、そのような情報はありません。」
「……そうか。ごめんな、ツバキ。」
「ん、分かってた。」
元から期待していなかったのだ。
苦笑するツバキだが、眉が下がってしまうのは隠せなかった。
レンはいつもの様に頭を撫で、ツバキに目線を合わせる。
「そう言われるのも複雑だ。大丈夫、帰る方法は絶対見つけるから。」
「…………ありがと。」
ふわりとツバキはレンに笑みを向けた。
甘い空気が漂い、耐えられなくなったバルクが口を挟んだ。
「お邪魔しますが、話は最後まで聞いて頂きたいのですが。」
「……続きがあるの?」
訝しげな顔をして尋ねる。
「はい。たしかに『ここには』と言いましたが、あくまで此処ではです。知っている場所は他にあります。」
「……それは裏ギルドの事か?」
「いえいえ、もっと大きい会社です。」
「………まさかーーーー!」
レンは思い当たるのが一つあり、出来れば行きたくなかったところだった。
ツバキはないので、違うことを呑気に考えていた。
(……………裏ギルドに異世界の情報はなかったんだ。)
無駄足になる前に知れて良かったと安堵するが、レンの反応がすごく気になってしまう。
なんというか……とても悪い組織の方に聞こえたのだ。
そして悲しいことにツバキの嫌な予感はよく当たるのだ。
バルクは頷く。
「そこの男は知っているようだな。そうだ、裏社会を取り締まっている……Unsterblichkeit、略してシュカイだ。」
「ウン・シュテル……何?発音が慣れない。」
「Unsterblichkeit……ウン・シュテルプリッヒ・カイトって発音するといいかもな。」
「……ウン・シュテルプリット・カイト。長い。」
ツバキは思いっきり嫌な顔をした。
略を考えてくれた人に感謝しかない。シュカイ……珠海?いや、気の所為だろう。
一瞬漢字が浮かんでしまったのは、日本人の癖だ。
「うーん、世界を超える魔法はシュカイに聞かなきゃいけない感じかな?」
「はい。貰えるのはヒントだけですが。その代わり、私の比じゃない金が必要だ。」
真剣な顔で言われ、現金は金貨を持って行こうと思った。
「あとはバジリスクですがーーー」
………………
…………
……
ツバキ達はバルクにお礼を言うと、また細道を戻る。
今度は最初から手を繋いで貰っている。
「レン、シュカイって何かあるの?」
レンはツバキの質問に苦い顔で答える。思い出すのも嫌だが、覚えて欲しいことがあるのだ。
「……シュカイは魔国と一度全面戦争になったことがある。」
「え!?」
「理由はシュカイが魔国を制覇しようと、魔王が寝ている時に、襲ってきた。まぁ、結果は魔国の圧勝だ。けれど、だからこそ、魔国関連の言葉を出すと逆上する。これは有名だから、気をつけろ。」
「う、うん。」
ツバキはレンに感謝した。もしかしたら言っていたかも知れないのだ。
内心で冷や汗をかいていると、レンが更に爆弾を投下する。
「あとシュカイのリーダーが異世界人らしいんだ。」
「………え?」
ツバキの頭は真っ白になった。