今度はこれか!!
竜人の救出をしていたので意外と時間が経ってしまった。
日が少し沈みかけている夕焼け空を見ながら呟く。思い出した事があったのだ。
「ギルドに討伐完了の報告帰ったらしなきゃ。」
同じく忘れていたらしいレンが「ああ」と言う。
「すっかり忘れてたな。明日にするか?」
「そうだね。また宿に泊ま…お金ある?」
お金がないから依頼を受けたというのに、宿に泊まる金などあるのか。
最初の宿では魔物の素材を売って、その後服で余った、なけなしのお金を行きの宿で使ったのだ。
しかしその心配は杞憂だったようだ。
エリックから礼金を貰えたらしい。聞いてないけど。
ツバキが断ると思ってレンに渡したと。ツバキは聞いた時に感心した。
(その通り、あれだけお礼貰ったのにそれ以上は申し訳なく思い、断ります。短時間で私の事分かってるぅ!)
レンは『マジックボックス』から袋を取り出した。どうやらこの袋の中に入っているらしい。
「これだけ貰えるんだったら依頼を受ける必要なかったが…。」
「受けたから会えたんだよねー。そうだ、今日の宿はレンが選んでよ。」
ツバキは此処ら辺、というかこの世界のことについてはさっぱりだ。
だから各地を巡っていたレンなら何かオススメがあると思ったのだ。
「いいのか?実は一つ気に入っている宿があってな。」
そう言いながら滑空すると、少し進んだ先に小さな村があった。しかし決して見窄らしくはなく、生き生きとした感じがある。自然が溢れ、レンガで造られた家は綺麗に整列している。
飛んでいるところを見られると色々面倒なので、手前で降りた。
「彼処?」
「そうだ。''エルガスト''の宿の飯はメッチャ美味いんだぜ。ベットも最高。」
へぇ。ランジュベルトの宿は日本料理だったけどエルガ…ナントカの宿は何料理だろうか?
ツバキはいろいろな想像をする。知らない料理が出てきて驚いたり、地球の料理が出て驚いたり……自分で考え始めた事だが、驚くことにしかならないとツバキは気づいてはいけない事実に気付いた。
ツバキ的には異世界ならではの郷土料理がいいのだが。
(……限定という言葉には魔力があるんです。)
「それは楽しみ!期待しとこっと!」
「ハードルは上げるなよ?…この宿だ。」
急停止した先には小さめの宿があった。
見た目はシンプルだが、この風景によく馴染んでいる。simple is the bestという言葉がぴったり当てはまる。
前の宿と比べると小さいがあの宿の規模がおかしいのだろう。
他の建物と同じレンガの扉を開けると、受付嬢というにはかなり幼い、猫耳の看板娘が立っている。
音でこちらに顔を向け、憂鬱そうだった顔を笑顔に変える。営業スマイルかは知らないが。
「こんばんは〜」
「一人部屋は幾つ空いているか?」
猫耳少女は耳に手を当てると、申し訳なさそうな顔をした。どうやら今確認したらしい。
異世界は魔法プラス勇者のお陰でかなり進んでいるみたいだ。
「一人部屋は一つだけですね。御二人様なら二人部屋を勧めますが?」
ツバキはすぐに妥協案を出した年長ぐらいの子に感心した。
良く出来た子だ。ツバキが小さい頃はそこまで気が回らなかったが、この猫耳の子は宿の後継として育てられたのだろう。
ふむふむと、まるで親から目線のツバキ。
「じゃあ二人部屋を頼む。………ラッキー。」
レンはニヤリと笑ったが、ツバキからは見えなかった。
しかし僅かに顔を引攣らせた。理由は聞こえるか聞こえないかの声を拾ったからだ。
「最後の呟きは安くなった事に対してだよね?だよね?」
レンは笑顔で微笑んだ。
猫耳少女は鍵を出すと、宿内の地図を取り出し、覚えなくても部屋内にこれと同じのはありますが、と前置きして説明を始めた。
「この廊下を進み階段を上ってください。右に曲がってすぐに部屋があります。これが部屋の鍵ですので失くさないようお願いいたします。」
御夕食の時間になったら三階に上がってくださーいと言われ、木材の廊下を歩き出す。
階段まで部屋が何個かあったことから、一人部屋が一階なのだろう。
部屋に入った所でレンをジト目で見た。
いきなり不満げな目で見られたレンは思い当たることがないので首を傾げる。
「何だ?」
「……二人部屋。」
その言葉で何を言いたいのか察した。
「筋肉痛にならない程度だったら大丈夫だろ?」
「やっぱそういう考えあったんだね!?」
(うわあ。この魔人やばいよ。)
ツバキは少し引き気味で見た。
「嫌か?」
「そういう訳じゃ…」
(TPOを弁えて欲しいだけなんだよ…。)
「えっと、嫌じゃないんだけど時間と場所を考えて欲しいと言うか……」
狼狽えるツバキを見て嗜虐心をくすぐられたレンが口角を上げる。
「ツバキ…」
「?……っ!?」
突然の口付けに動揺する。
次第に蕩けた顔になっていくツバキを丁度真後ろにあったベットへ押し倒そうとしたが、抵抗をされる。
驚いたレンが目で問うと、ツバキが赤くなった顔で、時計を指す。
「……時間。」
「ん?」
何の時間か、とレンは聞き返す。
「夕食だから行くよ?」
やっと分かったらしいレンが舌打ちをする。
「ちっ。時間があったら…」
「ほんと夜だけにしようね!?」
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三階の食堂。
ウェイトレスさんが完璧な笑顔を浮かべて料理を差し出した。
ツバキは口を引きつらせた。
「夕食は此方となります。こちらは…」
ウェイトレスさんが料理の説明を始めるが、ツバキの耳に入ってこなかった。
説明を終え、裏に戻ったのを確認するとツッコミしか浮かばない料理達を見つめる。
「……今度はこれか!」
何ということでしょう。テーブルには餃子やチャーハンなど、中華料理が並んでるではありませんか(白目)。
思わず現実逃避してしまったツバキを置いて、レンは先に食べた。
「おお!このギョーザが美味いんだよな!……どうしたんだ?」
「何で中華料理が…」
譫言のように呟く。
「食べないんだったら貰うぞ?」
はっ!と意識を現実に戻し、餃子を死守する。
お皿を腕で囲いレンを睨む。
「それはダメ!」
「…本気か。」
ツバキは何故ある、と考えたところで止めた。考え出したらキリがない。きっと異世界人が伝えたんだ。そうだ。そういう理由があるじゃないか。日本料理の時もそうだったじゃないか。
現実逃避になったが、理由があるなら悩む必要はない、という結論になった。
「頂きます!」
一人で納得したところで、餃子を食べる。ツバキは、全料理の中で一番餃子が好きだったりするのだ。
「やっぱ美味しいなぁ…!」
頬が緩んでいるのが自分でも分かる。
(お肉のジューシーさとキャベツ(?)のシャキシャキ感が最高!)
レンもツバキの幸せそうな顔に破顔する。
「さあ……お次はチャーハン!」
チャーハンは卵とネギの質素な感じだが、ツバキはこれが一番好きだ。コテコテしたのは食べづらい。そしてチャーハンの味が消されてしまうのだ。
目を輝かせながら蓮華らしきもので食べると、味が日本そっくりだった。まるで地球にいるようだ。
そんな感じでパクパク口に運んでいると、お皿が空になった。
「中華最高!」
あっという間に食べてしまった。いや、少なめだったからだろう。
レンはお代わりし、私の倍は食べているのに、先に食べ終わったのだから。
「レンは食べるの早いねえ…何で?」
「時間内に素早く食べなければ戦場では生きていけなかったからな。」
確かに。戦場ではもたもたしていたら生還できるわけがないか。
だがレンが傷つくと考えると、眉が自然とよってしまう。戦場と言葉に戦っているところを想像してしまったのだ。
この話題から離れようと、明日の予定を確認するという形で話を逸らす。
「明日は朝食を食べたら帰る感じでいいよね?」
「ああ。前でもいいが…何処で食べれるか分からないしな。……筋肉痛があるかもしれないし。」
「りょーかい!……明日は起きたらヒールかな。」
この会話は聞く人によって受け取り方は違うだろう。
冒険者だから動き回って筋肉痛なんだろうなぁと殆どの人はそう思うだろうが、心が汚れている人は違う意味に聞こえるのではないか。
「ご馳走様でした。」
「そういえば毎回、食前と食後に何か言っているよな。何だそれ?」
え?と思ったが、頂きとご馳走様の事みたいだ。
てっきり知っていると思ったのだが、どうやら感謝の言葉は伝わっていないらしい。
「これは伝わっていないんだ…偏ってるなぁ。私が住んでいた日本では、必ず感謝の言葉を言うんだよ。」
「へぇ…面白い世界だな。いや、国だったか?」
「国だよ。まあ、郷に入れば郷に従えって言うし。サイエンテファニーに居る間は気にしなくてもいいよ。」
「また面白い言葉が出てきたな。郷にいれば…何だ?」
「郷に入れば郷に従え。その土地や環境に入ったならそこでの習慣ややり方に従うのが賢い生き方って意味。」
「そんな言葉がある日本は本当に面白いな。」
一区切り話がついたので、お互い席を立ち、食堂を出ようとする。
会話に花が咲いてしまったが、此処は食堂なのだ。
ご馳走さまでしたと出る際言ったのだが、キョトンとした顔をされた。
本当に勇者というか異世界人さん、伝えようよ。
少し残念に思いながら階段を降りて部屋に入った。
レンがベットに座ったので警戒したが、その必要はなかったみたいだ。
「もう少し日本のこと話さないか?」
どうやら興味をもったらしい。
少し嬉しく思いながらツバキも隣に座ると、最初に何を話そうと考える。
「うーん…沢山あるなあ。……レンは逆にどういう話がいい?」
「そうだなあ……ツバキの家族とかは?」
(そっか。私話したことなかったか。)
家族と顔を思い出し、天井を見る。何故だかそうしないと涙が出てきそうだったのだ。
レンはそんなツバキを見て、痛々しい表情になる。見ているこちらが切なくなるような顔をしていたのだ。
「私の家族は親と妹だよ。お爺ちゃん達は四国…って言っても分からないか。遠くに住んでるんだよ。」
遠くという抽象的な表現にレンが訝しげな顔になる。
「遠く?違う国か?」
「ううん。日本の中にも都道府県っていって分けられてるから。ほら、魔国の中でも地名があるでしょ?」
「あるな。」
「でしょ?そんな感じ。それで、お爺ちゃん達は何個かの土地を通って着くの。……時速80/kmで10時間ぐらいかけて。」
ツバキは最初から時間で表せばよかったと言うことに今気がついた。
項垂れながら最後に付け足したが、何で出てこなかったの!とツバキは自分を叱りつけた。
しかしレンは初めて聞く言葉に気を取られていた。
「時速って何だ?」
「一時間にどれだけ進むかって事。」
「800㎞…結構遠いな。」
やっと納得した顔になったレンは、地球がどんな所か聞く。
「地球は……魔法がない、化学が発展したところ、かな?」
「カガク?」
「例えば…電車っていうのがあるんだけど、外部や車内にある電力から動いて、多くの人を運ぶんだよ。鋼で出来ているんだけどーー」
ツバキは地球の乗り物の数々を話した。
新幹線や飛行機、車とバイク、自転車。潜水艦まで。
話が終わると、レンが「魔法みたいだ」と言う。ツバキは確かにと思った。
どこかの偉人が、「発展した化学は魔法のようだ」と言っていたのを思い出す。
「確かにね。……話しすぎたね。そろそろ寝なーーっ!?」
そろそろ眠くなってきたツバキは振り向き、突然唇を奪われ、驚く。
完全に隙をつかれたキスは呼吸をすることが許されず、酸素を求めて口を開けると、舌を入れられる。
「ふぁ…」
腰が抜けてベットに倒れこむと、レンがツバキに覆いかぶさる。
全然違う話をしていたよね!?とツバキが状況が飲み込めないでいると、レンが獰猛に笑う。
「窓見てごらん?」
言われた通り窓を見ると、満月が良く見えた。つまり……深夜だ。
ツバキがマジで話しすぎた!と焦ってたが、10歩ぐらい遅かった。腰が抜けている上、この状況から逃げられると思わない。そして今更だ。
ツバキは諦めて、レンに体を委ねた。