Final Blockade Line‐戦慄のテロ攻撃を阻止せよ‐
はい、もうお馴染みですね。企画参加を口実にした趣味全開の作品でございます。
そんな訳で、いつも通りマニアックな専門用語満載でお届けしております。
※遥彼方さま主催「冬のあしあと」企画参加作品
2020年11月中旬 エストニア
バルト海に面したエストニア共和国の首都タリンから郊外へと向かう道を1台の車が走っていた。そのメルセデスEクラスのセダンを運転するのは30代後半ぐらいに見える男性で、スーツ姿も様になっている事からビジネスマンのような印象を与える。
また、車内には彼の他に同乗者はなく、スピーカーから流れてくるお気に入りの音楽に合わせて僅かに頭が上下していた。そうやって暫く走行を続けていると、周囲を走る車の数も次第に減っていき、いつの間にか道路上にいるのは彼の車だけになっていた。
だが、彼にとっては走り慣れた道だったので特に気にもせず、いつものようにアクセルを踏み込んで軽快に飛ばしていく。異変が起きたのは、そんな時だった。
「ん?」
前方に見慣れないものを発見し、思わずアクセルから足を離して車を減速させながら対象を見つめて正体を掴もうとする。やがて、同じ車線に故障車らしき車が止まっているのだと分かった。
「ぐふっ……!」
まさに、その時だった。突然、金属同士のぶつかる轟音と共に激しい衝撃が後方から彼を襲い、乗っている車ごと道路外まで弾き飛ばされてしまう。そして、道路の両側に無数に生えている針葉樹の1本に正面から激突し、ようやく車が止まった。
幸い、車は大破したものの炎上などはせず、彼もシートベルトとエアバッグのお蔭で重傷は免れたが衝撃で意識は朦朧としていた。すると、そんな彼の下に2人の男が近寄ってくる。
「コイツだ。まちがいない」
一方の男が抑揚のない事務的な口調で言葉を発し、傍らに立つ体格の良い男に身振りで運転席の男を車外に引っ張り出すよう指示した。その口調からも分かるように、彼らの目的は救助活動ではない。
それどころか、予め配置しておいた囮の故障車に気を取られている隙を狙って後方から高速で自分達の乗るSUVをぶつけ、男の乗る車を道路外にまで弾き飛ばした張本人だった。
ゆえに、彼らは男を車から力任せに引っ張り出すと後ろ手にプラスチック製の手錠を掛け、粘着テープで口を塞いだ上で目隠し代わりの黒い麻袋を頭に被せ、強引に歩かせて故障車に偽装していたバンの所へと連れて行く。
そのバンには運転手の他にも2人の男が乗っており、連れてきた男がバンのボディを手で叩いて合図を送ると直ぐにスライド式のドアを開け、拘束した男を車内に引きずり込んだ。
「いいぞ、出せ!」
その後、ドアを閉めると運転手に指示して車を急発進させて現場から走り去った。そして、男を拘束して引き渡した2人組もSUVの所へ走って戻ると、先に出発したバンを追いかけるようにして現場から走り去る。
これらは、あっという間の出来事で現場には、衝突事故の痕跡と大破して無人になったメルセデスだけが残されていた。
それから約15分後、たまたま現場を通りかかった1台の車が事故に気付いて警察に通報したものの運転手の居場所に関する手掛かりは得られず、しかも初動捜査で緊急性は低いと判断された事もあって事務的な処理が行われただけである。
結果、拉致された男は1週間後には地中海の底で死体となって横たわっていたのだが、それを知る人間は実行犯たち以外には1人もいなかった。
◆
2020年12月上旬 ロシア連邦・サハ共和国
その日の深夜、ロシア連邦を構成する共和国の1つであるサハ共和国にある真新しい巨大な工場から数両の大型トレーラーが車列を組んで出発した。当然、目的は積荷を依頼主の所に届ける事である。
「なんか、道が違うような……」
車列の先頭で街灯すらない真っ暗な道をヘッドライトの灯だけを頼りに進む大型トレーラーの運転台では、右側の助手席に座る男が微かな違和感を抱き、そんな言葉を無意識に呟いていた。
それは工場を出発してから3時間ほど走り続けた頃で、きっかけとなったのは道中にある小さな町の灯が進行方向に対して右側に見えた事にある。その事がどうしても頭から離れなかった男は、タブレット端末を取り出して前日に渡された指示書の内容を再確認し始めた。
「やっぱり、そうだ。道を間違えて――」
その事実を運転手の男に伝えようと顔を上げて振り向いた彼は、まったく予想もしていなかった光景を目にして言葉を発している途中で固まる。なぜなら、運転手の男が右手でハンドガンの銃口を彼の方へ向けていたからだ。
「いいや、合ってるんだよ」
運転手の男は酷く冷酷な口調で呟くと、なんの躊躇いもなく『MP-446』ハンドガンのトリガーを引いて彼の眉間に9mmパラベラム弾を撃ち込んで射殺した。しかも、弾の射出口から飛び散った血や肉片で車内が汚れるのも気にせずに2発目も頭に撃ち込むという念の入れようだった。
その後、運転手の男は銃を腰のホルスターに戻すと何事もなかったかのように運転を続け、積荷を“本当の依頼主”の下へ届けるべくトレーラーを走らせる。
実は、この車列にいる人間のうち殺された男以外の全員が“もう1つの輸送計画”に加担しており、この夜を最後に彼らは積荷を載せたトレーラーごと行方をくらませた。
◆
2021年1月上旬 アラブ首長国連邦・アブダビ
国土の大部分を占める平坦な砂漠地帯に点在する各都市を結ぶように走る高速道路、そこで1台のランドローバー・レンジローバーが後方からパトライトを点灯させながら追いかけてきたアウディA5(ポリス仕様)によって路肩に停車させられていた。
「外国の方ですよね? では、免許証と一緒にパスポートも提示してください。後ろの方も」
運転席側に立つ制服姿の男性警察官がサイドウインドウを開けさせ、最初に運転手にエンジンを切るよう指示した後、車内の様子を探るような視線を向けつつ次の指示を出していた。
当然、停車と身分証の提示を求められた方はいい顔をしなかったが、警察官の指示に逆らう訳にもいかず、運転手の男と後部座席に座っていた黒いスーツ姿の男は誤解を招かないようゆっくりとした動作で要求された物を警察官に手渡す。
すると、受け取った警察官は身分証の記載内容を確認しつつ車内の本人達の顔も確認して同一人物だと判断した瞬間、それらから手を離して腰のホルスターから『M11-A1』ハンドガン(『SIG P228』ベースの民間向け)を素早く取り出した。
そして、自分の事を本物の警察官だと思い込んで油断していた運転手に対し、まずは胴体を狙って9mmパラベラム弾を2発連続、次に頭へ1発撃ち込んで射殺した。
「なっ……!?」
いきなり目の前で運転手を警察官が射殺したという事実に思考が追い付かず、後部座席の男は満足に声も上げられずに目を大きく見開いて固まってしまう。そんな彼とは対照的に偽の警察官は銃口を後部座席の方へ即座に向けると、男の上半身を狙って動かなくなるまでハンドガンを連射した。
さらに、偽の警察官は開きっ放しのサイドウインドウから車内に左腕を突っ込んでスイッチを操作する事で全てのドアロックを解除し、素早く後部座席側に移動してドアを開け、止めの1発を男の頭に撃ち込んで確実に殺した。
その所為で後部座席には大量の血痕が広がったが、偽の警察官は気にする素振りも見せずに射殺したばかりの男の上半身を自分の方へと手繰り寄せ、見張り役だったもう1人の偽警官を呼ぶ。
「おい、カッターを持ってこい!」
そう言われた方の男は一旦、パトカーの所まで走って行くと後部座席に無造作に置いていたボルトカッターを手にしてSUVへと駆け寄り、自分を呼びつけた男にボルトカッターを手渡す。
すると、カッターを受け取った男はスーツ姿の男が自身の左手首と黒いアタッシュケースを繋いでいた手錠の鎖を力任せに切断し、アタッシュケースとカッターを待機していた男に手渡してパトカーに戻るよう命じた。
その間に当人はスーツ姿の男の死体から財布やスマホ、腕時計といった物を奪い取って単純な強盗殺人に見えるよう偽装工作を施していた。勿論、これは本当の狙いが発覚するのを少しでも遅らせる事を目的とした時間稼ぎにすぎない。
そして、偽装工作が終わると自分も乗ってきたパトカーに戻って運転席に座り、パトライトを消して現場から悠々と走り去るのだった。
◆
2021年2月上旬 アルメニア共和国
現地時間で23時を過ぎた頃、首都エレバンの西10kmに位置する国際空港へ向かって東に延びる通行車両の途絶えた周囲に何もない幹線道路を物々しい雰囲気の車列が走っていた。
その理由は中央にいる1台の大型トラックの前後を黒塗りのフルサイズSUVが2台ずつで固め、それをパトライトを点灯させた警察車両(パトカー1台とオートバイ2台)が先導するという念の入れようで、明らかに重要な“何か”を輸送しているのが容易に見て取れた。
だが、なんの前触れもなく車列を悲劇が襲う。最初に車列を先導していた2台のオートバイが同時に何かに引っかかったようにつんのめり、乗っていた警察官が前方へと勢いよく投げ出されてアスファルトの地面へと激しく叩きつけられ、転倒したオートバイと一緒に転がっていったのだ。
当然、その後方を走っていた車両は次々に急ブレーキを掛けて停車する。すると、銃声とは異なる独特の発射音が響き、それなりに大きさのある塊が道路外から炎を吹き出しながら闇夜を切り裂くように突き進んでパトカーの後方にいたSUVの左側面に激突した。
次の瞬間、車内が炎に包まれたかと思うと前後左右のガラスを突き破って吹き出し、燃料タンクにも引火したのか爆発まで起こし、2tを超える車体が数十cmは空中に飛び上がってから地上へと落下する。その結果、自分達に起きた状況を理解する暇もなく車内にいた4人全員が即死した。
だが、この程度で終わる訳がなく、今度は最後尾にいたSUVが右側面に同様の攻撃を受けて車内の人間ごと爆発炎上し、こちらでも4人が犠牲になった。しかも、車間距離が詰まった状態で車列の前後にいた車両を破壊された為、それが障害物となって前進も後退も出来なくなる。
これは明らかに計画された攻撃で事実、2台のオートバイは道路を遮断するようにピンと張られた頑丈な金属製のワイヤーに引っかかって転倒させられ、2台のSUVは道路脇に潜んでいた襲撃グループから『RPG-7』対戦車ロケット弾で攻撃されたのだ。
しかし、襲撃を受けた側も反応は早かった。残る2台のSUVから4人ずつ計8人の武装した警備要員がドアを開けて姿を現し、防弾仕様に改造した車体を遮蔽物にして『AK-105』カービン(アサルトライフルをベースに全長を短くしたモデル)で応戦を開始した。
まず、彼らは『RPG-7』対戦車ロケット弾の弾道から射手がいると予想した場所に対し、指切りバースト(弾くようにトリガーを引いて数発ずつ弾を撃つ射撃テクニック)で『AK-105』カービンを撃ち、5.45mm×39弾を断続的に浴びせていく。
そうやって新たな攻撃が行われるのを未然に防ぎつつ敵の居所を探り、最初のSUVが破壊された直後に無線で要請した増援が到着するまでの時間を稼ぐのを優先しながらも可能であれば攻勢に転じ、敵を制圧する算段であった。
ただ、こうして相手が反撃に出る事は襲撃した側も予想していた。なので、『RPG-7』対戦車ロケット弾の射手は発射直後に移動しており、警備要員が撃った多数の5.45mm×39弾は1発も当たっていない。
そして、反撃を予想していたという事は、それへの対処法がある事を意味する。ゆえに、襲撃グループは慌てる素振りなど一切見せず、無駄のない動きで対応を開始した。
「がっ……!」
「ぐはっ……!」
その結果、2人の警備要員が立て続けに断末魔の叫び声を上げて地面に倒れる。何が起こったのかと言うと、頭を正確に撃ち抜かれて殺されたのだ。
具体的には、この襲撃グループには『SVDM』マークスマンライフル(性能面・運用面でアサルトライフルとスナイパーライフルの中間に位置する銃)を持つ者がおり、その人物が銃本体の上部に装着した暗視装置の内臓されたスコープ(遠距離射撃時に用いる照準器)を使い、300m程の距離にある見通しの良い場所からセミオート式(次弾装填が自動で行われる連射機構のない発射・装填方式)の利点を活かして連続で撃っていた。
それによって警備要員側の前線火力が一時的に低下する形となり、遮蔽物の陰に身を潜めていた連中が即座に攻勢に転じる。暗視装置まで装備した彼らは、それぞれに『AK-103』アサルトライフルを構えると移動する者達と援護射撃を行う者達に分かれて行動していた。
援護射撃を行う者は、あえて遮蔽物に7.62mm×39弾を断続的に命中させて狙われていると印象付ける事で警備要員達を牽制し、その間に他の者がより有利な射撃位置へと移動するのだ。
そして、ある者は移動した先で射線を確保すると、ハンドガード(銃前方にあって銃身の熱から射手の手を保護する部品)下部に取り付けた『GP-30M』グレネードランチャーから40mmグレネード弾を発射した。
こうして発射された40mmグレネード弾は遮蔽物の陰に身を潜める警備要員の傍らに着弾すると炸裂し、高速で飛翔する無数の破片を周囲に撒き散らして警備要員の側面や背後から彼らの身体を切り裂いて殺傷していく。
また、別の警備要員は射線を確保した状態で『AK-103』アサルトライフルから発射された多数の7.62mm×39弾を顔面に撃ち込まれ、元の顔が分からなくなるくらい潰された悲惨な死に様を晒していた。
一応、警備要員達も銃撃戦に備えて最低限のボディアーマー(抗弾性のある素材で作られた戦闘用ベスト)は着用していたが、それすらも襲撃グループに見抜かれていてストッピングパワー(生物に銃弾を撃ち込んだ際のダメージの度合いを示す指数的概念)のある銃弾や爆発物を的確に使われては効果も薄く、最終的には警察官やトラックの運転手らと一緒に皆殺しにされる。
こうして邪魔者を1人残らず排除した襲撃グループはC4爆薬を使ってトラックの荷台の鍵を破壊して積み荷を運び出すと、自分達の乗ってきたトラックに移し替えて走り去った。
なお、警備要員側が無線で要請した増援が現場に到着した時には、襲撃グループの逃走から10分以上が経過しており、彼らは眼前の惨状を黙って見つめ続ける事しかできなかった。
◆
2021年2月下旬 アメリカ合衆国・ワシントンDC
この日の昼頃、大統領首席補佐官から直接連絡を受けた合衆国大統領は、首席補佐官やシークレットサービス要員を伴ってホワイトハウス・ウエストウイングの地下にあるシチュエーションルームを訪れていた。
「何があった?」
大統領はシチュエーションルームに入るなり、そう尋ねた。元々、この場所はアメリカの安全保障に関わる重要な案件を扱う時に使われる上に、そうそうたるメンバー(副大統領・国務長官・国防長官・CIA長官・国家安全保障問題担当大統領補佐官)が神妙な面持ちで大統領の到着を待っていたからである。
「大統領、我が国にテロの脅威が迫っています。しかも、あまり猶予もありません」
大統領の問いかけに答えたのは、国家安全保障問題担当大統領補佐官だ。ある程度は予想していた事とは言え、大統領の表情がより険しくなる。
「信頼できる情報か?」
「残念ながら、かなり確度の高い情報です」
大統領が椅子に座りながら尋ねた次の質問には、CIA長官が渋い顔で答えた。そして、眼前に置いてあるラップトップPCの画面を見るよう身振りで促した。そこには、今回のテロ攻撃に関する情報を纏めた資料が表示されている。
それによると、エストニアで起きた暗号資産(仮想通貨)を扱う金融システムエンジニア拉致事件・ロシア軍で2年以上前から発生していた軍用機横流し事件・アブダビでの偽警官による無人機用制御プログラム強奪事件・アルメニアでの核廃棄物強奪事件、これら全ての事件に元ロシア軍人の率いる武装組織が関わっているという事だった。
さらに資料はダーティボム(放射性物質を拡散させて広範囲を汚染する事を目的とした簡易兵器の総称)を航空機に搭載し、複数の無人機と一緒に飛ばしてワシントンDC上空でばら撒くテロ攻撃が現実味を帯びている事も示唆していた。
「状況は理解した。それで我々は、どうすればいい?」
「幸いな事に武装組織の拠点は判明しています。なのでチームを送り込み、関係者の身柄を拘束、あるいは殺害した上で核物質を押さえます」
「空爆や巡航ミサイルによる攻撃ではダメなのかね?」
「核物質を確保する必要がある以上、チームを派遣するのが最善です」
一通り資料に目を通した直後に小さく息を吐き、気持ちを落ち着けた大統領が尋ねると、今度は国防長官が答える。
そして、国防長官はフォート・ブラッグ(アメリカのノースカロライナ州にある陸軍基地)でデルタフォース(存在が周知の事実であるにも関わらず、未だにアメリカ政府が存在を公式には認めていない陸軍の対テロ特殊部隊)が出撃準備を整えて待機している事も伝えた。
この特殊部隊を使った作戦については、安全が確保された専用回線で繋がったモニター越しに会議に参加している統合参謀本部議長(現役の軍人達のトップ)も保証し、必ず任務を成功させてみせると太鼓判を押している。
また、同じくモニター越しに会議に参加している国土安全保障省長官からは今回の件に絡んで新たに国内で実施されるテロ対策等の説明があり、この情報が非常に深刻なものとして捉えられている事を窺わせた。
「分かった。作戦を許可しよう」
こうして説明を聞かされた大統領も事態の深刻さを理解し、会議の最後に閣僚達から決断を求められた際には軍事作戦(ただし、他国の主権を侵害する為、作戦の存在自体が否定されるブラックオペレーションになる)の実行を躊躇わずに許可していた。
◆
2021年2月下旬 アルジェリア民主人民共和国北西部
紅海に面したジブチにあるアメリカ軍基地に物資を緊急輸送するという名目でフライトプランを提出し、深夜にアルジェリア領空を合法的に通過する許可を得た『MC-130JコマンドーⅡ』特殊作戦支援輸送機の暗い機内では、8人のデルタフォース隊員が空挺降下に備えていた。
ただし、高度29000ftからの降下という事で全員が黒を基調としたジャンプスーツ・ジャンプブーツ・ヘルメット・ゴーグル・酸素供給システムといった専用装備に身を包み、銃ですら黒い収納袋に収めて身体に固定している所為で、かなり異様な姿になっている。
「降下、5分前!」
「降下、5分前!」
「降下、5分前!」
最初にロードマスター(積み荷や人員の安全管理を担う責任者)の声が響き、同時にハンドシグナルも使ってエンジン音が機内にまで轟く中でも確実に情報をデルタフォース隊員達に伝え、さらに隊長から順に復唱して情報が伝わっている事を示した。
そして、隊員達は揃って赤い光の灯る(外の暗闇に素早く目を慣らすのに適した灯り)貨物室内を後部まで移動し、その瞬間が訪れるのを待った。すると、ゆっくりとした動きで機体後部の上下に分割された貨物扉が上方は機内側、下方は機外側へと開いて外と完全に繋がる。
当然、貨物室内は事前に与圧を解除して機外との気圧差を無くしているので隊員達が外へと吸い出される事は無いが、その代わりに酸素供給システムを装備していない状態が続けば命に関わるし、ジャンプスーツを着ていなければ低体温症になっていただろう。
「降下、1分前!」
「1分前!」
「1分前!」
防寒対策をしてハーネス(命綱)で身体を機体に固定し、必用に応じて酸素吸入も行っていたロードマスターが再び声を上げた。それを聞き、隊員達も短い応答で反応を示す。
やがて、貨物扉付近で灯っていた信号が赤から緑へと変わる。これは機体が投下予定地点に到着した事をも意味しているが、最新の航法装置によって夜間に目視可能な目印のない高度29000ftを飛行していても5m未満の誤差しか発生していない。
「降下! 降下!」
「行くぞ!」
それを合図にロードマスターが降下の指示を出し、続いて隊長が部下達に声を掛け、多種多様な装備を身に着けている状態でも可能な限り速く走りながら真っ先に闇夜の機外へと飛び出していく。
もっとも、ほとんど間髪入れずに部下達も隊長に続いて走り出したので、8人全員が機外へ飛び出すのに掛かった時間は僅かである。こうして隊員達を送り出した『MC-130J』特殊作戦支援輸送機は貨物扉を閉めると、何事も無かったようにフライトプラン通りの飛行を続けるのだった。
その頃、空中へと飛び出した隊員達は最初に降下時の基本姿勢を取るとバラバラにならないよう出来るだけ固まって自由落下を続け、パラシュートを開く予定の高度300mを目指していた。
いわゆるHALO降下(高高度降下低高度開傘)と呼ばれる方法で、滞空時間を最小限に留める事で敵のレーダー等の警戒監視網に捕捉される危険性を減らしつつ、降下地点を狭い範囲に限定できるメリットがあった。反面、水平方向の移動距離は稼げない。
自由落下によって加速を続けていた身体が空気抵抗によって300km/h付近で頭打ちとなり、暫く経った頃、腕に着けた高度計が高度300mに近付いている事を報せてきた。すると、隊長がハンドシグナルで隊員達に距離を取るよう指示を送った。
そして、適度に距離が開いて10秒程が経過したところで高度300mに達し、高度計と連動したパラシュートが自動で展開する。まず、ドローグシュート(姿勢制御・予備減速・メインのパラシュートを引っ張り出す事を目的とした小さなパラシュート)がバックパックから飛び出す。
それに引っ張られる形でメインのラムエア型パラシュート(空中での操作性に優れた長方形のパラシュート)が風を受けて展開すると、垂直方向という違いはあるものの急ブレーキを掛けた時のような衝撃が全身を襲い、今まで自由落下を続けていた身体が一気に減速していく。
高度300mからの減速でも安全に着地するには充分であり、地面が目前に迫ったところで着地時の姿勢を取ると、鈍い音を立てながら地面に降り立つ。こうして全員が問題なく降下に成功した。
だが、彼らにはのんびりしていられる時間など微塵も無い。着地後は直ぐにパラシュートを切り離して風に煽られないようにすると同時に、空挺降下用の装備を全て外して移動や戦闘に備えなければならないからだ。
ゆえに彼らは必要の無くなった装備を外して手早く纏めると、それぞれが適当な物陰に押し込んで一か所に集合する。
やはり、全員がコンバットブーツを履いてブラウン系デジタルパターン迷彩の戦闘服の上下に『MBAV(特殊部隊向けの軽量ボディアーマー)』を着用し、PALS(各種ポーチ類を始めとした装備品取り付けシステム)によって各自が必要と思う装備品を身体の各所に取り付け、迷彩カバー付きの軽量ヘルメットと黒いバラクラバ(目出し帽)で素顔を隠して銃火器を持った姿をしているだけに威圧感と異様さが漂っていた。
「全員、揃ってるな? これより、移動を開始する」
降下場所が近い事もあって集合に時間は掛からず、また誰からも問題発生を報告する声が上がらなかったのを確認した隊長の一声で各員が素早く隊形を整えると、それぞれのポジションで担当範囲を警戒しつつ目的地に向けて歩き出した。
そうして2時間近く深夜の荒野を『AN/PVS-21』頭部装着型NVG(暗視装置)の若干癖のある視野の中で警戒しながら歩き続け、ようやく目的地である小さな飛行場を視認できる場所に辿り着いたのだ。
この飛行場は、かつてはアルジェリア軍が管理していた施設なのだが、維持費削減によって30年以上昔に民間に払い下げられたものの赤字続きで数年ごとに所有者が変わっていた。
そこに目を付けたのが件の武装組織で、拉致した金融システムエンジニアを脅して暗号資産を使って買い取らせ、名目上は周辺国の正規軍相手に訓練を行う航空部隊を運用するPMSC(民間軍事警備会社)の本社兼拠点になっている。
そして、ここまでの道中で誰とも遭遇しなかったのは幸運だったが、冬や夜間は意外と冷える砂漠気候の内陸部を総重量が30kgを優に超える装備を抱えて行軍するのは経験豊富でも平均年齢が40近い特殊部隊の隊員には体力面で厳しく、全員に疲労の色が見て取れた。
しかし、彼らは双眼鏡で偵察していた短時間の休息だけで次の行動へと移っている。狙撃による支援を担当する2人と本隊に分かれ、それぞれの待機場所へと向かったのだ。
「ダガー2よりダガー1。配置についた」
本隊が配置に就いてから約30秒後、狙撃班からの通信が骨伝導ヘッドホンを通して隊長の下へと届く。すると、本隊の指揮も兼ねる隊長が通信機と繋がる咽喉マイク越しに命令を発した。
「ダガー1よりダガー2。正面ゲート付近の見張り、人数は2人、排除しろ」
「了解」
命令を受けた隊員は『Mk20SSR(狙撃支援ライフル)』を伏せ撃ち姿勢で構えると、『AN/PVS-21』頭部装着型NVGとライフル上部に装着したナイトフォース社製NXSシリーズの高倍率スコープ越しに自身から見て左側の敵に狙いを定め、その頭部に照準を合わせる。
そうやって銃を構える隊員の傍らでは、もう1人の隊員が『Mk17mod0』アサルトライフルを構えて警戒に当たり、狙撃を行う隊員もスコープを覗いていない方の目で周囲を警戒していた。
そして、手元のブレを最小限に抑える為にゆっくりとした静かな呼吸を心掛け、標的が照準線と重なった瞬間に右手人差し指で力を入れずに真っすぐ手前にトリガーを引いて弾を発射する。
ただし、銃口には隠密作戦を行う特殊部隊らしくサプレッサー(減音装置)を装着していたので、あまり遠くまで響かない乾いた発砲音だった。
こうして銃口より放たれた7.62mm×51弾は900m近い距離を音速を超える速度で飛翔してゆき、標的となった見張り役の『AK-103』アサルトライフルを持つ戦闘員の頭に着弾すると頭蓋骨と脳を貫通して反対側から飛び出し、その命を一瞬にして奪い去った。
当然、撃たれた方の戦闘員は糸の切れたマリオネットのように足元から崩れ落ち、地面へと倒れて頭部の銃創から血を流しながら動かなくなる。そうして崩れ落ちる際にドサリという鈍い音を立てたものだから、もう1人の戦闘員が反射的に振り向いて声を掛けようとした。
「おい、どうし……」
しかし、その戦闘員は最後まで言葉を発する事なく同じ運命を辿った。なぜなら、1人目が倒れ始めるのをスコープ越しに見たデルタ隊員が直ちに2人目へと標的を変更して素早く狙いを定め、同じ要領でトリガーを引いて7.62mm×51弾を側頭部へと撃ち込んだからだ。
彼の使う『Mk20SSR』もセミオート式ゆえに次弾装填が早く、マークスマンライフルとしての運用を前提としている事から射手の持つ技量にもよるが、2人程度なら相手が狙撃されたのだと理解して次の行動に移る前に射殺できた。
「ダガー2よりダガー1。排除完了」
「よし、引き続き援護しろ」
「了解」
その後は無線で隊長と必要最小限のやり取りを交わし、狙撃班は次の場所へ移動して施設内に侵入して捜索を行う本隊の援護に徹する。そして、本隊を指揮する隊長はハンドシグナルで部下達に合図を送ると、物陰から姿を現して部下達と共に正面ゲートに接近していく。
そこは先程まで彼らが隠れていた場所とは違って最小限の照明によって照らされていたが、『AN/PVS-21』頭部装着型NVGは自動で視界の光度を最適化する為、何も操作しなくても不自由なく行動できた。
彼らは全員が視線と銃口の向きを常に一致させる姿勢を取り、互いに死角をカバーし合う事で全周を警戒しながら移動し、正面ゲートに充分近付いた所で最後尾の1人が隊列を離れて射殺した戦闘員の持っていた『AK-103』アサルトライフルを2丁とも地面から拾い上げて回収した。
これは射殺したと思っていた戦闘員が万が一にも生きていた場合に背後から銃撃を受けるのを阻止する為で、回収した銃はマガジン(弾倉)を本体から外してチャンバー(薬室)内も空にし、本体とマガジンを別々の場所に投棄して直ぐには使えないようにしておく。
その間に隊長は正面ゲート脇にある小さな詰め所の中を窓越しに覗き込み、そこにも戦闘員が1人いる事を確認した。もっとも、この戦闘員は椅子に座ったまま居眠りをしているらしく、背もたれに身体を預けて首を前に傾けた姿勢のまま微動だにしなかった。
もし起きていたら最初に2人が射殺された時点で何らかの動きがあった筈で、それが無かったという事は寝ていると考えて間違いないだろう。
そこで隊長はハンドシグナルで戦闘員の存在を部下達にも伝えると、彼らに援護は任せて自身は出入り口の方へと回り込み、『Mk17mod0』アサルトライフルから『HK45CT』ハンドガンに持ち替えた上で静かにドアを開けて詰め所の中に侵入する。
そして、『HK45CT』ハンドガンを両手で握って構えると椅子に座って寝ている戦闘員に狙いを定めて右手人差し指でトリガーを連続で引き、まずは45ACP弾を心臓の付近に2発、続けざまに頭に1発を撃ち込んで射殺した。
当然、『HK45CT』ハンドガンにも銃口にサプレッサーが装着されているので発砲音が遠くまで響き渡る事は無く、射殺された戦闘員の方も何度か痙攣はしたものの椅子からは滑り落ちず、服に大きな血の滲みが広がっている以外は居眠りをしていた時と変わらないように見えた。
その後、隊長は『HK45CT』ハンドガンを右太腿に装着したホルスターに収めてスリングで背中側に回していた『Mk17mod0』に持ち直すと詰め所から外に出て部下達と合流し、遠回りでも暗がりの目立たない場所を通って次の場所へと向かう。
すると、その途中で進路上ではないものの通過しようとすれば確実に見付かる場所、そこで2人の戦闘員が立ち話をしている場面に遭遇する。それを確認した隊長がすぐさまハンドシグナルで部下達に状況を伝え、死角となる物陰に隠れてから改めて様子を窺い、どう対処するかの決断を下した。
「ダガー1よりダガー2。我々から見て10時の方向、2人の敵、確認できるか?」
「ネガティブ」
隊長は未確認の敵に銃声を聞かれるのを危惧して狙撃班に対処してもらおうと出来るだけ小さな声で無線に向かって尋ねたが、彼らの待機場所からは建物が邪魔をしているらしく、戦闘員の姿さえ視認できないという報告が返ってきた。
だからと言って狙撃班を移動させる訳にもいかず、隊長は自分達で対処する事を決め、ハンドシグナルで部下の中から1人を指名して自分に合わせて一方を銃撃させ、2人の戦闘員を同時に排除する方法を採用する。
こうして指名を受けた隊員は、身体を出来るだけ遮蔽物の陰から出さないようにしながら立射での射撃姿勢で左側に立つ戦闘員に狙いを定める隊長の右隣で同じく遮蔽物の陰に隠れつつ素早く膝撃ちでの射撃姿勢を取り、25mほど先で自身から見て右側にいる戦闘員の頭部に狙いを定めた。
それを支えているのが『Mk17mod0』アサルトライフルのハンドガード部分にあるピカティニーレール(各種装備品を手軽に取り付けられるようにした金属製のレール)に装着された機器で、上面のレール中央に『EOTech553』ホロサイト(照準器を覗いた時に見える光で照準を合わせるホログラムを利用した光学照準器)、その前方に『AN/PEQ-16』ATPIAL(可視光/不可視光のレーザーや赤外線の照射機能と可視光ライトを一体化させた照準補助装置)、下面レールにバーチカル・フォアグリップ(トリガーを引くのとは別の手で握って銃を持ち易くする追加のグリップ)が装着してあった。
「いつでも撃てます」
「よし、カウント3で仕留めるぞ」
「了解」
「3、2、1……、撃て」
不可視の赤外線レーザー(NVGを使用すれば視認できる)の照射を受けている戦闘員の頭部、そこを狙い隊長がカウントダウンを行いながら『Mk17mod0』アサルトライフルのトリガーを右手人差し指で引き、それに合わせて隊員も『Mk17mod0』アサルトライフルのトリガーを右手人差し指で引いて7.62mm×51弾を発射した。
結果、ほぼ同時に7.62mm×51弾がそれぞれの戦闘員の頭部へと着弾して頭蓋骨と脳を貫通して反対側に飛び出し、背後のコンクリートの壁に射出口から飛び散った血と肉片と骨の欠片で出来た華を咲かせる。
こうして眼前の障害を排除した部隊は直ちに移動する事を決め、戦闘員を射殺したばかりの2人が引き続き銃を構えて警戒に当たる中、隊長の出したハンドシグナルで残り4人の隊員が先へと進んで安全を確保して援護位置に就き、隊長達が合流するのを待った。
そうして移動を再開してから僅か2~3分後、今度は狙撃班からの通信で隊長がハンドシグナルを出し、部隊の移動を止めて全員で遮蔽物の陰の暗がりに隠れる事になる。
「ダガー2よりダガー1。前方90mの位置にある建物脇の通路から1人接近中」
しかし、今回は続きがあった。
「こちらで排除する」
その言葉通り狙撃班の隊員は『Mk20SSR』で標的である武装した戦闘員の頭部に狙いを定めると、800m以上離れた距離からゆっくりでも歩いている人間の頭部に7.62mm×51弾を正確に撃ち込んで射殺した。そして、報告を入れる。
「ダガー2よりダガー1。進路クリア」
「援護に感謝する」
この援護に隊長が短く礼を言い、脅威が無くなった事をハンドシグナルで背後に控える全員に伝えた上で移動を開始した。その後も彼らは周囲を警戒しながら慎重に敷地内を奥まで進み、ようやく最初の目的地である建物の脇へと辿り着いた。
すると、ハンドシグナルで隊長の指示を受けた2人の隊員が『Mk17mod0』アサルトライフルを構えた姿勢で建物の正面出入り口と思しき場所へと近付いていき、そこでしゃがみ込むと1人がスリングで繋がったアサルトライフルから手を放し、代わりに腰回りの背面部分に装着したポーチより『M18A1クレイモア』指向性対人地雷を1個取り出す。
その名が示す通り、本体前面に扇状に広がる殺傷範囲が建物の出入り口を利用する人間の通り道を可能な限り覆うよう地面に設置し、起爆用のワイヤートラップを出入り口を通過する人間が足を引っ掛ける位置に仕掛けた。
実は、事前の情報分析で眼前の建物が戦闘員の宿舎として利用されているのを把握しており、潜入が露見して敵と正面から交戦しなければいけない状況に陥った時、増援部隊に先制攻撃を加えて戦闘を有利に進める意図があった。
当然、『M18A1』指向性対人地雷を設置している間は同行した隊員は勿論、各自が視線と銃口を一致させながら周囲を油断なく警戒し、戦闘員が姿を現せば即座に射殺する態勢を取っていたが、狙撃班も含めて1発も撃つ事なく設置作業は完了している。
その後、設置作業をしていた2人の隊員が本隊に合流すると改めて隊形を組み、先ほど通ってきたルートを引き返すような形で次の目的地を目指す。そして、セオリー通り途中にある遮蔽物や暗がりを活用しながら移動して3つあるハンガー(格納庫)の内の1つに辿り着いた。
すると、側面の出入り口から侵入して内部を捜索する事を隊長がハンドシグナルで全員に伝え、扉の前で素早く突入態勢を整えると鍵が掛かっていないのを確認した隊員の1人が出来るだけ音を立てないように静かに開け、隊長を先頭に『Mk17mod0』アサルトライフルを構えた姿勢で順番に突入していく。
そうして突入した彼らは交互に左右に分かれると、壁を背にして銃口と視線を一致させながらハンガー内を捜索しつつ足早に移動してゆき、5分と掛からずに制圧を完了している。
もっとも、それには元から障害物などの無いハンガー内がもぬけの殻で、戦闘員どころか遮蔽物になりそうな物さえ置かれていなかった事が大きく関係していた。だが、それは同時に彼らが確保すべき放射性廃棄物がここには無い事も意味していた。
ゆえに、彼らは通路(大型トラックが余裕で通行できる幅がある)を挟んで向かい側にある2つ目のハンガーを捜索する為、突入したのとは反対の位置にある側面の出入り口から外へと出る。
そこの通路は狙撃班が監視している上に射線にも収めているので、彼らが何も報告してこない限りは普通に扉を開けても問題は無い筈だった。しかし、物事が予定通りに進む事は無かった。
なぜなら、これから向かう先のハンガー側面にある扉を開け、『AK-103』アサルトライフルを持った戦闘員が姿を現したからだ。しかも、3つのハンガーは構造や大きさが全く同じで一直線上に等間隔で並んでおり、側面の出入り口も当然のように一直線上に並んでいる。結果、互いに相手の姿を真正面に捉える形での遭遇になった。
「なっ……!?」
この予想外の出来事に思わず動きを止めて硬直してしまった戦闘員に対し、特殊部隊の隊員達は意識の切り替えが早く、それゆえに次の行動に移るのも早かった。
驚いて動きを止めたのは、ほんの一瞬で最初に外に出た隊長が即座に『Mk17mod0』アサルトライフルの銃口を戦闘員に向けるとトリガーを引き、その胴体に倒れるまで7.62mm×51弾を撃ち込んで射殺する。
「もう1人いるぞ! 追跡する! 続け!」
それどころか、射殺した戦闘員の後方に別の戦闘員がいるのにも気付き、すかさず部下達に指示を出して慌てて逃走を始めた戦闘員の追跡を開始した。
2つのハンガーの間にある通路を一気に駆け抜けると、反撃を警戒しながらも死体がストッパー代わりになって開きっ放しになっている扉を通過してハンガー内に侵入する。
すると、彼らに背を向けて1つ目のハンガーと同様に何もない中を逃走する戦闘員の姿が視界に飛び込んできたので、その場で立ち止まって落ち着いて照準を合わせると『Mk17mod0』アサルトライフルのトリガーを引いて倒れるまで弾を撃ち込んで射殺した。
そして、他にも敵がいる可能性を考えて周囲を警戒しながら射殺したばかりの戦闘員の所まで歩いていくと爪先で血溜まりに横たわる身体を何度か蹴り、反応の有無で生死を確かめた。
さらに、傍らに落ちていた『AK-103』アサルトライフルも安全が確保された方向へと蹴飛ばした上で腰側面のポーチから装弾済みのマガジンを取り出して銃本体のと入れ替え、取り外したマガジンは腰背部のダンプポーチに収納した。
これには、マガジンを無駄にしない(補給時に装弾済みのマガジンが渡される訳ではない)のと敵に再利用させない事の両方の意味があった。
また、マガジン内に残弾が残っている状態で交換するのはタクティカル・リロードと呼ばれ、交戦中に弾切れを起こす危険性を減らすテクニックとして使われる事がある。
そうしている間にも他の隊員達がハンガー内を捜索し、戦闘員も放射性廃棄物も発見できなかった事が告げられた。なので、3つ目のハンガーに移動しようと彼らが一箇所に集まった時、外の少し離れた場所から何かが爆発する音が聞こえ、狙撃班からも通信が入ってきた。
「ダガー2よりダガー1。侵入がバレました」
「こちら、ダガー1! プランBに変更する!」
「ダガー2、了解!」
狙撃班からの報告を受けた隊長は即座にプランB、つまり隠密行動から強襲攻撃に作戦を変更する事を決断して傍らにいる隊員達にも聞こえるように宣言する。
ちなみに、先程の爆発音は彼らが宿舎の出入り口に仕掛けた『M18A1』指向性対人地雷が起爆して無数の鉄球が扇状に飛び散り、殺傷範囲内にいた複数の戦闘員が全身の骨や肉を抉られて絶命した時のものだった。
「ダガー1よりダガー2。今から外に出て3つ目のハンガーに向かう。援護してくれ」
「ダガー2、了解」
隊長は狙撃班に援護を依頼すると、他の隊員達を引き連れて侵入したのとは反対の位置にある扉を開けて通路に出た。そして、正面に建つ3つ目のハンガーに向かおうとする。
しかし、それを阻むように彼らから見て右手の通路の先に3人の戦闘員が姿を現し、まだ到着はしていないものの左手方向からも2人の戦闘員が接近中だった。当然、戦闘員達は『AK-103』アサルトライフルで武装している。
「ぐっ……!」
「がはっ……!」
ただし、左手方向から接近中だった2人の戦闘員は狙撃班の隊員が『Mk20SSR』で7.62mm×51弾を頭に撃ち込んで背後の壁に血の華を咲かせ、本隊の姿を捉える前に射殺していた。
それもあって本隊は隊長を含む4人が通路の先に現れた戦闘員に対して『Mk17mod0』アサルトライフルの一斉射撃で応戦し、その隙に後方にいた残り2人の隊員が通路を走って横切り、ハンガー側面の出入り口の扉を開けて中への侵入を試みる。
「ダメです! 開きません!」
ところが、その扉は内側から鍵が掛かっているようで開かなかった。他の2つのハンガーが空振りだった事と合わせて考えると、ここに目的の物が保管されている可能性は高い。それだけに、隊長も他に侵入できる場所がないか必死に考えを巡らせる。
すると、エプロン(駐機場)地区に面した側にハンガー内から漏れたと思われる光が大きく広がっているのに気付いた。しかも、漏れ出した光の大きさや広がり方は正面の扉(航空機が出入りできるサイズ)が全開になっているとしか思えないものだった。
「こっちだ! 正面から侵入する!」
的確な射撃で3人の戦闘員を早期に射殺していた事もあり、彼らは通路を駆け足で進んでハンガーの正面へ回り込もうとする。だが、いきなり通路からエプロン地区に飛び出すような真似はせず、通路を抜ける前にはハンガーを遮蔽物にして周囲の様子を窺っていた。
「くっ……!」
実際、その行動によって遮蔽物の陰からハンガーの正面を覗き込んだ隊長に対し、2人の戦闘員が射撃を浴びせてきたのを回避している。
「正面、カートの背後に2人の敵! 吹き飛ばせ!」
「アイ・サー!」
隊長から命令を受けた隊員の1人は、『Mk17mod0』アサルトライフルのハンドガード下部に装着した『Mk13mod0』グレネードランチャーに40mmグレネード弾を装填し、隊長と交代するような恰好で場所を入れ替わると身体を極力、遮蔽物の陰から晒さないようにしながらトリガーを引いてグレネード弾を発射した。
その発射音は7.62mm×51弾などのライフル弾の発砲音に比べると軽くて乾いた音で頼りない感じだったが、発射された40mmグレネード弾は初速76m/sの低速で空中を飛翔して航空機の弾薬運搬用カートの背後に隠れる戦闘員の頭上に到達すると、内臓された時限信管が作動する事によって起爆して無数の鋭い金属製の破片を地面に向かって高速でばら撒いた。
当然、それを直接浴びた2人の戦闘員は全身の体組織をズタズタに引き裂かれ、内臓損傷と大量出血によるショックで絶命する。そして、安全が確保された事で特殊部隊の隊員達は射撃体勢こそ維持しているものの、遮蔽物の陰から出て目標に接近していく。
「あの機体も調べろ」
そうやって近付いた時、通常よりもハンガーに近い位置に駐機してあった『Su-25K』攻撃機の主翼下パイロン(航空機に兵装を搭載する際に使う装備)に見慣れない物が搭載されており、隊長が2人の隊員を確認に行かせた。
その間に隊長以下の4人は予想通り正面の扉が開いていたハンガー内に侵入し、互いに援護し合いながら慎重に奥へと進み、くまなく内部を捜索していく。
だが、『Su-25K』攻撃機の調査に向かった隊員達は当該機がエンジンや電子装置の搭載されていない飛行不可能な機体だと知って愕然とし、その事実と“ある可能性”を慌てて隊長に報告しようとするが、もう手遅れだった。
なぜなら、彼らが無線で報告する前にハンガーと機体の両方が大爆発を起こし、施設内に侵入していた隊長を含む6人全員が爆死したからだ。つまり、この施設が敵の拠点だという情報自体がアメリカを騙して誘い込む罠で、目的の物を回収できずに犠牲だけを出して作戦は失敗に終わった。
◆
2021年2月下旬 大西洋上空
アルジェリアでの軍事作戦が失敗に終わった頃、大西洋上空の航空路を管轄している当局が不可解な出来事の対応に当たっていた。
航空管制官が見つめるレーダー画面上では、スペインからニューヨークに向かって飛行を続ける貨物機の周囲に所属不明の航空機を示す光点が複数あるにも関わらず、管制官の問い掛けに対して貨物機のパイロットは『異常なし』の報告をしていたからだ。
ただし、ここのレーダー画面に表示される情報の一部は管制を受ける航空機に搭載された専用の装置が発信するデータに基づいたものであり、その装置を作動しないようにしていたり、装置そのものを搭載していなかったりする航空機の詳細な情報は表示されない。
それだけに、貨物機と所属不明機の針路が同じでも高度が大きく異なる場合などは貨物機のコクピットからは何も見えないので、異常が無いと判断される可能性は充分にあった。
しかし、2001年にハイジャックされた航空機を使った同時多発テロを経験しているアメリカの航空管制当局は規則に従い、この件を直ちに国防当局に報告していた。
それを受け、アメリカ空軍は自前の対空監視レーダーを使って継続的な情報収集、ならびに分析を行うと共に画像偵察が可能な『RQ-4B block30』無人偵察機を現場空域に派遣している。
そして、高度60000ftを飛行する無人偵察機に搭載された赤外線カメラのモノクロ映像を衛星経由でリアルタイムに受信したアメリカ本土にある指揮所では、3機の『Su-30MK2』戦闘機に護衛されて飛行する1機の『An-124-300』戦略輸送機という衝撃的な事実に騒然となりながらも上級司令部に報告し、最終的には大統領による非常事態宣言が発令されるのだった。
確かに、『An-124』系列の戦略輸送機は民間の貨物機としても運行されているので正規の識別コードを持っていても不思議ではないが、正当な理由もなく所属不明の戦闘機に護衛されているのは明らかに異状である。
この非常事態宣言によって最前線で事態の対処に当たる事になったのが偶然、バージニア州のノーフォーク沖の北大西洋に展開していた海軍のニミッツ級空母『ハリー・S・トルーマン』を中核とするCSG8(第8空母打撃群)で、作戦本部からの緊急命令を受けた同艦では慌ただしく夜間の発艦作業が行われていた。
空母から艦載機を発艦させる際は、まず発艦に失敗して機体が海に墜落した場合に備えて救難任務も担当する『MH-60Sナイトホーク』多用途ヘリが発艦して艦の周囲で待機し、それから作戦に参加する機体が順次発艦していく。
さらに、発艦作業の前には空母そのものが風上に対して30ktを超える全速力で航行し、発艦する機体が向かい風を受けて揚力を稼ぎやすいようにもしていた。なお、今回『トルーマン』に搭載されているのはCVW-7(第7空母航空団)である。
そうして作戦参加機の中で最初に発艦する事になったのが胴体上面の円形のレーダーが特徴的なVAW-117(第117早期警戒飛行隊)の『E-2Dアドバンスドホークアイ』AEW(早期警戒機)で、4本あるカタパルトの中でも駐機場所に近いアングルドデッキ(艦首と艦尾を結ぶ中心線に対して左斜め方向に設置された飛行甲板)上の第3カタパルトを使って発艦していった。
これは、同機が双発ターボプロップ機(構造的にはジェットエンジンであるターボファンエンジンに近く、エネルギー出力の大部分をプロペラを回転させる力として取り出せる機構を備えたエンジン)という性質上、スペースの限られる艦上でデッキクルーを傷付けないようにする処置だった。
それを示す他の事例としては、同機のエンジン作動時には安全管理担当の白いジャージのデッキクルー(担当ごとに着ているジャージの色が違う)が機体を取り囲むように立って腕を広げ、プロペラが回転している事を身振りで周囲に伝えるのだが、その人数が10人以上と同じ機体構造を持つ『C-2Aグレイハウンド』艦上輸送機と並んで艦載機の中では最多というのが挙げられる。
続いて発艦するのは艦首右舷側の第1カタパルトで待機するVFA-86(第86戦闘攻撃飛行隊)の『F/A-18E block2+ スーパーホーネット』戦闘攻撃機で、駐機場所でのパイロット自身によるプリフライトチェック(飛行前点検)からのエンジン始動、タキシング(地上滑走)を経て機体のカタパルトへの接続にデッキクルーによる最終点検と様々な作業が問題なく行われ、ようやく発艦の許可が下りるのだ。
こうして全ての準備が完了するとデッキクルー達は安全な場所まで駆け足で退避し、その事がハンドシグナルでコクピットに収まるパイロットにも伝えられると彼は感謝の意も込めて敬礼を送り、黄色いジャージのシューターが片膝をついた姿勢で中指と人差し指で艦首を示す。
それを受け、キャットウォーク(甲板の端)にいるカタパルト・ランチクルーが発射ボタンを押して機体を大空へと射出する。
一方、機体の方はノーズギア(前脚)がカタパルトシャトルと連結され、機体後方では高温のエンジン排気から周囲を守る為のジェットブラスト・ディフレクターがせり上がっている状態で待機しているところから一気に加速、A/B(アフターバーナー:推力増強装置)を使用しないミリタリー推力(エンジン推力100%)でも僅かな滑走距離で離陸可能速度に達していた。
それを可能とするのが機関の原子炉が生み出す膨大なエネルギーを利用したボイラーの発生させる蒸気で、発艦重量の最も重い機体に常に合わせてある圧力から必要に応じて下げ(圧力を掛けるよりも下げる方が早く済む)、2本のシリンダー内の高圧蒸気を一気に解放してカタパルトシャトルを押し出す事で機体を2秒で200ktまで加速させていた。
当然、これだけの加速を行えばパイロットに掛かるG(重力加速度)も相当なものになるが、その中でも彼は左手でスロットルをA/B作動位置まで押し込み、機体が空に浮かぶと左手でレバーを操作して空気抵抗にしかならない降着装置を格納して高度3500ftまで上昇させる。
次に発艦するのは、同じくVFA-86所属の『F/A-18E block2+』戦闘攻撃機で艦首左舷側の第2カタパルトから射出され、編隊を組む為に先に発艦した機体を負いかけるように高度を上げていった。
3機目も一見すると同じ機体のように思えるが、アングルドデッキ上の左舷側にある第4カタパルトから発艦したのはVAQ-140(第140電子攻撃飛行隊)所属の『EA-18Gグラウラー』電子戦機だった。
その後も空母『トルーマン』は4基のカタパルトを駆使して艦載機の発艦を続け、8機の『F/A-18E block2+』戦闘攻撃機と1機の『EA-18G』電子戦機を敵機の迎撃に向かわせると共に4機の『F/A-18E block2+』戦闘攻撃機をCAP(戦闘空中哨戒:敵機の襲来に備えて戦闘機を空中待機させておく事)に当たらせ、『E-2D』AEWには“艦隊の目”として広域の空域監視を担わせている。
また、その艦影を肉眼で捉えるには少し距離が離れてはいるもののタイコンデロガ級イージス巡洋艦『アンツィオ』、ならびにアーレイバーク級フライトⅡAイージス駆逐艦『ベインブリッジ』『グレーヴリー』の計3隻が空母『トルーマン』の護衛に就いていた。
さらに、海中にはロサンゼルス級攻撃型原潜『ボイシ』が前方監視も兼ねて潜航しており、給油艦や貨物弾薬補給艦を除いた艦船も含めてCSGの打撃戦力を構成していた。
しかし、先に仕掛けたのは侵入機の方である。高度30000ftを速力450ktで水平飛行する『An124-300』戦略輸送機が後部貨物扉を開放し、搭載していた貨物の拘束を解除するとドローグシュートによって機外に引っ張り出された。
かなり苦しいが、サメに見えなくもない形状をしたダークグレーの貨物は横3列・縦2段の計6個がラックに収まる事で1セットになっており、完全に機外に出て自由落下へと移行して投下母機から離れた所でラックによる拘束も解除され、バラバラになって空中へ解き放たれる。
すると、今度は本体に搭載されたターボジェットエンジン(最も基本的なジェットエンジン)が作動して一気に加速してゆき、ミサイルのように投下母機すら追い抜いて彼方へと飛翔していく。
さらに、そんな物体の収まったラックが連続して4個投下され、こちらも全く同じプロセスを踏んで解き放たれて最終的には30個の飛翔体が出現する。だが、それで終わりでは無かった。
なぜなら、この飛翔体の発射に合わせて3機の『Su-30MK2』戦闘機が左右の主翼下パイロンより『Kh-59MK』ASM(空対艦ミサイル)を断続的に発射したからだ。なお、『Kh-59MK』ASMは片翼に2発搭載されているので計12発が発射された。
しかも、『Kh-59MK』ASMと先に発射された飛翔体は針路・速力・機動といったものが非常によく似ていた。そして、その事が重要な意味を持つ。
実は、この2つはRCS(レーダー反射断面積:レーダー波を発信元に反射させる強さの尺度)まで非常によく似ており、レーダー画面上での識別が非常に困難であった。つまり、多数の飛翔体という囮に本物のミサイルを混ぜた飽和攻撃が行われたのだ。
ちなみに、囮役の飛翔体を制御するソフトウェアにはアブダビで強奪された無人機の制御用プログラムの改良型を搭載し、飛翔体の本体は買収した技術者に設計図を盗ませて入手、発射母機に当たる戦闘機や輸送機はロシア軍からの横流し品という犯罪の見本市でもある。
また、対艦ミサイルを使用している事からも分かるように彼らの標的はアメリカ艦隊で、その中でも中核たる空母『ハリー・S・トルーマン』を最優先目標にしていた。だが、出撃した飛行隊の任務は変わらない。
「Winder11 engage!」
「Winder14 engage!」
対空監視を担う『E-2D』AEWが捉えた敵機の情報を戦術データリンクによって共有する『F/A-18E block2+』戦闘攻撃機のコクピットでは、正面コンソール(計器盤)の単色液晶MFD(多機能ディスプレイ)に機載コンピューターが見やすく整理した情報が表示され、それを受けて各機のパイロットが交戦開始を宣言する。
交戦の際は2機の『F/A-18E block2+』戦闘攻撃機がペアを組み、それぞれのペアに攻撃目標が割り振られ、標的が重複しないようになっていた。
そして、機首に搭載された『AN/APG-79』AESAレーダーの空対空モードで敵機を捕捉、MFDで使用兵装がアクティブ・レーダー誘導の『AIM-120D』AAM(空対空ミサイル)になっているのを確認し、HUD(飛行に必要な情報を外の景色に重ねて表示する小型ディスプレイ)上で敵機を示すシンボルと攻撃用マーカーが重なるのを待つ。
すると、ほとんど間を置かずに敵機をロックオンした事を意味する表示がHUD上に出現したのと同時に電子音でもパイロットに報せてくる。
「Winder11 FOX3」
「Winder14 FOX3」
こうして敵機をロックオンしたのを確認したパイロットは、両足の間を通る形でコクピット床面から伸びる操縦桿に付いているトリガーを右手人差し指で連続して2回引き、同一目標に2発の『AIM-120D』AAMを発射した。
それはウイングマン(僚機)も同様で、左右の主翼下パイロンから1発ずつ計2発のミサイルが機体から切り離され、ロケットモーター(推進装置)に点火すると一気に燃焼して最大まで加速した後は惰性で敵機へと向かった。
射程が100nmを超えるとされる『AIM-120D』AAMだが、発射後の中間誘導の段階ではINS(慣性誘導)で飛翔し、目標に近付くとシーカー(捕捉用センサー)が電波を発して自力で標的を捉える事が可能なので機体は発射後すぐに回避行動に移れる。
特に、3機いる『Su-30MK2』戦闘機は長射程AAMを搭載可能な事で知られており、『F/A-18E block2+』戦闘機は機体を90度ロール(進行方向に対する左右の回転軸)させてからのピッチアップ(水平面に対する上下の動き。アップが上昇)、いわゆるブレイクターン(機体の針路を90度近く変える急旋回)で左右に分かれる形で回避機動を取っていた。
これらのミサイル発射と回避機動は他の2機編隊でも同様で、敵機に近い編隊から順番にミサイル発射と離脱を行い、空中衝突を避けつつ短時間で攻撃を完了させていた。
一方、攻撃を受けた『Su-30MK2』戦闘機の反応は何故かアメリカ側のパイロットが想定していたものよりも明らかに鈍く、ミサイルで反撃を仕掛けてくるどころか回避機動も緩慢で中途半端なものに終始している。
その原因は、重量のある対艦ミサイルの複数搭載と長距離飛行を実現する為にAAMは射程の短い物しか搭載しておらず、パイロットの技量も低い上に疲労の蓄積でまともに反応できなかったのだが、それをアメリカ側は知る由も無かった。
結果、本来なら空対空戦闘でも互角以上に戦えた筈の『Su-30MK2』戦闘機は1機につき4発のミサイルが殺到した事であっさりと全機撃墜され、前席ならびに後席の人間も脱出する暇もなく機体の爆発に巻き込まれて死んだ。
それもあって敵機が反撃してきた場合には電子妨害を仕掛け、味方戦闘機を援護する予定だった『EA-18G』電子戦機に出番は無く、あまりにも一方的な戦闘を見ているだけに終わった。
また、大型機である『An-124-300』戦略輸送機については戦闘機以上にあっさりとミサイルを全弾被弾して爆発炎上、空中分解しながら乗員ごと火達磨になって墜落している。その頃、飽和攻撃の標的となった艦隊では迎撃に追われていた。
「All weapons free,Intercept!」
「All weapons free,Intercept!」
「I sir!」
イージス巡洋艦『アンツィオ』のCIC(戦闘指揮所)では艦長の命令を副長が復唱し、兵装システム士官がコンソールを操作してAWS(イージス武器システム)を最適なモードに設定すると、最後に射撃の許可を与えてディスプレイを見つめる。
その直後、艦体の前後に設置された『Mk41 mod0』VLS(ミサイル垂直発射システム)を構成するセルから毎秒1発の発射速度で『RIM-156A』SAM(艦対空ミサイル)が轟音と共に発射され、それを示す光点も次々にディスプレイに追加されていった。
ロケットモーターに点火してセル内から炎と白煙を激しく吹き出しながら垂直にミサイルが上昇していく光景は圧巻だが、当然のように艦内にいるクルー達には見えない。彼らにとっては、ディスプレイ上の動きこそが戦況の推移だった。
さらに、イージス駆逐艦『ベインブリッジ』と『グレーヴリー』も『Mk41 mod7』VLSより『RIM-156A』SAMを連続発射しており、結果的には艦隊に迫る飛翔体の群れを倍以上のミサイルで迎撃している。
しかも、各艦は戦術データリンクで情報をリアルタイムに共有しているので、相当数のミサイルを一斉発射しても不必要に重複しないよう管理されていた。
「Impact!」
互いに高速で飛翔する物体同士が真正面から接近しているので着弾までに掛かる時間は短く、ディスプレイ上で動きを監視していた兵装システム士官が着弾を告げる。すると、それぞれの光点が次々に消滅してゆき、その数を一気に減らしていく。
だが、艦隊に迫る飛翔体の何発かは迎撃を潜り抜けて接近を続けていた。それらに対しては、各艦に搭載された『Mk41』VLSより『RIM-162』ESSM(発展型シースパローミサイル)が連続発射され、先程と同様に飛翔体を迎撃するべく空へと上昇していった。
この『RIM-162』ESSMは『RIM-156A』SAMに比べれば小型な為、1つのセルから4発ずつが発射されている。こうして射程距離に応じた2段階の迎撃がAWS管理下で粛々と実行された結果、艦隊に迫る飛翔体の数は2発にまで減っていた。
「Intercept!」
だが、艦隊の防空網を突破して空母に向かった2発は本物の『Kh-59MK』ASMで、空母の艦長は自力での迎撃を命令している。
そこで空母は右舷方向から迫ってくる2発の『Kh-59MK』ASMに対し、まずは4発の『RIM-162』ESSMを発射して迎撃、その内の1発に直撃させて海中へと叩き落した。
続いて近接防空ミサイル『RIM-116C』RAMを10発近く連続発射し、画像赤外線誘導ミサイルの集中射撃によって『Kh-59MK』ASMを撃破、空中で爆発させて艦への直撃を阻止している。こうして、敵が画策したCSGへの大掛かりな攻撃は失敗に終わった。
「Shit! They are decoys!」
しかし、艦隊司令官の下に届いた通信によって彼らは全員が騙されていた事を知る。この大掛かりな攻撃も敵にとっては本命を隠す為の囮に過ぎず、まんまとアメリカは引っ掛かってしまったのだ。
その本命とは、アメリカ本土に向かっていた総2階建ての旅客機『A380』型機、その巨体の腹の下に隠れてレーダーや衛星による探知から逃れていたダーティボム搭載の『Su-27SKM』戦闘機だった。
しかも問題の機体は既にADIZ(防空識別圏)に侵入しており、戦闘機の速度であれば領空へ到達するのに大して時間は掛からない。さらに厄介なのが同機はダーティボムを搭載している為、迂闊に陸上や沿岸などで撃墜すると深刻な放射能汚染を引き起こす可能性があった。
つまり、ある程度の水深がある洋上で撃墜しなければ被害を防ぐ事ができない以上、あまり時間的な猶予は残されていなかった。その為、地上配備型の防空システムは使えず、速力の遅い艦船では迎撃が間に合わない。
この状況下で唯一、間に合うのがワシントンDC上空でCAPに就いていた27thFS(第27戦闘飛行隊)所属の2機の『F-22Aラプター』ステルス戦闘機だった。
「Control to Eagle26 and 27.Intercept a bandit!」
「Eagle26 wilco」
「Eagle27 wilco」
迎撃命令を受けた『F-22A』ステルス戦闘機のパイロットは、左手でスロットルを押し込んでミリタリー推力までエンジン推力を上昇させると、スーパークルーズ(A/Bを使用せずに実施する超音速飛行)で迎撃に向かう。
そして、阻止限界のタイムリミットが刻一刻と迫る中、ようやく機首に装備した『AN/APG-77(V)1』AESAレーダーが敵機の反応を捉え、HMD(HUDの機能をパイロットが被るヘルメットのバイザーに投影できる装備)上にも敵機を示すシンボルが出現する。
本来、ステルス機の運用において積極的にレーダーを使用するのは安全が保障されている時に限定されるのだが、今回は非常事態という事でリスクを承知で最初からレーダーを使用していた。
「Eagle26 lock on」
「Eagle27 lock on」
幸い、敵機に目立った動きは無く、ほぼ同時に2機の『F-22A』ステルス戦闘機のパイロットが敵機の捕捉を宣言する。彼らは知らなかったが、この『Su-27SKM』戦闘機も低速の旅客機の速度に合わせて長距離を飛行する為、余計な兵装は外して航続距離を稼いでいたのだ。
「Eagle26 FOX3」
「Eagle27 FOX3」
2人のパイロットがミサイル発射をコールし、サイドスティック式操縦桿に付いている兵装発射ボタンを右手親指で2回押して胴体下のウエポンベイ(爆弾倉)から2発ずつ計4発の『AIM-120D』AAMを発射した。
機体下部のウエポンベイの扉が左右に開き、落下するように空中に飛び出した『AIM-120D』AAMはロケットモーターを作動させると最高速まで一気に加速し、ロケットモーターの燃焼を終えた後は惰性で敵機に向かっていく。
今回は発射母機がスーパークルーズを続ける『F-22A』ステルス戦闘機という事もあり、発射母機の速力もミサイルの速力に上乗せされる物理法則に従って『F/A-18E block2+』戦闘攻撃機が発射した時よりも速力と射程が上だった。
それは言い換えると、より回避が困難な状態でミサイルが飛来する事を意味していたが、この『Su-27SKM』戦闘機のパイロットは大西洋上空で全滅した連中とは違った。
機体後方よりチャフ(電波を攪乱させる為に金属物質をコーティングしたフィルム)を放出し、まずは左へのブレイクターンで1発目の『AIM-120D』AAMを回避、すかさずA/B全開で垂直に近い角度で急上昇して2発目の『AIM-120D』AAMを回避してみせたのだ。
ここまでの飛行が可能だったのは、この男がロシア航空宇宙軍所属の元戦闘機パイロットで軍時代は『Su-27』系列の戦闘機を操縦していた事が大きい。
そんな男がテロ攻撃を実行した背景には、当時『国境なき医師団』に所属してアフガニスタンで活動していた婚約者をアメリカ空軍による誤爆(意図的だったと主張する者もいる)で殺されたからなのだが、いかなる理由があっても無差別テロは許されないだろう。
そして話は現在へと戻り、まだ2発の『AIM-120D』AAMが迫ってきていたが、男は焦る事なく機体を180度ロールさせて背面飛行状態にすると、右手で握る操縦桿を引いて機体を急降下させ始めた。
これには3発目のミサイルを回避すると共に急上昇によって失った運動エネルギーを回復する狙いもあり、その狙い通り3発目のミサイルは直撃しなかった。しかし、直撃こそ免れたものの左水平尾翼を掠めた事で、その一部を損傷して機体のバランスが崩れて操縦にも狂いが生じる。
「くっ……!」
激しい機動の連続によって身体に掛かるGに耐えながら操縦していた男が酸素マスクの下で思わず歯噛みした次の瞬間、最後の『AIM-120D』AAMが『Su-27SKM』戦闘機の胴体を直撃して機体を派手に吹き飛ばした。
しかも、ミサイルが直撃した場所には燃料パイプが通っていた事から機体は即座に炎上し、空中分解しながら火達磨になって海面へと激突する。当然、この状況ではパイロットに脱出する暇などなく即死している。
「Nice kill,Eagle26 and 27!」
敵機の撃墜を確認した司令部が2人の戦闘機パイロットに称賛のメッセージを送ってきた。こうして最悪のテロ攻撃は阻止されたが、ダーティボムを搭載した戦闘機が墜落した場所はアメリカの設定した阻止限界線まで1nmにも満たない距離だった。
ここまで読んでくださり、どうもありがとうございます。
ええ、今回もやらかしましたよw 趣味全開のガチなミリタリー作品でした。
あしあと要素は一応、冒頭のエストニア~アルメニアの部分ですね。現地で起きた事件=あしあと、みたいな感じ?
まあ、かなり強引ですがw ついでに、冬要素も。北半球で冬にあたる時期に起きた出来事、という設定だけだしw