王立図書館
ギルドハウスの窓から背を向けて歩いていく2人を見つめて、レインは少し残念そうに笑う。
「ふふ……、断られてしまったか」
「いいのか? レイン。おまえ、妹がギルドに入るのあんなにも楽しみにしてたじゃねぇか」
レインの隣で同じように窓から2人を見下ろし、ロリータファッションに身を包み自慢のネコミミを立てる獣人の少女、サブマスターのノエルは呟いた。
「あれがローゼ達の意思ならば仕方ないさ。だが、まさかローゼが……。ふふっ! 今年は荒れるぞ。ローゼは必ず私達を脅かす脅威になる」
レインの言葉にノエルは耳を傾け、ゆらゆらと尻尾を揺らしながら信じられないと破顔する。
「はぁ? あんな吹けば飛んでいきそうなガキになにができるってんだよ! アルルってガキの方はともかく、魔力も少ねぇし、警戒心も足りねぇ! 試しに殺気を送ってみたが全く気づいちゃいねぇ! ありゃダメだ。三流以下の雑魚でしかねぇ! アンタの妹だってのが信じられねぇくらいだぜ! おまえらもそう思うだろ!?」
大袈裟に笑い、背後の3人を横目でちらりと見やる。
「ん〜、ごめんなさいぃ〜……。寝てました〜〜」
むぎゅぅっとウサギのぬいぐるみを抱きしめ、欠伸をしながら答えたのは翡翠色の髪の少女。
「は? イセイラ……。おまえ思いっきり目開けてたよな!? しかも立ってたよな!?」
「あはははっ! イセイラは起きていることの方が珍しいだろう? 良い夢は見れたか? イセイラ」
「はい〜。お菓子がいっぱいなのです〜」
にへら〜と笑うおっとりとした少女だが、彼女もまたハンター・ヴァンガードの精鋭の1人。
"夢見のイセイラ"の異名を持つ世にも珍しい固有属性、夢属性の魔術を操るAランクのハンターだ。
「あ、あのっ、悪い人達ではなかったよっ! "リタ"が反応しなかったからっ」
鎖で封をした大剣に不釣り合いな小柄の体躯。全身黒の甲冑という格好とは裏腹におどおどと言葉を紡ぐのは"狂黒のシータ"。
「あのな、話をしに来てるだけなのにいちいち反応されてたら困んだろ……。"リタ"が暴走したらギルドハウスが潰れかねねぇだろーが」
飽きれるノエル。
その光景を冷静に見守っていたメイド服の少女が真剣な眼差しで告げる。
「あの2人が只者ではないのは確かでしょう。何故なら、ネコミミロリータやぬいぐるみ抱いてるやつ、フルプレートの変人達を見て全く動じなかったのですから」
「おい! メイドのコスプレしてるやつが抜けてんぞ! "絶壁のクリスタ" さんよぉ!」
「コスプレではありません! これは由緒正しき使用人の正装、サーヴァントメイルです! 水も弾くし、火にも強い! 静電気対策もバッチリで、多少の汚れは自動で落ちる優れ物! そして誰の胸が絶壁だと!?」
わなわなと拳を握り締める姿には先程までの冷静さは微塵のカケラもない。
「わかったわかった。で、あんなんが本当にあたし達の脅威になるってのかぁ? 大将さんよぉ」
全員の視線がレインに集まる。
「ローゼは天才だよ。秀才止まりの私と違ってな。まぁ、性格にはかなりの問題があるが……」
「はぁ!? あれが天才!? おいおい、大将! 冗談はよしてくれよ!」
「ローゼの見ている世界は私達とは違うのさ。ま、脳筋のおまえにはわからんだろうなぁ、ノエル」
ノエルは耳と尻尾をぴーんっと逆立てる。
「うっせ!! たしかにあたしゃバカだけど、戦闘の感だけは絶対の自信を持ってる。その感が告げてるのさ。あれは敵じゃねぇってな」
「ふっ……。今にわかるさ」
「それでも、私達が最強であることには変わらりません。そうでしょう? マスター」
クリスタの言葉と共にその場に緊張が走った。
「もちろんだ。最強の座を、そう簡単に譲ってやるつもりはないさ」
レインは振り返り、その部屋を、ハンターヴァンガードのメンバーを見渡す。
全員がAランクの、自分が作り上げた最強の布陣を。
魔法少女ノエル、絶壁のクリスタ、黒狂のシータ、夢見のイセイラ、そして、私、雷神レイン。
ーーこの布陣をどうやって突破するのか、楽しみに待っているぞ。ローゼ。
再び窓の外の2人に視線を戻し、レインは心底嬉しそうに笑みを浮かべた。
「あぁあぁぁぁ! 緊張した!」
ハンターヴァンガードのギルドハウスを後にして、緊張から解放されたローゼは精一杯伸びをして空を見上げた。
姉様は生真面目過ぎてあたしとは合わないのよね……。
それにあの威圧感。
レインにとってはそれが当たり前でも、ローゼにとってはあの空間はもはや苦痛でしかない。
シセンの街の屋敷で一緒に暮らしていた時にも、ローゼがなにかをやらかす度にメイド長と一緒になってローゼを追い掛け回すのは日常茶飯事になっていた。
その事もあって、ローゼはレインが苦手なのだ。
べつに嫌いというわけではない。
レインの強さを追い求めて自分を徹底的に追い詰める姿勢はローゼには真似出来ないし、ローゼも尊敬に値するとは思っている。
なんというか、こう、噛み合わせが悪いのだ。
それがローゼがレインのギルドに入らなかった理由の一つでもある。
そんなことを考えていると、すぐ後ろを歩いていたアルルがくいっとローゼの袖を引いた。
「……この後はどうするの?」
「んー、あたしはちょっと調べ物。一ヶ月後のアレの為に、今からいろいろ調べとかないといけないのよ。アルルは寮に戻って荷物の整理頼むわ」
「……ん、わかった」
そうして、アルルと別れてローゼが向かった先は大図書館。
この学校の図書館は王立図書館も兼ねており、有料で一般にも解放されているのだが、ここの学生ならば無料で使うことができる。
王立図書館だけあって、その本の量は常軌を逸するもので、地下12階まで及ぶ広さから図書館ダンジョンなんて呼ばれたりもするようだ。
もっとも、地下10階以降は禁書庫になっており、許可なく立ち入ることは禁じられているのだが。
魔道書はもちろん、料理やら園芸やら、ここにはどんな本も置いてある。
だが、ローゼの目的は本ではない。
この学校では毎年5月にどんなギルドでも参加可能な大規模討伐クエストが行われる。
そのクエストは少し特殊で、参加ギルド同士で討伐数を競うのだ。
報酬は魔物1匹につきギルドポイント1点と金貨1枚という、一見あまり旨味のないクエストのように思われるが、この大規模討伐クエストでは討伐数が1位のギルドには10倍の報酬が、2位と3位のギルドにはそれぞれ5倍と3倍の報酬が用意される。
となれば、旨味は全然変わってくる。
今のローゼのランクでこなせるクエストでは、せいぜい一回で50ポイントを稼げれば良い方だろう。
それも、そのレベルになると数日がかりのクエストになる。
だが、もし大規模討伐クエストの上位に食い込めれば1日で何百ポイントをも稼げる可能性があるのだ。
しかし、どんなギルドでも参加出来るというだけあって、もちろん大規模ギルドなんかも参加してくる。
その為、優勝するギルドはほぼ決まっているようなもので、わざわざこのクエストには参加しないギルドも多い。
そんな中で今日設立したばかりの弱小ギルドが上位に食い込もうなんて、普通に考えればかなり無謀な挑戦だろう。
それでも、ローゼには策があった。リスクは高いが、その分成功した時のバックは大きい。
そして、その策を成功させる為には情報が必要なのだ。
過去の大規模討伐クエストの情報と、現在学園内にあるギルドの情報が。
その情報自体はギルド会館でも手に入れる事が出来るのだが、大図書館に設置されている情報端末クリスタルはギルド会館のものと連動しており、ギルド会館はまだ新入生で溢れかえっている事が予想される為、今日のところは大図書館に来た、というわけだ。
ローゼはそそくさと情報端末クリスタルと自分のパーソナルクリスタルを魔力で交信させ、必要な情報をコピーし、軽く中身をチェックする。
ハンターヴァンガードは殿堂入り扱いの為、この大規模討伐クエストには参加出来ないらしい。ぶっちゃけ、あのお姉様には勝てる気がしない。なんとも情けない話だが、これは嬉しい誤算だ。
とすると、最大の脅威は学園最大の規模を誇る大規模ギルド"タイタンズフィスト"ということになる。
学内ギルド2位に位置するタイタンズフィストはハンター育成学校設立当初から存在する大規模ギルドと言われており、そのメンバー数は300を超えているという。ギルドマスターが卒業するとギルド内で選挙を行い新しいギルドマスターが選ばれるという形で何代も続き、その長い歴史を紡いできた。
今やタイタンズフィストで活躍した者は将来冒険者としての地位が確立されると言われており、タイタンズフィストに入りたいが為に冒険者育成学校に入る者もいるほどだ。
さすがに300人総出で大討伐クエストに来ることはないだろうが、こっちの人数はたったの2人。
2人だけではなんとも心許ない。
ふむ……。可能ならば、まだフリーの新入生が多いうちに優秀なメンバーを集めたいところね。
と、考えながら、ふと天井を見上げた。
目があった。なにをいっているのかわからないと思うが、文字通り目があったのだ。
というより、眼があった?
そこにいたのは蝙蝠のような羽根が生えた眼球で、パタパタと忙しなく羽根をバタつかせながら、ローゼと見つめあい、お互いに視線をそらせずにいた。
「……は!? 魔物ぉ!?」
咄嗟に腰のレイピアを手にとり、その眼球を一突き。その瞬間……、
「うきゃあぁぁぁぁ!!」
図書館の何処かから、甲高い悲鳴があがった。
まさか、まだ魔物が!?
「"アクセラレーション"!」
自らに移動加速魔法をかけ、声の方向に全力で走る。
声はこっちの方向からーーっ!
大きな本棚を曲がる。
その瞬間、鈍器で殴られたような衝撃が頭に走った。
しまっーー
まずい! やられる! そう思い身を庇おうとする。
だが……、
「図書館では静かにお願いします! あと、走らない! 武器をしまう!」
……司書さんだった。
「す、すみません……」
司書さんに謝りながらローゼは、司書が分厚い本で人を殴るのはどうなのよ……。と思うのだが、わざわざそれを口に出して煽ることはないだろう。
「わかればよろしい」
スタスタと奥に消えていく司書さんを見守り、改めて声のした方向を見ると、そこには机にこれでもかというくらい本を重ね、複数の本を机に広げ、両目を押さえながら「うぅ……」と項垂れる少女の姿があった。
そして、少女の周りには先程の眼球が三体。
「あんた! 大丈夫!? 今助けるわ!」
再び腰のレイピアを抜き、臨戦態勢。
「わっ! ……ちょ! 待ってください! これっ!私の魔術です!!」
「……へ?」
ローゼがきょとん、とレイピアを下ろした瞬間、
「図書館では静かにしろって言ってんだろうがぁぁぁ!!」
分厚い本がローゼと少女の頭を直撃し、2人の体は見事に宙を舞ったのだった。