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第九十六話

 

 そして、半年以上にも及ぶ船旅が幕を開けた。

 私は船について詳しくはないが……私達が乗船する魔導船は、見覚えのある一般的なフェリーの形とそう大差はない。船体の上に箱型の居住空間があるような、あれだ。全長も二百メートルくらいはありそうで、かなり大きい。

 船首や屋上にも出られるようになっており、食堂もいくつか入っている模様。内部は区画分けされており、個室利用者と大部屋利用者では利用できる区画やサービスが異なる。豪華な個室に独自のサービスがあるかどうかは知らない。

 個室はベッドが二つに魔導具のシャワーとトイレが付いている、他は据え付けられた明かりのみ。机も椅子もない。だがこの辺は持ち込んでいるわけで、別にどうでもよかった。

 そして何より……私達の部屋は他の個室群とは少し離れた場所に一部屋だけ配置されている。人通りもなく誰かの話し声も聞こえない。静かでいい。最高と言っていい。

「いい部屋だねぇ。外も見えるし、食堂も近いし、静かだ」

 リューンも上機嫌だ。誰だって大部屋での雑魚寝より個室の方がいい。部屋が広くて綺麗だとより嬉しい。静かで景色がいいとなれば最高だ。

「ほんとにね。二百日だっけ、ゆっくりしよう」

「うん、そうしよう。今のうちに着替えと魔導具の出し入れだけしちゃおうよ」

 防具や装備品は最低限の物を残して全て次元箱にしまう。メガネと十手があればいい。後はずっと私服だ。そして長らく活躍の機会がなかった空調魔導具と結界石を引っ張りだす。

 人がいないからと油断しがちになるし、特に鑑定関係は万が一にも外に聞かれるわけにはいかない。空調もあった方がいいだろう。部屋は広いし邪魔になるようなものでもない。コンロが使えればよかったが……火気の使用は指定区域以外では禁止されている。

「これ、冬場とかどうするんだろう。使える暖房とか貸し出されるのかな?」

「……貸し出され、ないと思うけど……それ辛いなんてものじゃないよね。運行しているのは知ってるから……重ね着して耐えるのかな?」

 冬を跨ぐ移動は避けようということで合意した。暑いのは冷房が使えるのでどうにでもできるが、暖房なしで寒さを凌ぐのはきつい。

 浄化蒼石は冬の間にパイトでしこたま仕入れているし、冷房の魔導具もリューンお手製の物がいくつかある。梅雨があるかは分からないけれど、夏対策は完璧だ。

 最悪、魔導服を引っ張りだして着ればいい。程度のほどは不明だが、あれには耐寒も耐熱も付いている。


 初日は船内を見回ってみたかったが……皆考えることは同じで、うるさいだろうとのこと。ならばと今のうちにリューンに鑑定の術式を刻むことにした。

「これなら今日中に終わるね。明日には動けるようになってるよ」

 全裸でベッドに横たわり、紙を胸の上に乗せてじっとしているのは……怪しい儀式のようだが、茶化すわけにもいかない。予備を買っていないので、これを失敗すれば半年余りの時間、箱に収納してある四本の剣の処遇を持て余すことになる。

 すぐに眠り始めたので、それを眺めながらぼうっとする。そう酷くはないがまだ若干肌寒い。あと一日ズレていれば、宿で仕込むこともできただけに……申し訳ない。しかしこれ、全裸になる必要があるのかな? 私の強化魔法は全身に効果を及ぼすものだから……まだ分からなくはないんだけど。


「ないよ? いや、私だけ見るのも不公平かなって思って。私の身体、好きでしょ?」

 翌日動けるようになったアホの子からアホな発言が飛び出る。心配して損した。

 だが、まだ魔力はご法度なので船内を見に行くのは止めている。どこで誰が魔力を使っているか分かったものではない。

「それで、鑑定って結局どうなの。無尽蔵に鑑定できたりするの?」

「そういうわけじゃないよ。これ、魔力の消費がとにかく激しいんだ。反動で回復にも時間がかかる。神殿ならかなり軽くなるらしいけど。私の場合は万全の状態から始めないとダメだし、完全に復調するまで……三日ってところかな。それさえ押さえておけば特に回数の制限なんかはないよ」

「……神殿の利用が一年に一回って、あれは何なの? 関係ないの?」

「あれは神殿側のルールであって、鑑定魔法に対する制約とかじゃないんだよ。とは言っても鑑定書も出せないし、普通の人は鑑定の魔法なんて覚えないよ。やたら安かったでしょ?」

 大金貨十枚。魔法一つの対価としては確かに安価だ。しかし野良で鑑定するには相当広い魔力の器を持っていなければならず、それほど優れた人材なら鑑定なんて覚えずとも他の手段でいくらでも稼げる。鑑定書の発行ができないのも大きなウイークポイントだ。だったら必要な時にその辺の子供に小金貨何枚か渡して代行してもらった方がいい。誰だってそうする。


 その数日後、夕食を食べに食堂へ向かったのだが……エルフの顔色が悪い。

「食べないの?」

「……喉を通るわけないよ……ああどうしようどうしよう……バレたら絶対に酷い目に遭うよ、本当にやばいよ……」

 鑑定の術式が完璧に馴染んでから一夜明けた日のお昼前の話だ。リューンはたっぷり昼まで惰眠を貪った後に起床、私は早朝から始めた修練で気力と魔力を早々に使い果たして本を読んでいた。二人で食堂へ向かい昼食を済ませる。ここでしかお茶が飲めないのでゆっくりとしながら、エルフは一本目の鑑定を試す、と小声で口にした。

 部屋に戻って結界石を敷き、次元箱から適当に黒い剣を一本持ち出して鑑定したのだが……これが大当たりだったわけだ。

 鑑定に集中している間は意識が薄くなるらしく、リューンが時折口走る語句をメモすることでその情報を共有する。私のメモを読んだリューンはしばらくの間凍りつき、その後顔を真っ青にして震え始めた。

 やばいというのが、『魔力吸収』と『不壊』と言う二つの効果らしい。

 魔力吸収がやばいというのは、私にも分からなくはない。どの程度吸うかは分からないが、ようは斬った魔物から魔力を吸い取れるわけだ。これで斬り続けていれば延々と身体強化を維持できるかもしれない。

 不壊というのは、これは本来魔導具の効果ではなく、神様から神器に対して付与される祝福の一つであるとのこと。この世界の如何なる存在や事象を相手取っても絶対に欠けも折れも曲がりもしない。神様にだってこの摂理を曲げて干渉することはできないと。

「……そんなに震えるほど?」

「震えるに決まってるよ! 魔力吸収だけの剣でも五、六百億したっておかしくないんだよ! 不壊なんて、値段が付けられるようなものじゃないの! これが付いてればその辺の石ころでも国宝認定されるレベルなの! 神様の祝福なのよ!?」

 そしてまたやばいやばいと震え出す。それが夕飯時まで続いた。


「そんな大げさな……壊れなくて魔物から魔力を吸うだけの剣じゃない。これ、外から見て効果が分かるようなものなの?」

 エルフがいつもより少ない夕飯を食べ終わるまで待ち、部屋に戻って話の続きをする。

「だけの剣って……そんなレベルの話じゃないんだよ……これが戦争の引き金になってもおかしくないんだよ……ああどうしようおにいちゃん……」

 結局就寝までエルフは使い物にならなかった。ガタガタ震えながら抱きついてくるので鬱陶しくて仕方がない。落ち着きを取り戻したのはその翌々日になってからだ。

「とにかく……あの剣のことは絶対に誰にも言ったらダメ。魔力吸収は……百歩、いや一万歩譲って口に乗せることがあるかもしれないけど、『不壊』だけは絶対にダメ。私達二人だけでもダメ。あのメモも焼き払うよ。あれはこの世に残しておいてはいけないものだ」

「箱にしまっておけばいいじゃない……そんな神経質にならなくても……」

「ダメだよ! 出入りの際にうっかり持ってきちゃうかもしれないでしょ!? 次元箱に侵入されないなんて言い切れるの!? たとえ一分であろうと漏れる可能性があるなら、それは潰すべきだよ! あああ……記憶を消したいよぉ……」

(不壊……神様からの祝福……ねぇ。どうなのよ神様、あなたは私を祝福している……なんて意思表示? それとも天使を傷つけられた意趣返しかな? 全く関係なくて……たまたま神器みたいな魔導具が出てきただけ……って可能性もあるし、私はこれだと思ってるんだけどね)

 私を祝福しようとする意志があるなら、剣なんて形を取らないだろう。魔力を回復させる腕輪でも指輪でも、いくらでも他の形はあったはず。

(魔力を回復させる、剣……ねぇ。素直に喜ぶ気にもならない。私がこんなものに目が眩んで十手を置くとでも? ──何とか言ってみなさいよ)

 反応は、どこからも帰ってこなかった。

「それで、残りの三本はどうしようか。別に急ぎじゃないし、いつでもいいよ」

「うぅ……鑑定したくないよぉ……でもあれを放置するのはもっと怖い……なんで四本もあるのよぉ!」

 そしてエルフは大泣きし始める。懐かしい、初見の時もこんなだった。結界石作っておいてよかったね。


 二本目、三本目は普通だった。普通の当たりだった。オークションに流せばよくて五十億いくかどうかといった物と、百億程度かなといった物。そんな感じの品。名剣。

 ここで油断したエルフが鑑定した四本目がダメだった。大当たりだ。またもや数日使い物にならなくなった。

 やだやだと泣きじゃくっているのも愛らしいが……今はどうでもいい。ここまでくるともうはっきりしている。この異常事態の原因は私だろう。

 思い当たる点がないこともない。今回の二十層は前回の、初回討伐のときとは異なる事象が多かった。

 多少骨が大きく見えたのは個体差か気のせいだとしても、カカキキではなくギャアギャア騒いでいたし、そもそも生成した魔石が消失している。

(他は……神力を使って倒したくらい? そういえば精神干渉もほとんど感じない程度に弱かったな。ひょっとして神力の全身身体強化で弾いた? 前回はふわふわがあらかた防いだみたいだったけど、その後かなり疲弊したのを覚えている。若干の影響があったのは確かだ。今回は……宝箱の件で気疲れはしたけど、肉体的な疲労はそうでもなかった)

 私の神力──私と女神様の神格が宝箱に影響を及ぼした? ただの当たりとされた二本の剣もその余波、あるいは吸収されたドクロ魔石の力が影響してああなった……とかどうだろう。それか、その二本も大当たりになり損ねただけ──とかね。

(考えられなくはない。次元箱といいメガネといい、私の引きは強すぎる。そしてメガネ以外の箱は、言うなれば私が自力で道を切り開いて獲得した物だ。私の意思や力が働いている。一番気が楽なのは、ただのビギナーズラック──運がよくていい物を引き当てたってことにすることだけど……)

 迷宮の規模と宝箱の質は関連しているのだろうか。死の階層の宝箱は良質な物が多いとギースは言っていた。もし大規模迷宮の宝箱からより強力な物が生成され、それに私がちょっかいを出したら──。

(死層? そうか、死の階層! 第三迷宮の二十層は、終層であると同時に死層でもある。宝箱が化けた一因、これもありうるな。思い返してみろ、私は死層以外で宝箱を見つけたことがある?)

 死の階層の宝箱。私が影響を及ぼせるのはこれかもしれない。瘴気も、魔石も、魔力も、そして神力も……無関係だと断ずるのは、今の私には難しい。

「うまくやれば、国宝……量産できるかもね」

 泣き疲れて眠っているエルフを見ながら、そんなことを考えていた。



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