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第九十三話

 

 その後三人で町の食堂へと向かい、三人で八人前の食事を注文して昼食と相成った。私は一人前しか頼んでいない。

 ギースの様子を見るに……エルフが大食らいなのは珍しくもないのかな? ニコニコ顔で肉にかぶりついてるリューンを前にして、特に気にした素振りも見せない。

「おうサクラ。お前さんさっき気力以外に何かしとったじゃろ。あれはなんじゃ?」

 骨付きの塊肉を豪快に引きちぎり、ギースにそう問い掛けられる。そういえばこの人と一緒に食事するの初めてか。見たことはあるけど。

「あれは強化魔法……正確に言えば、ハイエルフの魔力身体強化です。後ほどお話しようと思っていたのですが──」

 ハイエルフのものとドワーフのもの、それぞれ性質を語り、それぞれを習得したいと考えていることを伝える。

「──というわけでして」

「なるほどのぉ……確かにドワーフのそれは内側、体内の組成を魔力で強化する類の物。性質は気力のそれを補うものという認識に相違ない。エルフの魔法に身体強化があったのも驚きじゃが、それが併用可能とはの。お前さん、よくそんなの見つけられたもんじゃな? ワシはそもそも聞いたことすらなかったわ」

「それがまぁ……偶然でして」

 苦笑して話を続ける。二人の前に並んでいる皿は漂ってくる香りだけで胸焼けしそうなほど多いので、私は喋りながらゆっくり食事をとるくらいでちょうどいい。

 王都でエルフを拾ったこと。そのエルフが魔力身体強化を使えることを知ったこと。教師役を依頼し、そのうち一緒に行動するようになったことなど。

「話は分かった。それでもなおワシらの身体強化も会得したいというなら、最初の約束通りワシの術式も仕込んでやる。じゃが、併用しての制御は指導できんからの……気張ってモノにせい」


 その後ギースの屋敷へ戻ってしばらく二人の通訳を務めたあと、解散となった。

 ギースの屋敷は普段使う部屋しか掃除されておらず、人を泊められるような状況ではないらしく……宿を取ってそこで寝泊まりするよう言い付けられた。

 明日ギースの指導でリューンが術式を私に刻み、それが馴染んで魔力の使用が解禁されるまでの間、鍛錬はお休みだ。リューンの言葉を通訳して、通常より術式が馴染むのに時間がかかるであろうことを告げると、ギースはこれで酒が飲めると上機嫌になった。

 来たばかりでまだ鍛錬も何もやっていないに等しいが、こればかりは仕方ない。エルフの強化魔法以上に気力の使用が術式に悪影響を及ぼしかねないので、素振りを含めた自主練も一切するなと厳命されている。

「本を買っておいてよかったよ……素振りやストレッチまで禁止にされるとは」

 ギースに勧められた宿に広めの部屋を取って荷物の整理を始める。魔導具はリューンが身に着けている物も魔法袋を除いて全て次元箱に収納してしまう。その魔法袋も部屋の端に置かれ、絶対そこには近づかないよう言われる。

「こればかりは仕方ないよ。サクラは体質なのか術式が馴染みにくいし……私が良いって言うまで絶対に気力も魔力も魔導具も使っちゃダメだからね? 体内に影響を及ぼす魔法なんだから、狂うとただじゃ済まないんだからね? 何度も繰り返したくないでしょ? その都度消えるまで待つんだよ?」

 しつこく念を押される。分かってるよ、子供じゃないんだから……。

 前回と同じなら一週間ほどの辛抱だ。精々読書に明け暮れよう。


 翌朝日が上ってしばらくした頃にギースが宿までやってきた。本来ギースが術式を私に刻むはずだったのだが……このエルフはそれに頑なに抵抗した。私がやるのだと。ギースは多少呆れていたがあっさりそれを認め、秘術とか言っていたドワーフのそれが描かれた紙をあっさりリューンに手渡した。

 それからまたしばらく二人の通訳を続け……私には分からない専門用語を多用しての会話が終了し、施術に入った。

 私は気にしないのだが……リューンがまたもや抵抗してギースにそっぽを向かせ、私を全裸にして、王都の時のように魔力を私に流し始める。

 独特のリズムで魔力を何度も流され──二時間くらいかかっただろうか。エルフの身体強化のときよりも多くの時間を費やして終了する。この間は本当に何もできないので退屈で仕方がない。

「うん……うんうん、流石私! 完璧だよ……美しいよ……」

 魔導具を作っている時も、部品の加工が上手くいくと時折こんな感じになる。二人ならトリップから戻ってくるまで放っておけばいいのだが……ここにはまだギースがいるのだ。声を出していいのか分からないので視線で問いかける。終わったの?

「ん、ああ。ごめん、終わり。少しなら喋ってもいいけど、動かないでね」

 私の身体に毛布をかけながらお許しが出たのでギースにも声をかける。

「ギースさん、終わったようです。お待たせして申し訳ありません」

「そうか。エルフから聞いとるだろうが、今日は動かんようにな。くどいほど念を押すが、しばらくのあいだは本当に何もするなよ?」

「心得ています。リューンから許可が下り次第また伺いますので」

 一言だけ返事を寄越してギースは部屋を出て行った。無駄な時間を使わせてしまった、申し訳ない。

「改めて言うね。今日一日は何もしたらだめ。できればベッドから動かないで欲しい。食事もお風呂も禁止、読書もダメ。ずっと寝ていて欲しい。明日になったらおそらく動いても平気だと思うけど、最悪もう一日食事を抜くことになるかもしれない。後は様子を見て許可を出していくから。しばらくは本当に言うことを聞いて欲しい。いじわるしてるわけじゃないんだ、お願いね?」

 体内に働きかける魔法……こんなに面倒なものだとは。だが、ここで言うことを聞かなければ全てが水泡に帰すということはもう耳にタコができるほど聞かされている。

 頷いてそのまま目を閉じる。眠くはないが……今日は本当に何もできない。下手に思考して気力や神力が動いてもまずい。眠っていた方がマシだ。


 二日目も動くことを許されずにかなりの苦痛を味わったが、頑張って耐え抜いた。食事を許されたのは施術した日から三日目のことで、短時間ではあるが一緒に読書も解禁された。リューンも魔石や魔導具を触ることができないので、日がな一日ずっと寝ているか、本を読んで共通語を学んでいる。

 私が主に読んでいるのは、一般的に流通しているこの世界の神話の本だ。数冊同種の本を買って中を読み比べてみたが、内容はそう変わらない。

 曰く、この世界の神は兄弟姉妹など、二柱で一つの役割を担っているのだと言う。婚姻を司る姉弟神、鍛冶を司る双子の男神、統治を司る兄妹神など。政治と宗教を絡めたようなものも多々見受けられるが……その全てに神がいるかどうかは怪しいところだと思っている。

 薄々感じてはいたが、迷宮とは神の与える試練や恩寵の一つであり、かつては迷宮と神殿は一対のものであり、より時代を遡ると同じ物として扱われることすらあった。迷宮に神殿を建てたり。迷宮のような神殿を建てたり。

 そして、宗教戦争──。これは歴史の本まで引っくるめると数がありすぎて投げた。神の存在や力が身近なこの世界において、それを旗に争いを起こすことは決して珍しいことではなく、リューン曰く今でも普通にそういう戦争を続けている国などいくつもあるとのこと。

 神様同士の争いは御伽話のようなものしか記述されておらず、植物系の敵対神のことも、結界と浄化の女神のことも載ってはいなかった。

 当然呪いについて知ることができるわけもなく……最近落ち着いてきてはいるが、この身を苛んでいる厄介なあれは未だ消える様子がない。私の浄化が効かない以上、手持ちの札では何ともならない。

 一つ興味深かったのは、パイトと思しき迷宮についての話が出てきたことだ。

 古い時代、どこかの神様が彼の地に六人の天使を遣わせて、彼らは主の力の一部を使って迷宮を作り、今もそこを守っているとか、そういう子供向けのお話。

(天使ねぇ……あの死神、実は天使だったって? 確かに羽は生えていたけどね……)

 迷宮が小規模なのは力の一部だから。出てくる魔物の属性が明確なのも、作った天使の因子によるもの……?

(第三迷宮で殴り倒した死神が実は天使だったとしたら……その主たる神に私のことが知られたとしてもおかしくない。でも宝箱はくれたし、第四迷宮でもメガネの宝箱を見つけている。うちの女神様とは別に敵対してなかったのかな? 死神の後の宝箱はあの感じからして必ず出現するのかもしれないし、階層に出てくるものはランダムで、たまたま見つけただけって考える方が自然だと思うけど……。どうしたもんかね。真面目に迷宮の監視なんてしてないとか、私の神格のことを見抜かれていないとか……考えれば考えるほど沼にはまっていく。案外ふわふわが私のこと隠していてくれたりしてね。結界の神のふわふわだ、そういうのを隠せてもおかしくないよ、きっと。もうそれでいい)

 私は別に、他の神々を打倒して回らなければいけないわけでも、私の名もなき女神様の信仰を取り戻さないといけないわけでもない。私に課せられた使命は女神様の力が散らばらないように管理すること。『なるべく死ぬな』だ。あちらからちょっかいかけてこなければ、他の神のことなんてどうでもいい。


「ねぇ、リューン……まだだめ?」

「ダメ。あと数日だと思うから我慢して。やり直したくないでしょ?」

 八日目を迎え……私は精神的に参っていた。暇すぎる……。気力や魔力の修練もできない。ギースとの訓練もできない。ただの素振りやストレッチもできない。本を読むのも飽きた。散歩もダメだという。私に許されているのは部屋で食べて寝ることだけ。お風呂にも入れず身体を拭くだけ。だめになりそう……。

「次の魔法を覚えるの……嫌だなぁ……これは辛すぎる」

「身体強化は例外なんだよ。一般的じゃなかったり廃れたりするのも分かるでしょ? 次からはこんなことないよ、今だけ我慢して。それと魔力が動くと困るから、魔法のことはあまり考えないでね」

 思考まで管理されてしまう。死んだように日々を過ごし──私が解放されたのはそれから三日後、十一日目のことだった。



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