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第九十一話

 

 夕方、お風呂に入り終えた私達は先に夕食を済ませることにして、近くの食堂へ向かった。ここはお肉料理が美味しいのでこのエルフのお気に入り。今日も猪肉のトマト煮込みのような料理を小鍋で二つ並べてニコニコしている。皿ではない、鍋でだ。

「いつも思うんだけど、なんで同じものを二つ頼むの? 一つずつとかじゃダメなの?」

「そんなことしたら倍の速度で未消化のメニューが消えるじゃない。料理のレパートリーはそう簡単に増えないんだよ」

「左様でございますか」

 よく分からないがこだわりがあるらしい。私は同じ物を食べ続けてもそう飽きは──。なるほど、そういうことか。

 長く生きるときっと、そのうち代わり映えのしないものばかりになるのだろう。メニューの全てが食べ飽きた物になったら……生きるの、辛いかもしれない。

 この辺りもいつかは……考えなきゃいけないのかな。土地を転々するとか、自分で作るとか。

 パンはあるが、パスタは主食扱いされていない。米も見たことがないし、醤油や魚醤のようなものも私の知る限り存在していない。結局料理の種類なんてものは調味料次第なんじゃないかな。製法なんて知りもしないけど、これを増やせば勝手に料理の種類も増えるのではないだろうか。

 後は料理人が創意工夫してくれれば、私の豊かな食生活が今後も──。

「食べないの? 冷めるよ?」

 考えたところですぐどうにかできることでもない。今は食事を楽しもう。


「あれ、お姉さん? 冒険者のお姉さん!」

 私をお姉さんと呼ぶ人間は限られている。パイトの犬娘か王都の犬娘だ。

 ぼちぼちリューンも食べ終わるかといった頃合いに声をかけてきたのは、いつぞや言い合っていた少年少女の二人。以前はもっと人数がいたが、今日は二人だ。デートかな?

「あら、いつかの……こんばんは、奇遇ね? 貴方達もお夕飯?」

 エルフが向かいでプルプルしている。意思伝達がどういう働きをしているのか分からないが、リューンは私が他人と話している言葉が理解できたりできなかったりするらしい。笑いを堪えているということは、今は理解しているのだろう。最近は書物でたまに言葉の勉強をしているから、案外普通に聞き分けただけかもしれないが。

「はい! お金を稼がないといけなくて、魔物を狩っていたらこんな時間になってしまって……。あ、でも! 今日は皆で猪を狩ったんです! 儲かりました!」

「あら、それは嬉しかったわね。高く売れるものね、あれは」

 今まさに向かいのエルフが食べているが、この世界の猪は美味い。肉のメインと言えば猪だ。鹿も美味いが、あれはちょっと固い。

「おい、少し声を落とせよ、うるさいぞ。ご無沙汰しています。お食事中に申し訳ありません」

 私は既に食べ終わっているし、リューンは我関せずと食事を続けている。気にすることはないと手振りで示す。

「お金か……ねぇ、鑑定が残っていたらお仕事受けてみない? お友達を紹介してくれるのでもいいのだけれど」

「俺……いえ、自分は残っています。使う予定もないので問題ありません。鑑定の代行を、ということでしょうか?」

「鑑定ですか! 私も使う予定はないので、構わないですよ!」

 少年は話が早い。頭もいいのだろう。並べてみると……うんうん、可愛らしいカップルだね。

「ええ、そうなの。魔導具の鑑定をしなくちゃいけなくて、ギルドに話を持っていこうと思っていたのだけれど……ちょうどよかったわ。大金貨二枚ずつ出すから、お願いできないかしら?」

「二人で二枚ではなく、二枚ずつですか? それは少々過分な報酬だと思いますが……」

「いいのよ、守秘義務込みだから。どう?」

 待ち合わせの約束をして、二人は空いている席へ向かった。ギルドに行く手間が省けて嬉しい。これで明日には予定もなくなる。


「それで、結局あの子供達に鑑定を頼んだの? 知り合い?」

 以前使っていた宿で部屋を一晩取る。同じ部屋は空いていなかったので、魔導靴は次元箱の中で脱いでおく。

「そうだよ。知り合い……というより顔見知りかな。王都に来たばかりのときに、女の子の方にお店の場所を聞いたんだよ。その後も会うことがあって。そんな感じ」

「そうなんだ。明日出発するの?」

「鑑定次第かな。性能を確認して着替える必要があるかもしれないし、一度宿に戻ってこようよ。お昼までは使えるし」

 あまり防具として役に立ってはいなかったが、長く使ったキャミとホットパンツ。最近は迷宮や町の外を出歩く時にしか使っていない。タンスの肥やしになる時は近いかもしれない。

「そうだね。急ぎでもないし、そうしよう」

「朝一からだから、ちゃんと起きてね? 待たせたくないから、起きなかったら置いていくからね」

「その時は抱っこして連れていってよ」


 翌朝洗面の前にエルフを叩き起こす。まだ半分眠っている彼女を引っ張って神殿へ向かうと、既に少年少女は待っていた。

「二人共おはよう。ごめんなさいね、待たせてしまって」

「いえ! 私達も今来たところです! 社交辞令じゃなくて、ほんとにです!」

「おはようございます。本当に待っていませんので、お気になさらずに」

 二人は朝から騎士服で帯剣もしている。学校の外に出る時はこの服装を義務付けられているんだろうか。

「ありがとう。じゃあ、早速だけど依頼品を預けていいかしら。鑑定書も貰ってきて欲しいの」

 魔法袋から服の入った袋と鑑定代と鑑定書の代金、それに報酬とで大金貨四枚ずつを手渡す。

「分かりました、行ってきますね!」

「お、おい! ……すいません、自分も行ってきます」

 荷物を受け取るなり走り去った少女を追って少年も駆け足で去る。苦労していそうだ。頑張れ男の子。


 まず少女が、その後十分ほどで少年も戻ってくる。鑑定書を確認したいけどそれは後だ。エルフもまだ立ったまま寝ている。

 少年から預かった荷物を魔法袋に収納して終わりだ。

「二人とも今日はありがとうね。本当に助かったわ」

「お役に立ててよかったです。報酬もこんなに頂いてしまって、申し訳ありません」

「いいのよ。有意義に使って頂戴」

「ありがとうございます! お姉さん、この後お時間ありますか?」

「ないこともないけど、どうしたの?」

「この後東門の外で狩りをするのですが、一緒に行きませんか?」

「んー、そうね……ちょっと待ってね」

 私に抱きつくようにして未だ眠りこけているエルフの頬をはたいて起こす。

「何よ……?」

「何よじゃないわよ。この後東門へ行かないかってお誘い。どうする?」

「いいんじゃない? 鑑定終わったんでしょ、サクラが行きたいなら付いていくよ」

 それだけ口にしてまた目を閉じる。いつもいつも……低血圧なのかな……違う気がするんだけどなぁ。

「そうね、ご一緒させてもらおうかしら。今は私服だから、着替えて後から合流するわ。どの辺りで狩りをしているの?」

「猪や鹿を狙っているので、森には入らずに旧街道沿いにいます。ごめんなさい、彼女が我儘を言って……」

 頑張れ、男の子。


 一度宿へ戻って鑑定書を二人して眺める。文面は……同じだ。

「防汚・修復・撥水・耐寒・耐熱……たくさん効果が付いてるけど、これどんなもんよ、リューンさん」

「かなりいいものだよ、サクラさん。これはたぶんあれだ、魔力を通しただけ効果が強くなって、軽度の損傷は魔力を使って勝手に修繕される。これが五千五百万は嘘だね。五億五千万の間違いだったりして」

「桁を間違えたって? ……アルト商会には近づかないようにしようか」

「……それがいいね。着ていく? どっちにする? 私黒がいい!」

 目覚めたエルフは新しい服にテンション上がりっぱなしだ。私も嬉しい。私が黒を着ると黒ずくめになるのでちょうどいい。灰色を選んで袖を通してベルトも締める。

 リューンは黒のワンピに白い肌、そしてサラサラの美しい金髪が映えている。黙っていれば美人度が一層増すね。

 次元箱に入って魔導靴を履いて準備完了。うん、いいね。落ち着いたいい格好だ。

「何で半袖なんだろうね。撥水とか耐熱とか付いてるなら長袖でもよさそうなのに」

「さぁ……でも迷宮産にしてはこれでも十分実用的だよ。サクラの服だってあんなだったでしょ?」

 太腿丸出し、ヘソが見えかねない、胸元も肩も腕もまるで守る気のなかった旧戦闘服。確かに……だいぶ、かなりマシ。とても実用的だ。

「雨降ってなければもう外套いらないかな?」

「効果の程度が分からないから、しばらくは上に身に着けない方がいいかも。生地も分厚いから動きにくくなるかもしれないし」


 襟付き半袖、灰と白色の魔導服。白いメガネ型魔導具。白系の魔導靴。そして白い十手。……随分と明るくなったものだ。外套を着込んでないから余計にそう感じる。町中で腕が外気に晒されている感覚が新鮮だ。ギースと離れた時以来かな。

「ねぇ、あれって髪は覆われないよね?」

 一つ懸念があるとすれば、髪だ。今までは後ろで一つに縛っていたし、外套で守られていた。特に邪魔になることもなかったが、今は腕と同じく外目に晒されている。

「鉄のようにとまではいかないけど、一応通すよ。私は縛ってない方が好きだよ!」

 苦笑して髪紐をほどく。邪魔になるから縛っておけと言われたのは、ギースの家に厄介になって……いつ頃の話だっただろうか。リューンは常に髪をなびかせているので……これお揃いポイントがまた一つ増えた。靴は違うけど、仮に同じものが見つかったところで彼女は履こうとしないだろう。確実に私の予備になる。

「ふふっ、姉妹に見えるかな?」

「さぁ。恋人同士には見えるかもね」

「そ、そうだねっ! そっちの方がいいよっ!」


 東門を出て遠目を使うと、旧街道のそう遠くない場所で四人の少年少女達が狼と戦っている姿をとらえた。

「私達も行こうか。目的は服の検証と散歩。彼らの邪魔は極力しない。私は浄化封印。こんな感じで」

「問題ないよ。確かにここ、魔物が出てこなければ散歩コースにいいよね。数が多すぎるのは……本当にどうかと思うけど」

 東門の外は魔物が多すぎて街道が封鎖されたと聞いている。何か魔物が大量発生する要因でもあるのだろうか。興味はないので調べようとは思わないけれど。

 朝から切っていた強化魔法を掛け、身体強化を張ると……なるほど、確かに服にも通っている。これはいいな、足の守りは十分だ。髪はよく分からないが、リューンが言うのだし、強化が掛かってはいるのだろう。

「強化魔法を通す防具って珍しいの?」

「人造の物は私の知ってる限りではないんだよ。全部迷宮産。そもそもエルフの一部分にしか需要のない代物だから、研究も進んでないんじゃないかな」

 なるほど。同じ素材のグローブとかあればな……なんて考えたが、ないものは仕方がない。今こうして(ひと)種の一人に需要ができたのだから、どこかで誰かが研究を進めてくれないものだろうか。百年くらいなら待ってもいい。

(でもまた十手が嫌がったら困るしな……どうしたもんかね)

 ホットパンツに挿せなくなった、手持ちにしている十手の置き場も考えなくてはいけない。いっそ足に括り付けて……ダメだな、抜けない。スリット入れたらダメかな? ダメだよね。どうしたものか。こればかりは魔法袋や次元箱にしまうわけにはいかないのだ。


 それはさておき、少年少女達は慣れた様子で数匹の狼と戯れていた。エイクイルの騎士と比べればまだ危なっかしいが、この年でこれは中々のものなんじゃないだろうか。狼の数が増えれば分からないが同数程度で苦戦するようには見えない。

「森から釣ってきてる?」

「違うみたいだよ。街道にちらほら出てきてる。珍しいよね」

 狼を駆除しても実入りは高が知れている。私は魔石を掘り出したくないし、リューンは特に嫌悪感もないみたいだけど、小さいただの土石のために働こうという気はないだろう。

「あ、お姉さん! 早かったですね!」

 結構距離があるのだが見つかってしまった。犬娘は鼻が効くのかもしれない。そしてあまり魔物の巣で大声を出さない方がいいと思うな。

「こんにちは。狩りは今からかな?」

「はい。これから奥へ進みます。猪と鹿を狙っていきます」

 周囲を警戒しながら少年が教えてくれる。全く警戒の様子がない少女と比べて、頼りがいがあるね。

「そっか。私達はそれの邪魔しないから、頑張ってね。散歩に来ているとでも思って頂戴」

「分かりました! 今日も頑張ろう、猪二匹は狩りたいね!」


 四人の少年少女達の後ろを少し離れて付いてく。四人は無駄口を叩きこそしないもの、それなりに気軽な雰囲気で行軍している。場数はこなしているのだろう。森の中には比較的近い場所に猪も鹿もいるが……。

「教えてあげた方がいいかな? その辺に結構いるよね、鹿も猪も」

「それに気付くのも訓練の内じゃない? 止めておいた方がいいと思うな。危なくなるまで手を出すべきじゃないよ」

「そうだね。修行の前だしゆっくり散歩しよう」

 この世界に四季のようなものがあるかは分からないが、夏場にここに来て、冬を越えて、暖かな季節に至るだろう。その頃にはセント・ルナへ向けて移動を開始できるかな。

「ねぇ、船って予約とかなしに乗れるの?」

「個室使うなら予約しておいた方がいいけど、かなり高──そうだね、予約しようか。アルシュ行く前に港町寄っていこう」

「先に気付いてよかったね。もうちょっと資金貯めておいた方がいいかな?」

「……あのねサクラ。普通の冒険者っていうのは何年も資金を貯めて、大部屋で武器を抱えて雑魚寝しながら一人でセント・ルナまで向かうんだよ。それで無一文から始めても、余程のことがなければ生活していけるんだ」

「そうなんだ、大変そうだね」

「もうっ……人前であまりお金の話しないでね? 金銭感覚ぶっ壊れてるんだから……リビングメイル狩りを勧めた人に文句言ってやりたいよ」

「しないよそんなこと……」

「個室の二人部屋は……二百とか三百枚くらいだったはず。いい部屋はもっとするけど」

「一番いい部屋は?」

「えっと……いや、言わない。それは贅沢通り越してただの無駄使いだよ。それはダメ。普通の個室にしようよ、ね?」

 初めての船旅だから奮発したかったのだが……禁止されてしまった。



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