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第九十話

 

 日中に管理所の所長から荷物を預かり、宿の掃除と荷物の整理を済ませて部屋を引き払う。夕方から王都へ走り、到着した頃には当然だが日はすっかり暮れていた。

 まだ若干門の順番待ちが残っているのは腐っても王都と言ったところか。列に並んでお姫様抱っこしていたリューンを下ろす。

「とりあえず……宿どうしようか。前いたところでいい?」

「用があるのって魔法学院とアルト商会でしょ? その近くでいいんじゃないかな。ずっと使ってたところは少し遠いし、この時間から泊まれる?」

「あそこ夜から泊まれないんだっけ? ……そうだね、新しいところ探そうか」

 今回は手紙の返信を請け負っていないので、姉妹に会わずに門番に直接預けるつもりでいる。弟さんの分もどちらかに預けてくれれば良いと言われているので、利便の面ではアルト商会に近いところがいいだろう。そうなると西側だが……。

「ねぇ、アルト商会って何層にあるか知ってる? 一度行っただけで場所うろ覚えなんだ」

「四層だね。近くの宿も心当たりあるし、大丈夫だよ。一日二日いるだけでしょ?」

 本当にべ……頼りになる女性だね。


 リューンの案内で西門から大通りを歩き、四層にあるこぢんまりとした宿屋に部屋を取る。ベッド以外に井戸すらない、寝起きするためだけの部屋といった感じだが、寝起きしてすぐ出て行くので問題はない。

 パイトで一人で使っていた部屋がこんな感じだった。あそこと違うのは……夜だと言うのに他人の生活音がそれなりに聞こえてくることだろうか。

「まさかこんなに早く使う機会があるとはね」

 試験運用という名目でベッドの周りを結界石の魔導具で囲むと、雑音は一切聞こえなくなった。本当にべん……頼りになるエルフだね。

 ちなみにこれ、橙石の段階では次元箱内に持ち込めたのだが、魔導具化した後は持ち込めなくなった。所有権がリューンに移ったのだと思う。なので一度私が魔導具を買い取るというプロセスを経ている。その後代金を返してもらっても問題なく出し入れできるのは……よく分からないね。あまり厳格すぎても困るから、いいけど。

「これいいね、いびき対策とかに使えそう。売り込めば大金持ちになれたんじゃない?」

「……これ、浄化橙石を湯水のように使ってるんだけど」

 初日にリューンと二人で集めた橙石は、全てがこの結界石の魔導具へと姿を変えていた。足りなくなったので途中で追加を取りに行ったくらいだ。言われてみれば、使った魔石は百や二百では効かない。

「原価でいくらくらいかな?」

「単価七千買い取りだとして、それを二百五十個以上使ってるよ。二百万くらいじゃないかな、魔石だけで」

 次元箱に設置している空調の魔導具が二点で百二十万くらいだ。それを考えると……うん。

「売るのは無理だね」

「そういうこと。今日はもう寝ようよ。運ばれてただけだけど、私も疲れちゃったよ」

 そりゃあ、あれだけキャーキャー騒いでいればね。


 抱き付いて眠りこけているエルフをひっぺがして起床する。この宿はなんていうか……空気があまりよくないな、長居したくない。空調出しておけばよかった……? 今更だね。

 井戸がないので濡れタオルで顔を拭くに止め、今日の予定を整理する。

(手紙と荷物を魔法学院の門番に預けて、商会に行く。終了。学校だから朝一からやってるよね……今のうちに済ませておきたいんだけど……)

 気持ちよさそうに眠っているねぼすけを……叩き起こしてもいいのだが、流石に可哀想だ。

 しかしまぁ、黙っていると本当に美人だ。いつも思っているし口にも出しているが……ハイエルフとはここまで美形揃いの種族なんだろうか。

 エルフもそれなりに見てきたと思うが、その全てが美人美形というわけでもない。となると、後はハイエルフだから美しいのか、リューンが美しいだけなのかという話になるわけで。

(二人で町を歩いていても、リューンだけが注目されたりはしないんだよね……単に美的感覚の違いなのかな)

 眠り姫の頬や髪を撫でながら時間を潰す。肌も綺麗だ。滑らかでモチモチしていて、触っていてとても心地良い。特に手入れしてる様子もないんだけど……。不思議だね。

「ねぇ、そろそろ起きて?」


「サクラは朝早すぎると思うよ。もっとゆっくりしようよ」

「私が早いんじゃないよ……。これでもだいぶゆっくりするようになったんだよ。一度パイトで私本来の生活に付き合ってみる?」

「やめておく。深夜に魔物狩りに行くとか普通じゃないよ」

 手紙と荷物は詰所に入るまでもなく門番が預かってくれた。数度顔を合わせただけの相手を覚えているとは、優秀な門番だと思う。

 そんなわけでアルト商会へ向かうことになったのだが、まだ担当が出社していないとかで、私達は商会の中を見物して回っている。

 ここから更に流すのだろうが、店舗部分にはかなりの量の品々が並んでいる。四階建ての大きな建物の二階と三階部分丸々となると、かなりの広さだ。デパートのようで、ただ歩いているだけでも楽しい。

 ここにはパイトのみならず、ナハニアを始めとした他の迷宮都市や各地の工房からも魔導具が集まってきているようで、見ているだけで勉強になる。リューンに説明をしてもらいながら楽しんでいると、ふと一着……いや、二着の魔導具の前でエルフが足を止めた。

「ワンピース? 綺麗だね。でも残念ながらミニじゃないねぇ」

 襟付き半袖の前開きワンピース。色違いだが二着とも細部まで同じ形をしている。メガネもそうだけど、こういうのって結構数があるのかな?

 色は灰色と黒で少々華やかさには欠けるが、私……達にはまぁ、歳相応の落ち着きを感じられるいいデザインなんじゃないだろうか。最近は色々着るようになったが、裾も長いしリューンはあまり好まなさそうだけど……私の軽口にも応じずにじっと魔導具を凝視しているところを見るに、気に入ったのだろうか。

(普通の服に見えるけど、これが魔導具なんだね。──よく見れば生地、かなりしっかりしてる。こうして見ると私服って感じじゃないな。軍服? ではないよね……)

 隣で真剣に生地を触ったり魔力を通したりしていたリューンが顔を寄せてきて小声で囁く。

「サクラ、これ……魔力身体強化通すよ」

「通すって、どういうこと?」

 顔が近づくと未だにドキッとする。真剣な顔をしてると本当に美しい。さておき、私も小声で返す。

「今は服の下、身体に膜を張るように覆われるでしょ? これ、服もそうなる。かなり良い物」

「ん? 身体と服を両方守れるってこと?」

「そうそう。服の上からなら……言うなれば防御力二倍。あと、いくつか効果が付いてる。たぶん防汚も。これとてつもなく古い時代の物だ。かなりの掘り出し物だよ、この値段だしおそらく未鑑定品。十中八九迷宮産」

 値札には走り書きでそれぞれ五千五百万とある。買えない額じゃない。

「リューンが欲しいならこれ着る? 買ってもいいよ」

「何言ってるの? サクラが着るんだよ。これは逃しちゃダメだ。絶対に買うべき。こんなの、普通に買ったら数億してもおかしくないよ」

 このエルフ、長生きしてるだけあってこういう物への造詣が深い。特に魔導具の良し悪しははっきりと口にする。私がギースから借りている魔法袋をボロクソに言ったのも記憶に新しい。

「じゃあ、両方買おうよ。お揃いだし、一億なら五回分だ。大した痛手でもないよ」

「えぇ……私はいいよ、高すぎるって。サクラは前に出るんだから」

「リューンに怪我されると私が困るんだよ。買わないかお揃いで着るかの二択。はいどっち?」


「ああぁぁ……買っちゃったよぉ……」

「そりゃ買うよ。必要経費なんだからそんなに気にしないでいいのに」

「でも、未鑑定品なんだよ……? 変なものだったらどうしよう……」

「鑑定すればいいよ。リューンの目は信頼してるし、仮に期待外れの品でも責めたりしないって。飾っておけばいいよ」

 あの後しばらく苦悩していたエルフは、やがて観念したように首を縦に振った。

 それを確認して店員を呼び、悲痛な顔をしたエルフの前で一億一千万をポンっと支払う。

 大量の大金貨を吐き出して懐は軽くなったが、それでもまだ五千四百万以上残っている。大きな買い物はできないかもしれないが、当面の生活費としては過剰も過剰だ。

 魔導服の付属品が混ざらないように個別に梱包してもらって、それを魔法袋にしまっていく。そして何事もなかったかのように店内の見物をしながら会話を続ける。隣のエルフは目が死んでいて周囲を見ていないが。

「王都でも鑑定できるよね。私鑑定残ってないんだけど、リューンできる?」

「……どっちもできるよ。できるけど、言葉が通じないからメモ書いて欲しい。それと依頼も出さないとダメだね。色違いだし、二つが同じものとは限らないから」

「それもそうだね。ならいっそ、両方依頼に出そう。リューンの鑑定が残ってる方が、いざというとき助かると思うんだ」

「うぅん……まぁ、一枚増えるだけならいいか……一万一千枚払ったのに比べれば……」

 実際は百枚の束を百十束出しただけだ。いい加減金貨の束にも慣れて欲しい。

「安全のためならこれくらい安いものだよ。私だってリューンが怪我するのは嫌なんだから」

 今から鑑定神殿へ向かうと猛烈に混むので、今日依頼を出して、日を改めて朝一に代理人に向かってもらうことにした。

 そんな感じの話をしているところに、今日の目的だったお酒の担当が到着したとのことで呼び出しを受けた。一階へと向かう。

 案内された場所は商会一階の倉庫ではなく、外に設けられた小さな倉庫だった。そこに瓶やら樽やら、多種多様なお酒が並べられていた。これだけあればギースも満足してくれるだろう。おつまみも買っていった方がいいかな?

 そこで待っていた、いつぞや一度だけ会った中年の商人に契約書を渡して商品の説明を受けるが……お酒のことは分からないので目録だけ貰う。予算外だが、他にもいい品があるとのことだったので、おつまみも見繕ってもらって一緒にまとめて購入する。追加でもう三百枚ほど飛んだが、私がギースから受けた恩はこんなものではない。お酒で返せるならいくらでも持っていこう。

 追加で仕入れた分も全て倉庫に運んで貰って、お礼を言って中年商人を見送った。魔法袋を借りる話もあったが、あれはもう不要なので断った。正直使ってみたい気持ちはあったが、また王都に返しに来るのも手間だし、レンタルだと破損も怖い。今は弁償できるほど手持ちに余裕はない。


 お酒を次元箱に積み込み終え、二人で商会を立ち去る。本来ならここで王都での用事は終わりだったが、やることが一つ増えてしまった。

「先に宿取ろうか。鑑定は明日にしよう」

「いいけど、どうしたの? 普段なら真っ先にギルドにでも向かいそうなものだけど」

「お酒の臭いがね……お風呂入りたい。リューンも私の横にいるの嫌でしょ」

 普段より心なし二人の距離が遠いのに気づかない私ではない。

「アハハ……そうだね、お風呂行こうか」

 西から東を目指して歩く。手紙の配達を先に済ませておいてよかった。こんな臭いをさせて学校には近寄れない。



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