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第八十八話

 

 二人で話し合った結果、迷宮での暇潰しは三日に一度程度ということに決まった。

 リューンが結構辛そうに見えたからだ。表面上大したことなさそうにしていたが……私のペースに付き合い続ければ、そのうち絶対に限界がくる。

 霊鎧狩りを日課に組み入れたかったけど、付いて来ると言い張ったのでこれもナシにした。暇潰しで身体を壊したら元も子もない。

 リューンのオモチャは沢山あるし、私も私で強化魔法の習熟やら、やることはいくらでもある。

「ねぇ、魔力の……回復速度とでも言うのかな、それが早くなるような道具ってあるの?」

 私は次元箱に机二台、椅子四脚をしまっていたのだが、机は両方ともリューンに取られてしまった。作業台は広い方がいいだろうが……大きいの買ってこようかな。

 椅子にずっと座って本を読むのも身体が凝るので、私はベッドや椅子を適当に移動しながら本を読んでいる。そして割とすぐに飽きてリューンにちょっかいを出す。

「あー……あるにはあるよ。ただ、市場に出回ることは……ないかもね。欲しいの?」

「どうしてもって程じゃないけど、それがあれば魔力が早く育つかなって。魔力身体強化は攻防の要になってるから、可能な限り格を上げていきたいんだよ」

 リューンに会うまで、私は防御面をほぼ捨てて殺られる前に殺るスタイルを貫いていた。防具も色々試したが、服は防具としては半端で小手は十手がぶっ壊した。鎧は身体が重くなる。リビングメイルを狩るには不足がなかったとはいえ、軽装も軽装。

 だが今は魔力身体強化がある。この強化魔法、単純な攻撃力の上昇は気力に及ばないものの、一緒に防御力を上げてくれるというのが最高だ。私の不安要素だった近当ての常用と防御力の不足という二点の問題を見事に解決してくれた。これだけでリューンを拾った甲斐があったというもの。

 ギースからもドワーフの魔力身体強化を教えてもらう。今以上に魔力を使うことになるのは必至だし、魔力の格、そして器の強化は集中して行っていきたい。今も魔導具を全て外し、リューンの見極めで毎日限界まで魔力を使い続けている。そしてこの寒い中、部屋の中では常にミニスカを強いられている。

「当てがないこともないんだけど……気は進まないなぁ」

「流石にエルフの国の宝物庫から盗ってこいだなんて言わないよ」

「あそこにもあるかもしれないけど、そんなことしたら本当に殺されちゃうよ。エイフィスって都市があるんだ、魔法の研究が盛んなところなんだけど」

 エイフィス……どこかで聞いたな。どこだ……王都だった気がする。

「そこに魔導具……特に防具とか装飾品の生産を専門にやってるところがあって、そこに知り合いがいるんだよ。研究用にいくつも持ってるはずだから、お金積めば一つ売ってくれるかもしれない。ただなぁ……」

 防具……思い出した! 王都で小手を壊した時、前後に回ったどこかの店で勧められたのが確かそんな名前だった。

 しかし、なんでそんなに嫌そうな顔をしているんだ。

「なにか良くないことでもあるのかね?」

「……着せ替え人形にされて、数年外に出て来られなくなるかも」

「なるほどね。魔力のためなら……私は涙を飲んでリューンを売るよ。数年で出てこられるんでしょ?」

「ちょっと! 馬鹿なこと言わないでよ、サクラも道連れに決まってるじゃない。あそこ頭のイカレた職人が多いから、それくらい本気でやりかねないんだからね……」

 残念だ。でもまぁ、この美人さんを着せ替え人形にしたいという気持ちは分かる。黙っていれば……ムラムラする。


「それでさっきの話だけど、エイフィスは大きな迷宮都市からもかなり離れてるからお勧めしないよ。街道は通ってるけど、明かりがあるせいで夜でもそれなりに人通りがあるし、そういう道嫌いでしょ?」

「嫌いだねぇ。魔導具は欲しいけど……諦めますか」

 この部屋は王都のそれと比べて、広さはそうでもないのだが天井が高い。暖房一つだと若干寒いのだが……赤石二つを使うと過剰になるという。汗だくで寝るよりは少し寒いのを我慢する方がマシだ。幸い喋る湯たんぽがあるし、毛布も多めに準備してある。ナイス私。

「焦る気持ちも分かるけど……サクラの器は今でも十分広いから、毎日限界まで使ってるだけで相当な勢いで成長してるはず。格にしても、壁に突き当たるのはまだまだ先のことだよ。道具に頼るのはそれからでもいいと思う」

 専門家にそう言われると……そうなのかもなぁ。そもそも現時点じゃお金が足らないだろう。

「そういえば、結局迷宮都市ってどこにあるの? 知ってる?」

「ここから現実的な距離にあるのはナハニアだね。世界で見ても十指に入るくらい大きいとされてる。それよりも大きいところだとセント・ルナがあるけど、ここからじゃ船を使わないと行けないから……結構かかるよ、二百日くらいかな」

 船か……実は乗ったことがない。フェリーとかそういうの、結構興味がある。退屈かもしれないけど……悩ましいな。

「ナハニアには走って行けるの?」

「行けるよ。ここからだと北西だね。アルシュに行くんでしょ? あそこからだとほぼほぼ真北だよ。距離はあるし、街道は迂回するけど」

 アルシュ……最初の町の……北?

(まずい。それはまずい、絶対にダメだ。あそこにだけは近づいちゃいけない。先に聞いておいてよかった……本当によかった。泉の北は敵対神の根城方面だ、絶対近づいちゃいけない)

 緊張を悟られないように静かに深呼吸する。落ち着け……。


「船にも乗ったことないし、セント・ルナの方に興味があるな。迷宮も大きいんでしょ?」

「私は中に入ったことないけど、そう聞くよ。あそこは武具や魔導具の流通も盛んだし、とにかく広いんだよ。王都の何倍もある。ほ、ほんとだよ? 凄く広いんだから!」

 ごまかせたかな? 王都ってこの辺り……この国? でも見てもかなり一番大きいとか聞いた気がするんだけど……

「セント・ルナってこの国じゃないの? 王都はこの国で一番大きいって聞いたことがあるんだけど」

「違うよ。ガルデは……ちょっと言葉は悪いけど、辺境の田舎なんだ。ナハニアは多少マシだけど、迷宮が凄いだけでまだ田舎。セント・ルナは都会も都会だね。研究都市もヴァーリルも近いから、若者の憧れの地って感じ。交通の便はあまりよくないけどね」

「リューンはセント・ルナに何しに行ったの? 迷宮に入らなかったって」

「か、観光……一人で……。楽しくなかったから、すぐ出てきたんだ。その後ナハニアを見に行って、バイアルを経由してガルデに着いたんだよ。サクラと会ったのはその後だね」

 脱力した。何やってんだこの女……大きい迷宮都市なら話が通じるエルフがいたかもしれないのに。

「じゃあ、今度は二人で行こう。二人なら楽しいこと、いっぱい見つかるよ」

「そ、そうだよね! もう一人じゃないんだから、きっと楽しいよっ!」

 あー……ほんと愛おしい。また食べちゃいたい。


 その数日後に第四迷宮の管理所から手紙が届いた。中身を確認したところ、お相手は聖女ちゃん。一度会いたいとのことで、日を改めて私は一人で管理所へ向かっている。彼女のことはリューンに説明してあるので、遠慮して宿で待っているとのことだった。最近は情緒も割と落ち着いて、短時間離れるくらいじゃぴーぴー泣かなくもなった。短時間なら……ね。一度一人で迷宮に遊びに行ったのがバレて泣かれた。

 装備はメガネと十手のみで、靴を含めて他は全て宿に置いてある。外套の下はほぼほぼ私服だ。ミニスカは断固拒否した。

 リューンとは服が共用できるので、色々試せて楽しい。次元箱がクローゼットになりかけているが……ま、まぁいいだろう。あれは元々倉庫だ、正しい使い方をしている。

 管理所で久し振りに会う役人に所長室……ではなく個室に向かうよう指示され、これまた久し振りに足を踏み入れる個室でしばらく待っていると、所長と聖女ちゃんが連れ添って現れた。

 普段なら会うなり飛びかかってきそうなものだが、今日はシュンとしたような、しょげた犬のようになっている。これはこれで可愛いが、今日は別に愛でにきたわけではないわけで。

「ここには誰も入れないように職員には伝えてある。私も部屋に戻る。後はそちらで話をするといい」

 それだけ伝えて所長は部屋を出て行ってしまった。気を遣ってくれたのだろうが……どうしようかね、これ。


「久し振りね? とりあえず座りなよ、立ったままじゃ話もしにくいからさ」

 コクリと小さく頷いて、正面の席に腰掛けた。

「神官長だったっけ、あの人と話をする機会があってね。──連れては行けない。これは、はっきりと伝えておくよ」

 彼女が杖を置き剣を握ったこと。剣の鍛錬を必死に頑張っていたこと。その全てを無駄だったとは思わせたくない。

 だが報いてあげるわけにはいかない。そうすればそう遠くはない未来、もっと辛い別れの時がやってくる。その時彼女には、きっとエイクイルに居場所はない。──彼女の人生は狂う。私のせいで。遠ざけなければいけない。今なら、まだやり直せる。

「ど、どうして……?」

 子供だ力量不足だなんてのは詭弁だ。だが、今は詭弁を弄そう。

「遠くへ行くんだ。王都よりも、もっと遠いところ。そんなところに、大人が他所様の子供を連れてはいけないよ。責任持てないからね」

「で、でも私、ちゃんと戦えます! 剣も、魔法も使えます!」

「剣と魔法が使えたら、どうしてついてこれるの?」

「えっ?」

「私は研究都市で学者を目指すかもしれない。魔導都市へ魔導具を学びに行くかもしれない。ヴァーリルに鍛冶を習いにいくかもしれない。お金は多少あるから、単に羽休めに出かけるだけかもしれない。そんな私に付いてくるの? 護衛として?」


「剣と魔法が使えるっていうのは、そういうことだよ。エイクイルではそれが必要とされている。──君には、居場所があるんだよ」


「私が子供で、役立たずだから……ダメなんですか?」

「私が、大人で役に立つ人と一緒にいたことがあるかな?」

「それは……」

「誰かと一緒にいることを選ぶ時、その関係は打算から始まるかもしれない。でもずっと一緒にいることを決めるのは、それ以上の、もっと大切な気持ちが生まれたからだよ。私は少なくともそうだ。利用価値があるからずっと一緒にいましょうだなんて、そんな関係は寂しいよ。私はそんなの、耐えられない」

「だから、連れてはいけない。私のことは──忘れてね」


「終わったのか」

「はい、お手数おかけして申し訳ありません」

 そのまま去るのもどうかと思ったので、一応所長の下へ向かった。書類作業の手を止めていないし、それなりに忙しいのだろうか。

「構わない。次王都に行く際、また手紙と荷物を娘達……と息子に届けて欲しい。二日前位に連絡をくれると助かる」

「お安いご用です。寒さが緩んだ頃になりますが、よろしいのですか?」

「問題ない。家内も手紙を書きたがっていてな、今も便箋とにらめっこしているだろう。……だが、今日明日で書き終わりはすまい」

「お父様も苦労なさっているのですね」

「むっ……そうか、娘達か。うむ……」

「ふふっ──では、彼女のことはよろしくお願いします」

「直にエイクイルからも迎えが来るだろう。後は私が対応しておく」

「ありがとうございます。では、私はこれで」

 この人の話が早いところ、本当に好きだ。

 一人になれたが……寄り道をする気にもなれず、宿へ直帰することにした。道すがらにある第一迷宮はまだ混んでいる。こりゃもう諦めた方がいいな。


「おかえり。終わったの?」

「ただいま。うん、終わった。これで……まぁ、もう懸念事項はないよ。後はお酒取りに行って、師匠のところで修行して、旅立つだけ」

「そっか。うん、ならいいんだよ」

 宿に戻ってやっと一息つける。子供じゃなければ……連れていっていたのかな、私は。

「ねぇ、他所様の子供を勝手に連れていったら犯罪だよね?」

「それが犯罪じゃない国があるなら、私は絶対そこには近づかないよ……」

 そりゃそうだ。私だって近づかない。

「成人したての子供だったらどうかな」

「人の成人したてって、まだ子供みたいなものじゃない?」

「そっか……うん、この話はおしまい」



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