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第八十五話

 

 それから更に数日経って、ようやくリューン先生から気力と魔力と魔導具の使用を解禁された。ここまで術式が馴染むのに時間がかかった理由は彼女もよく分かっていないようだった。本当に不思議そうにしていたし、少し申し訳ない気持ちもあるが……。私の身体は普通の人のそれじゃない。気にしても仕方ないだろう。

 とはいっても、魔力身体強化の扱いに慣れるまでは、練習中の気力と魔導具の使用は止められている。

「前にも何度か話したけど、ハイエルフの魔力身体強化は外側から強化をするものなんだよ。サクラに施したのは全身強化の術式。とっておきだし、魔力効率もいいよ」

 気力は人体の組成を強化する、ドワーフの魔力身体強化も同じ系統のものらしい。そして私に施されたハイエルフの魔力身体強化の術式──全身強化魔法は、全身の体表を覆うようにして強化をするとのこと。

「魔法初めてだから拍子抜けするかもしれないけど、魔導具に魔力を流す感じで胸から全身に魔力を広げてみれば、もう使えるよ」

 最初は強く流しちゃダメだよ、と念を押されるが……。

「え、もう使えるの? 練習とかは?」

「使うだけならもうできるよ。術式は刻みこんであるし回路も……ビリビリしたでしょ? あれで最適化したもの。魔法を使う練習と言うよりは、魔力をもっと上手く扱えるようになる練習が必要なんだよ」

 そういえば気力の際も……穴を開けて衝撃波が出るようにとかなんちゃら言われたな。似たようなことをされたのだろうか。どいつもこいつも、私に何の断りもなく身体を改造していく。

「それで、もう使ってみていいの?」

「うん、もう……ああ待って! やっぱり私がやる!」

 ニコニコしながら胸を鷲掴みにされる。そんなに大きくないけど……。グニグニする必要はないんじゃないかな。

「今から魔力を少しだけ注ぐから、身体の変化に注意していて。──わかる?」

 変化は最初の一瞬から顕著に現れた。胸元に注がれた魔力が身体の表面にスッと広がって膜のようなものを形成したのを感じる。全身タイツのような感じだろう。あれと違って圧迫感はないけれど。

 リューンは魔力を切ったり入れたりしている。その度に膜が消えたり出てきたり……面白いなこれ、照明をオンオフしているかのような物理感がある。

「リューンに注がれる度にスッと広がっていくのが分かるよ」

「これが魔力身体強化だよ。次は自分でやってみて? 少しずつだからね」


 私が『魔法』に抱いていた印象とは、ローブ姿のひげのおじいさんが本と杖を持って、詠唱を乗せたり唸ったりして、杖を振ったら火の玉や電撃がバリバリ! っと、そういうようなものだった。これまでは。

 今感じているのは、スイッチだ。魔力を注ぐことで電源を入れ、その量を増やせば効果も増える。放っておけば魔力を消費することでそのまま持続され、意識して魔力を切れば効果も消える。

 放出系の魔法はまた違うのかもしれないが、私の強化魔法はそういう『魔法』というイメージからは程遠い。

 だがそんなことはどうだっていい。この全身強化、気力とは別のベクトルで効果が飛び抜けている。

 私が膜と感じたあれだが、これが言うなれば防刃全身タイツだ。リューンが掌にナイフを突き付けてきて……刺さらなかった。指でプニッと押したかのように、少し凹むだけ。魔力を少し増やせばそのまま押し返した。

 これは素晴らしい。ここにきてワタクシ、初めて実用的な防具を獲得しました。

 しかし、これを維持して身体を動かすのに少々てこずった。二人羽織で誰かの身体を動かしているような……そんな違和感がある。

 油の切れたロボットのようにガクガクと不気味な動きをする私を見て、リューンは指を差して顔に涙まで浮かべて爆笑していた。

「サクラ、筋力で動かそうとしないで、魔力を操作するの。慣れれば自然にできるようになるから、今はがんば……ププッ」

 言われてすぐできるようになれば苦労しない。こちとら魔力操作すら初めてなんだ。これは絶対にモノにしなければいけない。笑いたきゃ好きなだけ笑え!


 その日は結局進展が見られず、気力を取り戻した私は彼女に今までのお礼をたっぷりとお返しして、翌日からまた修練に励んだ。彼女がいくら泣いても止めなかった。

 数日悪戦苦闘を続けることになったのだが、その終わりはあっさりと訪れた。業を煮やして気力と併用して思いっきり十手を素振りしたのだ。物凄い音と風圧に自分でもビビったのだが、それでズレが直ったかのように、思いのままに魔力を扱えるようになった。これまでの苦戦が嘘のように。どういうことなの?

(リューンは筋力で動かすなと言ったが、今思いっきり気力任せで身体を動かした。その結果魔力を扱えるようになった……魔力? これ魔力か?)

 おかしい、これは魔力じゃない。もっと身近でよく知ったもの──神力だ。リューンが施した魔力全身身体強化の魔法術式。それを神力を用いて稼働させている?

 急に動きを止めて黙り込んだ私をリューンが心配そうに見ているが、心配ないと制して考察を続ける。

 魔力を術式に通す。スッと膜が広がる。魔力を切って神力を術式に流してみる──何も起こらない。

 気力と魔力を同時に使って身体強化をする。これは全く問題ない。気力のみの時よりも確実に身体能力は上がっている。魔力身体強化は正常に機能している。そのまま気力だけ切って何とか魔力のみで素振りをしてみるが、力は上がっている。気力と魔力が互いを阻害していたようには感じられない。

 魔力のみの全身身体強化に意識して神力を……ふわふわを向けてみると、身の回りでふわふわしているだけだったそれの一部が、魔力のそれと同じように、全身に膜を形成して広がっていくのを感じた。

 こうなると思いのままだ。気力と魔力の二種を使っている時よりも、神力と魔力の二種の方が強化の度合いは確実に大きいし動きやすい。格や練度の差だろうか?

 その状態から魔力だけ切って気力を込めていくと、しばらくは問題なかったが、やがて膜を形成していたふわふわが、元のふわふわに戻って私の周囲をふわふわし出した。ややこしいな、ふわふわ……可愛いんだけど。

 神力は気力と魔力、どちらの強化効果とも相乗する。神力単体での強化は持続しないため、長く使うのであれば魔力身体強化と併用する必要がある。

 そしてそこにもう一種を追加して、気力と魔力と神力の三種強化になった時がもう滅茶苦茶だ。素振りするだけで椅子がガタガタ震えだす。室内でこれはまずい。

(三種の検証は後。神力を強化に回せなくなった時のためにも、強化魔法単体の扱いを習熟する必要がある。当面の課題はこれだ。そして──近当て。これが機能するかどうかを試したい。近当ての威力は気力強化の度合いに依存する、どこまで威力を高められるかも試さないと)

「ねぇリューン、ちょっと門の外に──」

「……明日にしなよ。ご飯食べないの?」

 久し振りに身体能力が戻ったのだ、身体を動かしたくてたまらない。理想は霊鎧だが、この際なんでもいい。

(しかし、なんで急に神力を身体強化に使えるようになったんだろう。気力のように体内で使うことはできないみたいだし……不思議だね)


 強化魔法単体の扱いにはまだ難があったが、翌日朝から二人して東門へ足を向けていた。

「今日は少し試すだけにしてよ? 本当はきちんと扱えるようになるまで併用して欲しくないんだからね?」

「うん、分かってるよ。いくつか確認したらすぐ終わりにする、約束するよ」

「ならいいけど。……気力と組み合わせると扱いが楽になるって、不思議なこともあるものだね。初めて聞いたよ」

 魔導具の使用はまだ禁止されている。今日は普通の靴と服で、メガネもかけていない。干渉する恐れがある為、これだけは絶対にダメだと強く念を押されている。

 検証に行くのを納得させるために、交換条件でミニスカ穿いて出歩く羽目になったが仕方がない。寒いだのなんだの言っていられない。

 門番に挨拶をして旧街道へ進んで手頃な魔物を探しにいく。大物がいい、猪が理想だ。多少弱らせれば……。

 まず猿が現れた。街道に出てくるのは中々珍しい。こいつらは普段、森の樹上に居ることが多い。

「さて、まず一つ──」

 飛びかかってきた猿を正面に見据えて、三種強化をして浄化を込めずに十手を振り下ろす。インパクトの瞬間に起爆して近当てを──。

「えっ? キャアアッ!」

 パンッと軽い音を立てて猿が爆散した。音からは想像できない勢いで血肉が撒き散らされる。リューンが悲鳴を上げる。無理もない、二人してミンチ塗れだ。ミだよ。

「あー……次行こうか」

「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってよ! 何で浄化しないのよ!?」

 十手はしっかりと握られている。全く問題ない、常用できる。最高に嬉しい。

 探せばどこかに土石もあるはずだが、見つけられるとも思えない。無視して次を探す。

「あれだと威力が分かりにくいじゃない。次からは浄化するから大丈夫だよ。ねぇ、猪か鹿を探して欲しいな」

「えぇ……もうっ、早く済ませてお風呂行くよ!はぁ、もう、酷いよ……先に言ってよ」


 気力と魔力の二種強化だとまだ若干操作が怪しいが、神力が絡むとその不安定さもなくなる。

 問題は継続時間だ。私は気力も魔力も多くの人より遥かに器が広い。使える量は比較にならないが、無限に使えるわけではない。

 これまでの生活で気力の量に問題ないことは自覚しているが、問題は魔力の量だ。

 今までは魔導具に吸わせっ放しにして、消費と回復がトントンといった感じだったはずだ。自然に回復する分がほぼ魔導具の消費に当てられているわけで、今後強化魔法を使っていけばその分消費は嵩み、自然には回復していかない可能性がある。しかもこの強化魔法は、スイッチを切らない限り魔導具のように勝手に魔力を吸って持続する。

 オンオフのスイッチとは別に、魔力強度を設定する目盛りが付いているような感じだ。気力とは違い、設定した分を勝手に使い続ける。

 一度枯れるまで動いてみたいが……。

「ねぇリューン、魔力枯れるまで使い続けると何か問題がある?」

「寿命が縮むよ。ギリギリまでは大丈夫だけど、それ以上はダメ。これは絶対に守って」

 こういう真剣な声音の時に絶対にダメとまで言うのだから、本当にアカンのだろう。寿命……寿命なぁ……私の寿命……。

「魔力って、使わずに時間を置く以外に回復させる手段とかあるの? 薬とか」

「ないこともないけど、止めた方がいいよ。偽物とかも多いし……本物でも大した効果が見込めないものがほとんどだよ。外から見るだけじゃ真贋の区別できないから」

「そうなると困るね。靴……脱ぎたくないんだけどなぁ」

 メガネはいい。あれは身に着けるにしろ使うにしろ、消費がとにかく少ない。次元箱も消費極小とされていただけあって、負担はないに等しい。

 服はこの際もうなくてもいい。消費は微々たるものだが、強化魔法を使いっぱなしにしていた方が器の成長の点でも有利だろう。併用することを考えれば処分はできないけど。

 問題は靴だ。正直本気で脱ぎたくない。見た目も気に入っているし、耐久性も防御力もこれは群を抜いている。消費にさえ目を瞑れれば一級品だ。

 だが、今現在その消費に頭を悩ませている。

「格も器も、とにかく使って広げていくしかないって言われてるし……そのうち気にならなくなるんじゃないかな。あの魔法袋を使うのは止めた方がいいと思うけど」

「あの袋ダメなの?」

「あれは魔力が満タンでも近くにいれば溢れるのも構わず吸い続ける類の品だよ。正直買い換えるべきだと思う。安物の粗悪品、サクラには不釣合いだよ」

 随分と辛辣な意見だが……本音なんだろうなぁ。ギースの物だし愛着もあるが、やっぱり自前で買うべきか。

「買い替えは本気で検討するよ。しばらくは無理だけど……お金が入る予定はあるから」

「それがいいよ。その……持ち込めるのがいいんでしょう?」

 周囲に目をやって小声で尋ねてくる。配慮が嬉しい。その通りだ。箱に持ち込めないのは本当に困る。

「そうだね、それが最優先。他の効果や容量は二の次かな」


 その後は猪の突進を受けたりヘビや鹿に指を噛ませたりして……検証を切り上げてお風呂へ向かった。リューンは泣きそうにしていたが、これは試しておかないといけないことなので我慢して欲しい。

 私がやらかしたので洗濯物が多い。こういう時魔導具の防汚効果の偉大さを思い知るね。

「ねぇ、魔導具に吸わせるのと自分で魔法を使うの、どっちが器の成長早いのかな?」

「そりゃ魔法を使った方が圧倒的に早いよ。そもそも魔法を使わないと格が上がらないの。サクラは器は広いけど、格はまだ生まれたての子どもと変わらないんだからね? エルフのじゃないよ、人のだよ」

 ギースにも弱い弱いと言われたが、そこまでだったのか……。

「強化魔法使いっぱなしにしてれば格も器も育つ?」

「育つよ。サクラは魔導具に吸わせるのを控えめにして、今はどんどん身体強化を使っていくべきだよ。使いっぱなしで寝てても平気なくらいに」

「それ、疲れない? 寝てても疲れが取れないのは本末転倒なんだけど……」

「それ込みで成長するんだよ。普通はやらないけど、サクラにはちょうどいいよ。限界は私がちゃんと見ておいてあげるから」

 本当に世話になる。魔力のことは専門家に任せよう。



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