第八十二話
「それはそういう魔導具でね、便利だから普段から掛けっぱなしにしてるんだけど」
抱き締めて精一杯の親愛を示してからリューンを解放して説明を始める。彼女は攻められると激弱なので、顔を真っ赤にしてまだ深呼吸している。
「う、うん。便利なのは分かる。視力強化とはまた違うもんね、仕組みは分からないけど……」
周囲の警戒も続けているが、魔物はいない、今は安全だ。
「それに慣れたら、高空の鳥も撃ち落とせるようになれる?」
「普通に飛んでる鳥なら問題ないよ。これの扱いに慣れる方がきっと大変だね。練習させてくれれば大丈夫だと思う」
そうかそうか、これでトンビなど恐るるに足りん。次に会った時が奴らの命日だ。一羽残らず空調の餌にしてくれる。
「それ使ってていいよ。暗視もあるから、そのうちそっちも慣れてね。慣れないと気持ち悪くなるから」
「えっ、いいの!? ……で、でもこれ、絶対安いものじゃないでしょ。流石にそれくらいは分かるよ」
「いいよいいよ。使ってなくても常時若干魔力吸うから気をつけてね。そんな大した量じゃないけど」
リューンの射程強化による恩恵は絶大だ。まさに攻防一体の魔法。難点はダメージを与えられないことだが、全く問題ない。
「その辺にいっぱい、大量に出てきたらどうする? 一匹ずつ止める感じ?」
「近距離なら問題なく止められるよ。一面覆い尽くすとかなると、厳しいかもしれないけど。十や二十くらいなら同時に足止めできると思ってくれていいよ」
また抱き締める。あーもう、ほんと好き、大好き。
その後は鹿や猪の突進を止めてもらったり、ヘビの頭部をピンポイントで狙い撃ちしてもらったりして、魔石を全回収して宿へ戻った。
リューンは若干ふらふらしていたが、それは使い続けていれば慣れるので今は頑張って耐えて欲しい。
「でもサクラ、これないと困らない? エルフは少しだけど、夜目が効くんだよ」
ベッドに並んで腰掛けてリューンが聞いてくる。ないと困るのは確かなのだが、あるんだな、これが。
しばらく黙っていて、ある日いきなり何事もなかったかのように顔に掛けて現れようと思っていたのだが……いいかもう。ネタばらししよう。
ちょっと待っててね、と言い残して次元箱へ入る。鑑定書どこやったっけな……バインダーとか引き出しみたいなの、欲しいな。
ランタン片手にしばらく探し物をして、ようやく見つけた物を手に部屋に戻った。メガネは後ろ手に隠してある。
「リューン、これ見て」
年季の入ったボロボロの鑑定書をリューンに見せる。初めはきょとんとしていたが、鑑定書と分かって中身に目を通し始めた。
「遠目、暗視、水中視まで……便利な物だね。これ、着けてると外からじゃ外せないよね?」
「そうだね、私が全力で引っ張っても外れないと思う。皮ごと引き剥がすことになるんじゃないかな」
「ちょっと! 怖いこと言わないでよ、もうっ」
「あはは、やらないよ。それで次、こっち見て」
新しい綺麗な鑑定書を見せる。リューンはまた目を通すが──。
「これ、同じものじゃない。再鑑定したの?」
「ふふっ。違うんだなぁこれが。──じゃーん!」
と、ここでメガネを出すわけだ。随分とあっさりしたお披露目になってしまった。
「えっ……えっ?」
「最初、今リューンが掛けている方を買ったんだよ。古い方の鑑定書付きでね。その後しばらくして迷宮で宝箱を見つけて、ウキウキで蓋を開けるじゃない? そしたらこれが入ってて……いやぁ、あの時は笑ったね」
リューンは顔からメガネを外して一見真剣な顔で二つを見比べているが──。口元がにやけているのを隠しきれていない。そりゃ笑うよね、私もそうだったんだから。
「流石に鑑定しないで使うわけにはいかなから、神殿に持っていって鑑定してもらって……新しい方の鑑定書は、これのだよ」
「とまぁ、こんな事情があってね。私も軽く検証したけど個体差はないと思う。好きな方使ってていいよ」
「ふふっ、変なの。売らないで残しておいたの?」
「パイトだと買い取り価格も大したことなかったし、それならと予備にね」
中年冒険者がそう言っていた。確か三千万とか言ってたっけ。私がそんな額で手放すわけがない。
「じゃあ、ありがたくお借りします。同じものなのよね?」
「私には違いを感じられなかったよ。暗視の方もね」
リューンはそのまま……私がずっと使っていた方を手に取って──。
「ねぇサクラ、これ、私に掛けて欲しいな?」
「いいけど、どしたの」
それを受け取って、彼女の顔に掛けた。リューンも私の膝に置いていたメガネを手に取って私の顔に掛けてくれる。
「お揃いだねっ!」
「ふふっ。そうだね、お揃いだ」
死蔵することになると思っていたメガネがこんなところで活きようとは。本当にこの世界は面白いね。
「今日はこの後どうするの?」
ひとしきりメガネでキャッキャして、落ち着いてきた頃に問われる。強いて用があるとすれば、買い物だけど──。
「買い物かなって思ってたけど、例の魔導具もうすぐ完成するんだよね?」
「そうだね、今からやれば夜までには終わると思う」
習熟を急ぎたい、とりあえずそれを作って貰おう。
「じゃあ、今日はそれやっててもらっていいかな。今からだと時間半端になるし、買い物は明日行こうよ」
「分かった、そうしよう。サクラはどうするの? 私、あれ弄り始めたら相手できないけど」
「んー……。ここでゆっくりしてようかな。その前に箱の中も整理したいし」
「ん、分かりました。夕ご飯までには終わると思うから」
「了解、お願いね。あまりうるさくしないようにするから」
リューンは机に向かい、私は箱から机を引っ張りだす。時間もあることだし、必要な物リストでも作ろう。
(お金が一億六千五百万と……百万はないな、九十万ちょっとか)
自前の椅子に座ってメモを取る。浄化真石が一セットあるけど、これは売り物じゃない。後は色付きの魔石がいっぱいあるが、これもお金に換算しなくていい。リューンの取り分についてだけ後で話しておかないとダメだな。半々でいい? 三等分して一つを消耗品代に当ててもよさそうだけど……まぁ、後で決めればいいか。
(一人でいるなら暖房と明かりの魔導具も要るけど、この泣き虫エルフとは当面離れることはないだろう。これは後回しでいいか。遠出するなら水樽に水入れて、保存食を買って……。今のところ予定はないからこれも後でいい。先に当面必要な物は……っと)
このエルフは全くエルフらしくなく、弓も短剣も使わない。装備も普段着と胸当てだけだ。まずこれをなんとかしないとだめだな。
杖と防具か。束縛魔法だけなら杖はいらないとか言ってたし、先に防具だな。水袋持ってるんだろうか? なければこれも。後は普段着と……防汚付きの魔導具があればそれでもいいけど、流石に一着じゃねぇ。私も結構苦労してる。部屋着も適当に見繕うか。後はいい加減タオルと下着と、洗面道具も要るか……。
寝具に関してはいざとなったら箱の中にいくらかある。毛布も多めに買っとくかな。腐る物でもないし。火急の物はほとんどリューンのものだな、明日はこれ中心に買い集めよう。
(そういえば財布もないんだっけ。私も買い足そうと思ってたし、お揃いで買ってもいいな。今使ってるのは共有財産でも入れておけばいいし。結構な荷物になりそうだな……やむなし、魔法袋を……ん? リューン魔法袋持ってるのかな)
「ねぇリューン。魔法袋と水袋持ってる?」
「水袋はあるけど使ってないね、穴があきそうなんだよ。魔法袋は持ってないよ」
「分かった。邪魔してごめんね」
「んー」
(涙が出そうだね……簡単な物でも魔導具作れるんだから仕事はありそうなものだけど、言葉の壁かな)
次元箱に入って魔法袋を手に取って即出てくる。久し振りに使うなぁ、あまり吸わせすぎると抜くのが大変なんだけど……どうせ身に着けるから関係ないか。
後は箱の中の整理だが……お酒を搬入する時に手前側にスペースを取ればいいだけだな。そもそも広さに対して物が少ない。パーテーションやプレハブで乾燥機みたいなものが置ければ便利そうだが、どうしたもんか。売ってはいるだろうけど宿に送るのは相変わらず不自然だ。一応メモだけしておこう。
膝の上に魔法袋を置いてメモに戻る。時計と、お湯の出る魔導具……電気ポットみたいなものあるかな、ここは火気の持ち込みに対して特に何も言われてないし、最悪コンロでもいい。そういうのがあればポットとカップにお茶っ葉もいるな──。
(んー、部屋換えるかなぁ)
箱の中と部屋とを行ったり来たりしてると、どうしても私のベッドと宿のベッドが目に入ってくる。そしてその度に思うのだ、どうせ一緒に寝るんだから大きい方使った方が快適なんじゃないかと。
この部屋のベッドは率直に言って、ない方がありがたい。脇に避けて箱からベッドを出してもいいが、それは部屋が狭くなるだけだ。二人部屋にダブルベッド一つ、みたいな部屋があればそれでもいいんだが、流石になぁ。受付にも言い出しにくい。
(そういえば防音……聖女ちゃんのあの結界みたいな魔導具ないかな、需要はありそうなもんだけど……)
ここに長居するわけでもないし、いいか……。暖房はあるけど掛布をはねのけるほど気温が上がるわけじゃない。どうせ夜は引っ付いている。
お風呂の関係で東三層からは動きたくない。悩ましいね、後で相談してみるか。
リューンはまだ作業をしている。邪魔するのもあれだし、少し横になろう。
その後はリューンから終了の声がかかるまで、魔法袋を身体に乗せてダラダラしていた。存分に魔力を吸いたまへ。