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第八十一話

 

 昼寝をしていた為か、翌日の目覚めはすっきり爽やかだ。暖房が効いてるのもいいな、これだけでもリューンを拾った甲斐があったかもしれない。

 これで寝相が悪ければ使われた気配のない横のベッドに移る理由にもなるんだろうけど、彼女はとても寝相がいい。黙って眠っていればとても美人だし正直眼福だ。

 悪戯はしない。服を身に着けて十手を引き寄せる。買い物にも行きたいけど、まずはリューンがどれくらい戦えるのかが知りたい。

 私が知っている限りにはなるが、弓はダメ、ナイフも飾り、気力はナシ、攻撃系の放出魔法は不得手、魔力身体強化が使えて、他にもいくつか手があると。

(家で料理でもしていて貰った方がいいんじゃないかな……でも魔法には自信あるみたいだったんだよね。どうしたもんか)

 何ができるのか。まずはそれを確認しよう。何もできなかったらお嫁さんやっててもらえばいい。

 次元箱から水の容器と予備のタオル、ついでに椅子を一脚引っ張り出してから洗面に向かう。忙しいとこの辺は浄化で適当に済ませてしまう。よくない傾向だ。気をつけないと。

 洗面も水を入れ替えるのも厳しい季節だ。迷宮に行くわけじゃないから空にしておいてもいいかもしれないが、水がないというのは不安で不安で仕方がない。

(魔導具を駆使すれば快適な生活も送れそうだけど、宿暮らしじゃなぁ。かと言って家を買うわけにもいかないし)

 お湯くらいは気軽に使いたい、なんとかならないものか。


 部屋に戻るとリューンは既に起きていた。どことなく不満顔に見えるが……。

「おはよ。どうしたの、そんな顔して」

「……おはよう。起きたら隣にいなかったから」

「そりゃ朝が来れば起きるよ」

 冷えきった手で彼女の顔を挟み込む。あーぬくい。リューンはじたばたするが、そう簡単に引き剥がせるものではない。

 適当に切り上げて暖房まで向かって手を温める。こっちの方がいいな、人肌はぬるくてだめだ。近くに置いてあった自前の椅子に腰掛けて話を続ける。

「今日どうしようか? 私としては朝のうちにリューンがどの程度戦えるのか、その手の内だけでも知っておきたいと思ってるんだけど」

 真面目な話をすれば彼女は真面目に返してくれる。顔は、まだ不満気だが。

「そうだね、外まで行こうか。私もサクラが戦ってるところ見たことないし」

 ん? ……そうか、そういえばないのか。まだ出会って数日なんだ。

「買い物にも行きたいし、早めに済ませちゃおうか。顔洗ってきなよ」


 その後二人して東門を目指して歩いていた。彼女は手ぶらだ。弓もナイフも持ってきていない。

「杖とか使わないの?」

「攻撃系の魔法を使うならあった方がいいけど、私は特に必要ないかな。身軽な方が逃げやすいし」

「そういうものなんだ。魔法師はとりあえず杖持ってるイメージがあったから、リューンも使うものだとばかり」

「私としては、サクラがそれだけで戦ってきたっていう方が驚きなんだけど……。護身具じゃないよね、それ」

 それとは言わずもがな、ホットパンツに挿している十手のことだ。護身具と言えば護身具だろうけど、立派な相棒で、武器なんだけどなぁ。

「ちゃんと戦えるから大丈夫。すぐ分かるよ」

「疑っているわけじゃないけど……まぁいいや。サクラだし」

 何それ、と笑う。賑やかでいいな、ただ歩いているだけでも退屈しない。東門は未だ学者が蔓延っていることもなく、静かなものだった。

 門番に会釈をして通して貰う。さて、ここからは真面目モードだ。

 森に近づきながらふわふわを飛ばす。相変わらず数が多いな。適当に旧街道沿いに進もうか。

「最初は私が普通に戦うから見ててよ。私魔法詳しくないから、それ見て役に立ちそうなことやってほしい」

「分かった。索敵はどうするの?」

「魔物なら大体の数と位置は分かるよ。索敵魔法みたいなのもあるの?」

「ある。ただあまり効率の良くない術式だから刻んでなくて、今は使えないんだ」

 ふむ。ふわふわをケチれるのは神力が温存できていいな。精度が分からないけど……覚えておこう。


 そのまましばらく歩いていると、メガネを切っても視認できる距離で草を食んでる大黒鹿三頭を発見した。

「とりあえずあれ狩ってくるね。この辺には何もいないけど、一応気をつけておいてね」

 言うなり全力で駆け出した。端から順に打突して魔石化する。こいつらが蒼石か。

 魔石を回収して終了だ。それなりに大きいし一つで数日分の生活費にはなる。今のところその予定はないけど。

 走ってきたリューンに魔石を渡して奥へまた歩き出す。

「なんていうか……凄いゴリ押しだね。ものすごい音してたよ」

 背中、首、頭の順に潰していった。最後の個体は頭蓋骨が砕けた音が響いたが、浄化すれば死体の状態を気にする必要はない。

「技巧的な訓練もしたいんだけど、何も思い浮かばなくてね。まぁ、殺せればなんでもいいよ。霊体も倒せるし」

「サクラ、リビングメイル一体倒すのにどれくらい時間かかるの?」

「時間……パイトの個体なら一撃で倒せるよ。接敵して数秒じゃないかな」

「い、一撃なの? あれとにかく硬いのに」

「小技は使うけどね。普通に殴ったら二回だけど、時間はそんなに変わらないかな」

「そんな気力してて、どうして魔力の身体強化まで覚えたいのよ」

 どうするか、近当ては……いいか、これもその内バレる。


「その小技がちょっと問題でね。それを常用したくて魔力身体強化を会得したいんだ」

 近くの森から飛び出してきたイタチを上段から浄化なしで近当てして地面に叩き付ける。水風船か何かのように弾け飛んで肉片になるイタチに目もくれず、上空へ飛んだ十手を掴み取る。

「え、なにそれ……」

 リューンは地面に散らばったミンチを見てドン引きしている。

「気力の衝撃波だよ。これ使うと体内の気力が消えるから、握力なくなって掴んでいられなくなるんだ。再度気力を張るまで無防備になるしね。これを常用したいっていうのが、魔力身体強化を覚えたい最も大きな理由かな」

「なるほどね……。うん、分かったよ。絶対に使えるように指導してあげる。もう少しで魔導具完成するから、明日からやろうか」

「ありがたいね、よろしくお願いするよ。リューンはどう? 何かできそうなことある?」

「ちょっと試してみたいことがあるんだ。大きさは気にしないでいいから、数が居るところに案内できる?」

「森の中にならいくらでもいるけど、大丈夫?」

「サクラー! 私! エルフ! 森の民!」

 おおっ!

「ん? ああ、そうだったね。ごめんごめん、忘れてたよ」

「もうっ!」


 旧街道から森に狩場を移して、索敵をしながら進んでいく。

「この辺にはいっぱいいるよ。イタチと猿が多いかな。ヘビも居るから気をつけてね。毒持ってるか分からないから」

「分かったよ。視界に入った奴は私が動きを止めるから、それ倒してみて」

 例の束縛魔法とかいう奴だろうか。この距離で魔法を唱えるのはリスキーのような気もするけど。

 やがて猿が一匹木の上に現れ、そこから襲い掛かってきた。さてさて──。

 どうしようかなと考えていると、リューンの眼前に掲げた手、その掌から光の縄が高速で飛び出して猿を空中で雁字搦めにした。

 猿は勢いを殺され一瞬空中に静止し、そのまま自然落下を始めた。放っていても仕方がないので打突して浄化する。縄はしばらくし残留していたが、やがて霧散するようにして消えた。

「おっ? おおぅ……す、すごいねこれ」

「すごいでしょ。これで動きを止めて逃げていたんだよ」

 ドヤ顔だ。いや、するだけある。これは便利だ。

「ほんとにすごいよ。これはいい魔法だね、連続で使えるの?」

「よっぽど酷い数でない限り大丈夫だよ。大型の物を止めようと思うと少し大変だけど、猿くらいなら会話しながらでも問題ないよ」

 証明するように、会話しながら視界に入ったり飛びかかってきた魔物を片っ端から止めていく。私はそれを突いて魔石にするだけだ。すごいらくちん。

「いやはや、本当に恐れ入ったよ。一瞬空中で静止してるけど、衝撃も殺せるの?」

「そうだよ。縄で縛ってるように見えるけど、まずその座標に縫い止めて、その後束縛してるんだ。縫い止めた瞬間なら、弾かれない限りドラゴンでも静止するはず。その後の拘束がどこまで保つかは分からないけど、解かれなければそのまま落下すると思うよ」

 ドラゴンでも……?

「……ねぇ、これどの程度の距離まで飛ばせる?」

 近場の魔物をあらかた片付けて、魔石を拾いながら聞いてみる。

「ただ見るんじゃなくて、しっかり姿を捕捉しなきゃダメなんだ。距離って言うなら、一応視認できる範囲には飛ばせると思うけど……。魔法で狙った座標に飛ばしてるから、物陰に隠れるとかされなければ──」

「これ拾ったらちょっと街道に戻ろうか。試してみたいことがあるんだ」

 小さな魔石なんて捨てていきたいが、リューンが嬉しそうに集めているので邪険にできない。焦るな焦るな……。


 街道に戻って城門から離れていく、この辺りは見通しのいい直線がしばらく続く。周囲には何もいないが、適当な魔物は──いた、猪。

「ねぇリューン、あそこに猪いるの、見える?」

「えぇ……見えないよ。猪?」

 メガネの遠目を使って発見した猪を指差して聞いてみたところ、予想通りの答えが帰ってきた。メガネを外してリューンに渡す。

「それを普段私がやってるようにつけてみて。周囲は私が警戒しておくから」

「これも魔導具だよね、気にはなってたんだけど……わぁ!? なにこれ……すごいすごい!」

 メガネ型魔導具を身に着けたリューンは、黙っていれば知的な女教師といった風体だ。笑顔で飛び跳ねていなければ……も追加しよう。

「それでさっきの猪──私にはもう見えないけど、それを止められる?」

「や、やってみるよ……これ少しきついね……っと! あ、やった! 当たった! サクラ、当たったよ! ちゃんと止まってる!」

 周囲に魔物は……いないね。大丈夫だ、よし。

「リューン大好きっ!」

 正面から思いっきり抱き締めた。もう絶対に離さない。



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