第八十話
「エルフってお肉食べるんだ?」
ほらきた、どうせ野菜と果物しか食べないとでも思ってるんでしょ。いつの時代の御伽話よ。視線がそう訴えている。
「私ずっと一人だったから、エルフのことよく知らないし、そういうイメージが拭えないんだよね。気に障ったのなら謝るよ、ごめんね」
私が、今となっては私達が拠点としている宿は東の三層にある。この辺一帯はまだ一般区画だ。飲食店や宿泊施設、公共設備などが充実していて、なおかつ中央にも近いため治安がいい。兵士の見回りも盛んに行われている。これより内側は大店の商会や学校や役所、貴族の住居、そして王城などがあり気軽に遊びに行くとはいかない。北側など店が並んでいる場所はその限りではないのだが、この辺りから各方面に出入りするのにもチェックを受けたりする。
宿泊している宿のそばには飲食店も多く、遠出しなくても割りとなんでも食べられる。私は特にこだわりなく、適当に入ってとりあえず日替わりやオススメを頼む人種なので、今日はリューンに店を選んで貰ったのだが……これがガッツリとしたお肉系の店だった。
「狩りもするし畑も耕すよ。木の実だけでどうやって定住しろっていうのよ。ほんとにもぅ」
「なんでそんなに怒ってるの? 言われ続けて辟易してるのかもしれないけど──」
「エルフが言ってくるのよ! ハイエルフは木の実や花の蜜を食べて木の洞で暮らしてるんでしょ、って! ほんと、人を何だと思って……」
ハイエルフはエルフからしても希少種なのかな? エルフ側も散々言われてるから、ハイエルフにそれを言ってからかってやろうとか、そんなところだろうと思う。
「ハイエルフって、エルフからしてもそんなイメージなんだ。人口少ないの?」
「多くはないよ。ただ、特に聞かれない限り皆ハイエルフだとは名乗らないから。外見で見分けるのも無理だし」
そして名乗ることがあればその都度言われるのだと、プリプリしながら教えてくれた。
一緒に食事をしたのはこれが初めてだったが、彼女はとてもよく食べる。見ていてもう気持ちのいい食べっぷりだ。私とて少食というわけではないが、私の倍以上食べている。
そして食べながら怒っている。これはこれでコミカルで可愛い。美人が台無しと言えば……そうかもしれないが。
「特に偏食というわけでもなさそうでよかったよ」
「ゲテモノは分からないけど、特に嫌いな物はないよ。ただ、海の物は少し怖いね。毒があったりするし、よく知らないから」
「陸にもあるでしょ? キノコとか」
「そこはほら、森の民ですから。鍛えられてますよ?」
おお、ドヤ顔だ。こうして見ると表情豊かだなこいつ。まだ出会ったばかりだが、色々な表情を見せてくれるのが嬉しい。
私も色々な表情を見られているのだろうか。こればかりは、自分では確認のしようがない。
その後はお風呂に入って急いで宿に戻った。流石に寒い。個人風呂付きの宿を真剣に検討するべきかもしれない。冬の間だけでも──。
宿の部屋は暖房の余熱が残っていてまだ温かかったが、薄暗い。そういえばこの宿、照明の魔導具……。そうだった、王都はないんだよ。机と椅子はあるけど、明かりがないんだ。しまったな……失念してた。私はメガネで困らないので無頓着になっていた。
「ねぇリューン。もしかしてずっと照明なしで暮らしてた?」
「早めに寝ればいいだけから、別に困らないよ。多少は夜目も効くし」
そう言って部屋の中に歩いていって、暖房の魔導具に魔石をセットして戻ってくる。これくらいなら見えるのか。わざわざ腕に抱き付いてこなくてもいいんだけど。
「渡しておけばよかったね、すっかり忘れてた。ごめんね。ちょっと取ってくるよ」
「今はいいよ。それよりも、お話したいな? もうやることないでしょ?」
寝間着に着替えたかったが……もういいか。ダラダラ喋って、もう寝よう。
「そうだね、そうしようか」
外套を脱いで……椅子に引っ掛ける。彼女もそうした。
部屋に椅子は二脚あるが、片方は暖房の台に使われていて、もう片方はリューンが作っていた魔導具の工具が散らばっている上に外套が引っ掛けられている。話をしようとすれば、ベッドに座って向かい合うか──。
「狭くない?」
「狭い方が、温かくていいよ」
「そういうことじゃないんだけど……」
隣り合って座るか、私が押し倒されるしかないわけだ。
「お話するんじゃなかったの?」
「そんなの後でいいよ」
のしかかられ、そのまま抱きしめられた。温かくて気持ちいいが、靴を脱いでいないので体勢がきつい。
「靴脱ぎたい、ちょっとだけ離れて」
「えぇ……やだよ」
上に一人分の体重が乗っても息苦しくならないのは気力のお陰だ。このまま引き剥がすことも持ち上げることもできるが……横着して足だけで靴を脱いで、掛布を被る。
「へへ、ベッド二つもいらないね」
「寝るところも一緒って言ったけど……いいや。一緒に寝るのはいいから、せめて隣にきてよ。重いから」
「えぇ、重くないよ」
(重いんだよ……聖女ちゃんじゃないんだから)
「はぁ……もういいや。寝る時は横にずれてね、気力切ったら潰れるから」
「うん。……サクラは気力も使えるんだよね。あの時、すごい音したもんね」
「大通りで会った時? そうだね、手っ取り早く散らしたかったから」
「凄く嬉しかったんだよ。誰も助けてくれなかったから」
抱きしめる力が強くなる。リューンは身体強化をしていないので大した力じゃないが、それは分かる。
「偶然だよ。子供がナイフ抜いてなかったら、あの時もきっと助けてなかったよ」
「そうなの?」
「私は別に善人でも聖人でもないよ。他人がどうなろうが知ったことじゃないし……。リューンはぴーぴー泣いてる時から美人だなって思ってたけど、それだけだったよ。最初は無視しておやつ食べに行ったんだから」
「でも、戻ってきて助けてくれたじゃない」
「あれだけ号泣してれば気になるでしょ……おやつどころじゃなかったんだよ」
「えへへ……」
呆れただけなんだが、彼女は気にした様子がない。今思い返しても変な邂逅だ。でも、人と人の出会いなんてこんなものかもしれない。
「そういえば、リューンはずっと王都にいるの? 私はそのうち修行しに一度王都を離れるけど」
いい加減眠くなってきたが、隣でニコニコしているエルフはやたら元気そうにしている。最近睡眠が不規則になっているので是正したいんだけどな。
ここは私にとってそれ程暮らしやすい場所じゃない。リビングメイルもダチョウもいない。エイクイルがいないのはいいが……治安もいいか。でも収入が……。結構悩ましいな。お風呂もこっちの方が豪華だけど。
「王都でなくてもいいよ。目的地があったわけじゃないし……どこへ行くの? 私も付いて行っていいの?」
「パイトの北西の……町の名前分からないんだよね、普通の町だよ。付いてくるのはいいけど、私の師匠ドワーフだよ。喧嘩しないでね?」
「私は別にドワーフ嫌いじゃないから問題ないよ。すぐに離れるの?」
「いつかなぁ。早ければ半年経たずに出発するけど、それでもまだ帰ってきてない可能性があるんだよね」
「半年……そっか。私も魔法の修行しないとダメだね。──ねぇ、やっぱり攻撃魔法使えた方がいいかな」
使えた方がいいのは間違いないが、別になくてもいい。むしろ、私としては下手に魔物にダメージを与えて欲しくないという気持ちもある。
魔石の質が浄化の純度と関係しているなら、魔物は私が潰した方がお金になるわけで。──意図的に質を落とせば売り物にできるかな?
「私はまだリューンのことよく知らないから、何とも言えないなぁ。得意なことが他にあるなら別に使えなくても私は気にしないけど。近いうちに東門へ試しに行こうか。寒くなると辛いし」
なるべく早く、私は魔力身体強化を身に付けてその扱いに習熟したい。寒いだ何だと言っていられない。
緊急時は例外だが、彼女の前で『引き寄せ』は封印するつもりでいる。近当ての隙を消せない以上これも使えなくなる。
一時的に枷が増えるが、魔力身体強化で十手が吹っ飛ばなくなれば私の攻撃力は大幅に上がる。気力と魔力の二種身体強化に加えて、近当てを常用できるようになればトンビも一撃で狩れるようになるだろう。一撃で狩れるならまだ望みも……いや、無理だなあの数は……。しかしまぁ、見事に脳筋一直線だな。搦手はリューンに期待しよう。
何やら思案気な顔をしているが、私はもう眠い。話は明日にしてくれ。
「私もう限界だから寝るね、おやすみリューン」
「うん。お休み、サクラ」
しかし、一人用ベッドに二人は流石に狭い。部屋移るかなぁ……。




