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第七十九話

 

 目が覚める。支度を済ませて箱から部屋に戻ると、すっかり夜も更けている。

「少し寝過ぎたな。今から王都まで走れば……昼前は無理か、夕方にはならないと思うけど……いいや、走ろう」

 パイトからコンパーラを横目に王都方面の街道に合流してマラソンを続ける。

(行きがけにも思ったけど、村や町は特に騒がしいこともないんだよね……街道の商隊だけを襲っているんだろうか。エイクイルと王都方面とのことだし、それなりに人通りが多いところで事に及んでいる。実入りがいいのかな)

 これだけフラグを立てていれば盗賊でも何でも出くわしそうなものだが、結局朝が来て、昼が来て、それなりに人通りが増えた街道を速度を落として走り続けても、何にも遭遇せず終いだった。

「朝っぱらから商隊襲うほど勤勉でもないのかな」

「盗賊の話かい? 奴らはもう一仕事終えて南に進んでるんじゃないかって話だよ」

 門番の順番待ちをしていると、近くにいたどこぞの商隊の護衛らしき男に話しかけられた。

「そうなのですか? 王都とエイクイル方面が集中して被害に遭っていると噂に聞いただけでしたので、道中平和で驚いてしまいまして」

「エイクイル本国の騎士団が一当したそうだが、結局逃げられたって話だ。南の街道はエイクイルの先は隠れ蓑にできる町も港も多いから、この辺にはもういないんじゃないかって、コンパーラのお偉いさんは考えていたようだったな」

「なるほど、そうだったのですね……。油断はできませんが、心に留めておこうと思います。教えてくださってありがとうございました」

「大したことじゃないさ」

 にっこりと笑ってお礼を告げる。親切にしてくれる人は大事にしないとね。

 しかしなんだ、随分と早く着いたな。リューンと昼に別れて、夜まで寝て、朝まで走って、パイトでお使いを済ませて、夜まで寝て、そこから走って今に至る。

(我ながらおかしなことをしている。あの所長が良いように使ってくるとは思えないが……他所では本当に気をつけないといけない。私の輸送力も移動速度もこの世界の基準からすればかなり破格だ。魔法袋なしでこれなんだから、笑えてくるね)

 所長の娘達に会うことがあっても面倒かもしれない。なんでまだいるの? という話になる。寮暮らしみたいだし、学校に近づかなければ大丈夫だろうとは思うけれど。

(魔法学院にお風呂あるのかな……流石にあるよね。公衆浴場まで出てくるのは考えにくい。後は食事処で出くわすかどうかだけど、あまりごちゃごちゃ考えても仕方がないか)

 お昼時とあって列は中々進まない。柄にもなく少しイライラする……イライラ?

(なんだこれは。まるで私が会いたがってるみたいじゃないか……。納得いかない。もうっ)

 霊鎧を狩ってないからだ。身体を動かしてないからストレスが溜まっているだけ。マラソンは……知らない。


「あれ、サクラお帰り。早かったね、どうしたの?」

 脇目もふらず宿に一直線に向かい、部屋の扉をノックするとリューンが顔を出した。目は少しだけ赤い。

「リューンに会いたくて、急いで仕事を終わらせてきたんだよ」

 鍵を掛けて外套と鞄をベッドに放り投げた。マント引っ掛けるスタンド欲しいな、買ってくるか。

「あー……疲れたぁ……もう当分走りたくないや」

 そのままベッドに寝転んで目を瞑る。宿に戻ってきたら無性に疲れが出てきた。今寝たら……夜辛いんだけどな……。

「寝るなら靴くらい脱げばいいのに。これ引っ張ったら脱げる?」

 足元でエルフがごそごそしているが、残念だが魔力を切らないと他人には脱がせられない。これが魔法師の天敵たる所以だ。魔力の蓋をしようものなら、吸われていた方がマシ級の負荷がかかる。

「脱ぐ、ちょっと待って……重いから挟まないようにね」

 片足だけ魔力を切って足を引っこ抜き、魔法が解けたもう片方からも足を引き抜いた。サンダル……後でいいか。

「うわっ、何これ。こんな重いの履いてるの? これ重量軽減だけでもかなり魔力使うでしょ」

「使うけど、強く踏み込んでも地面にあまり負荷かけないから、戦う時も便利なんだよ。防御力も高いし……お気に入り」

「割と新しい物みたいだけど……質は良さそうだね。高かったの?」

「売れ残りだったよ。カウンターの端っこの床で埃被ってて、五十万だったのを……三十か二十で買ったんじゃなかったかな。店主の祖父の時代は二千五百万とか言ってた気がする」

 靴を弄っていたリューンがすぐ隣に腰掛けてくる。流石に魔力を馬鹿食いするのを察しているらしく、履いてみようとはしない。

「もっと普通の靴買えばいいのに、変なの」

「私は気に入ってるのー。でも普通の靴は買おうと思ってるよ。これ木造の宿だと床が抜けそうで脱げないんだよ。この部屋は大丈夫だけど、毎回箱にしまうのも手間だしね」

 体温が温い。あーだめだ、ねむい……。

「リューン、晩御飯行くときに起こして。すごくねむい」

「分かった。おやすみ、サクラ」

 しばらく悪戯をしていたリューンが離れていく。今は不問にしといてやる──。


 しばらくして自然に目が覚めた。辺りに目をやると、エルフは椅子に座って机で何かしている。例の魔導具作りだろうか。

(げ、メガネ掛けたまま寝てたか……歪んでないよね。顔にあとついてないかな……まぁいいや)

 パーカー一枚で寝ていたのにあまり寒くもないな。っていうか、部屋が温かいような……。

「リューン、部屋が温いような気がするんだけど、これ何?」

「もう起きたの? 赤石が沢山あったから暖房を作ってみたんだよ。火傷するかもしれないから触らないでね」

 彼女は机で作業を続けながら答える。どっちも興味があるが今はこの暖房だ。

「これ、魔導具? 板に魔石が乗ってるだけにしか見えないんだけど」

 彼女が指さした椅子には、木の板の上に小さな魔石が一つ乗っただけの、道具と呼ぶにはお粗末が過ぎる代物が置かれていた。

「魔導具という程の物でもないけど、分類上はそうなるかな。浄化赤石から火の魔力を少しずつ取り出して、熱を散らしてるだけだよ。魔石の質がいいからこんなのでも凄く温かくなってね、私もびっくりしたよ」

 近づいて見てみると、木の板には何やら模様……というか、回路のような物が刻み込まれている。これで魔力を熱に変換したり制御したりしてるんだろうか。全く分からん。

「これ、魔石が熱を出してるの? 下の木の板の方?」

「どっちもハズレ。魔石の魔力を木の板で熱に変換するように指示してるの。熱の発生源は赤石の魔力だよ。赤石が発してるんじゃない」

 魔石も木の板も、単品では何もしないということだろうか。電池は電池だしモーターはモーターだ。モーターが勝手に回ったり電池がひとりでに動きまわったりしない。

「椅子燃えたりしない?」

「高温にならないようにちゃんと加減してるから大丈夫だよ。方向も直上に固定してあるから、上から覗きこまなければそんなに熱くないよ」

 椅子の下は熱くないでしょ? と言われて座席の下に手を入れてみる……まるで熱を感じない。すごいなこれ。

「これはすごいねぇ。初めて見たよ」

「私も簡単な物しか作ったことないけどね。暖を取るならこれで十分だから」

「これ、どれくらい保つものなの? 一日くらいは使える?」

 これは鹿か猪のものだ、東門を抜ければいくらでもいる。これからもっと寒くなるだろうし、これは赤石を確保してこないと──。

「使いっぱなしでも十日以上保つんじゃないかな。二十日は無理だと思うけど、これ以上熱量を下げると冬場は効かなくなるだろうし」

「えっ、そんなに保つの? 渡した赤石で冬越せる?」

「余裕だよ。あと数個もあれば十分すぎるよ。部屋をきちんと断熱処理すればもっといけるだろうけど、ここなら十日ちょっとくらいは保つと思ってくれていいよ」

「そっか、なら急いで集めてこなくてもいいね」


「ねぇ、これ聞いていいのか分からないんだけど……あの魔石どうしたの?」

 暖房に手をかざしたり覗きこんだりして遊んでいたところに声を掛けられる。これは隠しても仕方ないし、いいよね。一緒にいるならいつかはバレるし。

「どうって……自分で取ってきたんだよ。魔物を浄化して」

「──サクラ、魔法使えないんだよね? 浄化っていくつかあるけど、全て魔力由来の術式だよ。教会は違うって言うけど」

「私のは浄化品になるだけで、世間で言われてる浄化と同じ物かどうかは分からないんだよね。自分以外の浄化も見たことないし。師匠は魔石が浄化品になるんだから浄化なんだろ、って言ってたけど。魔石になるんだからなんでもいいよ。それと、魔力はあるけど魔法は使えないのは本当だよ」

「あの真石もサクラが浄化したの?」

「そうだよ。リビングメイルを潰して回るのが日課だったんだ」

「えぇ、あんなの狩ってたの……? 変なの。……あれ、絶対に店に買い取りに出したりしない方がいいよ。他の魔石も大概だけど、あの浄化真石だけは本当におかしいよ」

「気をつけるよ。心配してくれてありがとね」

「うん。……しかし、魔法じゃないとすると何なんだろうね……うーん」

 顔赤くなった、話反らしきれてないし。こういうところは素直に可愛いと思う。まぁ、神力云々だけは絶対に明かせないから……そのまま悩んでいてくれたまえ。今はそんなことどうでもいい。今日はゆっくりしたい。明日もゆっくりしたいが、それは彼女次第だ。

「ねぇ、早めにご飯食べにいかない? 私あっちでお風呂入ってないから、今日は入りたいんだ」

「そうだね、そろそろ行こうか。サクラってお風呂毎日入るの?」

「お金かかるから、これまでは二日に一度くらいにしてたよ。たまにずれてたけど。本当は毎日入りたいんだけどね」

 本当は毎日だって入りたいのだが、王都に滞在すると収入は激減するわけで……非常に悩みどころだ。

 一時間小金貨三枚。今となっては『たかが三枚』ではあるのだけれど、パイトと違って歩いてすぐの場所にお風呂があることも相まって誘惑が激しい。

「お金のこと気にするなら個人風呂使うの止めればいいのに……」

「嫌だよ。お風呂はゆっくり入りたいじゃない」

「まぁ、そうだけど……」

「それに、二人で入るなら大浴場使うのとそんなに変わらないでしょ?」

「まぁ、そう……だけど……」

「リューンは私とお風呂入るの、嫌?」

「嫌じゃないよ。す、好きだけど、まだ恥ずかしいよ……」

 おぅおぅ、ういやつよのぉ。

「あんなことしておいて何言ってんのよ。もう今更じゃない」

「まぁ……そう、だけど……」

「ほら、いこう」

 外出の支度を済ませて左手を差し出す。彼女が隣にいるのは、とても収まりが良い。



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