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第七十三話

 

 それからしばらくしてお偉いさん方の話も終わったようだ。部外者が居合わせていたのだが、結局最後まで続けていた。何を話していたのかは分からないけれど。

 雨足は弱くなっていない。さっさと魔石を預けて帰りたいと思っていたが、こうなるともういつになっても変わらないな。少しでも弱まることを願うばかりだ。

「イリーナ、帰りますよ」

 中年神官が聖女ちゃんを呼ぶも、この娘は私のそばから離れようとしない。肩を叩いて促すと、ようやっと不服そうに上司の元へ向かう。最近我が強くなってきているが、ここで聞き分けないほど我儘でもない。こうだから憎みきれないわけだ。

 名残惜しそうに最後までこちらに視線をチラチラ送ってきた聖女ちゃんに手を振り、エイクイル一行を見送る。役人はなぜ私にここへ向かうよう指示を出したんだろうか。普通に考えたら帰るまでどこかで待機させておくと思うのだけれど。


「待たせてすまない。何か用だったか」

「私はいつもの魔石を預けにきたのですが、こちらへ向かうよう指示されまして。お邪魔してしまい申し訳ありません」

「そうか。それは預かろう。私の方からいくつか話がある、掛けてくれ」

 対面の……先ほどまで中年神官が座っていた場所に腰掛ける。服が濡れていてかなり不快だ。顔に出さないようにしなくては。

「まずオークションの件だ。担当員の人選と輸送団、それと護衛の手配が済んだ。王都までの護衛はエイクイルとパイト職員の中から公募した人員が連名で行う。冒険者も実績のある者達が同行する予定だ」

 顔に出してしまった。

「エイクイル……ですか。私のことは漏れていないのですね?」

「この件に関しては偶然だ。エイクイルも不手際続きだからな。名誉を挽回したいのだろう。護衛の公募を聞いて志願してきた」

 私に繋がりさえしなければ、誰が護衛をしても別に構わない。エイクイルも中身を知って手を挙げたわけでもあるまい。

「そうですか。私は物が王都に届けばそれで構いません」

「オークションに関しての報告は以上だ。後は終了まで特に手を煩わせることもないだろう。一応貴方に話をしておかねばならない立場なので、次の話になるのだが」

「エイクイルの一部の人間から、貴方を国へ招待したいとの打診があった」

 また顔に出してしまった。

「お断りします」

「そのように伝えておこう。意思は固いのだな」

「絶対に覆しません。聖女の娘を使ってもです。お手数ですがよろしくお願いします」


「私からはこれが最後だ。地図を欲しているらしいな」

 所長のことだ、私が断るのは分かっていただろう。断っても特に気にした様子はない。そしてまぁ……耳の早いことだ。

「もう耳にされていましたか……はい。なるべく広範囲を詳細にカバーしてある、旅に使えるようなものが欲しいです。地図は王都で特殊な手続きを踏まねば手に入らないと聞きました」

「必要であれば仲立を請け負える。王都に知り合いがいる。身の上を一切問わないように指示しておこう」

「大変ありがたいお話ですが……そのようなことが可能なのですか?」

「私もそれなりに長く生きている。ツテは多い。これは職員としてではなく、一個人として請け負うことになるが」

「──対価には何を?」

「王都まで手紙と小包を届けて貰いたい。そして手紙の返事を受け取ってパイトまで戻ってきて欲しい。可能な限り急ぎでだ」

「その程度であればお断りする程のことでもありませんね。構いませんよ」

「地図はまだ受け取れないが、いいのか」

「はい。後日王都へ行く予定も立てていました。その時でも」

「助かる。都合はどうか」

「荷物を整理すれば準備は終わりますので、私はいつでも構いませんよ。今からでも、明日の早朝からでも」

 理想は今すぐ出発して次元箱で寝泊まりしながら進むことだが……手紙はともかく、小包とやらは職場に持ち込んでいないだろう。

「明日の日が昇る頃にもう一度ここへ来て欲しい。全て用意しておく」


「もっと変なことを頼まれると思っていたけど、普通だったね。メールや電話でリアルタイムにやり取りってわけにもいかないから、仕方ないのかもしれないけど」

 帰りがけに普通の背負い鞄と夕飯、多めのタオルを仕入れて宿に戻った私は、身体や靴を拭きながら明日以降の予定を立てていた。

「なるべく急いで……とは言われたものの、本気を出すと往復で二日だもんな。流石にこれはやめておこう。片道二日と滞在一日、プラス一日二日なら文句も言われないよね」

 私がいなければ恐らく普通に飛脚か商隊か、その辺に依頼したはずだ。まだ手紙を出していないのなら、私に依頼できると踏んで今朝にでも急に思い立った? それとも既に手紙は出していて、追加で私に頼んだのだろうか。まぁ、どちらでもいい。

「明かりや暖房の魔導具は向こうで見繕ってもいいかな。買い物する時間くらいは取れるし、最速で戻って手の内を明かすのも避けたい。長居をするわけじゃないし、お風呂も入れる。箱とメガネの機能の確認がメイン、ついでにお使いと買い物。悪くないね、休暇と言ってもいいくらいだ」


「詳細はこの紙に書いてある。すまないがよろしく頼む」

 翌朝暗い時間からいつものように霊鎧の元へ向かい、狩り終えるとそのまま管理所で荷物を受け取った。

 紙には二通の手紙、それと小包一つの届け先が書き記されていたが──。

「手紙二通と小包……娘さん宛ですか?」

「そうだ。王都の学校に通わせている。荷物はどちらかに渡してくれればいい。手紙はそれぞれに渡して個別に返事を受け取ってきてくれ」

 娘か。家族、子供がいるのがここの職員の就労条件でもある。いるのは当たり前なんだが……この所長の娘か、何か想像つかないな。失礼な言い分かもしれないが、家族とか娘とか、そういうものとは無縁の仕事人間のように思っていた。

 パイトに子供が住んでいることが条件でもあったはずだ、もう一人以上いるのだろう。普通にお父さんやってるんだな。

「確かに承りました。では行ってきますね。魔石の査定よろしくお願いします」

「昨日の分も含め戻ってきた時には全て支払いができるよう準備しておく。未払い分もまだあったな」

「はい。よろしくお願いします」

 既に明るくなってはいるが、まだ早朝だ。コンパーラまでは普通に走る。そこから先をどうするかだが──。

(まぁ……まったりいこう。休暇のつもりで、まったりと)

 南門を出てコンパーラ、そして王都へ向けて駆け出す。ただのお使いだ。面倒なことにもなるまい。


 パイトを出てしばらく、メガネで視認できる範囲に人が居ないことを確認して道を外れると、一度次元箱内部へ入った。荷物の整理をするためだ。

 手紙は厚めの紙で包まれていたが、ファイルやバインダーのようなものがない以上、このまま走っているとグシャグシャになってしまう。

 小包の中身は知らないが、これも振動は与えないに越したことはないだろう。

「これは王都へ着いてから取り出せばいい。一応手前で……かな」

 背負鞄から荷物を取り出し、近くの机の上に置いておく。位置固定が効いている以上、走って滅茶苦茶に散らばるということはないはずだ。

 空調系魔導具二種も朝から稼働させている。浄化緑石も日課のおまけに少しずつ数を増やして十分な数を確保しているし、窒息死するということもないだろう。

 空調を入れっぱなしにするか、内部で滞在する時だけ動かすかはまだ決めかねているが──どうしようかね、ほんと。

「まぁ、おいおい考えよう。昼まで走って夜まで休んで、夜から走る。あまり健康的じゃないけど……これが一番楽だ」

 箱から外へ出て周囲を一度確認して、またコンパーラへ向けて走り出す。道は若干ぬかるんでいるが、私の靴の前では大した障害にはならない。

(メガネの件で思ったけど、靴も予備を確保しておくべきかもしれないな。これが破損したら凄く困る。同じものとまで贅沢は言わないけれど、最低限六十くらいで走っても悲鳴一つあげないような……いっそマラソン専用の靴を確保してもいいかも? 飛脚用の魔導靴とか、探せばありそうだよね)

 走っても大きな音を立てず、地面を傷つけず、できれば水溜り程度を無視できる、私の靴と同程度の機能を持った物。防御力はこの際どうでもいい。すね当てもなくていい。魔力消費が軽ければ嬉しいかな。次元箱になら私の靴の重量を気にすることなくしまっておける。宿で気軽に着脱できるようなものが一足あってもいいだろう。売ってたら買おう。

「そんな都合のいい物がありますかね。あればいいなぁ」



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