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第七十二話

 

「暗視や遠目の機能に違いはなさそうだね」

 翌朝いつものように霊鎧を潰し終え、まだまだ日の出には時間があるといった時間帯に第四迷宮を出てきた私は、そのまま第三迷宮へと向かっていた。

 今日はおそらく雨が降る。空気の湿り気をはっきりと感じるし、雲も厚い。迷宮内部に入れば問題はないが、明かりや暖房の魔導具の購入に出向くのは止めた方がよさそうだ。

 そのように結論付け、今できること──メガネの機能、その個体差を調べることにした。

 これらの比較は容易だ。同じ量の魔力を流して暗闇や遠方をどの程度見通せるか比べるだけ。

 適当に寄ってくるゴーレムだけを散らして奥へ奥へと進んでいく。十七層を目指して。

 ここは二十層を除けば最も闇が濃い。十八、十九は油断を誘うためか十六層と大差はない。戦うことを考えなければ最も都合がいい階層だ。

 そして比較を続けた結論が『おそらく全く同じ』だ。透視できたり熱を探知できたり、他の機能がついていることもなかった。

「大量生産されたものの一つ、だと思うんだけど……なんでそんなものが迷宮から出てくるのって話になるよね。まだ迷宮が同じものを作っていると考えた方が納得ができる気がする。迷宮と何らかの神が関係していて、それが作った劣化神器とか」

 まぁ、迷宮の考察はいい。やるべきことは終えた。後は帰るだけなのだが──。

「二十層を見に行って一層へ転移できるか確認する。それかこのまま引き返して一層を目指す。安全にいくなら後者なんだけどね……」

 死神が再出現しているか、またあの魔石を落とすのか。そして、倒したらまたあの通路で宝箱を開けられるのか。

「確認。確認がしたいだけだから。一層へショートカットできるのか。決して宝箱に釣られているわけじゃ──」


 宿に戻って次元箱の中で浄化真石の整理をする。三セット分あるので結構な量だ。

「まぁ、そんなうまい話があるわけないよね……」

 数百億だの、一千億だのと言われる魔石が無尽蔵に出てくるわけがない。こんな小規模迷宮の周回作業で宝箱を延々と開けられたら、迷宮産魔導具の価格も暴落するだろう。

 あの後十九層まで進んだ私は準備を整えて二十層へ踏み込み、瘴気漂う何もない空間から徒歩で引き返すことになった。

 死神もいない。宝箱があった通路への大岩もない。あるのは濃い闇と瘴気、それに十九層への帰り道、その大岩だけ。これが消えなかったのは幸いだったと言うべきか。

「死神と一度しか戦えないのか、時間を置けばまた生まれてくるのかは分からないけど……今はもういい。第三迷宮に入ることはもうないだろうし」


 個数を数え終え、布袋を持って次元箱から出る。これはとても便利だが、外の状況がまるで分からないのが難点だな。

 迷宮を出た頃には既に雨が降り始めており、今は土砂降りに近い量が降り続けている。

(外で次元箱に入ったら、雨は箱を打つんだろうか? うるさいのは嫌だな……あんまり外出たくないんだけど、確認するか)

 この天気で窓を開けてる客がいるとも思えないが、宿の裏庭などでは人に見られるかもしれない。人目がなくて屋根もあってとなると、貸し倉庫でいいかな。

「あそこまで行くならついでに管理所寄っていくか。魔石預けてこよう」

 こんな土砂降りの中出歩く真似はしたくないのだが、晴らすことのできる疑問は晴らしておかないと延々と溜まっていく。


 私が借りている貸し倉庫は、日本にあったトランクルームのそれと大差はない。

 長屋のような建物の中を区画分けして客に貸し出す。ただそれだけの施設。管理人のようなものはいるが常駐しているわけではなく、入ろうと思えば簡単に侵入できそう。私はここに貴重品を預けたいとは思えない。まぁ、その程度の代物だ。

(宿のオーナーが勧めるからにはそれなりに良いところではあるのだろうけど、ね)

 外套は水を弾くが身体が全く濡れないというわけではない。靴の中はもうぐしょぐしょだ。材質が金属質なので、ひんやりしていてこの気温だとあまり気持ちの良いものではない。冷え性には辛いなこれ。

 貸し倉庫には案の定と言うべきか、門番も管理人も居ない。そのまま借りている区画の前まで移動して、鍵と扉を開けてから次元箱の内部に入る。

「身体は濡れてる。外套も靴の中も。雨音は聞こえない。身体は濡れたままかぁ……ちょっと期待したんだけどな、流石に無理か」

 雨は私のものではない。だから、身体や衣服に付着した水分はルールによって弾かれるのではないかと考えたわけだ。お風呂の後、箱を出入りすれば身体を拭かなくてもよくなるんじゃないかと、妄想を広げて。

「まぁ、倉庫だもんね。乾燥機じゃないんだし……」

 できないものは仕方がない。とりあえずタオルは多めに確保しておこう。

 貸し倉庫に鍵を掛けて管理所へ向かう。普通の鞄も、長く使っていける物をきちんと選んでおいた方がよさそうだ。魔石はそもそも生物の体内にあるものだし、濡れても大したことないだろうけど……びしゃびしゃになった物を提出するのも気が引ける。

「他の冒険者はどうしてるんだろうね、血を拭ってるんだろうか。ギースは適当にしてた気がするけど」


 管理所の中はそりゃあもう混み合っていた。湿気と人の熱気で不快指数がうなぎのぼりになっている。

 談話スペースなど──よく居座っていられるな──すし詰めのようになっている。幸いなことに受付の列は大して長くもない。

 若干人が並んでいる役人の列に並ぼうとすると、手振りで所長室へ向かうように指示される。布袋を見せ、これあるんだけど? とジェスチャーを返してみるも、少し考えたようだが、やっぱり所長室へ向かうようとの指示を返される。ふむ、まぁいいか。

 そして所長室の扉をノックして応答後に扉を開けたところで、いつもの可愛いのが飛び込んできたわけだ。

「お姉さんこんにちは! 会えて嬉しいです!」

 なんでいるの? いや、別にいるのはいいんだけど……この雨の中管理所に来るなんて、アホの子なのかな。ニコニコしていてとてもかわいい。

 部屋の中を見渡すと、所長と騎士が数人、それと見たことのない中年の男がいる。姿からしてエイクイルの神官だろう。面倒なところに来てしまった予感がする。騎士の身体が一瞬硬直したのを見逃さなかった。

「こんにちは、聖女ちゃん。奇遇ね? ……お話中のようだし、私は出直すわ」

 最近犬要素を増しつつあるこのはりつき虫を引き剥がしたいが、中々強い力で抵抗される。気力使ってるな? だめだぞ? このままじゃ外套が破ける。どうしたものか。

 視線を所長へ向けてみるも、彼は助けてくれる様子がない。我関せずとエイクイルの中年男と会話を続けている。

 とりあえず扉を開けっ放しはまずいだろうと室内に入って扉を閉める。部外者がいる以上外套は脱ぎたくない。だが、私は多少水を払ったとはいえ濡れネズミだ。ここは気温が高いということもないが、不快であることに変わりはない。


「あのね、今濡れているから……とりあえず離して欲しいのだけど」

 会話を邪魔しないように小声でお願いするも、聖女ちゃんは胸元に顔を擦りつけて聞き入れてくれない。困る。この娘はきっと、この程度じゃ私が怒らないことを分かっていてこうしている。正解だ。

「はぁ……もういいよ。お話の途中だったみたいだけれど、聖女ちゃんは座っていなくていいの? 大事なお話なら抜けてきちゃダメだよ」

 お偉いさん方の会話から遠ざかろうと壁際まで下がり、聖女ちゃんの頬をむにむにする。肌がもちもちで羨ましい。

「私は付き添いだったので、いなくても問題ありません。パイトも、その、あまり治安がよくないところもありますので……付き添いというか、護衛で」

 実はこのパイト、あまり治安はよろしくない。酒場に限らず頻繁に冒険者同士が喧嘩をしているし、刃傷沙汰になることも、死人が出ることも珍しくない。朝市の最中などは特に、スリのような怪しい人影を見かけることが多い。ここは犯罪者に対する刑罰がそれなりにきついらしいのだが、どこにでもこういう連中はいる。私は幸いなことに未だ被害に遭ったことはない。

 そしてこの娘は小柄な体格とひらひらの聖女服からは想像できないが、こう見えて剣を持つと結構強い。これだけ騎士もいれば、余程切羽詰まっていない限り単独で襲おうなんて考えないだろう。背後には国が控えているわけだし。

 私にはむしろ、聖女ちゃん狙いのアホが湧いてこないかの方が心配だ。ただでさえ可愛いのだ、数年もすればこの娘はきっとすごい美人になる。

「ほんと可愛いね。これで剣を持ったら強くてかっこいいっていうんだから、すごいよね」

 赤くなってもじもじしている可愛いので遊びながら、会話が終わるのを待つことにした。



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