表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/375

第六十二話

 

 じっとそれを眺めていた男が、しばらくして声を出す。

「……浄化真石……ですね、それは間違いありません。間違いはないのですが……これはまた……。道具を持ってきます。少々お待ち下さい」

 男がそれだけ告げて足早に部屋を出て行く。まぁ、だよねぇ……。下敷きになっていた服を回収してソファーに戻した。ついでに顔をあちらへ向けておく。軽いお茶目だ。

 男が道具の入っているであろう袋を持って戻ってきた、所長を連れて。まぁ、だよねぇ……。道具扱いではないだろう。文句のあろうはずがない、私も意見が欲しいのだ。

 所長は入室した途端その顔を強張らせた。この人表情が動くの珍しいんだよね。

「急いでついてくるように言われて何事かと思ったが、なるほど。これは……」

 扉にしっかりと鍵をかけて、二人が着席して真石を眺める。魔石担当の男は道具の準備を始めていた。

「これは水晶などではないのだな?」

「浄化真石で間違いありません。間違いはないのですが……このような品は私も初めてでして」

「私もだよ。これは……これは何なのだ?」

「実は、私もそれを知りたくてここに来まして……何なのでしょうか、これは」


「私もここは長い。魔石もそれを使った美術品なども多数見てきた。だがこのような物は初めてだ。浄化真石なのはいい。質もこの際いい。大きさも……規格外ではあるが、彼女が持ってきたものだ。まだ理解できるとしよう。だが、この造形はなんだ?」

「頭蓋骨……でしょうね」

「そうだ、頭蓋骨だ。魔石がこのような形を取るなどということは聞いたことがない。君は知っているかね?」

「いえ、私にもありません。見たことも聞いたことも。これには加工の跡が一切見当たりません。人工的に形作った物ではないのは確かです」

 私のやったことだから、人工的と言えば人工的かもしれないけど、自然にこうなったもんな。

「これをどうのようにして手にしたか、伺ってもよろしいか?」

「同じものを取ってこいなどと仰らないのであれば、構いません」

 またあれをやれと言われても……ん? いや、いけるか? トンビの群れを相手するよりはマシな気がする。

「約束しよう。誓約書を書いてもいい」

「いえ、信頼します。……これは、第三迷宮の二十層から出てきた敵を浄化した際に手にした魔石です」

 それを聞いた魔石担当の男も顔を上げた。

「……第三迷宮の到達階層は十六か七だったはずだが、先に進めたのかね」

「はい。だいぶ……いえ、今までで一番苦労しましたが」

「詳細を伺っても?」

 水袋から水を飲んで喉を湿らしてから答える。


「構いません。情報の扱いはお任せします。……第三迷宮十六層までは、敵の強さと数、闇の濃さが段階的に強化される以外に大きな変化がありません。十七層が問題でした。崖の上に幅一メートルほどの板を網の目のように張り巡らせたような光景を想像して下さい。落ちたら奈落の底、敵は大きなコウモリと長槍を構えたゴーレム。十七層の地形がこれです。まず、それを攻略して十八層へ向かいました」

「どのようにして攻略を?」

「大岩の上から全周囲を探ったのですが、次の階層への入り口がどこにも見当たりませんでした。ゴーレムが通路の上に槍を構えていくらでもいる上に、大きなコウモリもうようよしています。初めは諦めて帰ろうとしたのです。ですが、大岩の裏を見ていないと思い立ち、落ちないように気をつけて反対側へと向かいました。そして運良く発見できたのです。灯台下暗しですね」

「なるほど。階層の仕掛けは囮だったということか」

「はい。その後の十八、十九層も十六層までと変わらず、軽い気持ちで二十層へ足を踏み入れてしまいました。到達した途端、出てきた大岩や通路が消え、私は強い瘴気の満ちた出口のない空間にいました。死の階層。私の知っているそれに近いものでした」

「続けてくれ」

「幸いだったのは足場がしっかりしていたことだけでした。瘴気は第四迷宮の六層とは比べ物にならない位に濃く、闇の濃さもまたこれまで以上のものでした。出てきた魔物が一匹だったのは、幸いだと言っていいのか分かりません。それが、これです。大きな鎌を持った──死神」

「死神……」

「宙に浮いた白い大きな骸骨が、黒いローブを羽織って、白い大鎌を振り回し、黒い羽をはためかせていました。私の知識では、死神と称するのが最も相応しいのではないかと思い、そう呼んでいました。背後からいきなり襲われたのですが、何とか凌いで、後はひたすら戦闘を続けました。どれだけ続いたかは正直定かではありません。私はリビングメイルを浄化した後、それを浄化真石とするのに数秒を要すのですが、この死神は魔石になるまでたっぷり五分以上はかかったと思います。その後は二十層に出現した出口に入り、途中で宝箱らしきものを見つけて、それを越えた先にまた見つけた出口を抜けました。そこで自分が一層に居ることに気付いて迷宮を脱出し、今に至ります。先に休憩をしたかったのですが、これと二人きりで眠るのは、その……嫌でしたので。布でくるんで抱えて持ってきたのは、単に魔法袋に入らなかったからです。詳細としてはこのような感じになります」

 また水を飲んで喉を潤す。今日は濃い一日だ、いや、最近ずっと濃いな……毎日なにかしらしている。

「入り口に戻ったとなると、終の層だったのだろうな。第三迷宮を攻略したと考えていいだろう。しかし、死の階層と終の層が重なるとはな」

「それは珍しいことなのですか?」

「例が全くないという程ではない。現在生きている迷宮にも、過去の文献にもそういった例はある。終の層の魔物の出現形態は、小物が大量に出現するものと強敵が少数出現するものとがある。そこに死の階層が重なると、おびただしい数を相手にするか、おぞましい質を相手にするかになる。終の層が迷宮のどの階層にあるかは、実際に探索してみないと分からないからな。大抵の場合、貴方のように唐突に相対することになる。よくぞ無事に戻ってきてくれた」

 相当危険な橋だったというのは確かなようだ。ほんとよく生きてるな、私。


「経緯は理解した。それで、これをどうする気でいるのだ?」

 頭蓋骨に視線をやりながら所長に問われる。どうしようかなぁ……。

「その価値はともかく……手元に持っておけませんので、ここでなら換金できるかと思って持ってきたのですが」

「理解はできる。個人で換金するよりもパイトが間に入った方が安全なのも確かだろう。しかし、今日明日で代金を渡すというわけにもいかない」

「これは単純な魔石の質という点での評価でも、普段の貴方が持ち込まれる浄化真石と同等以上の物と推測しています。つまりは極上か、特級などと称されるレベルの質であるということです。単一でこの大きさの魔石というものは存在しています。それが浄化品、というのも探せばあるかもしれません。ですが、真石となると間違いなく他に例がないです。更に美術的な価値も極めて高くなります。正直どれほどの値になるのか想像ができません。数百億やそれ以上に出す国や商人がいても私は驚きませんよ。普通に国宝レベルです」

「もういっそ、崩して普通の浄化真石として扱って頂いても構わないのですが」

「賛同しかねる。貴方が強く望むのであればそうするが、しかしな……」

「そうですね。オークションにパイト名義で出品するなど、他の手を考えるのもありかと思います。これを壊すのは……私も心情的に、賛同致しかねます」

 今日はだめだ、私が一番だめだ。


「大変身勝手を申し上げることになり恐縮なのですが、一時預かっては頂けませんでしょうか。これも、この話も。正直疲弊しすぎていて、今すぐにでもこれを叩き壊したい気持ちになっているのです。日が上る前からつい先程まで、ずっと迷宮にいたもので」

「それがいいだろう。これは当方で責任を持って預かる。換金について良い手がないかも考えてみよう」

「最近少し込み入っていましたので、明日と明後日は休みに当てようと考えています。明々後日にまた伺います。またその時に相談に乗って頂けるとありがたいです」

「予定を空けておこう。昼時にでも来てくれればいい」

「ご配慮ありがとうございます。慌ただしくて申し訳ありませんが、私はこれで失礼させて頂きます」

 何とかそれだけ言い残すと、ふらふらになりながら宿まで戻ってベッドに倒れこんだ。

「あー……着替えだけしよう」

 そういえば鍵もかけてない。いかん、だめになってる。

 その日はそれ以上何もせずにすぐ寝た。泥のように眠った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ