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第六十話

 

 続く十八、十九層はこれまでと同じく、変哲もない大広間が続いていた。

 出てくる魔物も槍ゴーレムとコウモリ。次の階層への大岩もすぐに見つかり、私は気が抜けていたのだろう。そのまま二十階層へ足を踏み入れてしまった。

 まず気付いたのは、瘴気。そして地形、これはこれまで通りただの広間だ。死の階層──。周囲を警戒しようと視線を巡らせると、今し方出てきた大岩が消えていることに気付く。

(何? 出口がない? すぐ後ろにないのはおかしい、そもそもこの瘴気……やばいやばい、これはまずい)

 周囲は見えているが、ふわふわの索敵が効かない。瘴気に反応するどころじゃない、全く効かない。何かいる気配もしない、無音だ。それが余計に不気味さを煽る。

 その瘴気も濃い。息が詰まるような濃密なそれは、到底生き物が生きていける環境だとは思えない。身の回りに漂っているふわふわを少し濃くしてみると、徐々に心が落ち着いてきた。

(落ち着く……? どういうことだろう、何かから干渉されてる? 不安を煽るというか、状態異常というか、おそらくそういう……ッ!)

 咄嗟に靴の魔力を抜いて全力で頭を下げる。頭上を横薙ぎに何かが通り過ぎるのを感じた。髪をパーカーから出していたら私は今頃ショートヘアになっているだろう。それくらい本当にギリギリだった。

 反射的に十手を背後に全力で振り抜いた。何かを捉えた感触はあったが、靴に魔力を吸わせて距離を置く。

『カカカカカカ……』

 大きな白い骸骨、黒いローブ、白い大鎌、黒い羽。

「黒い羽……? いや、それはいい。死の階層……こいつの住処か」

『キキキキキ……』

(意志は乗ってない? 少なくとも私には理解ができない。それにこれも、声というよりは、最早ただ……ッ!!)

 予備動作なしに突っ込んできた死神が、大鎌をまたも横薙ぎに振るってきた。バックステップで回避した後、気力を強めて刃の部分を十手で跳ね上げる。

(それほど速く……速いけど、まだ見えない程じゃない。鎌も弾ける、落ち着けば大丈夫、大丈夫、いける。やるんだ)

 どの道逃げ場はない。仮にあったところで、こいつから目を離したら駄目だ、本当に死ぬ。

 腹は決まった。こいつを倒す、浄化してやる。


 死神は動きこそ単調で技巧をこらすということがなかったが、とにかく力が強い。そして大鎌のリーチが長くてこちらからの打撃が届きにくい。

 動きはそこまで速くないが、浮いているせいか縦横無尽に動き回って捉えどころがない。

 消えたり転移したり、そういう挙動は見せていないが、できないとも限らない。

 端的に言って、非常にやりにくかった。何よりしんどいのがあの大鎌だ。内側にも外側にも刃が付いていて、ただ押すように突かれるだけでも私には致命傷になりかねない。

 死神は瘴気を使って私に……何らかの干渉をしているようなのだが、これはふわふわで防ぐことができている。結界の神の神力だ、ただそこに存在するだけでも何かを防ぐ効果があるのかもしれない。

「転んで血が出たり、近当てで血が出たり、肉体を守ってはくれないみたいだけど……っと!」

 頭上から大振りにされた鎌を回避し、十手を横薙ぎにして鎌を打ち払う。そのまま死神に突っ込んで身体に一撃入れて離脱する。

 先程からこのルーチンだ。鎌をいくら打ち据えても死神は痛痒を感じないようだが、本体に浄化を込めた打撃を打ち込むと手応えがあった。

 幽霊みたいなものだろうし、浄化は効くのだろう。この作業をかれこれ一時間以上続けている。

 複数回叩いたり、近当てを込めて一撃入れたりしたいのだが、それが許される程相手に隙はなかった。気力が切れたらあの鎌を避けられない。私にできることは、鎌を弾いて、気力を強めて全力で一撃入れて、離脱するだけ。

 もう結構な数の打撃を入れているが、弱る気配も憤ることもなく、同じことをひたすら続けてくる。鎌や骨が欠けることも折れることもない。

 油断はできないが、途方に暮れていた。これいつまで続ければいいんだろう。


 周囲の探索もそれとなく進めている。足場はいい、地割れのようなものはない。大広間というほど広くはない。とにかく瘴気と闇が濃い。この点を除けば普通の地形と言える。ただ、出口のようなものは見当たらなかった。

「これ倒さないと出れなさそうだけど、効いてるのかな……っと! 浄化乗せてぶん殴れば、怯みはするんだよね、っと! これでノーダメージというわけではないと思うんだけど……っとぉ!」

 奴の攻撃の頻度が増えているのは感じている、全く無意味なことを続けているわけではないようだが……。

「これといった決定打がないんだよなぁ。っと。回復してるのかな、それだと休むわけにはいかないし……フッ!」

 振り下ろす、横に薙ぐ、突く。鎌の動きはそれだけだ。投げてきたり、刃が飛んできたり、そういうことはない。

「二匹目がいるってこともなさそうだしなぁ、周囲にはいないし。よっと!」

 気力は打撃の際に強めてはいるが、回避の際は極力抑えている。あまり距離を取り過ぎるとこちらが打撃を打ち込めないし、余計に時間がかかる。少し怖いが、ギリギリで除けての近距離戦を続けている。


『ギギ……ギギギギ……』

 それからしばらく殴打を続けていると、やっと死神が弱ったような素振りを見せた。ギギカカキキとうるさかったが、じわじわとでも効いていたようだ。

 隙があったので飛び込んで一撃、鎌がこないのでもう一撃、更に一撃、まだ一撃、これボーナスタイムかな?

「やあああっ!」

 頭蓋を、肋骨を、背骨を、大腿を、ひたすらに殴打し続ける。骨はここにきてようやくガクガクとし始めた。死ぬまで止める気はない。

 最早鎌を上げることもなくガタガタになっていた死神をしばらく殴打し続け……収縮を始めた。

 急いで距離を取った。やたら時間がかかっている。リビングメイルはこれが始まって魔石になるまで数秒だが──。

『カカ……カカカカカカカカ……』

 周囲を警戒しながら更に見守る。たっぷり五分程の時間をかけて、骨やローブ、鎌や羽を巻き込み、魔石を一つ残して死神は消えた。どっと疲れが出てきた。

「あぁ……終わったぁ……」

 戦闘時間は今までで最長だろう。救援任務の時もここまで長時間戦い続けはしなかった。

 まだ油断はできない、周囲には……大岩だ。ただし入り口が淡く光っている。今まで見たことがない、こんなのは初めてだ。

 試しにメガネの魔力を一瞬だけ切ってみたが、周囲は見えなくなったものの、その淡い光が見えなくなることはなかった。

「次の階層かな……一度帰りたいけど、出口ないし……行くしかないか」

 その前に魔石を回収して……ってなんだこれ。

「うわ、でかっ……それに気持ち悪い、頭蓋骨か……」

 浄化真石、それは間違いないだろう。ただ、やたらと巨大だった。私の頭より二回り以上大きい。

「これ、魔法袋に入る……? あー、無理か。どうしよう、これ抱えていかなきゃだめか……外に出たいなぁ」

 管理所で報酬を受け取る際に貰う袋にも入らない。仕方がないので、捨てようと思っていた服で包んで抱えていくことにした。

「結構重いな……気力切ったら持ち上がらないぞ。これ持って戦うのはきついんだけど……」

 泣き言を言っても仕方がないが、口にせずにはいられない。魔法袋の口の大きさは、やはり重要だった。


 入り口の光る大岩の中へ入ると、見知った迷宮の通路が続き、その終わりに光沢のない黒い箱が一つ置かれていた。

 金属でも木製でもない、強いていうなら──神域の祠。あれに近い。

 人造とは思えない不思議な質感のそれ。神秘的な感じは欠片もしなかったが、瘴気や違和感を感じることもなかった。そこに在るのが当然とでも言いたげに、堂々と鎮座している。

「こういうのって、罠とか仕掛けられてないのかな……箱ごと持っては……いけないな、動かない。というか地面と一体化してるねこれ」

 箱の奥には入ってきた入り口と同じ、淡く輝く出口がある。そういえばこれ、壁の光の色と同じだな。

 箱は普通に蓋を持ち上げれば開きそうだ。無視するのが賢いんだろうけど……。

「宝箱だよねぇ。ギースは宝箱についても教えてくれたけど、特に注意をしろとか、そういうことは言ってなかったはず。大丈夫かな……」

 悩む……悩むが、開けたい。正直開けたい、興味がある。

「初めて見つけた宝箱。うーん……開け、よう。開けます。開けますとも」



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