第五十九話
翌朝日も昇らぬ時間に起床して、日課を済ませて部屋に戻る。とりあえず今から霊鎧を狩ってくるのは確定だが、今日はどうしようかな。
昨日狩った浄化真石はまだ換金せず手元に残っている。朝と、昼か夕方にでも六層へ行って、それ以外は……第三迷宮に行こうかな。
メガネの元持ち主たる中年冒険者は魔力の弱い俺でも十五層は見えたと言っていた。私ならそれ以降でも通用するだろうが、メガネの性能限界が先に来ることもありうる。暗視の程度を測っておくのも必要だと思う。第四迷宮のトンビを相手するにはまだ力不足だし、第三迷宮はちょうどいい。近いし。
それに、魔石の大きさについても検証をしたい。どんどん大きくなると困る。ダチョウの魔石は査定の際に中サイズだったはず。ヒヨコは極小だったから、極小、小、中、大。その上にあるとしたら……特大? 極大?
ある程度深くまで潜るなら、お昼に六層へ行くのは止めた方がいいかな。夕方にしておこう。その後三セット分まとめて換金に出して、ご飯食べて寝る。こんな感じでいいね。
予定を決めたらさっさと行動するに限る。明かりも持たずに死の階層まで直行して、ちゃちゃっと一セット叩き潰して第三迷宮へと走った。
第三迷宮はおそらく闇の迷宮。これだけ聞くとなんかかっこいい響きだが、管理所に掲示されている情報によると、内実はコウモリとゴーレムと大広間だ。
出現する魔物はこの二種しか確認されておらず、その強さも数も階層を進むごとに上がっていくのだとか。管理所に上がっている報告では十七層まで探索されているとのこと。ただし、死の階層は発見されていない。
中年冒険者からもらった地図を確認して、階層の地形も全て頭に入れてある。と言っても分かっている範囲ではただの大広間が続くので、頭に入れるも何もなかった。
前回八層まで向かったが、その際四層以降の魔物は全く相手していない。今日は五層から、最低一匹ずつ相手をして魔石の大きさをチェックしながら進むことにしていた。
「というわけで五層だ。本当は隠した方がいいんだろうけど、今日は外套はなしだ。これがあるとやっぱり動きにくいし、魔石しまうのも手間だ」
こんな所で使い捨ての魔導具を使って見張っているようなのはいないだろう。冒険者を狙うのに打ってつけの場所にも思えるが、第三迷宮は強盗被害が他よりも群を抜いて少ないとのことだ。強盗するような奴らが高価な消耗品を使い捨ててまで張り込んだりはしないのだろう。単独ならともかく、集団でやって利益が出るとも思えない。単に強盗がしたいってのもいるだろうけどね。
五層の強さは四層との違いはなく、六層、七層も攻撃回数が変わることはなかった。まだ一撃だ。魔石の大きさもまだ見て分かる変化がない。
「八層だけど……ここも変化ないな、サクサクいっちゃおう」
少しだけ水袋から水を飲んで探索を続行する。ここもまだ一撃でいける。コウモリが少し多いかな? ただ、近寄ってくる個体は少ない。
そのまま、九、十層へと進む。初の二桁階層だ。だが、その十層も大した変化はなかった。やはり一撃でゴーレムもコウモリも潰れる。闇も八層で少し濃くなってからここまで変化がない。
そのまま、十一、十二、十三と進んだ所でやっと変化があった。ゴーレムの装備がよくなっている。棒だったものが長槍になっている、二種ともこれまでよりサイズが大きくなっているようだ。
「とりあえずコウモリから試そう……よっと!」
こいつらは音を立てると逃げてしまうので、追って潰さなければいけない。飛行速度がそれほどでもないので、低空にいるものはそれほど苦労することなく潰すことができる。そしてまだ一撃だ。
続けてゴーレムを倒したが、こいつが一撃を耐えた。続けて打突して魔石にする。
「コウモリよりゴーレムの方が耐久力はあるっぽいね。二回殴るか気力を上げるかだけど、後者でいいかな。負担がかかりそうなところまでは徐々に上げてみよう」
気力も魔力も神力も、使えば育つ。なら弱い気力を使い続けるのと、強い気力を使い続けるのは、どちらが成長が早くなるのだろうか。
普通に考えたら後者だろう。私は普段から気力を使い続けているが、町中での制御を手間と感じない程度に抑える癖がついてしまっている。
普段の雑魚戦もこの程度の気力で行っている。例外は明確に攻撃回数が変わってきて、なおかつ量を相手にするリビングメイルくらいだ。
ここで、普段のそれももう一段階上げていきたい。多少制御は手間だが何事も慣れだ。
「魔石も……若干大きくはなっているね。けど一回りも違うかというとそうでもない。徐々に上がるのかな。それとも魔物毎に違うんだろうか」
数匹ゴーレムを倒して一撃で倒せるところまで気力を底上げする。少し動きにくいが、すぐ慣れるだろう。
そのまま突入した十四、十五層も一撃のまま探索を終えた。もしかしてある程度強くなる階層が決まってるのかな。
「十三階層毎に強さに変化がある……? とすると、なんで十七なんて半端な階層で探索が止まっているのかが謎だ。まぁ、見に行けば分かるか」
十六階層からは私にも情報がない。大広間であるという保証もない。気を引き締めよう。
「十六は変化がない、さて、十七ですが……」
より一層闇が濃くなっている。メガネに魔力を吸わせると、十七階層はいくつもの細い通路、足場が入り乱れた網目状の大広間だということが分かった。
コウモリはその辺をうようよしているし、ゴーレムも変わらずいる。そして足を踏み外せば──
「奈落ってこういうのを言うんだろうね……」
断崖絶壁、その底が見えない。メガネにかなり魔力を吸わせてみたが、先を見通すには至らなかった。落ちたら死ぬ。少なくとも神域でやったような小手先の技程度では、私はミンチになるだろう。
大岩のそばにいた槍を持ったゴーレムを一匹、潰さないように加減して奈落に叩き落としてみる。しばらく待ったが、音は何も聞こえなかった。
そして、次の階層への大岩が見当たらない。岩の上からコウモリに注意して三百六十度、隈なく探したが見つからない。
「参ったね、どうしようこれ。通路は一メートル程の広さはあるから歩けなくはないけど……十手握ってても恐怖感は抑えられない。これはまずいやつですよ」
ゴーレムが槍を持っているというのがまずい。細い通路であれを構えられると、私は近づくのが困難だ。槍を払うことはできるが、その後崖下に落とすか倒すかしないといけない。あの通路の上で。振り払って叩き落とすのは正直怖い。となると、突くしかないわけだが……。
「そんなことを続けても、どこを目指せばいいか分からないのが心にクルね。こんなところ虱潰しに探索したくない」
……諦めて帰ろうかな。そう思った時、ふとひらめいた。
まだ目をやっていない場所。奈落の底以外にもある。注意して大岩の端に近寄って──
「私冴えてる! そうだよね、崖の底じゃないなら、後はもう大岩の裏くらいしかないよね」
出口の真逆。大岩の反対側に、入り口が開いているのを確認した。
十六層からの出口のように、そこには若干の足場が広がっている。落ちないように注意して岩場を降りる。これは何度もやっているので慣れたものだ。
そして目の前には十八層への入り口。いやはや、分かってしまえばなんてことない。楽な階層だった。
階層を繋ぐ通路で小休止を取る。水袋から水を飲んで補給して、少し保存食を口にした。
「次は足場があるといいな、どんなところだろう。いい加減他の魔物も出てくるかもしれない。気をつけないと」