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第五十八話

 

 いつもの屋台でパニーノを買い込んで宿へ戻る。鍵をしっかり閉めてから上着と袋を椅子に引っ掛けてベッドに腰掛けた。

(防御面の不安がなくなるまでトンビとは関わらない方がいいな。単体ならいけたけど、あの数は無理だ。捌けるわけがない)

 体長五メートルはおそらく超えていた、大きさだけならダチョウ以上だ。あんな質量が立て続けに降ってくるだけでも厳しいのに、それが四方八方から正確に私を狙って突進してくる。どうしろと。

(二回殴れば倒せたけど、一羽仕留めてる間に次が飛んできて終了だ。羽を壊せば飛び上がれない……かなぁ、確認すればよかった。流石に魔法のみで飛んでるってわけではないと思うんだけど)

「降ってくるトンビの羽を壊し続けて、落ちてくる鳥がいなくなってから一匹ずつ仕留める? うーん……」

 手傷を負ったトンビが地上で無害だというのなら、悪くはないかもしれないけど……うーん。

「うーん……いっそ盾でも構えてみる? 全力で踏ん張れば、耐え切れたり……しないかなぁ、そもそも盾が保たない気がするし、やっぱり踏ん張れやしないか」

 盾はいい考えだと思うけど、市販のそれじゃ駄目だ。もっと軽くて、硬くて、衝撃を流せて、便利な、ズルい奴。

(魔導具の盾か、結界……どうしてもここに行き着くなぁ。やっぱり聖女ちゃんに聞いてみようかな、使い方……あの認識阻害以外も使えるよね、きっと)

 彼女から教わらなくても、学習手段が分かればそれでいい。王都にも魔法学校はあったみたいだけど、完全にスルーしたからな。

「防具一つでなんとかできるなら苦労はしないよね……」


 食事を終えて魔石を取り出す。トンビとダチョウのそれ。やっぱり大きさがかなり違う。

 ダチョウは鹿や猪のものとそれ程大きさが変わらないが、トンビのそれは二回り以上大きい。

「敵がこれ以上強くなれば、魔石もこれ以上になる……んだろうけど、こんなの回収してたらすぐ袋が一杯になるよね。重さはそうでもないけど……。かと言って捨てて行くのも気が引ける。王都で騒ぎになったばかりだ。どうしたものかね、ほんと」

 ヒクイドリがダチョウより一回り大きく、トンビのものがヒクイドリよりもう一回り大きくなる。こんな感じでどんどん大きくなっていくのだとすれば、今はともかく、その内今の魔法袋じゃ容量が絶対に不足する。かといってこれらの為に魔法袋の機能を選択するのも気が引ける。

 値段がいくら上がるとはいえ、浄化真石のそれには遠く及ばないだろう。

「まぁ今はいいや。管理所行こう、その後六層にも行こうかな」


 受付で職員から所長室に行くように言われ、ノックをして扉を開けた瞬間何かに飛びつかれた。十手を引き寄せそうになったのをすんでのところでこらえる。

 ちっちゃい身体、綺麗な金髪、見覚えのある白い衣装。

 私に正面から抱きついてプルプル震えているのが可愛い。それはそれとしてとりあえず離して欲しいのだが、言える空気でもない。

 突っ立っていても仕方がないので、身体を抱き締め……ると思わせて、少し持ち上げて、扉を閉めてから私も爪先立ちになって歩く。

 部屋の主に視線で許可を求めてソファーまで歩いて腰掛けた。抱きついてる可愛いのはそのままにしておく。

「受付でこちらに顔を出すよう言われて来ました。私に何か御用とのことでしたが」

 髪を撫でながら、指揮職員改め所長に声を掛けた。


「わざわざ来てもらって貰ってすまない。エイクイルの聖女との接見の件についてだ。場所と日取りについて先方からの希望があってな、それを伝えようと思ったのだ」

「なるほど。どのようなものなのですか?」

「先方は一刻も早く会いたいとのことでな、貴方がここに来ると聞いて朝から待っていた。場所については特に希望はないらしい。どうだろう、会ってやってはくれないか?」

「うーん……そうですねぇ、どうしましょうかねぇ」

 視線を下に向けて、いじわるをする。

「私としては、どうして喋っちゃったのか、それについて聞かせてもらえれば、会うのを拒む理由もないのですが……」

「ご、ごべんなさいぃ……」

 久し振りに聞いた、可愛らしい泣き声。頭を撫でながら私は黙っている。

「お、おれい、しだいっでぇ……いうから、いばしょ、おじえでほしいってぇ……だめっでいったげど、こと、ことわれなぐてぇ……ご、ごべ、ごめんなさいぃ……な、ないしょに、してほしいっで、いわれたのに……わ、わだじ……」

 まぁ、そんなこったろうと思ってはいたよ。

「もうっ……仕方ないなぁ。いいよ、もう怒ってない。久し振りだね、聖女ちゃん」

 頬を撫でながら視線を合わせる。あーやっぱりかわいい。泣き顔もキュートだ。

 みるみるうちに涙がぽろぽろ溢れてくるのがまた可愛い。これは作ろうとしなくても表情が優しくなるね。

「断れなかったんだね? それでも、内緒にしようとしてくれたんだね? 約束を守ろうとしてくれて、ありがとうね」

 抱きついてまたわんわん泣き始めてしまった。仕方がない。私の胸でよかったら、好きなだけ使ってくれたまえ。


「私が今日ここにこなかったらどうするつもりだったの?」

 膝の上に横抱きにした……横抱かれにされた? 聖女ちゃんに声をかける。存分に泣いて満足したのだろう、今はもう落ち着いている。所長は我関せずに書類仕事をしていた。

「明日もまたくるつもりでした……。や、宿に行ったら本当に嫌われてしまうからって……」

「そうねぇ。嫌いはしないけど、宿には夜か早朝くらいしかいないから、来てもすれ違いになると思うよ。夜一人で出歩くような真似をしたら、それは怒るけど」

 いくらエイクイルでも子供を一人で夜出歩かせるような真似はしないだろう。とすると、護衛を付けるか一人でこっそり出てくるかだ。どちらも認めがたい。

「そういえば、エイクイルにはどこまで話しちゃったの? 宿の場所だけ? 魔石のことも?」

 これは確認しておかなければならない。私に手を出さないと誓約したとは言うが、コンタクトを取ってこないとも限らない。

「それは話してないです。それだけは本当にだめだって、分かってたから。だめだって、うぅ……」

 この子は笑ってる時か泣いてる時が一番かわいいな。魔石のことが漏れていないのは一安心だね。

「そう、ありがとう。そこだけは本当に生命線だったから、黙っていてくれて助かるよ。もう逃げ回るのは疲れてね」


「あの、今までどこに行っていたんですか?」

「宿とここに手紙を書いて、お使いを頼んですぐコンパーラに行ったんだ。そこから王都へ向かったよ」

「お、王都まで行ったんですか!? あんなに遠いのに……」

 しまった、コンパーラ辺りで身を潜めていたとかの方がよかったか。馬鹿正直にぶっちゃけてしまった。この娘といるとガードが甘くなるなぁ、ここには所長もいるっていうのに。

「狙われてると思ってたからね。とにかく遠くに逃げなきゃって、夜通し走ったよ。ただ、追手がかかってる気配がなかったから、一度様子を見に戻ってきたんだ。そしたら事態が割りと沈静化していたから、今こうしていられてるってわけ」

「ごめんなさい、私が……話しちゃったから……」

 泣き顔もいいが、そろそろ笑った顔も見たい。グズグズ言われるのもね、たまにならいいけど。

 そのまま髪をぐしゃぐしゃーっとして両手で頬を挟む。目を見てきちんと伝えた。

「もう怒ってないから。この話は終わり。ね?」

 またしばらく泣かれた。こういうの苦手なんだよなぁ。


 その後しばらく二人でダラダラしていたが、いい加減夕方も近い。聖女ちゃんを送っていく必要もあるし、所長室で戯れているのもいい加減迷惑だろう。

「そろそろ帰ろうか、送っていくよ。それとも迎えが来る?」

「うぅ、まだ帰りたくないです……」

 この娘はこうやって自分の希望を素直に言うから好きだ。察して系ではない。

「聖女ちゃんにも夕飯とか、お風呂とか、あるでしょ? 暗くなる前に戻らないと宿の人にも心配かけちゃうよ。それに、私とはまた会えるから」

「うぅ……また会えますか?」

 抱きつかれて上目遣いで見つめられるともう会えないとも言えない。いじわるしたいなぁ。自重しないとなぁ。

「ここには修行に来てるんでしょ? きちんと修行して、いっぱい頑張ったら、聖女ちゃんのお休みの日には私も時間作るから、また会おうよ。上の人の許可を取れたら泊まりにきてもいいよ」

「本当ですか!? いいんですか!?」

「もちろんだよ。また一緒にお風呂入って、一緒にご飯食べて、一緒に寝よう? お話する時間もいっぱいあるよ」

 それでやっと納得してくれた。迎えは来るとのことなので、抱き付いて離れない可愛いのをひっぺがして、髪を撫でてから私は管理所を後にした。

 所長が引き続きメッセンジャーを続けてくれるというので、申し訳ないがお願いしておく。私達はいつでも自由に会うというわけにはいかない。

 その日はお風呂で洗濯を済ませて食堂で軽く食べ、宿に戻ってさっさと寝た。ずっと一人だと気が滅入ってしまう。たまには人と触れ合うのもいいね。



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