第五十六話
所長室はまぁ、いかにも所長室といった感じの、華美ではないが立派な大きいソファーやテーブルが並んだ一室だった。この指揮職員にはよく似合っている。
「掛けてくれ。話というのは他でもない、エイクイルのことだ」
この人の話が早いところは好きだ。
「率直に言う。貴方が戻ってきたことを聖女イリーナが知った。管理部とエイクイル上層部の話の場に居合わせていたらしい。エイクイルは貴方に手を出さないこと、それを返り討ちにされても復讐しないことなどを誓約したのだが、彼女が貴方に会うことを強く希望している。今は神官長が押し留めているが、どうする?」
「会うのは構いません。ただ、その場にエイクイルの者が同席することは避けて下さい。まだ彼女から直接話を聞いていませんし、私はエイクイルが嫌いです」
「伝えよう。日時の希望はあるか?」
「お昼前までは迷宮の中にいると思いますので、それ以降でしたら。場所は私と彼らの宿泊施設以外でしたらどこでも構いません。こちらから伺います」
「伝えよう。定期的にこちらに顔を出して欲しい。話は以上だ。感謝する」
「いえ、お手数をおかけしてしまって申し訳ないです。ありがとうございました」
一礼して退出する。
(そうか、会いたがってるのかぁ……そうか、そうかぁ……)
顔がニマニマする。私も本当のことを言えばすぐにでも会いたい。だが、まだ可愛がるわけにはいかないのだ。
軽く頬を叩きながら管理所を後にした。まずお風呂に入ろう。その後夕飯を買って、部屋で食べよう。
入浴と洗濯を終え、適当にテイクアウトした食事を部屋で食べながら一日を振り返る。やっぱり寝間着に素足は落ち着くね。
「貯金はほとんど飛んだけど、今日は本当にいい買い物をしたね。この……メガネ、針金だけど。迷宮産とか言っていた、四十年前の。迷宮からこの手の道具が出てくる仕組みは不思議だ。私はまだ見たことないけど、迷宮が作っているのかな、それとも迷宮で亡くなった人の遺品? 宝箱とか言ってたけど、箱から出てくるんだろうか。これは探せば情報はありそうだ、調べてみようかな」
ギースは死の階層から出てくる宝箱は他の階層のものより強力な物が多いと言っていたし、この靴も、店主の祖父曰く宝箱産だということだ。服の由来は知らないが、似たようなものかもしれない。
「それにこの、質感というか……人が作ったものって感じがしないんだよね。この靴もそうだし、格は違うけど十手だってそうだ。神器なのかな? それとも過去、こういう道具を作れる文明みたいなものがあったんだろうか」
これだけのものを作る技術があるなら、メガネのアームは折りたためるようにしてあってもいいものだが、これはそうなってはいない。
迷宮から無尽蔵に神器が出てくるとは考えていないが、強力な品は迷宮産が多いというのもまた事実なのだろう。私の魔法袋も迷宮産らしいし、高品質なものしか出てこないというわけではないようだが。
「ん? 魔法袋って作れるのかな。そういえば聞いたことないような……全て迷宮産? これも興味深いな」
白くなめらかなメガネを撫でながら考える。質感はまた十手とは違う。まだ素材感……金属っぽさがある。鼻あてとか、耳にかけるアームなんかも人が使うことを前提に作られたような、そんな印象。
十手を撫でる。これは……分からないね。私は由来を知っているけれど、それを知らずに触ったら、迷宮産の杖か何かだと考えただろう。そもそも刃がついていないし先端も尖っていないのだ、武器とは考えないだろう。
メガネをかけて明かりを消す。魔力を少し込めるだけで、薄闇に包まれた空間がはっきりと色づいた。明かりを点ける、景色は変わらない。いや、影が付いたか。
その場で軽く跳ねてみるが、メガネがずれることもない。少し力を入れてメガネを外そうとするも、外れない。これは便利な仕様だ。ズレたり外れたりすることを考えなくていい。
「そういえば、魔力を切れるって、服や靴もそうなのかな……試してみるか」
靴下を履いてサンダルから靴に履き替えてみる。魔力を自動で吸い取られるが、軽い。そこから意識して魔力を絞って、蓋をしようとすると──
「おっ? 切れた……のかな。いや、完全じゃないな。粗方……蓋をできる……けどこれ、維持が辛いな。吸われていた方がマシだ」
気力を切って足を持ち上げようとしてみるが動かない。気力を強めていけば無理やり持ち上がるが、流石にメリットがない。足の甲が痛い。
「ただ、これ足の力で身体を下げるのに使えそうだ。膝を曲げて重力に任せるんじゃなくて、足の筋肉で無理やり……何か筋トレみたいだな、使いどころはあるかもしれない」
あとは、吹き飛ばされそうな時とか、重りにはなりそう。
(得た物は大きかった。無一文ってほど資金は尽きていないし、また貯め直せる。問題はない)
「六層に一日数回潜るのもありかな……朝一、昼過ぎ、お風呂の前で三回くらいは六十ずつ狩れそうなんだよね」
これだけで六千八百万弱だ。いいなと思った魔法袋が大体二億から五億くらいだったし、三日も続ければ王都で一つ買える。
「転移付き……でなくてもいいかな。やっぱり重量軽減か。時間停止が本当に停止されているなら、色々と捗るけれど……うーん、こればかりはなぁ、燃費の問題もあるし」
今まで常在の消費魔力は気にしていなかったが、必須品が大食いすぎるとその内痛い目を見るだろう。
自分の限界を知りたいが、魔力量も使っていれば勝手に育つ。私がそれを知るのは、おそらく強敵との戦闘中だ。
(抑えた方が、無難だよねぇ。あまり高価な魔法袋を狙うのも考えものか。燃費特化みたいなのを大金払って買い込んでも仕方ないし)
一番欲しかった望遠鏡が、暗視付きで手に入った。魔法袋以外には今のところ特に欲しいものはない。
(お金と魔石と経験と、この辺を蓄える時か。近当てで吹き飛ぶ十手と結界と、まだ課題は多い)
ベッドに寝転がって気付く。メガネ、寝る時に保管できるようにしないと。
「強度が分からない以上……金属の箱とか、かな。流石に掛けっぱなしで寝るわけにはいかないし、どっかで工面しないと……流石にこれを魔法袋に直で突っ込みたくはないな」
この際蓋があれば木箱でもいい、寝る時以外はおおよそ着けっ放しになるはずだし。いつでもいいかな。
(早めに寝て、目が覚めたら六層行って、生まれるのを待つ間は適当に迷宮を探索していればいい、頃合いが来たらまた六層へ、時間はいくらでも潰せる)
王都ではこうはいかない、やっぱり帰ってきて正解だった。おやすみ女神様。