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第五十五話

 

 明かりがないのに見える、これは本当に不思議な経験だ。

 絵を見ているような感じだ。光も影もない、色合いがはっきりと分かる。それでいて立体感まであるんだから滅茶苦茶だ。魔力量を増やせばよりはっきりと見えるようになる。周囲は真っ暗なのに。第三迷宮一層は、土色のだだっ広い大広間だった。

 レンズの範囲までしか視覚補助の効果はないと思っていたのだが、視界の限り上下左右問題なく効いていた。これ顔に掛ける必要があるのかな……。

 手にした地図の文字が読めるのはともかく、紙の色合いまで分かるのがなんか気持ち悪い。良い物なのだが、慣れないとダメだなこれ。違和感で頭がおかしくなりそう。

 とりあえず深夜のマラソンで問題なく機能するだろうことは理解ができた。このまま軽く見物して、早めに戻ろう。

 例のごとく一層に敵はおらず、二層と三層には小さなコウモリが飛んでいるだけだった。動きも早くない、ゆっくりと漂っている感じだ。

 一羽……一匹だっけ? はたき落とすと、紫色の小さな魔石となって消えた。魔石の色も問題なく判別できる。透き通っていることも分かる。これほんときつい。

「紫か、毒……ではないのかな、闇っぽいよね。そもそも瘴気持ちの方が紫っぽいけど、あれは黒だったし……いいか」

 そのまま四層へ進む。視界にリビングメイルがいた。

「え?」

 反射的に突っ込んで近当て込みで叩き潰した、同時に気力を戻して引き寄せる。

「えっ、どういうこと……そういえば歩いてたか……?」

 魔石を拾って、ふわふわを飛ばし、近くに居た一匹に近づいてみるが……。

「ただの鎧か、ゴーレムかな。頭も足もあるし武器も、棒だし。棒はいいよね、分かるよ」

 鎧を着ているだけの別種だった。気力の強さを元に戻して、浄化を込めずに殴りつけると吹き飛んで死んだ。組成を撒き散らすこともない。

「生き物じゃ……ないね、土が崩れてるだけだ。普通の魔石取り出せるかな、でも安いのか。いいやめんどくさい。って、遊んでる場合じゃない。機能の確認に来ているんだよ」


 道中の敵は無視して奥へ奥へと進んでいく。ふわふわと暗視、望遠の組み合わせはかなり強い。一方的に相手の位置を知れるのはずるい。

 八層に到達した頃、闇が一層濃くなっているのを感じたが、魔力の量を少し増やすことで解決した。今もほとんど込めていないし、正直いくらでも込められる気がする。最深部とかは分からないが、これはもう、買いでいいだろう。買わない手はない。

 魔物と戯れるのは後日でいい。帰って取引を終えよう。早く自分の物にしたかった。

 地図は偉大だ。現在地さえ見失わなければ行くも戻るも自由自在。しかし私は多少位置を見失ったところで、遠目で周囲を確認すれば大岩の存在を視認できる。洞窟タイプがあればそうもいかないが、大広間タイプならもう地図すら不要かもしれない。

「ははは、無敵かな? この全能感、ゾクゾクするね」

 私の中でこのメガネは靴と同じかそれ以上の重要装備の地位を確立した。もう絶対に返さない。

 まだだいぶ時間はあるが、一層まで戻ることにした。


「お待たせしました。取引はどこで行いますか?」

 迷宮入り口まで戻ると浮足立った心を抑えて、中年冒険者に声をかける。メガネから魔力を切ると視界が元に戻る。やっと落ち着いた。

「どこでもいいが、管理所で個室を借りるという手もある。任せる」

「ではそうしましょうか。第四迷宮の管理所でもいいですか?」

「俺もそっちが拠点だ、構わないぜ。職員も皆馴染みだしな」

 一連の依頼に参加していたというのだから、この辺りを根城にしているというのは納得のいく話だ。

 そのまま互いに無言で歩く。私達はただの取引相手。慣れ合う必要はない。

 第四迷宮の管理所へ入ると、視線を向けた職員に対して中年冒険者が個室の方と、自分と私を指差して使用の許可を求めた。職員も頷くだけで返す。本当に馴染みなんだな。

 そのまま後を付いていく。いつもの役人はいなかった、もう上がったのかな。

 一番最初に通された少し狭い個室に入ると少し待っているように言われ、男が職員を一人呼んできた。立会人ということらしい。


「この方が安心できると思ってな。ここのお偉いさんだ、口は堅い」

「はい、存じております。申し訳ありませんが少しだけお付き合い頂きたく思います」

「多少であれば構わない。始めてくれ」

 いつもの指揮職員だ。この人は信頼していい。

「なんだ、知り合いだったか。それは話が早いな」

 私はまずメガネを外すと、それを男に返した。魔法袋から大金貨の袋をいくつか取り出して中身を並べ始める。その間に男が指揮職員に説明をしていた。

「なるほど。それを売ることにしたのだな。相手がこちらの女性だと。魔導具店では芳しくなかったのか?」

「ああ、高くても三千万とか言われたよ。足元を見過ぎだが暴れる訳にもいかん。そこでこの姉さんを見かけてな、声をかけてみたんだ」

「ふむ。随分と高額で吹っかけたようだが?」

「いや、俺は六千万で売ると言ったんだ。本当だぞ? そしたら姉さんは、先に使用感を迷宮で確認させてくれて、気に入ったら八千万出すって言ったんだ」

「はい。その通りです」

 金貨を並べながら口を突っ込む。値段を上げたのは私なりの誠意だ。

「そうだったか。そのままの値段で取引をすることもできたはずだが」

「希望にそぐわぬ物でしたら話は無しだと事前にはっきり申し上げましたし、希望に沿うような物でしたら、六千万では安すぎると私が感じました。ただのエゴですよ。支払い能力以上の額を提示したわけでもありません」

「そうか。納得の上なら口を出すこともないな。そもそも私はただの立会人だ」

「ああ、これでやっと一息ついた。余裕もできたしな」

 その言葉の裏にどれ程の思いが込められているか、私にはまだ分からない。

 金貨を並べ終える。入っていた袋もそばに置く。

「これで八千万、ちょうどあるはずです。確認をお願いします」

「あ、ああ……いざ目にすると凄い量だな」

 男が金貨を数えている間に、メガネのそばに置かれた鑑定書の上に迷宮の地図も少しずらして重ねて置く。しばらく待機かな。


「待たせた。数え終えたぜ、確かに八千万あった。証人になってくれ」

「取引は金銭全てに対して、魔導具一点、それの鑑定書、そして地図もか?」

「ああ、地図はおまけで俺から言い出した。もう必要のないものだからな。鑑定書も付ける。いらなかったら捨ててくれていい」

「証文を残すか?」

「俺はどちらでもいいが」

「私は必要ありません」

 あってもいいが、必要になることはないだろう。こうして証人もいる。

「この取引確かに見届けた。話は以上か?」

「私は特にはありません」

「俺もない。手間を取らせてすまなかったな、助かったよ」

 頷いた指揮職員が私に声をかけてきた。


「すまないが、私から貴方に話がある。この後少しだけ時間を取って貰えないだろうか。予定があれば明日以降でも構わないが」

 ん? なんだなんだ。指揮職員には世話になっている、話くらいは構わないが

「今で構いませんよ。場所を変えますか?」

「ああ。所長室へ来て欲しい」

 メガネをかけて地図と鑑定書を魔法袋に突っ込んだ。外套を持って立ち上がり、最後に中年冒険者と別れを告げ合う。

「俺のことは気にするな、ありがとな姉さん。死ぬなよ」

「ありがとうございます。貴方も、お達者で」

 男を残して部屋を退出した。息災を願うくらいはいいはずだ。


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