第五十二話
迷宮入り口まで戻ってふと気がつく。これもしかして、この辺りの魔導具屋に暗視の道具があるのでは。
あの闇を見通せるような代物であれば、夜間のマラソンでも絶対に役に立つ。ほしい、すごくほしい。
(お金今いくらあったっけ……王都では結局魔石換金しなかったもんな。変わってなければ三千八百と端数がいくらか、足りるかな……どうせならいいのが欲しい。昼間マラソンするストレスから解消されるなら、さっき取ってきた真石全部換金して、管理所に預けてるお金も全て注ぎ込んだっていい)
「いやまぁ、あると決まったわけじゃないけどね……。でも需要はたぶんここが一番だろう。この辺で一泊するのも手だけど……」
宿で騎士とかち合ったら困るしなぁ。私のふわふわは人間には反応しない、騎士だろうが暗殺者だろうが素通りだ。こればかりはどうしようもない。
いつもの宿で他の住人と顔を会わす機会はなかったから、もしかしたらいたのかもしれないけど……気にしすぎか。とりあえず宿へ行ってみよう。
そろそろいい時間だろう。直に日も上る。
懐かしの我が家、灰色の宿の周辺に騎士や神官の姿は見られなかった。入り口は……開いている。そのまま中に入ると既に受付に職員がいた。知った顔だ。
「おはようございます。今日オーナーさんは何時頃来られるか分かりますか?」
「ん? ……ああ! おはようございます、お久しぶりです。今日は休みですよ。部屋の鍵を取ってきますので少し待っていて下さい。万が一にも部屋を貸し出さないよう別にしてありまして……」
初めは薄暗くて分からなかったのだろうが、相手も私を覚えてくれていた。その職員は足早に奥に引っ込んでしまったが。
(よかった、部屋は残しておいてくれた。宿代を払っていたとはいえ、いきなりだったもんな……)
しばらくして職員が鍵を取ってきてくれた。ついでなので話を聞いてみることにする。
「あの、私が消えた頃に騎士や神官がここに張り付いていませんでしたか? まだいるのでしょうか。監視を雇っているとか、中に入り込んでいるとか」
「すぐいなくなったようですよ。自分は見ていませんが、次の日からは来なくなったようです。監視については分かりませんが、あれから新規で入った客は……いないですね、なのでそれもないと思います」
「個人情報だと思うので、答えられなかったらすぐに引きます。ここにエイクイルの関係者が、私以前に部屋を取っていたりしましたか?」
「他の客の詳細は明かせませんが、それはないです。ここは割引が効くので長期滞在の客がほとんどですから」
「よかった……やっと安心しました。教えていただきありがとうございます。ベッドシーツを替えたいのですが、今大丈夫でしょうか?」
「ええ、大丈夫ですよ、持ってきます。古いシーツは部屋の前に出しておいてください」
(あーよかった。本当に安心した。まだ身の安全が確保されたというわけではないが、一安心だ)
やはり安心できる拠点の存在は大きい。ここなら靴も脱げる。王都ほどでもないが風呂もいいところだ。受付に置かれた鍵を手に、久し振りのマイルームへと帰還した。部屋は少し埃っぽい、シーツを敷く前にまず掃除だな。宿から貸し出されている明かりを灯して窓を開ける。
そのままシーツを剥がして外に置くと、職員が替えを持ってきてくれた。ありがとうございます。
部屋の中に置きっ放しになっていた掃除道具から箒を取り出して部屋の隅を軽く掃く。そこで靴と靴下を脱いでサンダルに履き替えた。ここでならマントも脱げる、パーカーもいらない、素足にもなれる。ああ、いい……とてもいい。
上機嫌で掃除を進める。といっても多少埃を除くだけだ、すぐ終わる。少しだけこのまま空気を入れ替えよう。
ベッドに腰掛けると、帰ってきたんだと改めて実感する。しかし、監視が一日で消えたのか。何だったんだろう……。
(そもそも私の勘違い? でも用でもないと迷宮はともかく、宿に騎士神官を張りこませたりしない。私がこの宿を使っていることは管理所だって知らないんだから。知らせないために、救援依頼の時も宿に帰らず仮眠室を用意してもらったんだ)
(私がここを使っていると知ってるのは、ここの従業員を除けば聖女ちゃんだけだ。どういう経緯があったかはとにかく、とりあえず彼女が情報源であるという可能性はかなり高い。自分から吹いて回ったのなら多少怒りたくもなるが、無理に聞き出されたのなら非難することはない)
(そうまでして接触を図ってきたエイクイルが、あっけなく監視を止める? 一日で? もしかして直接ここに来たんじゃなくて、管理所を経由したのかな。それで手紙で私が消えたことも知ったとか。それならあっさり監視を辞めたことは頷ける。手紙もお使いを頼んで届けたわけだし、私がもうパイトにいないとなったら無駄なことはしないだろう。迷宮と宿に数日現れなければ、少なくともこの近辺の探索は……)
「とりあえず管理所に顔出して確認してみるか。油断はできないけど、呼び出さなくてもよさそうだね」
風が流れていて気持ちいいが、扉を閉めて鍵をかけ、窓も閉めた。
「浄化真石と王都で手にした魔石と、この辺を袋に入れて分けよう。そんな大きなものでもないけど、色の綺麗な魔石は聖女ちゃんに会ったらあげようかな。ギースへのおみやげに真石も少し除けておこう」
魔石の仕分け作業を始める。小さい物も魔法袋に適当に突っ込んでいたので整理が大変だ。とりあえず荷物を全部出して、棚に適当にしまっていく。捨てる服は床に放った。雑巾にしてもいいかな、でもこうすると捨てられなくなるんだよね……。
王都で手に入れた魔石は大黒鹿と大猪、それと狼と猿だ。ヘビとトカゲとイタチのは、探せばいくつかはあると思うが……めんどくさいからいいや。小粒用に別の袋も用意した方がいいな、財布に入れるわけにもいかないし。
「大きさからして鹿と猪が青か赤、狼と猿が橙かな。緑もあるけど、これは何だろう? 大きさからすると狼か猿のものみたいだけど、橙が二十個超えてるのに二個しかない。私手持ちに緑石持ってたっけ、なかったよね。イタチの魔石はこんなに大きくなかったはずだし」
最後まで持ってた一個はパイトで聖女ちゃんにあげた。それ以前に手に入れた緑石は全て換金してるはず。今日取ってきた分は当然別だ。
「そういえば黒石もないな。あれは瘴気に浸ってたら黒くなるんだっけ? とすると普通の狼は橙色なのかな。同じ種類の狼なら、だけど」
「赤、青、橙、緑、これ属性なのかな。とすると火、水、土、風? 第三迷宮は闇っぽかったし、光もあれば六属性だね。──あれ、なんかそんな気がしてきた」
火水土風に光闇があって、霊石を浄化した真石と、瘴気持ちを浄化した時の黒石がある? 黒石は黒ってだけ見ると闇っぽいけど、あれは闇とはまた違う気がするんだよな……もっとこう、ドロドロしてるというか。
「第四迷宮では今のところ緑石しか見てないし、迷宮も天気のいい草原で風っぽかった。迷宮が六つあるのってそういうことなのかもね」
四元素とか、五行とか、創作物などではよく見る属性的なものが、魔物にもあるのかもしれない。火の霊とか出てきたらどうしよう、私の打撃は通じるのだろうか。そもそも近寄れないような気がするけど。リビングメイルは一応実体化してるんだよね……でもあれ霊……なんだよなぁ。まぁいい。
「となると、プレゼントする魔石はもうちょっと大きい、中型くらいの物がいいかな。エイクイルが無害になったら迷宮巡って集めてみよう」
とりあえず四色分を各一個ずつ別にして、残りは色毎に袋に小分けした。これもきちんとした袋を用意しないとまたバラバラになりそうだ。
これで真石の換金の際にスマートに処理ができる。なんで今までこうしてなかったんだろうね。