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第四十九話

 

 南の街道とは、『王都の南門を出て、南下してすぐ東に逸れる街道』という意味だった。

 整備された街道をしばらく南下すると、ほどなくして街道が分岐することと、この先がヘスト盆地であることを示す看板が見えてきた。

 更にしばらく進んだ先には、私の女神様の神域、そこから地上へ出た時の泉の底、あれに似た光景が辺り一面に広がっている。

 盆地とは言うが、これは水の枯れた池だ。やたら傾斜がキツく、その底にはゴーレムが蠢いているのが辛うじて見える。

「なるほど、これは強い。ゴーレムよりも地形が強そうだ。これどうやって降りるの……?」

 ギルドの受付はあそこからゴーレムを持ち帰るというようなことを言っていた。となると、それなりの道があってしかるべきだとは思うんだけど。

 神域の泉も多少傾斜は急だった気がするが、ここまでではなかった。これはもう崖に近い。傾斜が緩いとゴーレムが上がってきそうだから、これはこれでいいんだろうけど……。

「これ、私には無理だな。たぶん、魔法で空を飛べるような人が仲間を抱えて降りるんだろう。魔法で倒すのが一般的とか言ってたし」

 周囲を眺めるも、降りられそうな道は見当たらない。探索してもよかったが……気が乗らない、いいやもう。

「無駄足だったな、帰ろう。いや、無駄だと分かっただけで十分か。しっかり準備してこの仕打ちを受けたらきっとダメージはもっと大きかった」

 今からならまだ日のある内に戻れるし、ご飯食べてお風呂入って、もう寝よう。

 すごすごと引き返すことにした。明日から何しようかな……。


 起床するも、やる気が出てこない。

 東門は自業自得とはいえ学者が邪魔。北と南の街道は安全、南のゴーレムとは戦えない。西には多少魔物がいるけど……この状況だと、冒険者は皆西にいるだろう。王都に来た時もそれなりにいた。

 オークションも見に行きたいが、今は手持ちが心許ない。それなりに大金を背負ってはいるが、いい魔導具はとにかく高いのだ。競って足りなくなったら悲しみに包まれるだろう。

 後は学校だけど……私が知りたいのは火や風の魔法ではなく、身体強化や結界関係だ。前者は情報が残ってるか怪しいし、どの道ギースには会いに行くから今特に焦らなければならない理由がない。

 後者も……これは学びたいけど、私はそもそも魔力はあるが、魔法が使えるというわけではない。そもそもうちの女神様の結界を使えるようになる切っ掛けになるのかも分からない。身に着けるべきなんだろうか。

「聖女ちゃんに会いたいなぁ、もういっそパイトに帰るか。まだ居るか分かんないけど、黙って出てきちゃったし。心配……してるよね、きっと」

 極力他人と関わるべきではない。この気持ちは変わらない。けどまぁ、こうも一人が続くと、人恋しくもなってしまう。

「そういえば、王都の北ってバイアルの東になるんだよね。コンパーラとパイトを経由しなくても最初の町に行けるのかな」

 ギルドで聞いてみようかな、パイトでは見当たらなかったけど、ここなら地図も売ってるかもしれない。距離とかはいい、道が繋がっているか分かりさえすれば。

 結局、日中はずっとベッドの上でダラダラして、夕飯を食べに外に出ただけで一日中引きこもってしまった。

 あーこれはいかん。風呂に入るだけの機械と化すのも時間の問題だ。明日は東門に顔を出して、だめだったら……王都を出ようかな。


 夜無理やり寝て、翌日はきちんと朝起きた。身体を動かして水を入れ替える。受付にもう戻らないかもしれないことを告げ、一応鍵を預けて宿を後にした。まだ数日残っていたはずだが、まぁいい。

 東門へ向かうも、やはりまだ調査は続いていた。一日二日で終わるものでもない。しまったなぁ、自分で蒔いた種とはいえ、流石に迂闊すぎた。浄化を込めるのはもう癖になっている。意識して抜かないとこうなる。

 王都を出る前にギルドで地図のことでも聞こうかと道を歩いていると、最近良く見る騎士姿の少年少女が道の真中で言い合いをしている姿が目に入った。

「だからって追い出す必要はないでしょ! やる気もあったし年下なのよっ!」

「俺達は同じことを同じようにできなきゃダメだろうがっ! 足並み揃えられない奴がいると迷惑なんだよ!」

「同じようにできるようになるために訓練してるんでしょ! あんたちょっと傲慢よっ!」

「足を引っ張るやつを連れていけるわけねぇだろうが! 皆の命がかかってるんだぞ! ちゃんと現実を見ろよ!」

 あー、この少年の声は覚えがある、いつぞや食堂で言い争ってた子だ。

 そしてこの少女の声も覚えがある。いつぞや逆ナンしてきた子だ。いや逆ナンじゃないけど、服屋の情報を教えてくれた子。もしかしてあの時食堂で言い争ってたのもこの子?

 男の子は理屈で、女の子は感情で語っているような印象を受けるが、大抵の場合こういう時に分かり合うのは難しいので、争っても無駄だ。

 私も女だが、まぁ女は感情で物を言う。よく知っている。

 子供の喧嘩に口を出しても仕方がない。私はこれをさっさと迂回するべきなのだが、何か逆ナン少女が先ほどからこっちを見ている。


「お姉さん! お姉さんはどう思いますかっ!」

 近寄ってきて絡まれた。そして腕を引かれて少年少女達の元へ連れていかれる。やめてください、お金持ってないです。おうおうジャンプしてみろよ。

「えっと、何かしら? あなた、この間お店の場所を教えてくれた子よね? あの時はありがとう」

「お店……? ああっ! あの時の服屋のお姉さんっ!? お姉さんはどう思いますかっ!?」

 会話にならない。犬かな? 犬っぽい子だと思ってはいたけど。

「私には何を話していたのかは分からないけれど……往来で、大声で喧嘩をするのは止めた方がいいんじゃないかしら」

 少女と少年に視線を向けて一応窘めてみる。夫婦じゃないけど、こんな喧嘩は犬でも食わない。いや、少女が食ってるか。売ったのかもしれないけど。この子は犬じゃないのかもしれない。

 少年はフンッっと。少女はシュン…と。大人しくなってくれた。

「落ち着いて話し合えばきっと分かり合えるわよ。ね?」

 掴まれていた手を優しく解いて、じゃあ私はこれで、と行きたかったのだが、そうはさせて頂けなかった。

「お姉さんっ! お姉さんの意見も聞かせて下さい! お姉さん冒険者ですよねっ!?」

 あかん、着火した。湯沸し器かな?

「おい、他人を巻き込むなよ! 迷惑だろうがっ!」

「だっておかしいよっ! 仲間なんだよ!?」

 周りからの視線が痛い。もうだいぶ人出があるのだ、本当にやめてほしい。

「わかった、わかったわ。話を聞くのもするのもいい。だから、大声で喧嘩をするのはやめてちょうだい」


 近くにあった喫茶店のような店にゾロゾロと七人で入る。逆ナン少女が先導してくれた。私の腕を離さずに。

 好きなもの頼んでいいよ、と言って私はお茶だけ頼む。早く終わってくれ。

 少年が三、少女が三、おば……お姉さんが一。うぅ、居辛いよぉ……。

 少女達はキャッキャ言いながらメニューを眺めている。皆がひとしきり注文を終えて、品が届いた後にゴングが鳴った。

「それで、私にどう思いますか? って聞いてきたけど、あれは何なのかしら」

 少年少女達の話を聞くと、つまりはこういうことだった。

 騎士学校には、最初から騎士になるために入学してきた子の他に、冒険者から騎士になる為に入学してくる人もそれなりにいるらしい。これは護衛中に少し話を聞いた記憶がある。

 それが入り混じった団体行動があった、そこで揉めたと。

 経験豊富な冒険者上がりは魔物討伐の経験があるために、自分の経験に基づいて行動しようとする。

 一方経験のない純粋な学生は、教導通りの行動をしようとする。

 少女は、より良い方法があるのなら、それを冒険者から学んで活かそうと。

 少年は、教導通りの行動を冒険者がするべきだと。

 そこで意見が割れていたのだと。

 そして今回また新たな火種が出てきた。

 若い冒険者が入学したが、彼はそもそも冒険者としてやっていけずに、金持ちの親に学校に入れられたらしい。

 不器用なのか、言われたことも中々できない。要は実力が足りていない。

 少女は、やる気があるからそれを丁寧に実地で引っ張るべきだと。

 少年は、やる気があろうとまず下地を身に付けてからだと。


 私としては少年の意見に全面的に賛成なんだが、それを口にすれば少女が沸騰するだろう。

「冒険者上がりの生徒は、どのグループにも混ざっていたのかな?」

「どういうことですか?」

「それも、学習の一環だったのかなって。彼が言う通り、団体行動を乱すのははっきり害悪だと私も思うわ。私がリーダーだったら引っ叩いているもの」

「えっ」

「でも、広くそういった班が存在していたなら、それは双方に学んで欲しいことがあったんじゃないかなって思うのよ」


「冒険者上がりなら冒険者上がりで、まとめてしまった方がきっと楽だもの。そうしなかったってことは、独断で行動しがちな冒険者上がりの生徒にも、初めから騎士学校にいた生徒にも、学んで欲しいことがあったんじゃないかな、って」


「戦闘の一単位で見た兵士が、指示を無視して勝手に動きまわったら困る。駒が勝手に動きまわったらゲームにならないでしょ? 指揮下で動く以上、言われたことは言われた通りやらなきゃいけない。横着をしたり、余計なことをしたり、そういうのは極力避けるべきだと思うの。技量が優れているからといって、足並みを乱すことを肯定されるわけじゃないわ」


「でもっ! 冒険者上がりの人は知識も技術もあって!」

「それを吸収して欲しかったのかもしれないわね。騎士の学生が知らない、冒険者の技術や知識を。騎士のそれは学校で教えて貰えるかもしれないけれど、冒険者のはそうもいかないでしょう? それがどこかで、命を繋ぐかもしれないもの。そして冒険者も、団体行動の重要性を正しく認識していない。足並み揃えるということが得意じゃない。貴方達には、その重要性を説くことを求められていたのかもしれない。ぶつかり合うことは、ある程度想定内だったのではないかしら」


「何事も絵図通りにはいかないわ。いってくれればそれが一番だけど、イレギュラーはいつでも起こり得る。そんな時、自分の命を繋ぐ一手、そういうのを、貴方が冒険者から学ぶのはいいことだと私も思う。それを広めるのもね? ただ、それと独断専行、自分勝手を許容することを、一緒にして考えたらダメよ」

 逆ナンちゃんが大人しくなってしまった。まぁいい。

「次の話だけど、実地で引っ張るのは私も賛成できないわ」

「えっ……」

「戦うというのは、殺すということ、死ぬかもしれないということよ。未熟なものは、自分が死ぬだけではなく、仲間も殺すわ。そしてそれは、全員の死に、敗北に繋がる。足りていない者はただの害悪。駒ではないわ」


「やる気があるのなら、どうにかしてあげたいのならば、班の一員として不足のないレベルまで鍛えてあげる方がいいのではないかしら。一緒に体力作りをしたり、剣を振ったり、気力や魔力の修行をしたり。いきなり無理をさせて実戦に放り込む前に、できることがあると思うの。それでできるようになればそれでいいし、できないままなら騎士を諦めるか、死ぬしかない。私はそう思うわ」


「私の意見はこんな感じだけど、これでよかったかしら?」

 反応がない。帰ってもいいかな。早く帰りたい。いや、帰る場所ないけど……。今日はもうギルド行って、もう一泊コースだなぁ。地図のことと、魔物を狩れそうな場所を調べて、それから──。



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