第四十七話
東門周辺は賑やかだった。最近よく見る騎士風少年少女がわんさかといる。遠足には見えないが、どことなく皆楽しそうだ。
門番に話を聞くと、騎士学校の実地訓練があるらしい。教員や護衛込みで近場は埋め尽くされるので、遠くに行くか狩場を変えた方がいいと忠告された。
「なるほど……。大人しく場所を変えることにします。教えて頂きありがとうございます」
今日はどの道あまり奥まで行くつもりはなかったし、この数だ、私のやっていることを見られてもめんどくさい。
西門まで行けば確実ではあるが、ここからだと真逆だ。おまけに西門周辺は人が多すぎる。めんどくさいな……今日はいいか。魔導具でも見に行こう。
「魔導具の品揃えが多い店舗というものをご存知ではないですか?」
「数だけならアルト商会だとか大きな商館当たるのが手っ取り早いだろうが、冒険者が欲しがるようなものは北の二層辺りに固まっているぞ。武器や防具といった物だな」
北の二層か、今日はそこを見に行ってみよう。二層なら東の三までも遠くないし、時間をそれ程気にする必要もない。
「なるほど、ありがとうございます。今日はそちらを見に行ってみることにします」
一礼して立ち去る。グローブは防具として必要だと思っていた。いいものがあったら握力云々を置いても購入してしまっていいかもしれない。ただ、お金足りなかったらショックだな……手っ取り早く数千万を確保、みたいなことはできない。
「まぁ、魔導具は見るだけでも楽しいし……取り置いて貰えれば、少しだけパイトに戻るという手も……」
「小手でございますね? はい、ございますよ。こちらなどヴァーリルの名工が鍛えた逸品でございまして、はい。握力や腕力をサポートする機能が付いておりまして、気力使いの方々に人気のある系統でございますです、はい。強化は魔力ではなく気力を使いますです、はい。え? 気力はだめ? 左様でございましたか、ではこちらなど……」
北の二層にある大きな魔導具店。門番の教えてくれた通りどこも品数が多く見てるだけなら楽しいのだが……なんというか、弱い。
普通の装備よりちょっとマシ、みたいな人造の魔導具が大半を占めていて、私の服や靴のようなキワモノは扱っていないようだった。
いくら王都とはいえ、流石にダンジョン産や大昔の遺物のようなものがホイホイ店に並びはしないのだろう。
ないよりはマシ、程度のものに大金使うのは心情的によろしくない。
「こちらなどいかがでしょうか。魔導都市エイフィスの高位工房産の一品でございますです、はい。こちらは魔剣と魔法の並行使用の際に魔力制御を補助する機能がついておりまして、今ならばお値段も七百六十万と大変お求めやすく……」
魔剣も魔法も使わない。私の魔法は強いて言えば浄化だが、別にそれも魔力使ってやっているわけではない。ていうかこの店員、私の胸と足しか見てないな。話を聞いて欲しい。商売する気あんのか。
「あの、私が探しているものは、魔力常時使用でもいいので軽く、防御力の高い物。その上で握力の補助を魔力でできる代物、なのですが」
「魔力を常時消費するタイプは人気がありませんで、はい。工房もそのような品を作ることは減っておりまして、はい。私共と致しましては、このような品など……」
店を後にした。だめだこりゃ。
そしていくつかの店を回ったところで悲劇が起きた。
「こちらの品などいかがでしょうか。特殊金属を使用しており、見た目の割に大変軽く、そして防御力も高くなっております。魔力を増強する効果も中々のものでして、多少無骨ではございますが、お客様の希望に適う品かと。お値段も八百二十万と大変お求めやすくなっております」
全身鎧から腕だけ引剥がしました、みたいなでかい小手。手に取って見るが確かに軽く、ただの金属よりも防御力も高そうだった。これは買いかもしれない。
「これ、着けてみてもいいですか?」
「はい、もちろんでございます」
礼を言って装着してみる。確かに悪くない。指も動くし力を入れても壊れる気配はない。許可を得て腕を振ってみるが取り回しもそう悪くない。
そしてそのまま十手の柄を何気なく握ってみた瞬間、小手が爆散した。手首から指にかけての部分が、もの凄い破裂音を立てて。パーン! と。破片が吹き飛んでいく。
凍りつく私。凍りつく店員。凍りつく他の客。え、な、なに?
「あの……これはこういう品なのでしょうか。殴った時に爆発する、みたいな」
内心の動揺を悟られないように声を出す。十手をしまって、両手の小手を外した。
「え? いえいえいえいえ、そのようなことは決して……一体何が……」
「流石にこんな危険な品を身に着けてはいられません。弁償はしますので……」
店内からヒソヒソとした声が聞こえてくる。「危険?」「弁償?」「小手が爆発したわよ」「爆発?」「怖いな…」「弁償させるのか?」「八百二十万だって」
外した小手を店員の方へ押しやり──私の指にダメージはない──八百二十万でしたね? と大金貨の束を差し出す。
そこに店長だかオーナーだか、上の人間だろう、初老の男性が飛び込んできて頭を下げ始めた。
「お客様、大変申し訳ありません。よもや当店で魔導具の事故が起きようとは……この件は徹底して調査を致しますので、何卒、何卒ご容赦を……」
あー、いや。別にこの店悪くないんだ。私被害者どころかおそらく加害者だ。頭を下げなければいけないのは私なんだけど、こればかりは説明するわけにはいかない。
「いえ、指も繋がっていますし……。この場を収めて頂ければ、私としては何も……」
「お代も結構でございます。何卒、何卒……」
「いえ、ですから……」
何を言っても無駄で、更に金貨を押し付けてきそうな勢いだった。流石にそれだけは受け取るわけにはいかないので、代金として差し出した金貨だけ返してもらって、そそくさと店と後にした。もうあの辺には行けないな……。
私は普段、立っている時は十手をホットパンツと下着の間に差し込んでいる。鞘も考えたが、きちんと身に着けていないと呪いが表面化してくる。かといって町中で柄を握っているわけにもいかない。咄嗟の時、引き寄せを使わなくても戦闘に移行できる。割りと苦肉の策だったし、パーカーでも隠しきれないが、冒険者だし武器の一つも持っているのは当たり前。これまで特に問題とされることもなかった。
今日もズボンに差して店を回っていて、最後の店であのようになったわけだが……。実はあの時、嫌がっていたのだ。
何がって、十手がだ。
気のせいかと思って深く考えずに柄を握りこんだ結果があれだ。十手が神力で小手を壊した。
私の下着越しに肌に触れている時も、タオルでゴシゴシ磨いていても、今までこんな反応を返してきたことはなかった。というか反応そのものを返してきたことが初めてだった。だから気のせいだと思ってしまったわけだが……。
素手以外がダメというわけではない。布越しなら今のところ嫌がったりしていない。とにかく防具というよりは、金属の小手みたいな、ああいうものがダメなんだろう。
私の名もなき女神様はもういない。十手に意思が残ってるなんて思ってはいない。ただ、元女神様の化身たる十手が嫌がったのは確かで、私はそれに気づこうとせずに我を通してしまった。そして抵抗された。
反省しなければならない。私も普通ではないが、十手はそれ以上に異質な品だ。散々魔物を殴ったり潰したりしても文句の一つも言わなかったこれが、初めて我儘を言ったのだ。なら、それは尊重してあげたい。
宿に戻っての一人反省会もとりあえず終わりだ、店には本当に悪いことをしたが……許して欲しい。
ただ、気になることもまだ残っている。