第四十五話
結論から言って、碌なものは出てこなかった。
西でも見かけた大黒鹿、大猪などが比較的強めのそれで、後は狼とか、猿とか、イタチとか、トカゲとか、ヘビとか。
ヘビは毒を持っているかもしれないが、飛び掛ってきても無理なく撃ち落として魔石化できた。索敵が効くし、不意打ちも怖くない。
イタチがかまいたちを飛ばしてきたり、トカゲが火を吹いてくるようなこともなく、ヘビは互いの身体を食い合っていない。小物は一撃で潰し、鹿や猪で衝撃波を試す時間が続く。小物の魔石は本当に小さい砂粒のようなものにしかならなかったので、回収を断念している。回収するのは猿や狼からだ。
そして浄化の衝撃波、これが中々曲者だった。
威力は凄い。これまで気力で非力な私の腕力を十にして殴っていたところに、追加で九から十の衝撃が飛ぶのだ。弱いわけがない。
衝撃波の起爆点を十手の棒身に当てることで、打撃と同時に衝撃波を打ち込むことが可能になっている。
私の十手は、私の愛しい女神様の神器だ。この程度で傷むわけもない。
手の指がすりむけたりすることもない。肉が見えて血が流れることもない。
おまけに衝撃波込みでも浄化される。素人目だが、質はどちらも浄化品として同程度だろうと思う。おそらく衝撃波にも浄化の属性が乗っている。
相手が吹き飛ぶのは一長一短あるが、乱戦だと時間が稼げて便利だ。慣れればそのまま突っ込んで一方的に殴れる。
衝撃波によって身体から出て行った気力を再充填するのも散々修練した。何ら問題はない。
問題なのは……吹っ飛ぶのだ、十手が。
衝撃で、衝撃波で、私の手から、ポーンと。
無論引き寄せればそれで済む話ではある。だが、引き寄せは人前で見せていい技ではない。
それに、起爆点を作って殴って失せた気力を再充填して引き寄せて……と、
「とにかく忙しい! 魔石も拾わないといけないし、こりゃ気疲れするな……でもすっごい強い。少し気力の強さを上げれば、たぶんリビングメイルは一撃だ」
今のところ、一か八か……は言い過ぎだが、必殺技の一つだ。だが、少なくとも一連の作業は無意識下で行えないと危なっかしくて迷宮には行けない。
一撃で倒せるならこっちの方が効率がいいが、二の太刀がいるなら恐らく普通に殴った方が手っ取り早い。いや、吹き飛んだりするから一概には……まぁ、それはともかく。
「ギースが恋しいなぁ、早く会いたいなぁ」
別に恋焦がれているわけではない。目当ては魔力の身体強化だ。
十手が私の手から吹き飛んでいるのは、単に私の握力が衝撃に負けているからだ。十手は基本的に私にダメージを与えない。手から吹き飛ぶ際に、指や掌にダメージを与えたりはしないのだ。不思議だね。
故に生身で使わないなら私にとって、近当てはほとんどノーリスクに近い。
引き寄せを使うことなく、人前で近当てを使うために必要なもの、それが魔力による身体強化だろう。
要は、手から離れて飛んでいかなければいいのだから。衝撃が十手経由なら、十手は私の手にダメージを与えない。そのまま握りこんでいられる握力さえ残っていればいい。私の素の腕力にそれはできないが、魔力身体強化を会得すればそれも可能になるのではないか。
(半年も我慢できるだろうか……。どこかにギースのようなドワーフがいないものだろうか。あるいは、魔法学校とかに身体強化の資料が残っていないだろうか)
近寄ってきた魔物を片っ端から打ち払い、私はその日、暗くなる寸前まで近当ての習熟に努めた。
慌てて門へ戻り、中に入れて貰う。魔物を狩っていましたと言うと、えっ? こんな時間まで外にいたの? みたいな目で見られたが、弁解のしようがない、申し訳ないです。
近くに宿がないかと聞くと、宿は原則五層より内側にしかないらしい。大人しく戻ることにした。王都は夜でも明るい。常に明かりが灯っているというわけではなく、外灯は灯していい時間が決まっているらしい。なので明かりが落ちる時は一気に暗くなる。店舗などはその枠の中にはない。
そのまま三層まで戻り、適当な食堂を見つけて足を踏み入れた。
「だからっ! 冒険者を見くびるのはよしなさいよっ!」
いきなり怒声が聞こえた。なんだなんだ、どうした。
呆気に取られるが、私には関係ない。とりあえず空いている席に着いて適当なメニューを頼む。私は日替わりがあればそれ、お勧めがあればそれ、という感じで、定番があればそれを選ぶようにしている。食べたいものばかり食べていたら、いつか飽きる。虫の盛り合わせみたいな露骨なゲテモノでもない限り、とりあえず口にしてみることにしていた。流石に口に合わなかった物は次から選ばないけれども。
「お前こそ冒険者の肩持ちすぎなんだよ! 俺達は騎士だぞ! あんな無頼共と並んでられるか!」
おー、無頼。なんかかっこいい響きだな。意思伝達で伝わってくるから本来の響きは違うけど、何か流れ者っぽいそんな感じの言葉だ。
子供かな。成人がいくつからか分からないけど、たぶん聖女ちゃんとそれほど変わらないような年齢の少年少女達。うるさいのは二人だけど、さっき見た限り六人程のグループのようだった。諌めてくれれば嬉しいが、まぁどうでもいい。
しばらく待って届いた夕飯を口に運ぶ。うん、おいしい。ここは当たりだな。この辺に宿を取ったら、食事はずっとここでいいかも。日替わりあるし。
米がないので日本が恋しくなるかと思ったのだが、パンオンリーの生活でもそれなりに楽しい食生活を送れている。鮭とばはないけど。何年も経てば恋しくなるかもしれないが、こればかりはどうしようもない。よもや田んぼを作るわけにもいかないし。ちなみに小麦のようなものを練り上げたパスタのようなものは主食にはなかった。スープなどによく入っている。
塩気が強すぎることもなく、香辛料をケチっている感じもしない。いい店だ。夢中でパクついていると、またも一際大きい怒声が上がる。
「相手は年上よ!? ずっと外で魔物と戦ってきたのだから、その人達の意見はきちんと耳にするべきだわ!」
「俺達は足並み揃えて集団で戦うのを是としているだろう! あんな自分勝手な野郎共に合わせていたら現場は滅茶苦茶だ!」
「自分勝手に見えるのは貴方が意見を曲げないからでしょう!?」
「俺が悪いって言うのか!? いい加減しつこいぞお前!」
(あーうるさい、なんなんだもう。親はどうした親は)
いや、この世界だと案外これくらいで成人なのかな。聖女ちゃんも騎士団と修行に来ていたわけだし、親離れは早いのかもしれない。
(それより今晩の宿どうしよう。近当ての練習に夢中になりすぎてすっかり時間を忘れてしまった。どっかその辺にあったのは覚えているんだけど……明かりが消える前に探さないとまずいな、急いで食べなきゃ)
そのまま食事を終え、店員に近くの宿を尋ねて急いで店を後にした。
とりあえず一泊。ここはなんと二日以上の宿泊で洗濯のサービスがあるらしいが、服が全滅してる今私には関係がない。しかし井戸があって、これは自由に使っていいと言う。食堂の店員さんは素晴らしい宿を教えてくれたようだ。
部屋も明かりこそないものの、鍵と閂が二箇所、大きいベッドがあってシーツは綺麗で、机と椅子がある。王都は机と椅子があるのがデフォなのかな。
クローゼットはないが、パイトで使っていたような帽子掛けのようなスタンドもあり、もうここを拠点にしてもいいような気持ちになってきていた。
一泊小金貨三枚だが、今ならそんなに痛手でもない。
三層だけあって割りと治安もいい。パジャマに着替えても平気かな……いや、駄目だ。床が抜ける。
明日は服を仕入れにも行きたいけど、とりあえず東門を出て、それから考えよう。おやすみ女神様。