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第四十三話

 

 その日は、まず適当な食堂へと入った。朝も暗い時間に気力学校へと赴き、昼になる前に衝撃波についての講義は終えていたわけで、時間もあるのでとりあえず一息ついて落ち着くことした。

 北の五層にあった食堂でパンとスープの簡単な昼食を取り、その後南の四層にある冒険者ギルドへと赴いた。特に依頼を請けるつもりはない。単に依頼を眺めたり、情報を集めたりしたいと思っただけだ。ギルド内部は活気に満ちている。お酒の臭いがする。これも確認しておきたいのだが……私、酔いを浄化できないだろうか。

 私はそもそもお酒に強くも弱くもなかった。一杯で顔が真っ赤になることも無いが、延々と飲んでいられるという訳でもない。別に毎日晩酌をするほどお酒が好きでも、飲み会を断るほどお酒が嫌いなわけでもなかった。今までは別にそれでもよかったのだが、この世界では情報を集めようと思えば酒場が一番だ。ただ、酔っ払うのは身の危険に繋がる。それで飲んでいなかっただけ。


 ここまであえて口にしてはいなかったが、私はトイレの必要がない。浄化できるのだ。パイトに居た際は、聞かれて答えられなかったら怪しいからとトイレの位置は確認していたし、商隊の護衛の際は怪しまれない適度に姿を晦ましていたが、別にそれは用を足していたわけではなかった。保存食を食べたりとか……。それはいい。これは、ギースの家の倉庫に居た時には既に判明しており、何気なく腹部を浄化してみると、中に入っていた物が消失したのが分かった。それからずっとトイレを利用していない、というわけ。普通に生活していてもよかったが、この世界のトイレ事情は日本と比べると決して良くはない。だから、その、それからずっと横着をしている。

 これで汗が消えたり出血した血液が綺麗になったりはしないのだが……それが体外だからだとすると、体内に残ったアルコール、それなら浄化できるのではないか、とずっと考えていた。試すことがなかっただけで。

(試してみたい。どう考えても後に残るくらいのお酒を飲んで、浄化して、一晩置く。それだけで結論が出る。自力で酔いを覚ませるのであれば、酒場を利用しても問題ない。もちろん薬を混入されたりとか、そういう方面では注意をする必要があるけれど……試すか。やることが決まっているわけでもないし、万が一残って地獄を見ても、今ならまだ何にも影響しない)

 ここに来るまでに、酒屋と安全そうな宿の目処はつけてきている。……よし、戻ろう。懸念は気が乗っている内に晴らそう。ふらふらとしているが、別にこれでいい。目的はきちんとある。


 そして四層の酒屋で飲みやすくて強いお酒を聞いて、お勧めを大瓶で二本購入し、宿で念の為二日分の代金を払って部屋を決めた。酒を含めて飲食可なことも確認してある。

 部屋に入って鍵を掛けて、上下二つの閂を下ろす。この宿は机と椅子があるが明かりの貸出はない。昨日の宿もなかった。盗難が出るからだろう、パイトの宿が特別だったのだ。自前の明かりを二つとも出してベッドに腰掛ける。椅子に酒瓶を並べると……。

「なんでコップを買わなかったんだろう……まぁいい、誰も見ていない……頂きます」

 封を切って栓を抜き……そのまま口をつけて飲み始めた。お、これ美味しい!

「いいなこれ、ブドウみたいな味、ワイン? それにしてはアルコールが強いけど、グイグイいけるね」

 魔法袋から干し肉とドライフルーツにナッツを取り出して敷いた布の上に適当に並べる。干し肉を削ってそれらを摘みながら酒を呷り続ける。

(あー、美味しい。これ水持ち運ぶよりもいいんじゃないかな……いちいち入れ替えて浄化するのも面倒だし、酒って日持ちするよね、これを浄化したらどうなるかわかんないけど……)

 そのまま一本目を空けて二本目に取り掛かろうとするも、既にだいぶ酔いが回っていることがはっきり分かった。

「あーどうしよ、このまま飲み続ける? ここで一回じょーか……いいや、飲もう!」

 二本目の栓を抜いてその辺に放る。そのまま口をつけて飲み始めた。んっ! これもおいしい!

「んー、いいねぇ、フルーティーだねぇ。おいひぃねぇ」

 おいひいおいひい……おさけおいひい。

 その日はそのまま意識を失った。


 次の日の目覚めは最悪だった。

 身体も痛いが、とにかく頭痛が酷い。吐き気もする。というか吐く。これやばい。

「うえぇ……きぼちわるっ……じょ、じょうか……」

 床の上で目覚めた私は起き上がる気力も湧かぬまま、全身に浄化をかけていった。しばらく続けていると、段々身体の具合がよくなっていくのをはっきりと感じる。そのまま頭にも続けて浄化をかけ続け……嘘のように酔いが消えた。

「あー、きつかった……口は、酒臭いな。体動かしても大丈夫かな、いやまず風呂か……私床に吐いてないよね」

 床を確認するも、吐瀉物もツマミも転がってはいなかった。よかった。転がっていたのは私だけだ。

「でも、身体が痛いのはあるな……これは単に硬い床で寝たせいだろうけど、肉体疲労は癒せないのかな、治癒じゃないもんね」

(いやでも、疲労物質……乳酸を浄化とかすれば……んー、分からんなぁ)

「とりあえずお風呂の場所聞いて入りに行こう。今の私は……乙女的にナシだ。洗濯もしたいな」

 埃に塗れた衣服や髪、床板の跡の付いた頬、全身から漂うアルコール臭。ひどい。

「内臓だけなのかなぁ……息が酒臭い、これだけで酔いそうだ」

 荷物をまとめて受付に降りる。顔をしかめられた。申し訳ない……。洗濯のできる公衆浴場がないかと尋ねると、少し高いがあるという。場所を聞いてそちらへ向かうことにした。昨日は愛想のよかった受付のおじさんのしかめられた顔から逃げるように、私は宿を後にした。


 東の第三層にある公衆浴場へと辿り着いた。

 これはパイトのものより規模が大きいことを除けば概ね違いはなかった。個人風呂を使う者より大浴場を使う者が圧倒的に多いという。そもそもお金持ちは自宅に風呂があるわけだしね。乾燥室の有無を尋ね、あると言うので乾燥室付きの個人風呂を二時間借りることに。ちなみに値段はパイトの三倍した。一時間小金貨三枚だ。

 ただ、高いだけあって設備もお風呂もとてもよかった。まず新品の石鹸がアメニティで用意されており、持ち帰っては駄目だがタオルも好きに使っていいという。そして打たせ湯があった。これには驚いた。ここの石床に座って身体を洗えと言うことなのだろう。素晴らしい。乾燥室も風呂場と脱衣所のどちらからでも入れるように繋がっており、とても便利だ。これは毎日でも使いたいな……。

 髪と身体を洗って髪をまとめ、洗濯を済ませて乾燥室へ放り込む。乾燥室へ長く放置しすぎると服が縮むので注意が必要だ。この世界の衣服は基本的に目が粗い。私も初めはパイトでやらかした。

「洗髪料とか化粧品とか、後回しになってたけど、いい加減なんとかしようかな……でも日本に居た頃より、髪のツヤも肌のハリもいいんだよね」

(女神様効果だろうか?)

「爪は整えるだけで弄る必要もないし、ムダ毛も……あら、そういえばムダ毛かなり薄くないかこれ。こっち来て結構経ってるよね」

 腕を擦ってみるが、産毛は生えている。脇の下も結構目立つ。思い立って産毛に意識を向けて内側に浄化をかけるようにしてから腕をこすると……産毛が抜けた。

「おっ? これはこれはひょっとして……脇の下とお腹と背中と……足と……とにかく全部!」

 湯船から上がって打たせ湯で体中に浄化を掛けて付属のタオルでこする。すると面白いように毛が抜けていった。

「なんじゃこりゃ、脱毛サロン開け……ないか、な? ないよね。これきっと私にしか効果ないよね。たぶん。聖女ちゃんで試しておけばよかったな」

 何気に酷い扱いを……いや、酷くない! ムダ毛の処理は女の大敵なのだ。時間を湯水のように消費するのだ。だから大金払ってエステやサロンに通うのだ。それが楽になるのなら、人体実験程度で酷いだなどと……。

「背中見えないのがちょっと困るな……でもまぁ、おおよそやれたかな。これ上手くやれば眉も弄れる? ピンセット売ってなかったんだよね……鼻毛もいけそうだけど、ごっそりいき過ぎるとそれはそれで困るな」

 そしてまた思い至る。

「ん、これもしかして浄化かけながら洗えば肌も……うわ、すごい! これはすごい! 洗い直しだ、垢すりを思い出す。これはひどい、これはすごい」

 二時間では終わらず、呼びに来た職員に追加で二時間分の代金を払って、そのまま文字通り自分磨きを楽しんだ。十手もちゃんと丁寧に洗った。

 乾燥室の衣服は酷いことになっていた。率直に言えば死んだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] 女性だからトイレに行かなくてもいいのは大きなチートだよね、ストーリー的にも便利(^_^;) たまにダンジョン内での用の足し方までこだわっている小説もあるけど、ストーリー的に邪魔だし。
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