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第四十話

 

 野営と村や町での滞在を繰り返し、遠目にも王都が確認できる距離まで近づいていた。

「そういえば、大鹿の討伐隊みたいなものは組まれていないのですね」

「巣があるというわけでもないから、難しいだろうな。王都でも頭を抱えているだろうが、街道を討伐して回るのは現実的じゃない。商隊が各々自衛するしかないだろうな」

 ここまで数匹程度の集団を狩ることはあっても、大規模な群れとは遭遇していなかった。特に狩られたような跡もなかったことから気になってはいたのだが、そもそも組織されていないのだと言う。

 いつどこで出遭うかも分からない、数も分からない、そんなものを税金で対処したりはしないのか。あるいはそれほど被害が大きくないのか、そこは分からないけれども。

 ふわふわで索敵をするも、この近辺にそれらしき反応はない。小型のものはそれなりにいるが、大鹿ではないだろう。ならこぞって討伐して回ることもない。

 商隊の護衛は護衛というだけはあって、それなりに戦えてはいたのだ。私が一人で張り切ってもね。

「それにしても、王都はとても広いのですね。パイトの軽く三倍以上ありそうです」

 いかにもファンタジーのお城! という荘厳な建物がここからも確認できる。この辺りでは一番大きな都会だというし、私は今柄にもなく結構ワクワクしている。お姫様願望なんてものは欠片もないが、こういうファンタジー的なものは好きなのだ。都会が住みやすい町であるかどうかはまた別の問題だが、都合十日近くかけてやっと辿り着いたのだ。感動もひとしおだった。


 そう、十日近く。護衛を請け負わなければ一日二日で辿り着けた距離であろうが、私は結局最後まで護衛を続けていた。

 理由はなんといっても情報だ。田舎で師匠と暮らしていた世間知らずの女という体でいたので、私が聞くと周囲の人間から何らかの解答を貰うことができた。三人寄れば文殊の知恵とはいうが、何十人と護衛がいれば、ニッチな問いに対しても決して馬鹿にできない質と量の情報が手に入る。それでも全てとはいかなかったが。

 私の当面の課題であった気力の衝撃波、魔法や結界の勉強。戦闘訓練、魔法袋や遠見や暗視の魔導具、オークション、周辺の地理やこの世界の歴史、騎士と聖女などなど。欲しかった情報はあらかた集まったと言えるかもしれない。歴史はちょっと怪しかったが、学術機関のようなものはあるというし、そこは足で当たってみればいい。

 一番嬉しかったのが気力の衝撃波についての情報だ。これ、なんと王都に道場があるという。正確には気力の学校で、そこの師範クラスは素手の打撃に衝撃波を乗せることができるとか。本拠地は王都ではないそうだが、そんなことはどうでもいい。私はそれを体得できさえすればいいのだ。

 王都で依頼を終えて冒険者ギルドで登録を済ませたら、真っ先に訪ねてみようと考えている。

 ここで衝撃波を体得する。そうでなくとも一年以内には、一度パイトの様子を確認しつつ最初の町へ戻る。魔力の身体強化を覚えるためだ。その際ギースの手土産にできるような、ドワーフが好むお酒を探して持っていく。このお酒には金に糸目をつけないことにしている。私が今こうして生きていられるのは全て彼のお陰だ。他にも色々手土産を持参したいと考えていたが、これについては何も思いついていない。

(ギルドのランクを上げたりとか、パイトの話とか、そういうのを喜んでくれそうな気がするけど、まぁそれも話す。衝撃波を体得できればそれも喜んでくれるだろう。彼と本格的に別れる前に、受けた恩は返したい。そうだ、浄化真石を何個か持ち帰ろうかな。夜間にちょっと入ってすぐ出てくれば、見つかることもないだろうし)

 最初の町、ギースはいい人だったが、いかんせんあそこは遠すぎる。馬車を使う気にはならないし、走るとしたらとにかく退屈だ。きっと、一度戻れば二度目はかなり後になるだろう。いくらドワーフが長生きとはいえ、今生の別れになるかもしれない。


「王都はこの辺一帯どころか、隣国まで含めてもかなり広い方に入るからな。圧巻だろう」

 ──まだ会話中だった。考えるのは後でいい。

「ええ、ここまでとは想像していませんでした。気を引き締めなければいけませんが、どうしてもワクワクしてしまいますね」

「姉さん、王都に着いたらどうするんだい?」

「依頼を完了したらまず冒険者ギルドで身分証を作って、すぐにでも気力の学校へ向かいます。その後はずっと修行したいですね。適当な時期に一度師に会いに戻る予定ですが」

「お、おお、そうか……もっと街を見て回るだとか、そういう腹積もりなのかと思っていたが」

 正直、それもしたいんだけどね。

「それはいつでもできますから。まだ優先すべき事柄が多々残っています、私は強くならなければいけませんので。遊ぶのはその後にします」

「ストイックだな。それくらいでもなければ、パイトから王都へ一人で修行に来たりはしないか。まぁ、頑張んなよ」

「ありがとうございます。それで、お酒に強い問屋や商人をご存知ないですか? 師への手土産にお酒を用意しようと思っているので、もしツテがあればご協力頂けないかと」


 餅は餅屋だ。商人の護衛ならこの辺も詳しいかもしれない。聞くだけ聞いてみよう。

「酒か……ああ、前もって伝えておけば大抵のものは手に入るだろう。どんなものがいいんだ?」

「酒飲みのドワーフの男が大喜びするものを、それなりの量……でしょうか。私はお酒を嗜まないもので、どのような品がいいのか分からないのです」

「ドワーフか、それならいくらでも心当たりがある。予算はどんなもんだ?」

「大金貨で百枚で私の希望は叶いますか?」

「十分ではあるが、三百もあれば確実だろうな。質はともかく量も欲しいんだろう?」

 三百か。問題ない、高々浄化真石九個分だ。ギースへの礼だ、ケチケチする気はない。

「では、即金で三百枚用意します。多少上回っても構いません。期限は……今から半年くらい後を目処にして頂けると。多少遅れる分には問題ありません」

「剛気だな、三百先払いできるのか? それならかなり融通効くぞ」

「できますよ。当面の生活に必要な分は別にしていますから」

「輸送はどうする?」

「魔法袋で持ち運べる量なら自分で行います。無理でしたら……何度か往復して運びましょうかね」

「……どこまで運ぶんだ?」

「バイアルの先ですね」

「バ、バイアル!? その先って、ここからどんだけ距離があると……」

「遠いのは事実ですが……。師が喜ぶのであれば、酒を抱えて往復する程度、苦ではありません。無論、一度で済めばそれに越したことはありませんが」

「そうか……分かった。その時は魔法袋のレンタルをやっている所を紹介する。姉さんの、容量はそれほどないんだろう?」

 レンタルなんてやってるのか……しかし、破損させたらと思うと怖いな。なるべく自前のものを用意したい。

「そうですね、大樽三つ分程度しか入りません。入り口も狭いですし。買い換えたいとは思っているのですが、いい縁がなくて」

「魔法袋はピンキリあるからな。王都はパイトと比べてその辺の品数も豊富だから、探していけば気に入るのが見つかるかもな」

「時間に余裕ができたら、それも探してみようと思います。そのためにも、もっと強くなって稼げるようにならなければなりません」


 そんな話をしながら歩いていると、もう王都と目と鼻の先のところまで来ていた。ふわふわを飛ばしても鹿らしき反応はない。まだ油断はしないが、おおよそ依頼は完了だろう。

 いやー、しかしでかい。まず外壁がでかい。なんじゃこりゃ、十メートル近くあるんじゃないか。遠くからもでかいでかいと思っていたが、近くに来るとその大きさには圧倒される。しかもこれ、ただの石じゃない……よね。

「この外壁は、普通の石壁のようには見えないのですが、何でできているんでしょうか?」

「これはゴーレムの体と特殊な金属と、それに魔石を砕いて混ぜ込んでいるとか、そんな話を聞いたことがある。魔法にも強いんだとか、すごいよな」

「ええ、これは圧倒されます。本当にすごいのですね、王都は」

 ゴーレムか、そんなのがいるんだ……。土人形みたいなイメージだが、その辺の土や石を積み上げるより硬度を稼げるのだろう。この世界は本当に不思議だ。


 王都の西門の列に並んでしばらく待つ。やたら時間がかかっているが、ひょっとして荷物や魔法袋の中身も調べているんだろうか。

 見られて困るものは……金貨くらいか。真石は全て処分してきたし、そう変なものは……あ、日本から着てきた服。それと下着……を見られるのは少し恥ずかしいな。どうしよう、どうしよう。どうしようもないけど……。

「これ、ひょっとして私の魔法袋の中も調べられるんでしょうか」

「ん? ああ、普通はそうだが、今回はパスできる。うちが一時的に雇っている形だからな。うちは荷物検査を免除されてるから、気にしなくていいさ」

 列には並ばなきゃいけないけどな、と言葉が続く。

「そうでしたか、安心しました。汚れた服や下着なんかも入っていますし、あまり見られたくはありません」

「冒険者のランクを上げていけば、そのうち一人でも免除されるようになるぞ。確か王都は六級からだったと思う」

 今更だが、最初に突っかかってきた若い冒険者とも随分会話をするようになった。面倒だったから最初は脅したが……いや、でもあれはこの子が悪いよ。

「なるほど。私の心の平穏のためにも、早急に六級まで上げる必要がありますね」

「冒険者は替えの下着なんて持ち歩いてないことも多いから、あまり気にする奴もいないんだけどな」

「私は着替えてきちんと洗濯もしたいのです。緊急時は仕方がないですが……平時はなるべく清潔にしたいと考えていますので」

「変わってるなーほんと」


 そんな雑談を続けながら、着々と減る列を眺めていた。

 さて、いよいよ王都だ。



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