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第四話

 

「降りられない……。どうすんのこれ」

 意気揚々と祠の洞窟を後にしようと歩を進めた私の前に立ちはだかったのは、底の見えない断崖絶壁。

 十手の柄をぎゅっと掴み、湧き上がってくる恐怖を堪える。おうち帰りたい……。

 大部分はただ沈んでいただけのような気もするが、私は縦穴を降り、横穴を下り、そしてこの洞窟へ向かって浮上した。

 その行程は全て、水のような女神様の身体の中を遊泳することで成り立っていた。

 横穴から洞窟までも、数百メートルは浮上したことと思う。ほぼ垂直のそこから水が抜ければこれだ。底なしの絶壁だ。

(どうしたものか……。流石に落ちたら死ぬよね、これ)

 なまじ死に至らずとも、死んだ方がマシ級の痛みを受けることは想像に難くない。女神様の力が散らばる前に、私の五体が散らばるだろう。

「かいだん……そう、階段とかないかな。ハシゴでもいい。この際紐でも……」

 飛び降りるのは最後の手段だ。私は人間離れしたとはいえ、まだ初心者以前のレベルだ。軽率な行動は慎むべき。

 とりあえず手掛かりはないか端から端まで探してみようと、私は絶壁から少々後ずさると、洞窟の隅を目指して駆け出した。


 結論から言えば、なかった。階段もハシゴも紐も。祠のあった位置なども調べてみたが、エレベーターもワープ装置のような物もなかった。

 食物はない、水もない、空気……はあるようだけれど、それもいつまで保つか分からない。泉の底の縦穴が塞がりでもすれば私に待っているのは窒息死だ。

 女神様の身体を取り込んでいた時分は、空腹や渇きを感じることはなかった。しかしあれがない以上、今の私は飢えも渇きもするのだろう。窒息死の前に餓死だなこれは。

「絶壁を削って階段状に、するのは無理かなぁ……無理だなぁ、崩れないもんなぁ、これ……これなぁ」

 試しに右手の十手で絶壁の縁を殴打してみるが、砂粒一つ分も削れやしなかった。思いっきり殴打するも、それを何度か繰り返しても結果は変わらなかった。ちなみに十手の棒身にも傷一つ付いていない。

(これは将棋で言うところの詰み……って奴じゃないかな)

 この状況を打開するには、新たな策を思いつくか、駒をどこかから引っ張ってくるしかない。

 策、策なんてものはない。女神様みたいに私には羽が生えているわけでもないし、空を飛べるような術を修めているわけでもない。

 階段は作れない、ハシゴも無理、紐……服を引きちぎっても長さなんて雀の涙。どうしようもない。


「たすけてめがみさま……女神様? 女神様……女神様か」

 今はもういない、私の愛しい女神様は、召喚早々私に色々と働きかけていた。

 頭の中に理解の出来ない言語のようなものや意志を叩きつけたり、水辺で寝落ちした私を水面に叩きつけたり、水辺から陸地に移動しようとした私を水面に叩きつけたり。直接向かい合ってからは、神力を始めとしたこの世界特有の力の存在──本当に存在だけだ、使い方くらい教えてくれればよかったのに──とにかく、存在を教えてくれたりした。

 女神様と交わした会話――あまり会話という感じではなかったけれど、心読まれていたし――を思い出す。


 《本来ならばこの場に直接召喚できるのですが、貴方は前述の通り同調が難しく──》

 《何度『引き寄せ』を行っても離れていくし──》

 《正直私も諦めて送還しようと考えた程ですが──》

 《神力を十全に引き出すには時間がかかるでしょうが、軽度であればすぐにでも使えるようになるでしょう。もちろん──》

 《神域の真上に召喚した際に回収して処分しておきました。》

 最後のはいい。少しムカッとしたけれども……。何度も水面に叩きつけられたことは根に持っていない。ほんとだよ。


 とにかく私の女神様は、《女神様の神格》は、意思を伝えたり、召喚したり、送還できたり、『引き寄せ』なる技で呼び寄せたりしていたわけだ。

 ならば《神格》を受け継いでいる私にも、意思の伝達に召喚や送還、そして『引き寄せ』なる技を使えるのではないだろうか。

 これらの技が、神力に由来しているものであるのならば……!

 とりあえず試してみよう。下手な考え休むに似たり、と言うしね。


 召喚は駄目だった。そもそも正式な作法を知らない。頭で考えただけで引っ張ってこれても困るし、儀式のようなものがあったところで、私みたいに地球から誰これ引っ張ってきても困るし、成功しても困る。仲良く餓死か転落死ルートだ。

 羽の生えた鳥のようなものならば別だろうが、協力してくれるか怪しいところだし、そもそも召喚に成功していない。する気配がない。


 送還も駄目だった。神格を宿したまま元の世界に戻れるのかとか、戻れた所でそれでいいのかという感じではあるが……。おうちにかえしてと念じてみたが、これも成功する気配もなかった。欠片もなかった。


 意思伝達は試していないが、これも駄目だろう。そもそも何の解決にもならない。私の女神様と交信できるというなら話は別だけれども、あの人もういないし……。


 そして、『引き寄せ』。これが成功した。

 諦めて床に倒れ込んだ際に、ずっと右手に握り込んでいた十手を少し離れた場所へ放り出してしまったのだ。

 疲れから横着して床を這うようにして取りに行こうとしていた所で、ふと思い至って念じてみた、『帰ってこい』と。

 すると、まるで瞬間移動したように、十手がこの手に戻ってきたではないか!

 結果が出ると現金なもので、活力漲り私はそそくさと検証の準備に入った。


 此度の検証で分かったことは大きく分けて二つ。

 一つ目は、十手をこの手に引き寄せられること。

『右手に戻ってこい』『左手に帰ってきて』、などと念じれば、順手で握り込める位置に戻ってくる。

 手の指定がなければ右手に戻ってくるようだった。利き手だからだろうか。

『逆手になるように』との指定は受け付けてくれなかった。なぜだろう……。


 二つ目は、十手の元に私が引き寄せられること。

 床に置いた『十手の元へ!』や、十手を思いながら『跳べっ』と念じてみたところ、私が十手の方へ、まるで瞬間移動のようにワープすることができた。一度踏み付けるような位置に跳んでしまったが……移動先は概ね近辺というだけで、特に法則はないように感じた。

 細かく指定すれば『十手を右手に掴める所へ』とか、そんな感じの注文は受け付けてくれた。その際は十手は現在の位置から飛び上がって(転移して?)私の手に入るよう、位置取りに気を使ってくれる。

 なお、床に置いた十手の『下へ』と言った場合、足が地面に着くように移動し、十手は頭上に転移するようだった。

 試してみてから、これで地中に埋まってたら死んでいたのではないかと気付いてゾッとしたのだが……結果オーライだ。以後気をつけます。

 無事ここを出られたら、足元が水でも駄目なのかどうか位は試しておいた方がよさそうだ。


 共に距離は洞窟の端から崖の辺りまで、二百メートル程は有効だった。

 これ以上の距離、どの程度まで有効なのかは追々検証が必要だろう。

 ちなみに十手を握ったまま、『あそこへ転移!』のような使い方はできなかった。色々指示を変えてみたが無理だった。お手軽ワープならず、残念。

 また『引き寄せ』で『跳べ』るのは十手の近辺だけらしく、『上空五メートル』などという指示は受け付けてくれなかった。


 さぁ、光明が差してきた。そして、勇気が必要な場面だ。

 十手を崖の下に投げ入れ、そこへ(底だけに)向かって私が『引き寄せられる』。これで第一関門は突破できるはずだ。

 不安要素としては、体感ではあるが、ここから崖の下までの距離は検証で試せた距離よりも大きい。遠いのだ。

 距離の問題から『引き寄せ』に失敗した場合、私は崖下にダイブするしかなくなる。

 慣性が死ぬという保証があれば、距離が縮まった辺りで『引き寄せられる』ことで着地に成功できるだろう……という予想は立てられるが、死ななかったら私はミンチだ。

 これは検証ではよく分からなかった。走ってみたり上空に十手を投げてから『跳んで』みたりと試してみたのだが……未だ非力な私では、距離や速度を稼ぐことができなかった為だ。走りながらの『引き寄せ』で、大部分は殺されているだろうとの予測は立っているのだが、無になるわけでもなさそうで……実証するには私の命をベットしなければならない。どうしても怖い。


 逃げたくなってきたが、ここはまだ本当に第一関門に過ぎないのだ。この後の横穴はいいとしても、縦穴や泉を抜けて陸地を探す、人や町を探す、神官を探す、解呪の術を探すなど、課題は山程残っている。

 食料も水もなく、体力がいつ尽きるかも分からない。ここはともかく、崖下や横穴、縦穴と泉だった場所が今も尚安全であるかも分からない。その先々も……分からないことだらけで、私はきっと足踏みを繰り返すだろう。

 まだ力尽きる訳にはいかない。私の名もなき女神様。彼女に託されたこの力、まだ撒き散らす訳にはいかない。

 腹をくくろう。女は度胸だ。


「いくぞーっ!」


 崖下に十手を投げ入れる。あっという間に見えなくなったそれを、私はただ見送ることしかできない。

 女神様が遺してくれた私の十手、愛しい棒。あれは驚くほど軽く、硬い。地面に落としても傷一つつかなかったし、落下音もコンッといった軽いものだった。崖下に達しても、ここまで物音が聞こえてくることはないだろう。

 一分どころか三十秒も待てば十分なはずだが、余裕を持って──怖かっただけだが──五分ほど待機して覚悟を決めた。


「今度こそ行って参ります。もう二度と会えなくなるかもしれませんが……いや、もう会えないのか」

 あの神々しい、白く美しい女神様の姿はもうない。

 それでも頼まずには、願わずにはいられなかった。

 暗闇に身を投げ込む。賽は投げられた。

「お願いしますっ、神様仏様女神様っ! 十手の元へ『跳べ』!」

 仄かに明るい光を湛える洞窟から、私は未知へ一歩を踏み出した。


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