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第三百七十三話

 

 善は急げと言う。

 今この瞬間にも妹分達が苦しんでいることを思うと、あまりゆっくりもしていられない。

 腰を上げるべきタイミングは今で、早急に全力で駆けつけるのが最良なのではないかと。

 だが、急がば回れとも言うのだ。

 神殿の鑑定をすり抜けたという魔導具の呪いが、浄化魔法や《浄化》で解呪できない類の代物であったなら、詰んでしまう。

 魔導具に限らず解呪は門外漢だ。知識も経験もない以上、勇み足で独り突っ込むといった軽率な行動は避けるべきなんじゃないかという思いもあり、今はそれが僅差で勝っている。

 これが縁もゆかりもない赤の他人であれば──そもそも依頼を受けたりはしないであろうが──ダメならダメで、諦めがつくのだけれど。

 マリンの様子を見る限り、私一人でも十分なんとかできそうな問題ではあるのだが、判断に困る。

 ──こういう時のフロン先生だ。

 フロンはすごい。頼りがいがある。かつては迷宮産魔導具と長く付き合っていた。知識も豊富だ。

 きっと呪いについても色々知っていることだろう。せめて所見を伺ってから出向きたいところである。

 しかしながら間の悪いことに、うちのエルフたちは絶賛迷宮でお仕事中だ。探しに行こうにもどの階層にいるのか分からない。

 泊まり込みだとは聞いていないので、そのうち戻ってくるとは思うのだが……。

「とりあえずフロンが帰ってくるのを待つよ。ちょっと外に出てくる。アリシアはゆっくりしていて」

 上手くいけば三十分程で片がつきそうだが、下手をすると長期に渡る任務となるかもしれない。

 しっかり備えておくのがデキるお姉ちゃんの有り様というもの。早速行動を開始しよう。


 私服に着替え、まず出向くのは魔法屋。魔法は術式なしには語れない。

 火を出す、水を生む、光で照らす、傷を癒やす。全て魂に、あるいは術式の刻まれた魔導具を媒体として、それに魔力を流すことで現象を発現させる。

 もしかしたらあるのではないか。浄化とはまた違う、呪いの解呪に特化した魔法というものが。

「──ありませんか?」

「と、当店で扱っている術式は一般的な浄化術式のみです。欠品していた水属性のものを入荷したばかりですので、現在は火、水、光と、各種取り揃えておりますが……」

「迷宮産魔導具の呪いを解呪するには、それらを用いるしかないと?」

「と、いうことになると思います。……お買い上げになられますか?」

 致し方ないことではあるのだが、非戦闘用の魔法術式は戦闘用のそれと比べて充実度が低すぎる。

 火弾、火玉、火針、火槍、火嵐、火雨、火池、火爪、火剣、火拳と、こういった攻撃系魔法の種類は無駄に豊富な癖に、浄化は属性ごとに一種類ずつしかない。ふざけた話だと思う。

 それにしてもこの店員さん、バイトだろうか。術式の売買が事務的なのは各地の魔法屋とそう変わりはないが、これでは駆け出しの冒険者は困りそうだ。

 現に解呪新人の私は大変困っている。もうちょっとこう、親身になって相談に乗ってくれるとありがたかったのだが。

 まぁ、これ以上粘っても仕方がない。ないものはないんだ。

 手ぶらで帰るのもどうかと思ったので三種の浄化魔法を研究用に仕入れ、一旦お店を離れた。


「さて、次はっと……」

 餅は餅屋だ。こういったことは専門家に尋ねるのが一番。

 魔導具の呪いについて魔法屋より詳しいところがあるとすれば、それはきっと魔導具屋だと思う。

 あとはきっと浄化使い。この島にもおそらく居るとは思うのだ。解呪経験のある法術士、あるいは法術師が。

(存在はするんだけど……どこにあるのかな)

 ルナは結構店舗の入れ替わりが激しい。飛脚用魔導靴を作っていた職人さんが廃業していたり、焼き串スメルで周囲の飲食店の営業を妨害をしまくっていた若い店主が消えていたり、そういったことは決して珍しくない。

 それに私が迷宮産魔導具に目を輝かせていたのはもうずっと昔の話であって、ルナではそもそもそういったお店に足を運んだ経験は少ない。私の脳内マップはとても古い上にポンコツだ。

「蛇の道は蛇じゃ」

 当て所なく散策している暇はない。元締めに頼もう。


 商業ギルドにやってきた。

 ここにも何度か足を運んだ経験がある。最後に訪れた時は、そう──北へ仕事に向かう前に、お家の所有期限をタダで大幅に延長させた。

 その前は偉そうにふんぞり返ってお家を買った。傍若無人モードの出番だ。

 あの時と同じように受付にギルド証を提示し、話の分かる責任者への取次を依頼し、応接室へと案内される。

 この島やギルドにろくすっぽ貢献していないこの私が、こういう時だけ便利に使おうとすることに申し訳なさを感じなくもないのだが、そんなことを言っている場合ではない。

 それに以前言われたことがある。『何かご入用の際には、是非当ギルドまで──』と。

 私は社交辞令を真に受ける女だ。精一杯偉そうにふんぞり返る。お金は落とさないけれど、一つ借りを作っておこう。

 多少高くつくことになるかもしれないが……まぁ、構わない。


(あー……疲れた)

 ギルドマスターに事情を説明して快諾頂いた後、ギルドの力をもって有識者を方方(ほうぼう)から集めてもらった。

 セント・ルナは迷宮と冒険者、それと冒険者を相手に商売する人達を中心とした島だ。迷宮から出土された魔導具は市場に流れたり、冒険者の終生の友となったり、ゴミと一緒に処分されたりしている。

 流通の中継地でもあるため逆に他所から流入した魔導具という物も相当数に及び、それを専門に扱う業者というものも存在している。

 その中には呪いの魔導具も相当数が存在しており、それに対処してきたのはこういった方々だ。中々実になる話ばかりで、中座する機会を逸してしまった。

 お陰でもうとっぷり日が暮れてしまっている。とっくに全員お家に帰ってきていることだろう。

 色々と話が聞けたこともそうだが、呪われている品物の解呪を実際に試すことができたのはいい経験になった。

 多くは浄化魔法で、ややこしそうな強目の呪法も《浄化》で問題なく解くことができた。

 神殿の鑑定をすり抜ける類の品についても情報を得ることができたので、タダ働きの甲斐はあっただろう。

 これはまぁ……ソフィア達を責めるのは少々酷かもしれない。


 認識阻害も転移も使わず歩いて自宅まで戻り、手洗いうがいを済ませてリビングに顔を出す。

 既に夕食は済ませてしまったらしい。ソースとお肉の残り香だけが虚しく漂うリビングにて、一人ソファーで食休みをしていたフロンを捕まえて話を始める。

「ただいま。話は聞いてる?」

 食器を片付けているのか、アリシアはリューンと共に二人でキッチンにいる。

「おかえり、おおよそのところは聞かせてもらったが──どこに出ていた?」

 美人さんと肩を寄せあって小声で内緒話をしていればイケナイ雰囲気にもなりそうなものだが、脂の主張が強すぎてそれどころではない。

「商業ギルド経由で強めの封印箱を手配してきた。徹夜で仕上げてくれるそうだから、明日取りに行ってそのまま出向くよ」

 呪いを解いてしまえば普通の魔導具として使える物や、解呪が一時的なものでどうしようもなく常に呪われている物など、呪いにも種類があるのだ。さっき知った。

 後者はそのまま野晒しにしていると色々と問題があるので、完膚(かんぷ)なきまでに破壊し尽くすか、きっちり封印する必要がある。そのための道具を注文してきた。

「そうか、それならば良かった。もう向かってしまったのではないかという話になってな、先に食事は済ませてしまったよ」

「なるほど」

 ちょっと出てくると言い残して大陸を跨いで解呪を成し、日付を跨がずに戻ってこられるのが私という女だ。中々に目の付け所がいい。

「マリンにはフロンを待つって言ってあったんだけど……いいや。後で適当に済ませるよ」

「すまんな」

「いいのよ」

 保存食はいっぱいある。今日は金属を打ってもいないし迷宮に出てもいないので体力もそれほど使っていない。適当でいい。

「フロンは浄化魔法で解呪できない類の呪いの品を見たことがある?」

「私はないな。解呪可能な弱い物なら浄化で対処が可能であるし、不可能な物は封印するか破壊するか諦めるしかない──というのが一般的な知見だと思うが」

「私もその認識。なんとかしなくちゃね」

 ギルドで聞かされた話とそう変わりはない。やはりこの世界において、呪いの対策はイコールで法術師の浄化なのだろう。

 それでもどうしようもなければ封印する。封印怖い。封印怖い! 怖いけれども……これは私も身につけるべきか。一考に値する。


 呪いの魔導具なんて代物、これまで通りに生活していれば関わり合いになることはない。だが呪われた邪神なんてものとは今後も接点ができてしまうかもしれない。

 狩れるヤツは見つけ次第狩ってしまいたいというのが偽らざる私の本心だ。私の神格は未だ女神様全盛期のそれには及んでいないのだと思う。

 何せ私の機能には未だに多くの制限がかかっている。その中でも目下(もっか)解決しておきたい事柄の一つに使徒の任命の問題がある。

 きっとできるはずなのだ。星を隔てた召喚技法とは異なり、これは可能になるという確かな予感がある。

 だが現在、私にこれは生えていない。

 多くの瘴気持ちを狩り、魔食獣を狩り、邪神も狩った。神力は日々成長し続けているのに、最後に《結界》と《次元箱》が生えて以降、私の機能は一向に拡充されていない。

 《探査》と《転移》が結びついたとか、《探査》と《次元箱》が結びついていたとか、そういった方面で発展してはいるのだが──。


 足りていないのは質や量か、はたまた別の何かなのか。あるいは手の動かし方が分からないだけで、既に使徒を作れるのか。

 誰にでも可能というわけでもないだろう。前提条件だってきっとある。

(電気牛を食べたことで電気を扱えるようになっていれば、積極的に神様を探して狩る気にもなろうもの、って話なんだけれどねぇ)

 そうであればどれだけ話が早かったことか。魔食獣を食べたことで大食いになっていたりもしないし、そこまでファンタジーでもない。

 例えビリビリできなくても、今後良質な糧と出会った時、私はきっと戦うに決まっている。

 それを繰り返していつかどうしようもないヤベェヤツと出くわした際、対処手段の一つとして封印はこの上なく有力だと思う。

 あのやたら滅法強かった強大な邪神だって封印されていたのだ。きっと大抵の神々はやってしまえる。封印はすごい。ヤバイ。パない。

 封印に対する《防具》以外の対処手段も見出しておきたい。研究のためにも、やはり自分で扱えるようになるのが一番だ。

 私が三途の川を渡る前にすべきは神頼みではなく封印頼み──ではないな。

(大人しく逃げるべきだね……)



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― 新着の感想 ―
[一言] あけましておめでとうございます(*´ω`*)昨年は更新のたびに喜ばしい気持ちにさせて頂き、誠にありがとうございました。いつだってリューンさんが大好きです。ほんと可愛い。 お忙しいみたいなので…
[一言] 続き待ってます
[良い点] 取り敢えず魔導具の呪いが最悪《浄化》でなんとかなりそうなこと。流石は女神様印の浄化と言ったところですかね。 [気になる点] 使徒を新たに生み出す方法が一体どんなものなのか? 少なくとも《浄…
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