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第三百七十二話

 

 ──家電製品の製作に明け暮れることしばらく。時季を跨ぎ、季節は冬に移っていた。

 身体を動かし、魔石や消耗品の魔物素材を集め、日課に精を出すことも怠らず、余暇の大半を作りたい物リストの消化に当て続ける。

 総力を上げて頑張った甲斐もあり、大型冷凍庫や乾燥庫の増産に加えてオーブンやケトルに冷蔵庫、炭酸水メーカーといった便利グッズを拵えることに成功した。

 特に最後のヤツが素晴らしい。空調術式を解析している最中に浄化緑石から二酸化炭素のみを狙って生成できることが判明し、力づくでエイッ! とやってみたら、できてしまった。

 これが中々にエルフ組にも好評で、私も嬉しく思っている。

 馬車に関しては未だ骨組みの段階だが、あとは組み上げて適当に木板や布でも貼り付けてしまえばそれなりにまともな荷台が完成するところまで行き着いている。

 本体はアダマンタイトのパイプ化によって重量の軽減と高剛性とを両立し、ベアリングを採用した車軸も問題なくコロコロ回る。

 タイヤの素材は戦闘靴の靴底同様、水色ゴーレムと浄化蒼石の混合物。撥水機能を付加した上で溝を彫り、スリップ対策も万全。もちろんグリップ力も十全。

 見様見真似ではあるが、フロンと協力して作った振動の制御機構などを組み込んだお陰でお尻への被害は最小限に収まっている。

 バネの製作に難儀したが、頑張ってよかった。完成の暁には、快適な旅程の一助となってくれることだろう。


 規模の大きい物、数を揃えたい物はあらかた作り終えた。

 これでやっと本題の研究や修行、そして迷宮攻略に集中することができる……ようになったわけではあるのだが、一難去ったらまた一難がやってくるのはきっともう、天命なのだろう。

 可愛いらしいお客さんの来訪により、穏やかな日常に一旦終止符が打たれることになる。


「サクラー、客人じゃー、居間に待たせておくぞー」

 鍛冶場で一人遊んでいると、庭弄りをしていたマリンがひょっこり顔を出し、返事も待たずに言うだけ言って走り去って行った。いきなりのことで呆気に取られる。

「客……?」

 疑問符が浮かぶ。来客の予定はない。

 また先触れも寄越さずにギルドの連中が面倒事を持ってきたのかと顔をしかめ──《探査》を向けて疑問符が増えた。

「……アリシア?」

 おうちのリビングには二つの生命体反応がある。一つは玄関からリビングに急ぎ戻ったハイエルフのマリン。

 もう一つは──北大陸で別れた私の可愛い妹分その三、風っ娘ハイエルフのアリシア。

「どうしたんだろ……喧嘩別れでもしたのかな」

 ソフィア達の反応はない。少し広めにセント・ルナ全土を《探査》してみても引っかからない。

 迷宮に入っていれば探しようがないのだが、彼女一人を残して三人で入ったりするだろうか。まずありえないだろう。

「んー……?」

 疑問符がまた増える。とりあえず道具を片付け、邸内に戻ることにした。


「あっ、サクラさん……!」

 作務衣(さむえ)姿でリビングに顔を出してみれば、ちみっ子がちみっ子をお茶でもてなす、大変に可愛らしい光景が広がっていた。

 お茶を淹れ、お菓子を勧め、半泣きエルフを隣り合ったエルフが優しくあやしている。

 実年齢に数千年の開きがあるのはご愛嬌だが、ものすごく尊い。この光景を守るためなら私は何だってできると思う。好き。

 美少女は泣き顔も美しい。額縁に入れて飾っておきたい光景とは、まさにこれよ。

「久しぶりね、アリシア。どうしたの?」

 そんな心中はお首にも出さず、優しい笑顔でお出迎え。

 だが元気にしてた? とか、調子はどう? なんてジャブを挟んでいられる雰囲気ではない。

「サクラさぁぁぁん……助けてくださぁぁい!」

 (せき)を切ったように涙を溢れさせ、可愛いのが飛び込んできた。()()い。

「いいよ。私で力になれることならなってあげる。何があったの?」

「ソフィアちゃんとペトラちゃんが……うぅっ……!」

 わんこ達が何かやらかしたようだ。頭が痛くなってきた。私にダメージを与えるとは、大したものだと思う。

「二人がどうしたの?」

「魔導具に……呪われてぇぇぇ……」

 溜息を吐かなかった私を褒めて欲しい。口を酸っぱくして言うたはずじゃ。


 わんわん泣き出したアリシアを何とか宥め、落ち着かせ、話を聞き出していく。

 何分初めてのことだ、マリンを追い出したりもしない。一緒に話を聞いてもらい、解決策を共に模索してもらう。

 こういう時に限ってフロンもリューンも、おまけにリリウムも迷宮に出かけていて不在にしている。頼りにしている。

「アホじゃな」

 アリシアが話し終えた後、頼みの綱はそう一言で切って捨てた。(はなは)だ同感ではあるのだが、それを口にすることはしない。

「それにしても、呪いの品が神殿の鑑定に引っかからないなんてこと、あるの?」

「ないこともないぞ。鑑定神殿はあれで割と適当な仕事をするからの」

 神殿の鑑定は魔法師が術式で発現させるものとはまるで違う、ほとんど神の御業によるものだ。にわかには信じがたい。

 だが世界中の神殿から毎時毎秒ひっきりなしに仕事の依頼が舞い込んでくるのだと思えば、こういったことがあってもおかしくはないのかもと同情の念がわき起こってくる。


 アリシアの語るところによれば、四人で中規模迷宮の一つを攻略し、終層の後の階層間通路で宝箱と遭遇した。

 しかも二つ生えてきて、その中身が一見して全く同じ、金色の指輪であったらしい。

 迷宮産魔導具にはセットで出てくる物があり、それは高位の魔導具である傾向が強い。

 期待に胸が高鳴りながらも流石にその場で指にはめるような真似はしなかったが、きちんと神殿で鑑定してもらった後に、意を決してはめてみた。

 ペトラちゃんが一つをはめたところ、その指輪は確かに彼女の魔力の格を強化し、同時に二つはめることで更に彼女の魔力の器をも強化した。

 中々の効力だったそうだ。ソフィアやミッター君がはめても同じ結果が出たが、アリシアははめなかった。

 そして二つの指輪をわんこズがそれぞれ装備してみたところ──呪いが発現した。

「それで、外れなくなったんだ」

「はい……気力や魔力をどんどん吸って、胸や頭が痛いって……浄化使いの方に解呪を依頼しても、どうしようもなくって……」

「指を落とせば解けるじゃろ。痛みで済んでいるのであれば、今はまだそう強い呪いでもない」

 マリンちゃんが冷たい。抱きしめるとあったかいのに。

 じぃっと見つめていると、慌てたように言葉を紡ぎ始めた。

「そ、そう悪い手でもないのじゃぞ。その手の呪法は解呪をしくじると、呪いの強度と耐性が共に上昇していく。限度を越えてしまえばもうどうしようもなかろう、魔導具に精魂食らい尽くされて終いじゃ。どうせ外れんのであれば、耐えられるうちに切り離してしまうのは十分選択肢に入る」

 なんかそんな話聞いたことあるな。こういうのは世界共通なんだろうか。


「それで、私を呼びに来たと」

 アリシアが頷く。そして目と目が合う。可愛いアリシアに上目遣いで懇願されると、私は弱い。

 あまり構わないように距離を置いてきたが、もう今更感がある。可愛く甘えてくれば甘やかしてあげたくなるし、頼られれば応えてあげたい。

 仲間のために一人で船に乗り、遠路はるばるセント・ルナまでやってきたのだ。この行動には素直に敬意を表したい。

 その仲間が私の可愛い妹分達ということもあるが──これで四ハイエルフなのだ。

 地水火風のエルフが揃う。前後左右に侍らせて、四方向からエルフサンドイッチされたい。リリウムを拗ねさせたい。

 サクラお姉ちゃんしゅきしゅき~って言われたい。頼めば言ってくれそうだな、アリシアは。

 だが乞うてはならぬ。言わせてはならぬ。自分からしゅきしゅき~って言って欲しいのだ。そのためにも、格好良いところを見せておく必要がある。

「話は分かったよ、やってあげる。それで、三人はどこにいるの?」

「あっ、ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」

 自信満々で請け負っているこの私が、解呪なんて一度もやったことがないとはこの娘っ子……いや、ロリフズは夢にも思っていないことだろう。

 呪いが浄化で解けることも今の今まで知らなかった。私も昔呪われていたことがあるが、あれは結局自力で解くに至らなかったわけで。

 だが浄化で解けるなら任せてもらいたい。実際私にできなければもう無理だろう。要らん事して症状が悪化しているとのことだし、加減はしない。最初からフルパワーの《浄化》を叩きつける。

 魔導具の無事は保証できないが、わんこ二人くらいなら何とかしてみせよう。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 鑑定神殿でも引っかからない呪いなんて普通は想像できんだろうしアホ呼ばわりはちょっとかわいそうかな っていうかこれ浄化エステで埋め込んだ神力を敵対神に察知されたんじゃ…
[一言] あちゃー
[一言] 迷宮産魔道具はやっぱりリスキーだよねえ
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