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第三十七話

 

 コンパーラは王都とパイト、そして他方との中継点に使われている、小さいが活気のある町だった。

 主に食品や薬などの消耗品が流通していて、その量も多い。田舎から王都へ流すことで、商人が利を取っているのだろう。

 町を見て回りたい気持ちはかなりあったのだが……万が一にも追手がかかっていたら、それに捕まるわけにはいかない。

 食品はほとんど消耗していない。まだ日も上り切ってもいないし、今日はこのまま王都へ向かって走ることにした。

 屋台でこの世界に来てよく食べているパニーノっぽい惣菜パンを適当に見繕い、東の門から走り出す。

 この調子なら王都までそうかからないだろうと、その時の私はそう思っていた。


 コンパーラと王都間の街道は、広く整備されていて走りやすい道だったのだが、思っていた以上に距離を稼ぐことができなかった。

 多いのだ、人が。三十分も走れば向かい側とすれ違うか、追い抜くために街道を外れる必要がある。これまで人とすれ違う経験をほとんどしていない私にとって、これはストレス以外の何物でもなかった。無心で走れないことは時間を意識してしまってとてもつらい。

「いるんだなぁ、人。やっぱりバイアル側が田舎だったんだろうね」

 私はまぁ、人並みの体重だと思うが、そんなものでも時速四十だか六十キロだかの速度で突っ込んできたら間違いなく悲惨な目に遭う。魔法袋にもそれなりに荷物が入っている。人を轢くのは避けたい。安全マージンを取っているとどうしてもストップアンド・ゴーが続く。フラストレーションが溜まる。リビングメイルが恋しい。

 要は、私はむしゃくしゃしていたわけで、道を塞いでいた馬車の一団を見つけて臨界点を突破しそうになってしまった。十手を握っていると落ち着きを取り戻すが、これで収まるってことは今のも呪いの一環? 最近忘れがちだけど、ほんとに面倒な呪いを残してくれたものだ。いや、そもそも自分から呪いに手を出したのか……。


 それからしばらく走り、一時間程快調なマラソンを続けて機嫌を直していると、日の入りが近くなった頃に襲われている商隊を発見した。

(トナカイ? いや、鹿かな。三頭引きの荷馬車。普通の商隊だろうか。それよりもあの鹿大きいな……肉もたっぷり取れそう)

 三頭引きの複数の荷馬車からなるその一団は、やたら立派な角を持つ大きな黒い鹿の群れに襲われていた。武器を持った護衛が戦っているものの、数が違う。鹿の角は大きく長い。身体も大きいし、角を向けて突進するだけで大惨事だ。いや、既に大惨事になっていた。

(クワガタみたいだね。そもそもこの鹿はどこから流れてきたんだろうか。森は遠いし、わざわざ商隊を襲うだなんて……これまでに何度も似たような一団とはすれ違っていたが、その人達は襲われなかったのかな?)

 助けに割り入ってもいいが、商隊のガラがよくないように見えるのが気になる。護衛は盗賊か傭兵みたいな恰好であまり印象がよくないし、勝手な正義感で助けに入って事後処理やら何やらで拘束されるのもごめんだ。暗くなれば鹿の相手もしにくいし、こんな連中と一夜を共にするのは、もっとごめんだ。それよりはこの場を去って夜通し走って距離を取った方がまだマシだろう。

 見つからないように余裕を持って街道を外れ、襲われる商隊を横目にしながら静かに私はその場を走り去った。後ろに注意を向けていたが、鹿がこちらを狙ってくる様子はない。そのまま速度を上げて距離を稼ぐ。

(暗くなってからは人とすれ違わない、楽だ。夜間に移動しようか……流石に暗すぎて危険かな。後ろから追いつくことは考えにくいけど、前から魔獣にでも襲われたら、気づかぬまま衝突してもおかしくない)

「暗視の魔導具とか欲しいな。王都にはオークションもあるみたいだし、一度見に行ってみよう。魔導具の店もきっとパイトより充実しているだろうし」


 それからしばらくして、灯りのついている町へと辿り着いた。すっかり日も落ちてしまったが……ランタンや懐中電灯では夜道を走るには不足。覚えた。

 しかし、夜に明かりの灯ってる町ははじめてだ。都会が近いとこうなんだろうか。それともこれが一般的で、やっぱり最初の町は……。

「こんばんは、お仕事ご苦労様です。今からでも町へ入れますか?」

「ああ、問題ないよ」

 一安心だ。食事はいい、とりあえず宿だ。

「ありがとうございます。今からでも泊まれる宿がありますでしょうか。朝になったらまたすぐ出発したいので、眠れればそれで良いのですが」

「すぐ近くの酒場なら、宿が併設されてるから大丈夫だよ。この時期は人も少ないから部屋も空いているはずだ」

 そう言って、明かりの点いている一軒の店舗を教えてくれた。大変助かる。

「ご丁寧にありがとうございます。行ってみます」

「ああ、ちょっと待った。あんたどっちから来た?」

「コンパーラから来ました。それが何か?」

 身体に緊張が走る。ひょっとして電話みたいな魔導具がある? それで周辺に片っ端から連絡が──。


「いや、最近大黒鹿の被害が多発していてな。王都から来たのだったら、騎士団か冒険者でも出張って来てないか、知らないかと思ってね」

「なるほど、そうだったのですね。申し訳ありませんが存じ上げません。お力になれず残念です」

「いいんだ、気にしないでくれ。あんたも王都へ向かうんだろうが、気をつけてな」

「お気遣いありがとうございます。では、失礼します」

 頭を下げてその場を後にする。あー焦った。それよりもあれ、この辺うようよしてるのか……気をつけないと。

 少し歩いた所に教えられた酒場があり、酒場で小金貨一枚を払って二階の部屋を借りた。

 本当にベッドがあるだけの、広さはパイトの半分程の部屋。窓も明かりもないが、眠れればそれでいい。しかし、ベッドというかシーツがその……汚かった。マントにくるまっていた方が遥かにマシだ。心なしか部屋も臭い。

「安い宿はこんなもんなのか……べ、勉強になった。今日は床で寝よう、鹿が襲ってこないだけまだマシだ」

 人が襲ってくるかもしれないけど。その時は──ね。

 この空気の中で食事をしたくもなかったので、座り込んで眠ることにした。ああ、パイトが恋しい……なんで私がこんなことに。


 部屋の前を通る人の足音で夜中に何度か目が覚めたが、睡眠としてはまぁ、及第点というか、それなりに取ることができました。

(ていうか、深夜になんでドッタンバッタン動く必要があるんだ。夜は寝ろよ、はた迷惑な)

 とりあえずこの空間にいたくない。臭い。そのまま部屋を出て受付に部屋の鍵を返し、ついでに井戸の場所を聞いてから外に出た。

 もう間もなく日が上り始める、そんな頃合。いつものように身体を動かして、新品の水入れを洗って水を補給する。その後これまで使っていた水入れの中身を入れ替えて、全てに浄化をかけて格納。顔だけ洗って食事を取って、そのまま門から外に出た。

(今日中に王都に着けるかな。無理かな。街を見つけたら少し早めでも足を止めて、臭くない宿を探して情報収集をしよう)

 早朝の時間は貴重だ。人とすれ違う可能性が低い。軽快にマラソンができる。今日は天気もいいし、心が弾むね。

 街から見えないところまで移動して一気に加速する。が、昼になろうかという時間に村まで辿り着いてしまった。見つけた村の門番に宿があるかを聞く。

 村に宿は一つしかなく、今は大きな商隊が泊まっているので、部屋が空いているか分からないという。確認してくると走りだそうとした門番の肩を掴んで止めて、場所だけ聞いて自分で向かうことにした。暇なのだ、人に頼むことでもない。



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