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第三百六十九話

 

 どんな冒険譚であっても、物語の主人公には大抵神官のような治癒に長けた女性が引っ付いてくる。

 イケメン剣士が冒険を志し、清楚で美人で年下の女性神官と運命的な出会いを果たし──話はそこからだ。

 相手が魔物であっても人間であっても、戦う以上は全く怪我をしないなんて展開はありえないし、話が映えない。

 いくつかの前哨戦をくぐり抜けた先で闇っぽい悪魔や汚い盗賊の親玉、敵国の暗黒騎士団なんかにボロクソにしてやられて、いい具合にイケメン流血しながらそれを神ヘルプの癒しパワーで治してもらい、力を振り絞って装飾過多な大剣を大振りにザシュ! そんでもってグワー! となるのが王道というもの。

 対比が美しさを引き立てるので、女の子は非力であればあるほどいい。最終的に二人がくっつき、幸せになってくれれば万々歳だ。

 めでたしめでたし。そういう話を人は好む。


 伝記や絵本に限らず、パーティを組む上で真っ先に確保しなければならない存在が回復職だということは現実も変わらない。

 前衛職なんて剣士に限らずいくらでも替えが利く。実際その辺に掃いて捨てるほど居る。新人回復職が駆け出し魔法士や中堅弓士といった後衛を捕まえて、その後に上から目線で面接を始めても選り取り見取り。有望株はいくらでも残っている。

 破傷風なんてものもある。物語の序盤から、狼の牙に骸骨の錆びた剣に、蛇の毒にと治癒がなければ死に直結するような危険は目白押しだ。

 パーティの数イコール治癒使いの総数! だなんて決めつけても、それは決して過言ではない。


 ゲームであれば、きっと要らない状況もあるのだと思う。

 先手打って敵を一撃で倒すことができるのであれば治癒魔法の出番はない。亀の甲羅を素手でぶん殴ってもダメージを負わない世界観であれば。固い金属のゴーレムに刃筋を立て損なったところで、柄が手のひらに全く痛痒(つうよう)を残さないようであれば。

 雪山を隅から隅まで全力ダッシュで登り降りして息切れ一つ起こさなければ完璧だ。私でもきっと、お金稼ぎの際には可愛い子ちゃんを外してギースを増やす。むしろギース四人でもいい。良い光景だと思う、最高だな。

 だが現実は厳しい。亀の甲羅をグーパンチなんてすれば指が全滅して次はないし、不正確に振るわれた剣は己にも牙を向く。

 雪山を走ればそれなりに疲れるし、足を挫けばお終いだ。そのまま遭難するまである。

 小物相手にギース四人をけしかける采配を採ろうものなら、お互いが邪魔をしあってむしろパフォーマンスは下がることだろう。

 前衛ばかりがいてもダメなのだ。先手必勝のイケイケ戦法はすぐにでも通用しなくなる。


 代替できるものならそれでもいい。

 だがこの世界には怪我を一瞬で治してみせる治癒魔法なんてものがありながら、飲むだけで即座に何でも回復するポーションやエリクサー的なお薬がない。

(私が知らないだけで、あるところにはあるのかもしれないけれど──今はないんだ)

 脳筋武闘家、脳筋侍、脳筋エルフ、脳筋エルフツー、聡明な結界師アーンド法術師。ここに役割を一つ追加するのであれば、空想の薬師よりは現実的な治癒師の方が安牌だ。

 これでようやくバランスが取れて、当家も普通の冒険者パーティらしくなるというもの。


「普通に売ってはいるんだよね」

「大昔は教会が専有していたりとか、そういうこともあったらしいよ」

 というわけで、温かいお昼ご飯を調達するついでに魔法屋で治癒魔法を買ってきた。

 多少値は張るが、それはあくまでも相対的なものであって、私にとっては些細な金額。

 神殿で数年修行をしなければ身につかないなんてこともなく、多くの魔法と同様に適性さえあれば術式を刻み込むだけですぐに治癒士を名乗ることができるようになる。

 結界や浄化などと比べれば治癒の敷居は遥かに低い。火と闇属性の二属性持ちであった過去の頃とは違い、女神様が観念したことで今の私にはそこに高い光属性が追加されている。

 適性は聖女ちゃんほど高くはないが、水生成よりはマシな治癒魔法を行使することができることと思う。

 しかしながら──些か術式のサイズが大きすぎる。

「これ、コンパクトにできないものかなぁ……無理だよね?」

 治癒の巻物。紐解いてみれば膨大な量の魔法言語が緻密に絡んでいて、隙間にちょちょいと実装できるようなサイズでないことは一目瞭然。

 これ一つで骨折から切り傷噛み傷解毒に解熱、生理痛の緩和まで割となんでもござれなのだから、致し方ないとはいえ。

「サクラが使うならより良くしてあげたいのは山々なんだけど……これはねぇ」

 ありとあらゆる要素が芸術的に、複雑怪奇に絡み合っている。面白半分で一箇所弄ればたちまち調和が乱れ、その影響がありとあらゆる箇所に波及してエラーを乱発することになるだろう。

「はぁ……大人しく消すか。術式」

 セント・ルナの迷宮深部は想像以上にハチャメチャで、今後も無傷のまま攻略することは無理筋の話であることが日々明らかになっている。

 いくら私の防御が鉄壁であろうと、負ってしまった傷は癒せない。ソフィアが戻ってこない以上、これをどこかから調達することは急務となる。

 マリンが使えないかな──なんて甘い期待があったのだが、あの氷エルフは水エルフの癖に癒やしとは無縁の脳筋であった。ガワはそれっぽいのに。

 適当な人間を雇い入れるという案を取れぬ以上、今は手を増やすことで対応するしかない。

 だが私の魂には、これを丸々実装できるだけの余裕が現時点で存在しない。


 魔法は便利だ。非力な女が重たい荷物を難なく持ち上げられるようになったり、マッチョメンの筋肉パンチを魔力の壁で防げるようになったり、飲水を作ったり、明かりを灯したり、火を吐けたり。

 大金貨を数枚から数十枚支払うだけで、これまでとは別の生き物に早変わりできる。

 それがなんであれ、欲して身につけた技能。一度増えた手を切り落とすという行為に強い抵抗を覚えてしまうのは極々普通の感覚なのではないかと思う。

「ああぁぁぁ……嫌だなぁぁ……」

 私の膂力の大半を担う三つの身体強化のうち二つを手放すということは、瘴気と《浄化》を使った身体強化の五種掛けができなくなることも意味する。

 ゴリラから人になってしまう。変わりに得られる物は唯一性があり、手放したところで修練を欠かさなければ、失ったパワーも片方であればすぐに取り戻せることだろう。

 だが一時的に最大値が大きく目減りする。陰鬱にもなろうというもの。

「気力だけなら、私でもサクラを押し倒せるようになるよね?」

 小さく可愛く小首を傾げながら、決めかけた決意にヒビを入れてくるリューンちゃん。怖いことを言い出した。

「何楽しそうにしてんのよ……そんなことしたら戦争だからね」

 私もそれなりの気力マンだが、流石に魔力身体強化を二種掛けしたハイエルフに気力の身体強化のみで抗うことはできない。

「一度でいいから嫌がるサクラを泣かせて力づくで食べてみたかったんだよ! ねっ、いいでしょ?」

「いいわけねーです」

 怖いことを言わないで欲しい。自重して欲しい。あまりいじめられると、追い詰められた小猫はエルフの柔肌に近当てを叩き込んでしまうかもしれない。

 っていうか《次元箱》に逃げた方が早いな。ガン無視して一人で夜を明かし、朝が来たらフロンに泣きついてお仕置きしてもらおう。

(一度くらいならリクエストに応えてあげても……でも癖になったら困るし)

 絶対に一度じゃ済まない。とりあえず保留としておこう。


 結界、浄化、鑑定の三種は技法に関わる最重要術式なので消す手はない。

 変形と変質は神器や魔導具を作る上で必須。これらは術式の専有スペースが少ない小さな魔法であるということもあるが、特に変形は消費魔力に対して格が大きく成長するということもあって、真っ先に削ることには抵抗がある。

 残っているのは水生成、索敵、そして──二つの身体強化魔法。

 リューン先生の見立てでは、ドワーフの方と水生成アンド索敵アンド変質、あるいは身体強化魔法を二種とも削除してしまえば──現状でも治癒魔法の実装は十分可能であるらしい。

 ハイエルフの方の全身身体強化はこの身最古の術式だが、ドワーフの方もそれに準じる程度には古い。パラメータの基礎設定も前者同様、現在の私の肉体に最適化されていない。

「ほらほら、覚悟を決めなよ! ちゃぁんとやってあげるからっ!」

 超楽しそう。超嬉しそう。いい笑顔で何をするつもりなのか、きちんと明言して頂きたい。

「ぐぅぅぅ……」

 理屈で言えば、両方とも再調整を加えてしまった方が後々のためにもなる。そもそも昨今は一人で強敵と戦うことがほとんどないことに加えて配置転換があったがために、魔力身体強化を迷宮で使う機会は激減している。消そうと思えばすぐ消せる。

 十手で近当てはできなくなるが、魔石はメロンパンパンチで集めることができる。消したところでただちに困るということはない。

 ハイエルフの方は研究も兼ねて自分でいじくり回す予定であったため、抵抗はそれほどないのだが──。

「また十一日間……はぁぁ……」

 現在進行形で実装が進められているドワーフの方が問題だ。三つ増えて、一つ減る。




また間が開いてしまいました。申し訳ありません。

かなり悩んだのですが、ここにぶっこむことにしました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 自分で戦えて、結界で自己防衛して索敵できるヒーラー…?強すぎる。
[一言] >脳筋武闘家、脳筋侍、脳筋エルフ、脳筋エルフツー、聡明な結界師アーンド法術師 アーンドすこ
[良い点] サクラさんが身体強化の術式を消して治癒魔法の術式を刻む方向性になったのは意外でしたが、不慮の事態に備えると言う面から見れば良い選択だと思いますね。現状戦力面に関しては他のメンバーで十分補え…
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