第三百六十八話
魔力を扱うことができる人間のことを『魔力持ち』と呼ぶ。
エルフ種は魔力持ちの割合が特に多い。人種やハーフリングは過半を大きく割ることだろう。
血の混ざり具合にもよるのであろうが、巨人種やドワーフになると、一桁パーセントレベルにまで希少になるとされている。
零か一かのとっかかりからこうなのだ。実用レベルの魔法使いというものは冒険者をやっていても相当にレアで、どこでも大抵は引っ張りだこになる。
戦う魔力持ちの多くは、放出魔法と呼ばれる遠距離攻撃を軸に立ち回る。
無から火の玉を生んで飛ばして燃やしたり、風の刃を飛ばして切り刻んでみたり、土の塊を飛ばしてみたり、それが氷でできていたり。
遠距離からいち早く先制攻撃を加え、それで仕留めることができれば良し。できずとも、手足の一本でも吹き飛ばすことができれば前衛職の勝率は大きく上がる。求められる役割の多くはこれで、真面目な彼らは殺傷力の向上に日々余念がない。
そういった強い魔法を行使できるようになるにはどうすればいいのか。いくつかポイントがある。
まずは本人の魔力の格と呼ばれるもの、これを育てる。
これは単純な魔力の強さを表すと同時に、術式を刻み込む際に必要な魂のスペースのキャパシティと密接に関係している。
リリウムは使徒化の影響で魔力の器が広い。身体強化をそれなりに長時間使いっぱなしにできるが、格がとにかく低いので、ようやく二つ目の術式を刻めるようになったばかり。身体強化の効力も私やリューンと比べれば弱いものだ。
ここを育てないことには始まらない。
格は器と同様、魔法術式を行使していけば育っていく。成長速度に個人差はあると思うが、限界までゆるやかに伸び続けるとされている。
次に、回路の繋がり方が問題になる。
腕に魔力回路が繋がっていなければ、手からは魔法を放出することができない。
当然回路が一本の人間よりも二本繋がっている人間の方が大量の魔力をアウトプットでき、魔法として完成するまでの時間も早くなる。
右手に五十、左手も五十の人間もいれば、右手は零で左手に八十通っているような人間もいる。世間ではどちらの方が優秀とされているかは知らないが、強いて言えば私は後者に軍配が上がると思う。
回路がたくさん通っていたところで、指先まで届かずに肘止まりの人間もいれば、なんなら肩で止まる人もいる。そういった人は肘や肩から魔法を撃つことを甘んじて受け入れるか、諦めなくてはならない。
だがこれは障害としては些細なものだ。手と杖が最もスタンダードであることには変わりはないが、防具兼用の武具といったものは広く流通している。
私も日常的に足裏やお尻から魔法を使っているし、お腹から火玉を飛ばしているエルフがいたところで……まぁ、笑ってはいけないのだ。
その上で、自身の属性と合致した属性魔法を選択できるかどうかが肝となる。
鬼火は火と光、大黒鹿は水、リューンは土と闇というように、魔力持ちであるか否かを問わず、人間も魔物も霊体も属性というものを持っている。
猪や鹿が魔法を使うかはさておき、ここだけを見ればリューンは土魔法と闇魔法に対して適性があると言えそうなものだ。魔力の味が土味であり、闇味でもあるわけだし。
──しかしながら、それで土魔法を行使できるかどうかは全く別の話になる。
出会ってから今に至るまで、彼女がなぜ放出魔法を頑なに使おうとしなかったのか。
簡単な話で、彼女は土魔法を放出することができない。
魔力が土の色味をしていながら、石つぶてを作って飛ばすことができない。そしてこれは別に珍しいことでもなんでもない。よくあることだ。
だが合致している魔法士が強いことに変わりなく、魔法師コースへのレールに乗れるかどうかは、ここにかかっていると言っても決して過言ではない。
そしてややこしいことに、対応した属性の魔法しか使えないのかと言われれば、決してそんなこともないのだ。
現にフロンは火と闇の二属性持ちだが、地水火風の四属性の放出魔法を行使できる。
だが術式の威力が仮に全く同じだとすれば、この中でフロンが最も威力が出せる魔法は当然火となる。
逆に水は弱く、土と風は不可寄りの可。火を最大の十とするなら、土と風は三から六、水は一か二といったところ。
リューンは風魔法だけなら放出することができるらしいのだが、火は水に弱いという風に、属性にも相関、相性というものがある。
ハイエルフであっても、生来のものである土の属性とは相性の悪い風魔法を行使しようとすると、一か二になってしまうことに変わりはない。既に術式は消滅しているが、一や二で強い魔物を殺すのは難しい。素手なら尚のこと。
もちろん属性に依らない魔法というものもあるわけで、リューンが落ちこぼれであるなんて言うのは暴論が過ぎる。
だがエルフの国は魔法師だらけ。大層肩身が狭かったであろうことは想像に難くない。
魔法の強さは魔力の格の高さ、経由する回路の様相、使用する術式と自身の属性が合致しているかという点が特に大きく関係する。
あとは術式を使い続けることでどれだけ魂に馴染んでいるかだとか、その術式の規模だとか、装備の性能だとか、そういった要素を含めて決定される。
(おかしな話だよねぇ)
魔力を持っていながら、それが土の色味をしていながら、土魔法を飛ばせない。これはひどく直感に反する。
魂から生み出される魔力は肉体の回路を経由して外部に伝えられるわけだから、そこに何かあるのだろうと推測はできても、こればかりはどうしようもないと思われる。
(そういえば昔……解剖して回路を取り出して云々やってる連中がいるとかなんとか、ギースが言ってたっけ。手術でどうにかなるんだろうか)
魂と肉体の乖離に、昔から人は頭を悩ませていたに違いない。属性に関してはある程度遺伝されるというのが定説になるくらいには調べがついているのだから。
火魔法の一族からは当たりを引いたリリウムみたいな個体が確かに生まれやすいのだろう。
火の一属性持ちであったかつてのリリウムは火弾術式を行使することができていた。これはとても喜ばしい合致であるのだが──彼女は魔力の資質がドワーフ方面に寄っていたため、半分エルフでありながら火種にする程度のそれを飛ばすことしかできなかった。
これでは魔法士として生きていくのは難しい。
(人生ままならないね。ままなっていたら、簡単だっただろうに)
人生はままならない。ままならなかった。これまでは。
かつては束縛魔法と身体強化で逃げ回り、私と出会ってからは剣術を加えて生きてきた彼女が、よもや雷魔法なんてものに興味があったとは。
単なる興味本位で研究をしているというのであればそれでもいいが、でっかいハイエルフ組は本気だ。
修行や迷宮探索と併行して、余暇の大部分をこれの実現に注ぎ込んでいる。
せっかく二人の時間が取れたというのに、今この瞬間も机上でカリカリとペンを走らせているのだから、本気具合が垣間見える。
いつか必ず、二人は答えに至るだろう。
しかしながら私は思う。仮に落雷の魔法なんてものが実現できたところで、術者はきっとただでは済まない。
きちっと誘導できるならともかく、発生した瞬間……なんなら魔力を練り上げている段階から身体はビリビリするはずだ。
氷魔法は冷たい。火魔法は熱い。これらは生力を育てていけばある程度気にならなくなる問題ではあるが、身体に一億ボルトを通されて平気でいられるほど、我らのタンパク質はメルヘンしていないはずだ。
電気椅子で慣れるかどうかは……まぁ、うん。
黒いイノシシワニの革は確かに雷に対して強い、絶縁体に近い性質を持っているとは思う。だがこれで隙間なく覆ってしまえば、残念エルフが二つできあがるだけ。リアルな質感の全身ワニぐるみなんて、動きにくい以上に全然可愛くないと思うのだ。
特にリューンは。
ならば、そこを何とかするのが私の役目というもの。太古の昔から『でんき』は『じめん』に弱いと相場が決まっている。
避雷針、導雷針、アース。そういうのでもいいが、土属性は結界と親和性が高い。もうちょっとだけメルヘンに解決してみせよう。
(ハイエルフの全身身体強化術式に、ちょちょいと手を加えてしまえば──)
これもまた私の専門分野。やってできないことはないと確信している。
耐熱や耐寒の機能を関連付けられるかどうかでセルフ人体実験してみて、ついでに元に戻した後に術式のバージョンアップまで済ませてしまおう。
私に最も古くから刻まれているハイエルフの強化魔法、現在の私に最適化されているとは言い難い。一から作り直してみるのもありかもしれない。
こうしてみれば、リューンはビリビリ剣士として生まれるべくして生まれたように思えてくるのだから不思議に感じる。
大器が晩成する日も近いかもしれない。楽しみにしておこう。