第三百六十七話
どちらが先であったのかは定かではない。
仲間となった以上、ある程度の情報解禁は必須となる。
この『ある程度』の線引が難しい。当家は秘密が多いが、その機密レベルはそれぞれ異なる。公然に晒してもさほど問題のないものから、絶対にノーグッドなものまで幅広く存在している。
今更法術師であることを隠しても仕方がない。邸内の至るところに散らばっている生活魔導具の一つ一つ、私の魔石を使っていない物を探す方が難しい。
そもそもギルド証に記載されている情報でもある。既に変形術式を見せていることだし、私が古代エルフ語を扱うことも、魔石を自前で調達できることも、それを用いてあれこれ作ることをライフワークとしていることも隠すつもりはない。
だが私はただの法術師ではないのだ。魔力のみでもおそらくこの世界において上から数えた方が早いレベルの法術師ではあるのだが、実はそれらとも次元の違ったレベルの法術を行使できる。
そもそも魔物を浄化品にできるかはほぼ半々であり、ほぼ百パーセント魔石にしてしまえる私の所業、頑張って隠したところでそれを隠し通せる予感がしない。
ノジャノジャも伊達に年を食っちゃいないのだ、魔物の個体差でごまかすにも限度がある。
魔力浄化や《浄化》純度を下げた品を混じえて手を抜いて見せたところで、その辺に転がっている……何なら現在身に着けている《浄化》完品のそれと比較されれば、明らかに別物であることはすぐにでも気づかれる。
ならばもう、これは公にしてしまう覚悟で向き合おう。
相手が信頼に足る人物であるのなら、仲間になると言ってくれた以上、こういったことは小出しにせずに腹を割って最初からある程度気前よく開示してしまった方がいい。
《次元箱》も当たり前のように使い、普段は魔導具版を使っていることにでもして、バレたらバレたで素直に打ち明けてしまう。
愛くるしい上目遣いで「お主は神なのか?」なんて問われれば、当たり前のようにそこそこ正解だと肯定してしまえばいい。
私の勘が告げている。マリンは私の基準では善人だ。人を殺した経験があろうとなかろうと、国を滅ぼした経験が仮にあったとしても、余程の不義理をしない限りは裏切ることはないであろうと。
私のこれは、結構当たる。仲間の助言と同じくらいに、この直感には重きを置いている。
この場で打ち明けなかったことを突っつかれたら、いつ気づかれるか楽しみにしていた──なんて、爛漫にのたまってやればいい。
同じ長命種だ。多少ブー垂れてくるかもしれないが、こういう楽しみ方にも理解を示してくれる。そう確信している。
神力由来の《浄化》や《次元箱》は使い倒し、危なくなれば躊躇わずに《結界》も使う。年少組が合流してくることがあれば、《次元箱》を秘匿していることは前以て告げておけばいい。
白黒大根のお洋服や鍛冶も隠さない。神器も身バレするまでは不壊と知らせず使い、同時に使ってもらえばいい。
マリンにはフロンやアリシアのものとはまた違った形態の杖を使ってもらい、性能試験に協力してもらいたいという思惑もある。熟練目線の意見が欲しい。
転移関係だけは気を使うところだが──これは杞憂で済んだ。
フロンの転移魔法は言わば家業だ。先祖代々ひっそりと受け継いできた秘中のものではあるが、これは公然の秘密というか、知る人は割と知っているものらしい。
フロンがそうであることは知らなくても、そういった一族が存在していることは元から知っており、このちみっ子は老人らしからぬ柔軟な思考から、すぐ隣にそれがあったことを本人から知らされた時、素直に可愛く喜んだそうな。
どちらが先であったのかを問うのは野暮というものだろう。フロンと私、どちらの魅力にやられたのか。フロンが相手では分が悪い。
マリンのアクセサリーの調整が終わり、しばらくは親睦がてらつるんで行動することが増えた。
迷宮で魔石や素材を集めながら、過疎階層を中心に自然な連携を取れるよう戦闘を重ねていく。
リューンとリリウムが前衛、少し距離を置いて私とフロンが後衛。マリンは後衛寄りだが足が早いので、前に出たり戻ったりと、かつて私が望んだ遊撃のポジションを担当している。
「いいのぉ……! これ、いいのぅ……!」
「いいでしょ」
「もう地を這う日々には戻れないのじゃ……!」
戦闘において、高さはとても重要なファクターとなる。当然目立つし狙われることも出てくるであろうが、上から暴力を撃ち下ろすことがどれだけ効果的かは今更言うまでもない。
前衛二人を見て「妾も!」と言い出したロリフが足場魔法の虜となるのにそう時間はかからなかった。
元々移動しながらの魔法放出を得意としていた魔法師だ。順応も早く、今では練度もリューンと遜色ないかそれ以上。通りっ放しの射線を活かして楽しそうに氷の雨をばらまいている。
かと思いきや急降下して前衛の後ろを取り、両名の隙を的確にサポートして回るといった思いやりのある行動も取れるのだから、一級冒険者ってすごいなぁ、って思う。しっかり流れが見えている。
リューンとリリウムと後衛用と、そこに終始三次元的にぴょんぴょこ跳び回る要員が増えれば私の負荷は天井知らずに上がっていくが、それはそれ。
メロンパンによって結界種限定で賢くなった私の処理能力にはまだまだ果てが見えない。
存分に飛び回っても的確な足場サポートが受けられ、万一被弾の危機が訪れようと各種障壁によるケアが控えている。散々その身で体験したあの忌まわしい守り、それが己に向けられていれば、印象も真逆となろうもの。
魔力の圧を覆い隠していなくても分かる。喜悦が全身から滲み出ている。超楽しそう。
このまま私なしでは生きていけない身体に改造してやるのだ。私もこの役回りが楽しくなってきたところ、ウィンウィンだね。
生き急いで、根を詰めて、未踏査地区を調べ回ることはしない。
一般に七十層を越えればそこは十分深部扱いされる。魔物の強さも飛躍的に向上する中、治癒師不在でトントン拍子で駆け上がるなんて狂気の沙汰でしかない。好き好んで足元をすくわれる趣味もない。まずは地図作りに精を出す。
階層中の地形や環境、それに大穴の位置関係を網羅し、魔物の組成を鑑定したり、それに対する効果的な戦術や技術で図れる改善点についてなどを討論しながら、一歩ずつ着実に進んでいく。
情報を共有し、課題が見つかればそれを徹底的に潰し、多くの時間を習熟に当て、今日は昨日よりも確実に強くなる。
五日に一度、十日に一度。冒険に出向くのはおおよそこんなペースか。
ゆったりとやっている。フロンの体力づくりも兼ねて。
「さて、今更説明の必要もないと思うけれど──」
突発的に寒さが不意打ちしてくることもなくなり、また春がやってきたんだなぁ……なんて、のほほんとお庭で息をつけるようになるまでに時節が進んだこの頃、お馴染みの一大イベントが始まる。
信頼と実績のマジカルティーチャー、リューンちゃんタイムの始まりだ。
「あぁ……待ち望んでいましたわ……この瞬間をっ!」
お嬢のテンションが高い。目一杯下げて欲しい。
「リリウムは二日で泣き言漏らすに大金貨一枚」
「私は一日持たないに賭けるよっ!」
「泣き言を漏らすだけでも無に帰す可能性のある術式だ。何も考えずに心を無にしろ。た、頼んだぞリリウム」
「こう見えてわたくし、辛抱するのは慣れておりますわっ!」
「どうじゃかの……」
元気に不安を煽り立てているお嬢をひとまず置いて、リューンが説明を始める。
「──フロンやマリン様には今更かと思いますが、これは体内から働きかける身体強化の術式で──」
今更感はある。仔細は割愛だ、誰も聞いちゃいない。
リリウムはやはり気力方面に特化しているようで、器はともかく魔力の格の成長はとてもとても緩やかに進んだ。
北の仕事が始まる前にハイエルフの全身身体強化術式を身につけてから早数年。ようやっと第二の術式、通称ドワーフの身体強化魔法を刻み込む下地が整った。
体内に大きな影響を与える魔法は術式を魂にインプットする際、細心の注意を払わなければならない。
魔法を使うのは論外、魔力を動かすのもノーグッド、気力も悪影響を及ぼすかもしれないので厳禁。食べたり飲んだりも厳重に管理され、術式が完全に馴染むまでは散歩や読書といった人らしい営みの一切合切が禁じられる。
要らんことをして術式が狂えばやり直しだ。完全に消えるまで術式を放置し、改めて悪夢の十一日へと挑まねばならない。
それは誇張抜きで地獄だ。私の時みたいに甘やかす必要はない。厳しく取り締まる。
わざわざリリウムを待つまでもなく、他の希望者二名──フロンとマリンは術式を刻むだけのスペースに余裕があった。
だが、その間は邸内での魔法行使はおろか、魔導具使用も戒めなければ失敗のリスクが増大してしまう。
冷暖房や空調、虫除けの結界石まで全停止だ。当然照明もダメで、魔力持ちが近寄ることも良くない。
当家の浴槽は薪で沸かすことができない。当然ボイラーも停止。お家風呂もお預けとなる。
魔石を使っている鏡や魔法袋、マリンに至っては無害なロリエルフに擬態するための装飾品も全て回収される。
その間、鍛冶も迷宮もお預けだ。
こんなことを何度もやりたくない。一度で終わらせたい。そのためには万全に体調を整え、これまでにない真剣さをもって臨む必要がある。
「じゃ、じゃあ……まずはマリン様から行います。部屋を移しましょう……」
「おぅ、しっかり頼むぞ!」
「ひゃ、ひゃいっ!」
今更だが、当家は二階建てだ。
屋根裏部屋とか屋上とかがないわけではないが、生活空間は一階と二階。居室はどちらにもあり、部屋数は多い。
端から順に部屋を割り当てているというわけでもなく、各々好きに適当な部屋を使っている。
マリンの魔力の圧がどの程度悪影響を──もしかしたら自身にも──及ぼすかが未知数であるため、マリンと二人は二階の端っこと一階の端っこ、目一杯距離を稼いで対角線上に配置することとなった。
豪邸としては比較的小さな家であるため微妙に心配していたが、ここまでやってベッドまでもを目一杯引き離せば、フロンでも感知できない程度にはなる。
ここまでしなくてはならない。フロンでも活用できるような敷居の低い身体能力向上魔法が失伝一歩手前にまで追い込まれていた裏には、確実にこの面倒くささが関係している。
「フロンも心配だなぁ。暇だからって研究のこととか考えちゃダメだよ?」
「あぁ、分かっているさ。最初の峠は四日程だろう、そこまでは……頑張って耐えるとしよう」
モヤシ脱却を決意した当家の移動砲台。魔力身体強化の二種掛けが望めないにも関わらず今日この日を迎えた裏には、確実にマリンのスタイルが影響している。
以前リリウムに水を向けられた時には歯牙にもかけなかったのに、実演販売は効果的だね。
疲労困憊になりながら戻ってきたリューンが立て続けにフロンとリリウムにも施術を済ませてしまえば、後は天に願うだけ。
「お疲れさま」
「うん、ありがとう。……うまくいくといいね?」
「本当にね」
リビングで隣り合って一息つく。これから数日は、ここが二人の愛の巣だ。