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第三百六十四話

 

 専門分野だなんて格好の良い話でもないけれど、魔力の流れという題目に関しては私も一家言ある。

 何せ闇石と向き合う遥か以前より、私は延々とこれとばかり格闘し続けてきたのだ。

 放出と吸収についてだとか、伝導効率だとか、そういった線や経路といったものについて、抱え込んでいる知識やノウハウはかなりのものになっていると自負している。

 木板に溝を彫って回路とするより、魔石を回路として用いた方が効率が良くなる。その魔石回路にも用途によって最も相応しい『変質』具合というものがあり、それは八種の通常色魔石、浄化品において、そして昇華品においても一律に定められるものではない。

 つまりはまぁ、パーツやその特定部毎に異なるちょうど良い塩梅(あんばい)というやつは、勘や経験といったものを頼りにその都度個別に導き出さなければならないわけだ。

 自分で言うのもどうなのかと思いはするけれど、私はここの見極めがとても上手い。フロンにも太鼓判を押されている。


「珍しいの。お主は古代語を用いるか」

「そうだよ、これが一番性に合ってるんだ」

 事前調査も終わったので、早速製作に入る。

 私はただでさえ手作業でカリカリと魔石に溝を彫る作業を必要としない『変形』術式の使い手であり、通常しくじってしまえば溝を物理的に削ってやり直すしかなくなる多くの職人と違い、ワンアクションで質量を減らすことなくこの溝を埋めて失くしてしまうこともできる。

 脳裏に思い浮かべて術式で「えいっ!」っとやってしまえばそれだけで仕上がる上に、それを「ミスった」の一言で元にも戻せる。エコなだけではなく、作成ペースもかなり早い。

 まずは小手調べ。試作品に記述する術式は視認が可能な大きさで、暗号化も施さない。ハイエルフなだけあって読めはするのか、ノジャノジャも興味深そうにこれを眺めている。

「妾も基礎は抑えておるが、独特な記述式よの。雰囲気は伝わってくるのじゃが……全く読めん」

「多少オリジナル入ってるからね。ちゃんと動くから平気平気」

「それにこの魔石も……随分と値が張りそうじゃ。ツテがあるのか?」

「どうだろうねぇ」

 どうやらマリンちゃんは私が法術師であると知らないご様子。ギルド証はこっちで登録してあるのだが、この辺りの個人情報までは流石にギルマスも漏らさなかったのか、あるいはギルドも知らなかったのか。

 今となっては特級品質の浄化蒼石なんて物は心情的には井戸の水、しかも桶一杯分程度の価値しかない。これを隠しても始まらないので早々に御開帳。存分に使い倒す。

「まっこと、美しいのぉ……のぉ、のぉのぉ」

「どうしよっかなぁ」

 素直に物欲しそうな目を向けられると私は弱い。シャツの袖をクイクイされると本当に弱い。おねだり上手も年の功か。

 私のエルフになってくれればこれも使いたい放題なんだけど、これはフロンと違って宝石用途で一つ二つ欲しいだけな気がするし、これだけで釣り上げるのは難しそう。

「まぁ、デザインくらいは希望に沿うよ」

 でもそれは最後だ。今は正常に稼働する装置を作り上げ、納得のいくレベルにまで効率化を図ることに専心する。

「頭と胸と、鳩尾(みぞおち)と……両腕両足で七つあれば足りるかな。──あとお尻にも挿したい、いい?」

「……お主は何故(なにゆえ)に妾の尻を狙うのじゃ」

 良い訳なかろう! の圧が攻撃的なものでなく、呆れ混じりのそれであることにホッとする。冗談は通じるらしい。

 だが本当に冗談であるのかは、神のみぞ知るといったところだ。

 この世界に来てからというもの、私の性癖は滅茶苦茶に歪められてしまった。種族だとか年齢だとか性別だとか、そんなものは瑣末(さまつ)なこと。

 キュッと引き締まったハイエルフの小さく可愛い蕾には、ファンシーな尻尾を生やしたくなる。誰だってそう思う。私はそう信仰している。


(大半が水石で片付くから楽でいいね)

 私は簡易な結界魔導具を作る際、その素材として浄化橙石を使うことが最も多い。

 結界の魔法や魔導具と親和性の高い属性は土水光と三属性もあるのだが、汎用的な結界魔導具はどれを媒体としても大きな性能差は生まれない。

 水石は冷凍エネルギー、光石は照明として日々消費されているので、普段はあまり用途のない土石を虫除けや防音の魔導具に加工して活用している。

 今件の魔導具は結界と漏れ出ている氷の属性魔力の流通経路を単品で(にな)うために珍しく浄化蒼石を使っているが、調律さえ万全なら結界部分を土石で作り、水石の魔導具と合体させても機能はするはず。

(浄化白石と浄化蒼石を混ぜても綺麗かもしれないけれど……シンプルな方がいいよね)

 白と青のストライプなんてデザインも可能っちゃ可能だ。単に螺旋を描けばそれで──。

「──螺旋……螺旋か」

 螺旋は面白いかもしれない。

 螺旋、ドリル、グルグル……槍。なるほど。

 レイピア、エストック、ナックルガード、円錐、ドリル、グルグル。──なるほど。

「表面積……増える? 増えるね。いける? いけそうだよね、術式被らないし……見た目は円錐で、実は歯ブラシみたいな、微細なカミソリの集合体とか──」

 回る? 回せないこともない。モーターというか、車輪にエンジンを直結してギュルギュルやることはそう難しいことでもないし、何なら風石を使わなくてもできる。

(でもドリルで打突して(えぐ)ったら素材が痛むな……うっかり顎パンチしようものなら削れちゃうし……試しに作ってみようか)

「お、おいっ、お主何を企んでおる!?」

 尻を抑えて後ずさろうとするのじゃ! 逃がさないのじゃ!

「三日間は言うこと聞いてくれるんだったよね?」

「痛いことはしないと言うたろう! は、離せぇっ!」

 心配せずとも、ドリルをねじ込もうとするほど歪んでもいない。今はまだ、少なくとも。


 私の作業ペースは早い。試作品は朝一から始めて昼には仕上がる。量産作業も苦ではない。

「ひとまずはこんな感じかな。ちょっと着けてみて」

「おぅ!」

 漏れ出た魔力を体内に誘導する経路と、見た目は無害な幼女として市井に溶け込めるよう、圧を覆い隠す結界機能とを実装した七つの小道具が完成した。

 頭にカチューチャ、胸にペンダント、腰はベルトにペンダントと同じ物をぶら下げるだけで、両腕手首にブレスレット、同じく足首にはアンクレット。

 デザインは奇を(てら)っていない。ひたすらに無地でのっぺりとしている。

 素材の魔石と素材のエルフとが優れているので、こんなんでも十分に()えるのがズルい。

「どう? 息苦しかったりしない?」

「──は、せんのぉ。嘔吐物が流れ込んでくるかのような異物感はあるが……」

 ブラシで髪を()き、改めて頭に青いカチューシャを当ててみると髪の美しさが一層引き立つ。ゲロがどうのこうの言っているのは無視だ。美しくない。

「それはすぐに改善するから我慢して。きちんと吸えてる?」

「吸えては……おるのぉ。……何故(なにゆえ)に吸えておるのじゃ? これは還元できるようなものなのか? これほどまでに容易な問題であったのか?」

 容易ではないが、既に私は答えの一つに辿り着いている。それを元に類似品を作り上げるのはそれほど難しいことでもない。

 氷の魔力を氷エルフに戻すだけなら特別な素材も必要ない。お茶の子さいさいというやつだ。


 マリンが発している魔力の圧の正体は、そのスリムボディーから滲み出ているアホみたいに強い魔力そのもの。

 ハイエルフ印の全身魔力身体強化を使っていたことから薄々察しはついていたが、彼女も私やリリウム、そしてリューンと同様に満遍なく全身に、毛穴のように魔法回路が広がっている。教本に載せたいお手本型というやつだ。

 故に、頭の先から尻の穴、そして背中や爪先といったありとあらゆる部位からこれが漏れ、全身を纏うオーラのようになっていた。

 大層面倒くさい話だが、実はワタクシ、結界魔法に関しても一家言ある。

 覆ったり、阻んだりというのもまた専門分野。専門に専門が重なった此度の案件、解決に導くのは正直楽勝の部類に入る。


「もうちょっと小型化できれば良かったんだけど……これ以上術式を緻密にすると焦げちゃいそうなんだよね」

 こいつの魔力はとにかく強い。リリウムを五、私を五十、リューンを五百くらいとすれば……少なくとも単位は万だ。まさに桁違い。

 これが周囲の善良な一般市民はおろか、善良な魔導具にまで悪影響を及ぼすなんてことは、考えてみれば当たり前のことでもある。頑強に作らねば、私の魔石とて容易(たやす)く壊されてしまう。

 ペンダント一つで全身に及ぶこれを制御する──なんて案は早々に放棄した。無理なものは無理。頼るべきは数だ。人海戦術で対処する。

「……見事なものだ。素晴らしい出来だぞ姉さん」

 大人しくしていたフロンが久方ぶりに声を上げた。平時であればすぐ隣でアドバイスをくれる彼女だが、マリンの圧に白旗を上げっ放し。ソファーの端でビクビクしながら事の推移を見守っていた。

 これを物理……魔力的に覆い隠すことによって、ようやく息を吐けた模様。

「まだ完成度は二割くらいだけど、これでただの幼女と強弁できるまでにはなったんじゃないかな?」

 切り替えスイッチもつけていないし、吸魔機構の最適化も済んでいない。隠蔽強度も過剰だし、デザインだってアレなまま。

 でも、屋台のおばちゃんから笑顔を奪わないようにはなっている。


「……のぉ。服。妾の衣類はどこじゃ?」

 冬だというのに全裸にワイシャツ一枚姿のワラワちゃん。服は洗濯しています?

「ん? 洗濯してある?」

 昨夜は適当に脱ぎ散らかし、脱衣所に放ってそのままだ。その後どうなったかは知らない。

「あ、あぁ……恐れながら、私が。今は室内で乾かして──」

「どこじゃ!? フロンと言うたな! 案内(あない)せい!」

「はっ!」

 手を引っ掴まれてビクリとする彼女のことなど気にも留めない。しばらく邸内でドタバタしていた二人は、いってきますも無しにお外に走って消えていった。

 ──置いていかれた。ならもう、ついでにお昼ご飯を調達してきて欲しい。そろそろリューンも起きてくる頃合いであります。



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― 新着の感想 ―
[一言] 魔力の強さが数字で表されてようやくビビっていたことに納得した 魔力の強さが具体的に戦闘へどう影響するかはわかっていないが
[良い点] なんかこれまたえげつない感じの武器の構想が着実に練り上がっているところ。なんとなくスチームパンクな武器になりそう。 [一言] サクラさんの性癖が歪んだ一番の要因は過去リューンに食われたこと…
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