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第三百四十七話

 

 大型の冷凍庫に乾燥庫、パン窯に魔石炉のバージョンアップ、そして十手の代替品。作りたい物リストの項目は日々増えている。

 出先で手に入れたお肉を保存するには冷凍や燻製などが手っ取り早い。燻製器も用意しておくに越したことはない。

 冷凍庫にしたって用途別にたくさん欲しい。乾燥血液の増産もそろそろ開始するべきだろう。

 だがこれらは全て後回しだ。金属を打てないことにはどうしようもないし、《浄化》した乾燥血液を作るにも保管するにも魔石が要る。

 空調や冷房を切り捨てるくらいなら、数年先延ばしにすることを私は選ぶ。

 なので当面はお勉強タイム。魔法術式についての理解を深め、どの程度神秘を現実に落とし込めるかを精査していく必要がある。

 後回しにしていた光と闇魔法について、本腰入れて学習するべきだろう。


「簡単に出来そう……なんだけどなぁ」

 べきなのだが……お手上げだ。小休止の取り過ぎでお茶が進むこと進むこと。トイレに行く回数ばかりが増えていく。

 最近は神力の節約のため、小さい方は普通に出すことにしている。いい気分転換になるかと思いきや、ただのルーチンと化していてまるで進歩が見られない。

 保温ポットによって熱めのお茶を室内に持ち込めるようになったことは進展だが、進んで欲しいのはこっちじゃないんだ。

「難しいと思うよ。暗視くらいならまぁ……何とかならないでもないんだけどさ」

 フロンと遊んでいるリューンが顔も上げずに相槌を打ってくれる。ハイなエルフ達はビリビリの基礎研究に夢中だ。

「そもそもよく分かっていない属性の最たるものなんだ、進展が見られずとも気落ちすることはないぞ」

 リューンと遊んでいるフロンが顔を上げて相槌を打ってくれる。あっちも中々に煮詰まっているようで、紙束が山となって散らかされている。

 魔石ペンはとても気に入ってくれているようで、これは嬉しい。


 ──闇属性というものがある。光と対になる属性とされている。闇の魔力、闇石、浄化紫石を用いてあれこれする。

 それで何ができるの? と問われれば、「特に何も……」と答えるしかないというのが、この世界の現実だ。

 火弾をぶつければ服くらいは焼けるし、肉に穴が空くかもしれない。水玉を投げつければまぁ、痛かったりすると思う。土槍はリアルな質量でエグいことになるし、風刃はそのまま、普通に切れる。

 大変に有用で力の方向性が明確だ。……が、これは光にも言えることではあるのだけれども、光弾や闇玉や光槍や闇刃なんてものを形作ってぶつけたところで、全くダメージにならないのだ、この世界では。

 攻撃に用いるだけが魔法の在り方ではない。煙幕、目眩まし。なるほど、いかにも闇っぽい。視界を奪おうと言うのだ、確かに効果的に思える。

 しかしながら、この世界の闇の魔力は紫色に光を放っているので……闇にまぎれるどころか姿を露わにするだけで、目眩ましにするなら適当に火弾でも投げた方が強い。相手の顔にまとわりつくとか、そういった性質もないのだ。困ったことに。

 だが光属性は闇とは違う。治癒も結界も浄化も(よう)しているのでそれなりに研究も進んでいて、いらない子扱いはされていない。

 闇属性は光とは違い、基本何もできないので研究がまるで進んでおらず、悲しいことにいらない子扱いされている。

 私もリリウムも、リューンもフロンも、それなりに希少な闇の属性を持ち得てはいるが、何一つ術式を刻んでいない。刻めるものがないのだ。

 悲しいが、これが現実。少なくとも有用な術式は一般には広まっていない。


 それでもできることはある。この属性、光に対しては強いとされている。

 ようは、遮光性能が高い。フロンによれば、メルヘン暗幕は実用化されているとのこと。強い日差しを紫色の光で中和するような、それ厚手の布を重ねればいいよね? みたいな代物が。

 後は、若干夜目が効くようになったりする魔導具もある。パイトの闇迷宮のそばに探索の一助となる御札が六百万くらいで売られていたが、それくらいふんだんに費やしまくれば二時間くらいはちょっと見えるようにならないこともない。

 昔リューンとお揃いで使っていたメガネがどれだけ規格外で破格の代物だったかがよく分かる。いくらで買ったかは既に記憶にないが、当時の私に買えたのだから、億には届いていなかったはず。お買い得どころの話じゃない。

「もっとこう、術式一つでパッと見えるようになるとか、そういうのを期待してたんだけどなぁ……」

 あっちの机が紙束だらけなら、こっちのテーブルは魔石だらけだ。浄化紫石が失敗作と名を変え、山となって転がっている。

 メガネ、ゴーグル、板、棒、球体。ガラクタの山。

「魔石その物の遮光性能は中々なのですけどね」

「黒石とどっちが良いかは……微妙だったけどねぇ」

 黒や紫のグラサンをかけてお嬢と屋外で太陽光と格闘したお陰で、それっぽいものはできた。何に使うの? と問われれば……私が光魔法で目眩ましを試みた際に、パッと取り出して装着してみて欲しい。私もきっと顔にかけるから、それが合図だ。紫色の光がよく目立つ。

 あるいはこれから赴く南の島で、バカンスのお供としてゴージャスさを演出してくれるかもしれない。

(どーしょーもないなー)

 ソファーに背中を預けて脱力する。これももう何度目になるか、数えてすらいない。


 この世界の魔導研究界隈において、断トツでいらん子扱いされている浄化品は浄化黒石だ。次点で浄化紫石が続くらしい。これらは本当に用途がない。

 そのくせ買い取り価格は四属性の浄化品より高かったりするのだから……まるっきり宝石扱いだ。

 だが浄化黒石には素材に、少なくともアダマンタイトに魔力貫通や魔力破壊の特性を仕込めるという隠れたポテンシャルが秘められていたわけで、霊石も同じようなことができる。なら闇石にだって何かあっても……不思議ではないのだが……。

「あー……もういいや、寝る。夕飯の頃に起こして」

 今は試しようがない。設備不足の壁が厚く高く立ちはだかっている。ついでに魔石の残量も乏しい。おまけにアダマンタイトは属性系の魔力を弾く。試してみたところで──。

「片付けてからになさいな……」

 おかんみたい。起きたらどうせまたすぐに散らかすんだ、見逃して欲しい。


 日中に、夜間に、闇石の秘めたる力を探求すべく研究に明け暮れている。

 こんな糞の役にも立たないいらん子属性の勉強をなぜ必死でしているのかと言われれば、さっさと水白金を実用化したいからに他ならない。

 闇魔法を使いたいだとか、可能性を探りたいだとか、《探査》である程度ごまかせる現状、夜目や暗視の為だとかそういうのはただの言い訳に過ぎない。私は白銀のインナーが欲しい。

 今の私は大抵の干渉を無力化できるが、それも決してタダではない。頭をぶん殴られ続ければ、加護が神力を食らっていく。なくなれば頭が潰れて死ぬだろう。

 常に《結界》を展開していられれば話も変わるのだが、そうもいかない。意識の外から致死性の害意が飛んでくることを思えば、ダメージを代替させることのできる防具の拡充は急務。外套、兜、鎧、鎧下、下着、金属製品でなくとも良いが、可能な限り鉄壁に固めたい。

 私のメロンパンパンチは圧倒的な攻撃力を誇る。とはいえ、やはりこれも基本的に防具として扱っていくべきだ。質量兵器扱いされて日々ぶん投げられ続けるのはこの子も本意ではないだろう。こう見えて実は、不壊の《防具》だったりするわけで。

 防具ついでに裏拳だとか、シールドバッシュだとか、身を守るついでなら……うん。許容範囲か。


 とにかく水白金だ。私の知る限り最高峰の防御力を持ち得る下着。

 鍋の中でその時を待ち望んでいる彼らに私の柔肌の熱と感触とを与え、新鮮な空気を吸わせてあげるためにはあの後光を何とかするのが絶対条件であり、金属ビキニの上に魔石を貼り付ければあの元気いっぱいの光量を抑えられるかと言われれば、決してそんなことはなかった。

 もったいないことだ。推定神々御用達のマテリアルであるこれを死蔵しなければならないなんて。私の所有物の中で、ある意味一番の規格外品だというのに。

 何せこれ、そもそも永久機関に近い。存在しているだけで無から光を発し続けることのできるマジモンのメルヘンマテリアルだ。

 永劫の間ずっと光を発し続けることができるのかは不明だが、永遠であっても決しておかしくない。鉄や金とは(ことわり)が違う。

(太陽光発電とかできないものか。太陽でもソーラーでもないけど……発電できたところでねぇ)

 あまりお行儀がよくないが、研究者なんてこんなもんだろう。夕食の席についても味がちっとも頭に入ってこない。

(ギュンギュンに光を吸い取って、こう、何かに転化することができれば……魔力や神力に次ぐ第三のメルヘンパワーとして活躍できそうなんだけど……)

 日本人だった頃の私の手は二本しかなかったが、今は神力魔力気力と三本増えて五本になっている。今更一本増えるくらい何だと言うのだろう。阿修羅上等じゃないか。生力と精力だってある。こんなの何本あったっていい。

 手を増やしたい。択を増やしたい。火から水を生み出せないこともないのだ。無から火や水を作り出せるこの世界で、光から何かを生み出せないわけがない。

(ただ電気はなぁ……二人と被るし、そもそもソーラーパネルの仕組みなんて頭に入ってないし……電気を生み出せたところで何に使えっていう。どうせならメルヘンチックにいきたいよね)

 別にビリビリしたいわけじゃない。内燃機関でいい。胸や股間を守っている防具が、人知れず第三の燃料を生み出し続けているというのが格好良いのだ。それを無駄なく運用できる器量にこそ憧れを感じるのだ。

 魔石は有限だが、この光はきっと永遠だ。これを無為に垂れ流し続けるだなんて、お化けが出てしまう。

「うーん……」

 パンをむしる。既にむしったものが皿の上に散乱している。仕方なくそれを一つずつ口に放り込み、再び自分の世界に沈もうとしたところで──。

「もうっ! いい加減になさいな!」

 頭をはたかれる。私のお嬢はおかんなのかもしれない。

 ちなみに加護が効くのでちっとも痛くない。神力を代償にしているだけはある。


 ──最近リリウムがやたら荒ぶっているなー、なんて思っていたのだが、なんてことはない。

 構ってもらえなくて拗ねていただけだった。

 お仕事中は流石に弁えていた。私の妹分達がいたこともあって、お姉ちゃんぶってもいた。

 だがまぁ、仕事が終わり、他人の目がなくなり、素を出してしまえばこんなもんだ。可愛いね。

 私も仕事の延長感覚が抜けていなかったかもしれない。人の中で生きたければ、協調して、合わせようとする努力を怠ってはいけない。

 パーティ戦をしたければ特大メロンパンを投げつけるだけの投パン機に成り下がってはいけないように、穏やかな日々を送りたければ、交流を怠ってはいけない。


「言ってくれればよかったのに」

「いや、流石に言い出せんよ。気を使わせてすまなかった」

 フロンは奥ゆかしい。女神式エステが長いこと無沙汰となっていたのは私とリューンだけではない。

 魔力も神力も大半を自浄に注いでいたとあって、言い出せなかったのだと言う。

「ルナでお風呂借りてやろうかな、なんて思ってたから。向こうでもまたやるからね」

「それは嬉しいな」

 というわけで、今日はシャワールームでご奉仕に明け暮れる。

 湯船があればよかったのだが、このランクのお部屋ではそうもいかない。多少狭いがなんとかなる。

 素手でエルフスキンを撫で、揉み、愛を擦り込み、変わりに垢を落としていく。友愛と親愛と、感謝も込めて。

 今更尻の穴を晒したところで、だからどうしたの、という間柄だ。一点の曇りも残さず、徹底的に磨き上げていく。

「フロンも髪伸びたよねぇ。整えようか?」

 髪を片側に寄せてみれば、うなじがこの上なくセクシーだ。よく今まで酒場で無事だったものだと感心する。

「それもいいが、たまには伸ばしてみようと思っていてな」

「ほー」

 たまにはそういうのもありかもしれない。リューンと区別がつかなくなりそうだが、まぁ……いいんじゃなかろうか。フロンもオシャレさんだ、万年ストレートのリューンとは違い、髪型くらいは変えてくるやもしれぬのだし。

「姉さんは伸ばしたらまた切るつもりでいるのか?」

「そのつもり。色々と使えるからね」

 もうすっかり黒魔術の必需品と成り下がっている。《防具》との契約でこれも変質してしまった可能性があるが、それも試してみないことには何とも言えない。

「そうか。長髪も似合っているから、惜しくは感じるな」

 嬉しいことを言ってくれる。短いのは短いなりに楽でいいのだが、私も長い方が好きだ。

「対人戦を思えば、掴まれないよう常に短くしているべきかもしれないけど……まぁ、すぐ伸びるしね」

 気が向いたら色々と試してみればいい。伸びる過程も楽しめる。


「言ってくれればよかったのに」

「……言い出せるわけないではありませんか」

 次いでリリウムを浴室に引きずり込む。リューンは今イイトコとのことなので今日はなしだ。自分磨きもお預けにする。

 服を剥いでしまえばリリウムも素直になる。裸の付き合いとはよく言ったもので、お風呂は垣根を取り払ってくれる。

「本当はガルデでやろうと思ってたんだ、本当だよ?」

「ふんっ、どうかしらっ!」

 ぷりぷりしてはいるものの、満更ではないご様子。リリウムはこれが大好きだ。

 ガルデは二日で切り上げて、こっちの二人にもあっちの公衆浴場でご奉仕する腹積もりでいた。そうならなかったのは私のせいじゃない。スイッチの入ったリューンは魔性だ。あれはちょっとやそっとじゃ抗えない。

「本当だよ~信じてよ~」

 後ろから羽交い締めにして耳元で囁いてあげるのをこのお嬢は好む。いい年して膝の上に乗せられても大人しくしているのは、単に好きだからだと思う。

「いっつもリューンさんばかり構って……時間ができても一人で遊んでばっかりなんですから……」

「ごめんねぇ。あれを実用化したくって、気が急いてたんだよ」

「あれ……ですか。分からなくもありませんが、それでも──」


「フロンとリューンには持ってること言ってないから、自力で何とかする必要があるんだよ。だから……ね」


「──言っていないのですか?」

 言っていない。

「あれのことも、実家の場所のことも、手持ちの神器や女神様の他の神器の可能性のことも、あの二人には仔細は何も話してないよ」

「……まぁっ」

 声音に喜色が混じってきた。この隙を逃すようではこの世界で生きてはいけない。

「リリウムにだけ話しているのは、リリウムが特別だからだよ。大事に思ってるし、一番頼りにしてるんだ。放っておいたのは謝るから、機嫌直して?」

 こういう言い方をすれば、機嫌を直さずにはいられないだろう。一番頼りにしているというのは事実だ。

 もちろんフロンやリューンが頼りにならないと言っているわけではない。大事な仲間だ。彼女達の為なら、世界を敵に回せる程度には大事に思っている。

 それでもやっぱり、使徒は別枠の別腹だ。戦闘のパートナーとして有用というだけで、私はあれこれ打ち明けたりしない。

「ごめんね。今後はきちんと改善するから、許して欲しいな?」

 背中からではなくきちんと向き合い、目と目を合わせて気持ちを込めれば、きちんと伝わる。

「本当に……仕様が無いんですから」

 ちょろいぜ。照れ隠しに顔を背けるのも可愛いんです、うちの使徒は。



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― 新着の感想 ―
[良い点] この4人はそれぞれ得意分野があって、言い合いもするけど長く生きてるから引き時も分かる大人で、でもどこか子供っぽさもあって、仲良しで見ていてほほえましい。 [一言] 長年トイレに行かなかった…
[一言] こういうのでいいんだよ こういうのかいいんだよ
[気になる点] 「だがしかし……」から、「悲しいことに、いらない子扱いされている。」までで 「だが~」が4つも出てるのが気になった [一言] タラシやなぁサクラ。いつか刺されるで。(なお返り討ち) …
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