第三百四十三話
──お城になんて行きたくない! なんてダダをこねたところで、限界はある。
王様に向かって「仕事の報酬を持ってきなさい」なんて言えるほど、傍若無人モードも万能ではないのだ。
ある晴れた昼下がり、お城へ向かう道、豪華な馬車がゴトゴト、私を乗せていく。
「売られてゆーくーよー……ってね」
「……? いかがなさいましたか」
「いえ、何も」
仕事の疲れを癒やし、洗濯物を片付け、そろそろリューンといちゃいちゃしようと考えていた矢先にお迎えがきた。お金の用意ができたとの報せを携えて。
ペトラちゃんのお友達の騎士のなんとかちゃんが、顔馴染みの騎士達と一緒に宿まで馬車で迎えにきてくれた。揃って泣きそうな顔をして。
ミッター君とちょっといい感じになっていた綺麗系の彼女や、ギルマスと一緒にルナまで船旅に付き合っていた騎士達だ。この娘はただの元学友に過ぎなかったようだが。
私が何度も使者を追い返していたことに王様も我慢の限界がきたらしい。この招聘は受けて欲しいと泣きながら頭を下げられた。
これ以上は忍びなくなってしまった。おまけに馬車には私に懐いてくれていたいつぞやのちょろい奴らが二頭、ゴキゲンに待機してくれている。
ここまでお膳立てされては完敗だ。覚悟を決めて登城しなければならない。
例の如く、誰も付き合ってはくれなかった。
年寄り連中は船旅に向けての買い物。年少組もギルドに顔を出したり、今後に向けての準備にと忙しくしている。
研究に使う市販の術式や文具──主にインクやルーズリーフの類は、買わないと手に入らない。
アリシアも収入が入ったことに加え、魔法袋を譲り受けたことで色々と荷物を増やせるようになっている。きっといっぱい買い込むだろう。
皆して楽しくお買い物だなんてとても羨ましい。私もそっちに居たかった。
めかしこんで騎士に囲まれ、お爺さん達に会いに行くだなんて、夏休みかよ、っていう。
豪華な馬車だが、やはりゴトゴトしている。車の仕組みに明るくはないが、少なくともサスペンション的なあれはついていない。
(この世界の技術水準は本当に謎だね……)
金属でできた魔法の船なんて物が大洋を航海していながら透明なガラスがなかったり、布の服の縫製が激甘なくせに革製品はしっかりしていたりする。
飛行船なんてものが存在しているのなら、馬車の振動を抑える仕組みくらい広く知れ渡っていてもおかしくない。
ヴァーリルのマッチョ共がちょっと本腰を入れれば一日二日で出来上がるんじゃなかろうか。私でもこれよりマシな造りの荷台は作れる。
そのくせ馬に鞍はかかっていて、鐙もしっかり実用化されている。
(きっと大陸ごとで格差が大きいんだろうな……東大陸、どんなところなんだろうね)
一番広く、大きく、何もかもが進んでいる大陸だと聞いている。リューンが二言目には田舎田舎とあちらこちらを称する程度には、発展しているんだろう。
未だに足を向けていないのは、何かと物騒な土地柄らしいから。東出身のフロンが言うのだから、そうなんだろう。
(世界一大きな迷宮──興味がないわけないんだよね)
もしかしたらあれか、一級冒険者って大体東にいるんじゃなかろうか。だとしたら今まで出会っていないのも頷ける。
「今日はありがとう、覚えていてくれて嬉しかったよ。元気でね」
思索に耽りながら時間を潰し、到着して可愛い可愛い馬達をひとしきりわしゃわしゃした後、大人しく先導されてお城へと入る。以前のように騎士が早速一人いなくなっているので、既に先触れが出ているのだろう。
城内は以前来た時と同様、自然な明るさに満ち溢れている。おそらく採光に工夫がされていて、雰囲気だけはすごく良い。
大理石のような白を基調とした清潔感溢れる廊下を我が物顔で進んでいく。人工照明による力技では成し得ないこの空気。これは是非とも見習いたい。
相も変わらず並べられている脆そうな甲冑やよく分からない絵画などがなければ、ガルデ城は女の子の憧れるお城トップテンに入ると思う。
(いつか本邸を建築する際の参考に──いや、まずは鍛冶場辺りで試してみようか)
剥き出しの土間と茶色の煉瓦、炉といくつかの照明で照らし出された実用一辺倒の空間をこんな感じで彩ってみれば、大層お仕事も捗るのではなかろうか。気持ちが盛り上がれば作品の質も上がるかもしれない。
(作った剣とか鎧とか並べてみちゃったりして──)
……なるほど。確かに並べてみたくなるな。これは一本取られてしまった。
「よくぞ参った。楽になされよ」
王様直々に一冒険者をもてなす図というのも、中々に浮世離れしている。
廊下を歩き、階段を上り、また歩き。謁見の間も会議室も通り過ぎ、案内されたのは王様の私室……あるいは執務室。お城の比較的高い位置に設けられた、やたらと天上の高い一室。
南のアイオナでも最後に案内されたのはこんな部屋だった。獣の剥製なんかは飾られていないが、家具の一つをとっても高級そうで、お金では代えられなさそうな歴史を感じられる物品で溢れている。
部屋を彩るお花は、毎日替えられているのだろう。
座り心地の良さそうなソファーを進められ、お爺ちゃんと二人っきりで向かい合うというのも──よく緊張しないものだな、私は。
二人とは言ったが、メイドさんくらいは居る。
「報酬の準備ができたと伺いましたので、招聘に応じ参りました。ふふっ」
「随分と機嫌がよろしいようだ」
「えぇ、普段なら国主であろうと呼びつけるところですが……直々に足を運ぶ程度には、機嫌がいいです。この時のために働いてきたのですから」
いきなり大金貨の山にありつけると思えるほど私も脳天気ではない。下手するとありつけない可能性もある。こうなってしまったからには、多少の雑談には応じる腹積もりでいる。可愛く微笑むくらいはサービスだ。
「対価は然と用意してある、後程受け渡そう。その前に──」
よしきた。ほらきた。
「此度の一件に関して、改めて謝意を表させて欲しい。国主として為さねばならぬ責を預けたこと、申し訳なかった」
(……あらあら)
頭を下げてきた。確かにこれは人前ではできないな。あのメイドさんはただのメイドじゃないんだろう。
あるいは単に家具の延長としてしか見ていないのかもしれないが。
「私は仕事を請け、それをこなしただけです。色々と引っかかることがあったことも事実ですが……終わったことです。お気になさらずに」
「うむ。不届き者の炙り出し、並びに処断は進んでおる。よもや国家転覆を企んでおろうとはな──」
国家転覆。そういうことになるのか。言葉にしてみると擁護のしようがない大罪中の大罪だ。外患罪並に救いがない。
彼から湧き上がっているこの感情は、激怒以外の何物でもない。
ふんぞり返って足を組んだり組み替えたりする予定でいたのだが、何かそんな雰囲気でもなくなってしまった。思った以上に王様がしおらしい。激怒しながらしおらしい。
「北東の砦に来訪の報せが届いていなかったのも、その連中の妨害だったのですか?」
「然り」
「そうでしたか。ふふっ、牢に入るなぞ初めての経験で、少し楽しかったですよ」
「──で、あったか」
ご褒美にありつこうと必死な猫のように、可愛く可愛く媚を売っていく。早く金貨の山でダメになりたい。
「えぇ。結果的に周辺の要所との連絡も上手くいきましたし……あれはあれでよかったのでしょうね」
ドワーフのユーハおばちゃんと出会えたことは僥倖だった。お陰でその後の結界石の配置はすこぶるスムーズにいった。
西の方は知らないが、東や北から物見客がやってくることはなく、仕事に集中することができたのは彼らのお陰。
一人だったら三桁くらいは誤差だと言わんばかりに、容赦なく焼き払っていたはずだ。
(一人か……一人でやる気だったんだよね、これを)
今にして思えば冗談じゃないな。もっと早々に決着はついたかもしれないが。
いい機会だし……と根掘り葉掘りしてしまってもよかったが、おおよそのところは王様に上手くやり込められてしまったと、私は既に負けを認めている。
邪神が絡んでいたことを知っていたのかとか、割りとどうでもいい。自然と聞き手に回り、最後には留まることなく零れ落ちてくる愚痴に対して適度な相槌を返すだけの置物になっていた。
仕事の話、家庭の話、今後を思うと頭が痛い。鳴りを潜めていた後継者争いも再発し、中々に王宮はデンジャラスなことになっているようだ。
数人死んだらしいけど、それは私の知ったことではない。
途中で差し入れられたお茶に手をつけることなく話を聞き続け、そろそろお暇したいな、なんて思っていたのが顔に出てしまったのか。
照れながら一つ咳払いして表情を戻し、最後に一つだけ投げかけた問いに対しての返答を頂いた後、ようやっと本題に入ってくれた王様直々に案内された一室には……文字通りギッシリと大金貨が詰め込まれていた。
流石に床に直置きされているわけではない。木箱に敷き詰められている。しかもご丁寧に、一部は上蓋が外されていて中が見通せる。
大金貨一枚が一万。この世界ではそれが大抵は百の束でまとめられている。一束百万。報酬は二十兆と端数が数千億あるので、二千万束とちょっとあるわけだ。
大判小判サイズの金貨の束が、二千万束。木箱一つに何束入って──いやこれは我を忘れてしまいそうになる。改めて見ると……すんごい。
目で見てもすんごい。《探査》で見てもすんごい。純度もすんごい。語彙が戻ってこない、これはヤバイ。ポーカーフェイスを維持できているだろうか。たぶんできていない。
(いやだって……ねぇ?)
眩いばかりの輝きとはこのことだ。大理石の床なんてこの輝きを前にしてみれば、穴ぼこだらけの軽石くらいにしか思えない。お金しゅごい。
億程度じゃ何も思わなかったのに……やっぱり兆は違う。桁が違う。魅惑の呪いでもかけられてるんじゃないの、これ。
「人手が必要であれば信の置ける騎士を用意しよう。そこな者に言いつけると良い」
現実に引き戻される。普通なら必要になりそうなものだが、私はこれでも一級冒険者。それなりの魔法袋の一枚や二枚持っていて然るべき立場の人間だ。
まぁ持ってないんだけど、私には《次元箱》がある。
「お気遣いありがとうございます。ですがこの量でしたら何とかできますので」
早く労働に励みたい。これを一つずつ《次元箱》に放り込んで並べていくのだ。時間を忘れてしまうほど楽しいに決まっている。
「うむ。大儀であった」
終ぞ国への勧誘を一言も吐かずに、イケボな王様は颯爽と去っていく。惚れちゃいそうだね。さよなら。