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第三百三十九話

 

 ────。


 緑化担当のハイエルフ達がやってくるという報告を中央の拠点で受けたことで、急遽山遊びを中断する羽目になった。

 焼き尽くして緑の『み』の字も残っていないカーリの山々、麓まで。当然このまま放っておくわけにはいかない。

 大地同様に草を生やし、木を植えて、生物が生きていけるまともな風景を取り戻すことは作戦開始時から決まっていた。

 彼らが居るからこそ、全てを焼き払うだなんて荒唐無稽(こうとうむけい)な作戦を王様も採択決行することができたわけで。名残惜しいが、明け渡すしかない。

 駆け上がった斜面を、転がり落ちた断崖を、ぶっ壊した山々を。

 次訪れる時には、きっと緑豊かな自然の姿を取り戻してくれていることだろう。


 気力は強くなった。生力も確かに育っている。魔力も自浄に当て続けたことで、格も器も成長著しい。

 相変わらず精力は謎のままだが、山篭りの成果は確かに出た。女を犠牲にして修練に励んだ甲斐はある。

 万年すっぴんはいつものことだが、肌や爪の手入れまでをも適当に済ませ、髪も身体も服の洗濯に至るまで水洗いオンリー。しかも何年同じものを使い続けているのかすら分からない。

 白大根製の戦闘服とサンダルはズタボロで、普段着にしている黒いタンクトップとハーフスパッツもいい加減寿命が見えている。

 下着だけは無駄に大量の在庫を抱えているのだけれど──しばらくはリリウムスタイルの上に外套を羽織るのみで我慢するしかない。セルフエステを施して綺麗目の服に袖を通すことが許される日は、すぐそこまで来ている。


 結局行きどころがなくなり、少し悩んだが皆と合流することにした。

 ランニングをしながら街道の拠点へと足を向け、まず驚くのは道中の変わりっぷり。

「綺麗になってるねぇ。多少は手抜きしている箇所があるかとも思っていた……んだけど」

 綺麗になっている。かつては元が何であったかもよく分からないものでごちゃごちゃのグチャグチャになっていた一帯。森は根っ子から掘り返され、草が生えていただけの丘も、かつて村か何かがあったであろう整地された平地も、見事に綺麗さっぱり何も残っていない。

 植物も、建材も、肉塊も、折れた剣も、瘴気も。一面土色の大地が広がるのみで、置き去りにされた結界石の姿もない。

 この土埃の舞う荒野の姿に、美しさすら感じる。汗水流して働いた皆の仕事っぷりが手に見て取れる。

 全く瘴気の残り香がない。花丸を差し上げたい。


 《探査》に瘴気が引っかかることなく新たな拠点へと到着したので、とりあえず事務所に顔を出す。

 いつぞやリリウムが出しゃばってきて壊し損ねた石造りの建物。様式は中央拠点の食堂のものとそう変わらない。後々利用することを考えられているのか、食堂というよりは酒場併設のギルドのような姿をしているが。

 内部には人が少なく、見知った顔は更に少ない。見知り顔の受付の人に尋ねてみれば、今は最後の追い込みでほぼ全員出払っているのだとか。

 残っているのは護衛の騎士と、倉庫の守り人と、後方支援の皆様方。後は怪我人とか、休息中の誰それとか。

 誰が誰とどこに出向いている、なんて情報も全て管理されていて、遊びに行こうと思えば行けたのだが──。

「邪魔をするのも悪いので、大人しくしています。──水は足りていますか?」


(衛生面は……六十点くらいかな。トイレは酷いし、シャワーは水だけだし……下水を処理しようにも川が遠いもんなぁ、ここ)

 だがまぁ、スラムと呼びたくなるほど酷いわけではない。糞尿や汚水の臭いが漂ってきたりはしないし、それなりの清潔さを保ち、尚も清潔であろうとする心意気は随所から感じ取れる。

 大暴れしたあの日はアンモニア臭が酷かったものだが、時間も経っている。残留していたりはしない。

「シャワーは雨水か。仕方ないんだけど……仕方ないか。どうしようもないもんね」

 水系の放出魔法師が増えたことで、飲用水は井戸が使えない中でも何とかなっていたらしい。

 だが彼らにも生活がある。水を作るよりはアンナノを狩りたい。特に今は大詰めなこともあって、必要最低限度の水を樽に残しては、彼らも討伐に向かっていく。

 そんなこんなで、シャワーのタンクに溜まっているものは、降ってきた水を処置したちょっと汚目(きたなめ)なお水。火炎放射器をお湯に回す余裕もないので、冬でもぬるま湯程度が精々だったとのこと。

 耐え難かったので、これを一掃したり何なりしながら時間を潰し、夜は事務所の空き部屋を借りて眠りにつく。私のテントは遠征陣に持ち去られていて残っていなかった。


 まず戻ってきたのがフロンだった。

 采配は体力のある連中を遠方に、ないものを近場に配置するといった感じだったらしい。必ずしもパーティ単位で派遣するのではなく、適材を適所に宛てがっているというか。

 なんだかんだ年単位で活動している馴染み顔の連中なわけであって、こういった臨機応変な対応もできるようになってきた頃合いなのかもしれない。それもやがて終わる。

 フロンはリリウム曰くモヤシなので、近場の主力として火玉をしこたま吐き出し続け、ノルマが片付いたので早く休みたい勢と共に戻ってきたとのこと。やる気勢は他所の応援に向かっている。


「とりあえずお疲れさま。最近どう?」

 樽に腰掛け、安っぽいテーブルに酒瓶を並べて、乾杯。

 フロンのへそくりである秘蔵の晩酌用のご相伴に預かり、互いの無事と健闘を喜び合う。ささやかな酒宴。

「もうヘトヘトだよ。しばらく野営は勘弁だ……」

 こういった会話も、下手すれば二年振りくらいになる。少なくとも季節は二巡していそう。

 少し困ったように笑うフロンの顔も、二年振り。だが不思議なことに、あまり懐かしくは感じない。

 初対面からでも再集結してからでも、二年というとそれなりに長期間になるはずなのだが、ちょっと旅行に出かけてきました、程度の間にしか感じられていない。再会感がとても薄い。

「それにしても、随分と空けたな。そっちはどうだったんだ? 意図があってのことと理解してはいるんだが」

 ──なんて思っていたのだが、フロンからすれば随分と空白時間が長く感じられていたようだ。

「浄化と修行三昧の日々を送ってたよ。ずっと山にいた」

 軽く言うと、笑われてしまう。

「こっちも色々とあってね。二人が帰ってきてからにしようと思ってたんだけど……大事なことだしどうしよう、先に話しておこうかな──」

「聞こうか。今ならまだ頭は回る」

 色々とあった。第一に知っておいて欲しいのが、今は迷宮に入れないということだ。牛の末路など二の次三の次。

「とりあえず、あの牛は神力を持っていたよ。魔食獣や瘴気持ちみたいな糧になる連中とは少し毛色が違うというか……少なくとも亜神か、神のどちらかなんだと思う」

 おつまみがないのが残念だが、フロン好みの強めのお酒をちびちびと舐めながら語り合う。お酒もこれまた数年振りだ。

「あれほどの存在だ。妖精などとは思っていなかったが……そうか、やはり神か。討伐は問題なかったのか?」

「装備が軒並みやられちゃったけど……それくらいだね。大怪我もしなかったし」

「……全く、呆れるよ」

 フロンが笑う。今日はよく笑っている気がする。私も笑っているのかもしれない。


 放出魔法を持たない私の戦闘スタイルは、近づいて()つ。ただそれだけだ。相手が神だろうとやることは変わらない。

 扉をぶち破って虎穴に入り、虎子ごと打ちのめす。相手がゴブリンだろうと牛だろうと、霊鎧だろうとリッチだろうと、ドラゴンだろうとドンだろうと、これでなんとかなる。

 大抵の存在は、近づいてぶん殴れば死ぬのだ。今のところ神もその例の外には居ない。

「それで、倒して残さずに全部食べたんだけど……なんて言うのかな、まだ消化が終わってないんだよ」


 コップが神力の器で、中に入った水の濃度というか、そういった濃さのようなものを神力の格とするのなら、当時から今に至るまでの状況としては、純水の入ったコップの上に、メルヘン表面張力で縁ギリギリから天に向かってひたすらに柑橘水を盛っている──みたいな状態になっている。かき氷みたいに。

 溶けはしないと思うが、とりあえずコップに入りきっていない。今は日々柑橘水を二種の浄化でチマチマと純水に戻しながら、並行してコップの増築工事を行ってる。とてもとても忙しい上に、蓋がないので転んだらバシャンだ。走ったくらいで崩れ落ちるようなものでもないが、危険極まりない。

 ただでさえ牛の神力は《結界》や《浄化》に使っている私の神力とまだ完全な合一を果たしていない。コップの底から純水部分のみを汲み取って多少神力を行使することはできるのだが、この状態で迷宮に入ると、どこぞの神々に明確に察知されてしまうのでは……という確信に近い予感がある。以前はそれで大変に痛い目を見た。

(これだけ暴れて知らんぷりされてるのも不気味ではあるんだけど……今のところバレてる、って感じはしないんだよねぇ)

 私が居るだけで瘴気持ちが現れない──というのも使いようによっては便利かもしれないが、神バレするという損失と比べれば選ぶべくもない。

 柑橘水を純水に戻して、コップの増築を急いで蓋をできるようにする。必要なものは、時間。

「というわけでしばらく……少なくとも三年くらいかな、迷宮に入るのは止めておこうと思ってる。休暇にするなら、場所はちょっと考えないとダメかもね」

「ふむ……魔石は変わらず生成できるんだな?」

「問題ないよ」

「転移や結界はどうなんだ?」

「できるけど、今はどっちも使わずに力は全部消化に当ててる。ここまでも走ってきたくらいだし」

 全力で自浄している都合上、魔力身体強化を使おうとすると三種か五種掛けになってしまい、神力を無駄に消費してしまう。身体強化に回すのは気力のみとしたい。

 使わずに放っておくと薄れてしまうので、定期的に魔力を流してはいるのだが。


 私の拠点は二箇所あり、いずれも本来火石を集めるのには事欠かない絶好のスポットなのだが、双方とも迷宮に入らないと魔物と遭遇できない。

 セント・ルナはそもそも在野に魔物がおらず、ヴァーリルは試し切りマッチョの群れに恐れをなして魔物は近づいてこない。

 在野の魔物で生活魔導具の燃料を調達するか、大金払って店で魔石を買うかしないと、魔石や魔導具に頼らない原始的な生活を送る羽目になる。

 食肉の大猪を解体して火石を取り出してももちろん暖房は作れるが、小さなただの火石でできることなど知れている。

 お家に帰ってもいいけれど、魔石の補充が難しい。その考えも伝えておく。

「分かった、その理解で二人にも話を詰めておく。ナハニア方面は避けたいのだったな?」

「そうだね、北大陸の北部……ここより北は避けたいかな。北西方面は言語道断で。今回は色々と不足を痛感したから、私個人としては休暇を兼ねて勉強に当てたいと思ってる」


 勉強不足。準備不足。力不足を強く感じた。

 そもそも南大陸からルナに戻ってきたのは、うちの年少組が巣立つまでに、装備やそれに用いる術式の工面といった準備期間に当てるためでもあった。

 そこをすっとばして北に出向くことになり、いざ仕事に取り掛かってみれば──何もかもが不足していた。忸怩(じくじ)たる思いがする。


「でも、必要な物は割と明確になってきたと思うんだよね。欲しい道具、もっと欲しい道具、あった方がいい道具、消耗品もだし、術式、能力、技術も。目標がいっぱいできたから、迷宮に入れなくても退屈はしなくて済みそう」

 真っ先に冷凍庫を増産したかったのだが、これは後回し。当面は術式の研究や、《探査》の鑑定技法による組成の調査に当ててみたい。

 これはとても便利な力だ。ブラジャーのゴムの原料が海藻であることが分かったり、残留している薬物から製法の推測に至れたり。いくつかの未知は既知へと変わりつつある。

 材料工学者として活躍しようと思えば、世界が一変するかもしれない。

「そうだな、準備不足であったのは確かだ。私も体力不足を痛感しているし、事前に用意しておけばよかったと思う物品は多い。術式にしてもリューンはガラガラだからな、色々仕込んでおけば役立ったろうに」

「身体強化と束縛魔法と、鑑定と……それくらいしか入ってないんだっけ?」

「その通りだ。剣の保護術式や鑑定は消す算段を立てていたから、そうなると身体強化と束縛術式しか残らん。一度この辺りのすり合わせもした方がいいだろう」

 高いポテンシャルをしているくせに、私のリューンちゃんの薄い胸の下にはろくすっぽ術式が入っていない。

 フロンも神杖非対応の大規模術式は残っているか怪しい。リリウムはまだ格が低い上に三種目の身体強化を刻むことになると思うので、便利ツールを纏う余裕はないと思うけれども。

 私も索敵を消したかったし、これをリューンに移すというのもありかもしれない。仕事が終わって一息入れたら、一度じっくり四人で話し合いを持たなくてはならないだろう。


「それで……だな、姉さん。一つ尋ねたいことがあるのだが」

 フロンがお酒を飲みながら談笑するモードではなく、談笑しながらお酒を飲むモードに入っていることには気づいていた。ゆっくりちまちまと、二人共舐めるようにしてグラスを濡らしている。

 言い難いことなんだろうか。何やら神妙そうな顔をしているが、今までの流れは全て上の空のことで、心の中では山を吹き飛ばして回るイカレ女とはもうやっていけん! なんて考えていたり──。

「姉さんは、雷について、詳しいか?」

 違った。なんだいきなり。上の空の話ではあったな。


 私も専門ではないから高校物理程度の知識しか持ちあわせてはいないが、あれは氷と氷がぶつかることで産まれる膨大な量の静電気だ。

 規模が大きいだけで、下敷きを髪にこすり合わせてくっつくのと何ら変わらないはず。冬場のセーターには誰しも一度や二度、ヤラれている。

 冷えて氷になった微細な水分が登って落ちて登って落ちてを繰り返すことで、ピリピリからビリビリになり、やがてピシャーン! となる。雲の中でプラスとマイナスに分かれて睨み合いながらバリバリしていることもあるが、うっかり地面が近くなると落ちたりする。これが落雷なんて呼ばれている──なんて認識でいる。

「──温度や湿度差のある空気が流れ込むことで規模や発生頻度が変わったりとか、そういうものあったはずだけど……どしたの、いきなり」

 科学に興味が出てきたんだろうか。モーター回して産んだ電気を利用するよりは、魔力で直接車輪を動かした方が何かと便利だと思うけど。楽だし。

 でも目の付け所は凄い。あれを動力にしようだなんて、思いつけるものなんだな。

「ふむ……それは水を元にしなくては産まれないのか?」

「擦れることで産まれるから、別に水がなくても大丈夫だとは思うよ。火山が噴火した時に発生したりもするし……砂とか岩でもいけるんじゃないかな」

 溶岩はなんか、すぐに漏れてしまって滅多に見えるほどにはならないとか……聞いたような気がするけど、うろ覚えもいいところだ。そもそも滅多に噴火したりしない。

「摩擦か……ふむ」

「どしたの?」

 このメルヘンワールドなら雷を実用的な電力に転化できるだろうか。それはそれでメルヘンだが、個人的にはあまりサイエンスちっくなものを持ち込まないで欲しく思っている。台無しだ。

「────」

 同席者そっちのけで思考の泉に沈みだしたフロンは手慰みで酒の勢いが進み、やがて潰れて死んだ。ベッドに寝かせておけば翌朝蘇生するので、気にすることなく私も一つしかないベッドに潜り込む。

 狭いし臭いが多少気になるが、これはお互い様だろう。これでも寝相はいい。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] フロンとリューンは雷の力、いわゆる電気の力に強い憧れを持っているようですがどう再現するのでしょうかね? 個人的に実現出来そうなのは(このファンタジー世界に強力な磁石があればですが)モー…
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