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第三十三話

 

 日本では未成年略取は犯罪だが、この世界ではどういう扱いになるのだろうか。罪になるのは分かるんだけど、その、程度というか。

 ひとしきり聖女ちゃんを泡まみれにして服を乾燥部屋に突っ込んで、とりあえず私のお古を着せて、送っていくけどどこに帰る? と聞くも、彼女はただ首を振るばかりで答えようとしなかった。もう夜も遅いし……放り出すわけにもいかないしで、仲良く果物を食べながら、とりあえず宿へ連れ込むことにした。オーナーがいなかったので事後承諾になるが、仕方がないだろう。

 明かりを点けて部屋の前に置いてあった棚を適当に壁際に設置して、もう遅いから寝ようと二人してベッドに潜り込んだ。顔を隠すのは諦めた。

 当たり前だがよほど疲れていたのだろう。彼女はこてん、と横になると私に抱きつきそのまま寝入ってしまった。私も今日は疲れた。精神的にかなり。

 精力を鍛えればこの疲れもマシになるのだろうか……。おやすみ。


 翌日いつものように早朝に目が覚める。ベッドを出ようにも彼女は私にしがみついて眠っているし、寝顔がやたら可愛かったので私も起こす気になれなかった。そのままボーっとしていると、そろそろ店が開くかな、といった頃合いでようやくお姫様の目が覚める。

 完全にバレているのにそのまま寝たふりをするのがまた可愛かったのだが、起きないと何もできないので脇の下に抱えて井戸まで連れていった。洗面を済ませて部屋に戻る。今日は運動も水入れもなしだ。

「朝ごはん食べようか、何が食べたい?」

「パンが食べたいです。お野菜が挟まってる奴」

 これはいつものパニーノ屋台で決まりだ。そこで好きなものを選ばせて、私も適当に買い込んで宿で一緒に食べる。

「私はこれから管理所へ行くけど、聖女ちゃんどうする? 宿に帰るなら先に送って行くよ」

「一緒に行きます」

「楽しいことはないけど」

「一緒に行きます」

 まぁ、いいか。ポンチョもマントも今アレなことになっているので、私服にパーカーだけ羽織って手を繋いで管理所へ向かった。


 管理所は未だに閑散としている。まだ情報が広まっていないのだろう。いつもの役人がいなかったので、開いている受付で指揮職員がいるかと訪ねると、個室へ案内してくれた。当然のように聖女ちゃんも手を繋いで付いてくるが、まぁもういいや、仕方ない。

「待たせた。朝早くからすまないな」

「いえ、元々私の身勝手ですので」

 職員は目線を一瞬聖女ちゃんへ向けたが何も言ってこなかった。

「まずは報告を聞こう」


「はい。死の階層へ随伴二名と向かい、私は単独で六層への侵入を果たしました。即七層方面へ足を向け、生存者が確認できましたので作戦の概要を伝達。笛の音が救援開始の合図である旨を伝え、五層からの救援が到達するまで待機を命じました。その後各大岩間の個体を順次殲滅、近辺の個体の討伐で安全が確保できたことを確認した上で笛を吹き、五層から七層への救援の安全を確保するため周辺の個体を遊撃して回りました。全域の殲滅が完了したのはおおよそ救援が終了する直前で、それからは誕生した個体の各個撃破に終始、救援終了の合図が出たので返答を返しました。その際、生存者や遺品の確認ができなかったと言伝を頼みましたが、あの時点では事実です。この段階での討伐はおおよそ百九匹前後です」

「続けてくれ」


「その後、思うことあって六層の探索を開始しました。こちらの……聖女さんが騎士団を守るために張っていた結界、それを感知したからです。発見が遅れたのは私が外周部を見て回ることがなかったことと、彼女たちが外縁部に近い場所に身を隠していた為ですが、これは結界の仕様上良い判断だったと思います。しばらく探索を続け、結界とその内部で身を隠していた騎士十二名、少女一名の計十三名を保護しました。その後全員を引き連れ五層への通路まで到達し、しばしの休憩を挟んだ後に五層、四層を突破して一層へ到着しました。追加のリビングメイルはおよそ十二匹、他四層で鳥を一羽始末しましたが鳥の死体は回収していません。休憩の際に私は単独で六層へ戻り、発見できた限りではありますが騎士団の荷物を回収しています。通路へ到達した段階での報告を怠ったのは私の考え不足でした。この点は私の不明を恥じるばかりです。一層到着後、私は彼女と共に第三迷宮付近の公衆浴場へ向かい、入浴を済ませ、私が滞在している宿泊施設で就寝しました。朝食を取った後に当管理所へ向かい、今に至ります。以上です」


「よろしい。質問があるのだが」

「どうぞ」

「リビングメイルの数は百九匹前後、十二匹とのことだったが、普段からそんな数がうろついているものなのかね」

「私がこれまでに討伐した数は、新たに誕生したものを含めて最大が七十三匹、次点で六十四匹です。今回は救援の安全を確保した段階で七十近かったと記憶しています。その後は……九十後半まではそれなりに数が増え、それ以降はゆるやかに……という感じでしょうか。曖昧で申し訳ありません。量としては初見から七十匹辺りまでずっと異常だと感じていました。尚、特に耐久力などに変化は感じなかったことを併せてご報告しておきます」

「ふむ」

「あと、これは私見ではあるのですが」

 一応報告しておこう。何か情報が得られるかもしれない。

「各入り口、リビングメイルは大岩間に特に密集しており、近づくまで動こうとしない個体が目立ちました。私には、戦闘で傷を負った個体がその場でじっとして傷を癒やしているようだと感じたのを覚えています。リビングメイルは通常、絶え間なく移動するものです。今回は些か異質であったかと」

「興味深いな」

「何か、外的要因があったのかもしれません。想像でしかありませんが」

「調査してみよう。何か分かれば報告するよう伝えておく」

 情報は得られませんでした……。

「ありがとうございます」

「ふむ……」


「あ、あの、百九匹って、私達が六層にいるときですよね?」

「そうだよ」

 指揮職員が考え込んだのを見て、聖女ちゃんが声をかけてくる。そりゃ怖いよね。私だってあんな数の相手をすることになろうとは思ってなかった。

「そんなにいたんですか? ……し、信じたくないです」

「内緒にできる?」

 持ち帰ってもいいけど、場所を取るし邪魔だ。せっかく来たんだし査定まで済ませてしまいたい。この子はまぁ……言いふらされたら、その時は私の見る目がなかっただけってことだ。

「内緒って」

「証拠。見せたげてもいいよ。内緒にできる?」

「で、できます」

「あの、ついでに査定もお願いしてしまっていいですか。いつもの魔石担当の方が空いていれば、なるべく彼にお願いしたいのですが」

「ああ、勤務中だ。連れてこよう」

「箱を四つお願いしますと言付けて頂けませんか」

「承知した」


 指揮職員が退室してしばらく、いつもの魔石担当の男を引き連れて戻ってきた。

「おはようございます。お呼び立てしてしまい申し訳ありません。昨夜の依頼で魔石が出ましたので、査定をお願いできればと」

「おはようございます。はい、私が担当させて頂きます。今お持ちですか?」

「はい、並べてよろしいでしょうか」

「お願いします」

 そして机の上に魔石を並べ始める。聖女ちゃんは一個目から目を見開き、それがどんどんと並ぶ光景を唖然とした顔で見つめていた。

「もし質にばらつきがあったら、それの数を教えて頂いてもいいですか? 先に私が数を言うので、それの答え合わせのような感じで。今回のは一定ではないかもしれません」

「はい、大丈夫ですよ。何か思い当たることでも?」

「外的要因……でしょうか。まだ想像でしかないので、なんとも言えないのですが」

「なるほど、わかりました」

 今回はいつもの一・五倍以上ある。取り出す作業も大変だ。いや、ほんとに大変だ……。魔石専用袋でも用意して、ひっくり返したら全部出てくるように……いや、流石に横着がすぎるな。

「あ、あの、これ触ってみてもいいですか」

「いいよー」

「ありがとうございます! わぁ……綺麗、こんなに透き通ってる……すごい……」


「これ地面に落とすと探すの大変なんだよ、あそこ暗いから見えなくて。地面は荒れてるし地割れもあるじゃない? 転がると焦るんだよね」

「通常の浄化真石はここまで透き通っていないからな。もう少し全体にモヤがかかったようになるのが一般的だ。貴方特有の悩みであろうな」

 取り出している限りでは、言うようなモヤのかかったようなものは一つも見当たらない。

「なるほど……これ一つでいくらくらいになるものなんですか?」

「前回は確か、三十七万と……七千くらいでしたっけ? それくらいで卸したと思うよ」

「そうですね、三十七万と六千から七千辺りで値段を付けました」

「三十七万……? ……ご、ごめんなさい! 素手でベタベタと……!」

 凍りついてパタパタ慌てるのがかわいい。魔石一個分の価値はあったな、必見だ。

「いいよいいよ、私も素手で触ってるし。ちなみにこれどの程度で流通させてるんですか?」

「物にもよりますが、消耗品に使うもので六十後半から八十万くらいですね。高いものだと二百十万を超えたものがありました、美術的な価値を認められればまだ上にいくでしょうね」

「儲かってますね、私も安泰で嬉しい限りです」

「浄化真石は出せば出しただけ言い値で売れていくので、楽な商売だと販売部も言ってますよ」

 笑いが出る、本当に安泰だ。いい関係を維持したいものだね。


「八十万で売れるのに、管理所に三十七万で売ってるんですか?」

 どことなく納得のいかなさそうな顔をして聞いてくる。私が大損こいているとでも思っているのだろうか。魔石を取り出すのを止めて、彼女の顔をしっかりと見る。

「安心をね、買っているんだよ」

「安心?」

「世間を見渡せば、もっと高額で仕入れてくれるところはあるんだよ。でも、その人達は本当に信頼できるのかな? 私を脅して仕入れ値を下げようとしてくるかもしれないし、誰かを人質に取って言うことを聞かせようとしてくるかもしれない。短絡的な奴ならきっと、殺して奪い取ろうだなんて考える。私は知りもしない商人は、初めからこうやって疑ってかかってる」

 商人に限った話ではないけれど。

「そうじゃない人もきっといるよね。いい商人、信頼できる商人。探せばいるのかもしれない。でも、私は知らないんだよ、そんな人。その点、都市に卸すのは安心なんだ。そんなことをしたり、私の情報を漏らさないっていう信頼があるから」


「信頼を築くのは大変だよ、それでいて失うのは一瞬。失くした信頼は戻らない。私は怯えて暮らしたくはないからね、納得してここに卸しているんだ。それをいくらで売られようとも、文句なんて欠片もないんだよ」

 だから、私のことは内緒にしていてね。と、頭を撫でながらお願いした。



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