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第三百二十四話

 

 あまり近づき過ぎないように注意しながら観察を続け、足下から声がかかったところで下降する。

 今はそれどころじゃないので、スカートの中を覗きこもうと目論んだ連中の制裁は後だ。

 慌てて顔を逸らしたミッター君とわんこの姿に荒んだ心が少し癒えるが、それとこれとは話が別だ。ソフィアはきっちりお仕置きする。


「お、お初にお目にかかります! お会いできて光栄ですっ!」

 年の頃はペトラちゃんやミッター君と変わらないように見える(ひと)種。暑そうな鎧をきっちり身に着け、小脇に兜を抱え込んだ女騎士が連れて来られた。

 持ち方一つにも決まりや作法があるのか、しっかり兜のフェイス部分が正面を向いている辺りに生真面目さが滲み出ている。鎧もピカピカしているし、きっと丹念に磨きあげたんだろう。お手入れは大事だ。

 顔は可愛いか美人かで言えば、美人側。だが私の周囲は顔面偏差値が狂っているので、特に何の感慨もない。全身から伝わってくる緊張が解けて小さく可愛く笑ってくれれば、少しは見方も変わってきそうだが。

 まぁそんなことはいい。まずは職務を果たしてもらおう。

「説明を。これは何ですか」

 光栄だと言われたので、格好良いデキるお姉さんモードでいこうと思う。いきなり剣を抜かれるかもしれないし、エルフに囲まれることで緩んだ心の手綱を引き締めるにはこのモードが一番効く。

「はっ! 陛下よりお預かりして参りました! 我がガルデ王国の宝で御座います!」

 ハキハキしていてよろしい。

「そう。それで、これは何なのですか。来歴は」

「はっ! 太古に起こった邪神との戦の折、初代ガルデが用いた神器だと伝わっている、とのことです!」

 説明の口調に淀みがないのは結構なのだが、私が知りたいのはそういうことではない。

「……目的は? これの用途と、何のためにこれを持ち込んだのか、説明なさい」

「はっ! 王命によりお持ち致しました! これは神の宝、不壊の祝福を受けているとされており、あらゆる攻撃を跳ね除ける──」

 ──つまりあれか、トーチカか。

 侵入できる穴が開いているようには見えないし、射出用の穴が開いているようにも見えないし、投擲の練習は時間を見つけて行っているけれど、そもそも私は遠距離攻撃の手段を持たない。

 そもそも単独なら《次元箱》に引き籠もれるわけで、現状ではただのオブジェ。ゴミと同義だと判断する他ない。他に用途がある分鍋の方が百倍マシだ。それでもいらないけど。

 これで牛をペシャンコにするか、内部に空洞があるなら閉じ込めてどうこうしろってことなんだろうか。

(あー、神域の縦穴塞ぐのにちょうどいい大きさだね……)

 目測では径の大きさは似たようなものだと判断できる。ちょうど、あそこの蓋に使えそうな大きさだ。もう一回り大きければ完璧だったのだが。

 用途や効能についての説明が欲しいが、説明に熱が入り出したので聞き流しておく。あまり大したことは言っていない。


 話を要約すれば、これは王様からの差し入れに相違ないらしい。くれるらしい。もちろん報酬とは別枠扱い。同じ枠に組み込まれていたら、逆に処分代を請求しているところだ。

 国宝、神の宝、神器。祝福の辺りで周囲がざわめきもしたが、そんなもんいくつも持っているし自前で作れる。ありがたみは全くない。

 そんな全く用途の思い浮かばない謎の物体を見上げる。天の彼方から落としてしまえばそれなりにはなりそうだが、空気抵抗などを考慮に入れると対象に直撃させるのは不可能に思える。なにせUFOだ、あっちこっちにふよふよ飛ぶに決っている。

 魔食獣が相手なら数が打てるのでそのうち当たるかもしれないが、相手は邪神で牛だ。牛と言うくらいだから、走るのだろう。闇雲に降らせたところで命中を確認する機会はきっと永劫訪れない。

(……どうしろって言うんだ、こんな物を寄越されて)

 神の祝福を得た物は、石ころ一つでも問答無用で国宝級の扱いを受けるのがこの世界のグローバルスタンダード。別に何を崇めようが奉ろうが好きにすればいいとは思うけれども、これで邪神をどうこうしろと言われても困る。

 しかも過去に役に立ったというわけでも封印の決め手になったというわけでもなく、おそらく初代王様の所有物であった、という記録が残っているだけ。

 立てれば体当たりくらいは防げるかもしれないが、後ろに控えた誰それはその後に諸共どこぞへ吹き飛んでしまうことだろう。末路は圧死だ、避けられぬ未来。

 その前にどうやって立てるんだって話だ、こんな物を。

 それに対する解答はフロンからも返ってこなかった。文献には載っていなかったんだって!

 騎士っ娘が熱弁を振るい続けているが、正直困る。本当に困る。

 秘密兵器っていうのは、もっとこう……あるだろう。ミサイルとか。本当にUFOならいいのに。


 ちょっと期待したのだ。この状況を解決に導くスーパーアイテムやミラクル術式の一つや二つ、引っさげて帰ってきてくれたんじゃないかと。

 問題を提示した時には既に解決策を用意しているのがデキる女というヤツだ。リューンはともかく、リリウムにもその辺りは期待していないが、フロンが居ながらどうしてこんな──。

「……どうしろって言うのよ」

 頭が痛くなってくる。癖になったらどうしてくれるんだ。


 毒にも薬にもなりそうにない説明を一通り拝聴したところで女騎士には一度下がってもらった。

 他の冒険者達とも今は距離を置いている。身内のみでの作戦会議、炎天下で続行中。

 だが、私は割りとやる気がない。


 もうその辺に捨てていくか、わざわざ持ってきてくれたのにあれだけど、このままガルデに送り返せばいいんじゃなかろうか。別にこんな物なくたっていい。ついでに牛のことも忘れてルナに帰ろう。

 牛は現在封印されているんだし、放っておけばそのうちいい手が見つかるかもしれない。その時改めて何とかして欲しい。私の知らぬところで。

「魔導具であるかどうか、という点に関しては疑問符が付く。特に力も感じられないし、この大きさの物品が迷宮から産出されたとは考えにくいからな。だが鑑定の結果、不壊の特性を得ているということは我々も確認している」

「神殿に持ち込むのも大層難儀しましたわ。宝物庫から気力衆総出で一日仕事でした」

「ただ、それ以外のことが何も分からなかったんだよ。品目からだよ? ぜーんぶ空欄。普通じゃないよ、こんなの」

 どうやら、ガルデの鑑定神殿のお世話になったらしい。あの空間によくこんな物を持ち込めたものだと感心するが、正式な診断を受けた結果、何も分からなかったのだと言う。

 そして見習い鑑定士リューンちゃんは語る。道中自前でも鑑定してみたが、やっぱり何も分からなかったのだと。評価額は期待を込めて、零だ。


 いよいよもって未確認飛行物体説が濃厚になってきた。そうであったら嬉しい、誰に乗ってもらおうか。

「総出って、足で運んだの? 龍を持ち帰った魔法袋あったじゃない、あれなら入るでしょ?」

「これ、魔法袋に入らないのです。市井の物も大容量の物が集められて一通り試されたのですが、どれも入り口で弾かれて。ここまでも立てて、転がしてきたのですから」

 車輪かな? よくバランス取れたな。ただでさえ対称じゃないのに。メロンパンなのに。

 魔法袋が侵入を拒む物品というと次元箱が思い当たるが、あれは鑑定すれば商品名がきっちり記載される。

 少なくとも私の時はそうだったが、全ての次元箱が同じ規格の下で作られているとは元より考えていない。このパンが次元箱でもまぁ、おかしくはない。

「……橋、壊さなかったでしょうね?」

「あの時は愛を疑いかけたけど……頑丈に作ってよかったよ、ビクともしなかった!」

「迂回する手間が省けたことは僥倖(ぎょうこう)だったな。姉さんの気まぐれもたまには役に立つ」

 気まぐれて。

「……ん? ねぇ、ヘイムはどうやって通ってきたの。門は?」

 あそこは一種の城砦都市。壁の上にも、門の上にも通路がある。立てようが寝かせようが、斜めにしたところで通せる大きさをしていない。

 目線を外してお嬢は言う。

「……必要な犠牲だったのです」

 ──と。


 とりあえず、私の中でコイツは未確認飛行物体、略してUFO説が濃厚になっている。

 壊れないというのなら──別に壊れてもいいけれども──、足場魔法組に空からぶん投げてもらえばいい。高度四桁メートルからトンの質量を落とす。牛は死ぬ。解決。

 命じればソフィアの笑顔が曇り、ペトラちゃんの心は死に、アリシアは健気にも頑張って落下ポイントを風魔法で補正してくれそうだが、いきなりではきっと上手くはいかない。

 冗談の間ならいいが、本気だと思われたらミッター君からの信頼も損ないそうだ。あまりいい手ではない。

「リリウムさ、これ一人で持ち上げられそう?」

「できるかできないかで言えば……まぁ、できなくは──」

「じゃあ足場は私が作るから、何度か往復して空から当たるまで牛に投げてみてよ。それで倒せるかも」

 リリウムがどうしてもやりたがった……という体でいけば、私へのダメージは零だ。お嬢がアホ扱いされるだけで済むし、上手くいけば貢献点もガッポだ。一発で一級に届くかもしれない。

 その辺のキメラやアンナノで試しに実験してみてもいい。ただ落とすだけでも結構な攻撃になるんじゃなかろうか。

 ただ、風のイタズラで拠点が消滅してクレーターしか残らなかった、なんて危険も伴う。私でも受けきれるかはちと怪しい。何度か試してみたいとは思うけれども──。

「嫌ですわっ! サクラっ! わたくしを一体なんだと思っているのですかっ!」

 脳筋が猛烈に怒り出した。上目遣いで胸を突き出し、超ぷんすかしている。可愛い。

 だが超絶可愛いわけではない。髪の毛を整えてあげないと可愛さ半減だ。この暑い中、フードを取ろうとしないのは少々暑苦──心苦しい。

「だってさぁ……他に使い道、ないじゃない」

「重量はある。投擲せずとも重石にはなるかもしれない。動きを抑える用途に耐え得るかどうか……一考に値するな」

「フロンまで! もうっ!」

 きっと百や二百人は上に乗る。もう拠点勢総出で追加の重石になってもらおう。

「じゃあ、リューンと協力してやってもらおう。頭さえ見えていれば……なんとかなるでしょ」

 頭を殴り続ければ神様だってたぶん殺せると思うのだ。邪神だろうが牛だろうがその辺りはきっと変わらない。私だって死ぬのだから。

 それで殺せなければどこか他の大陸まで逃げるしかない。海を越えてしまえば追ってはこれまいて。

「嫌だよ! サクラ、ちょっと考え直して!」

「リューンちゃん大好きっ! おねがぁいっ」

「ぐっ……だ、ダメっ!」

 手強い。長らく別行動をとっていて、リューンのサクラちゃん成分は枯渇しきっているはずなのに。さっき補給させたのがマズったな。

「束縛魔法で動きを止め、重石で追い打ちを掛ける。後は総出で攻勢に出ればいい。龍の時と同じだな」

「じゃあ、その方向で作戦を練ろうか。とりあえず決戦場の辺りに──」

「ちょっと待ったぁっ! ダメだよダメダメ! ここで流されると絶対決行する流れになるんだから! 断固として拒否するよ!」

 マジトーンで嫌がっている。私は大好きなんだけど、自分の身体強化……肉体に自信がないのだろうか。修練を怠ると筋肉と共に自信も萎えていってしまうのかもしれない。

 弓の腕はまるでダメだけど、投石であれば百発百中の腕を持つ彼女にはちょっと期待していたのだが。似たようなものだと強弁できなくもない。

「でも、私はこれ触れないし、縄で引き上げるのは無理そうだし……ギースにやってもらうのも……」

 大好きなお師匠さんに向かって、邪神の上に円盤落としてきてください! だなんて、とてもじゃないけど言えない。そんな不逞(ふてい)の弟子みたいなこと、恥ずかしくて口に乗せられるわけがない。

 不逞かどうかも怪しいし、そもそも今生では弟子ですらないわけだけど。


「おフザケはここまでにしましょう。やっと本題に入れますわ……サクラ、これに何か感じませんこと?」

 ずっと本題だったんだけど。真面目だったんだけど。だがここで茶々を入れると間違いなく怒られる。お嬢の視線が鋭い。

 フロンも「ようやくか……」といった表情を浮かべている。ノリノリだったのは演技だったとでも言うのか。ヅカはやはり競争率が激しい。遊んでくれてありがとう。

「何かって言われても……どっかの遺跡から盗ってきたんじゃないの? とか、ゴミか廃墟? くらいの感想しかないよ。不壊化してるなら石材にもできないわけだし」

 観光地に置くには些かサイズに難があるし、倒れてきたら大事件だ。そもそも人を呼べるレリーフだとは思えない。私ならお金をもらっても見に行かない。

 どこぞの神様の神殿の壁の一部が不壊化して、壊れないからと何か……鈍器か重石にでもできないかと初代の人が邪神戦に持ち込んだか、戦いの最中に邪神パワーでいい感じの瓦礫が祝福されて、それを道具として持ち帰ってきたか──。そんなところだろうと思っている。

 そんな伝説のUFOが悠久の時を越えて邪神を倒す一助となれば大金星だ。とりあえず持ってくるだけ持ってきて、後世の歴史書では大活躍しました! みたいに捏造される。

 そうなれば返品を要求されるかもしれない。オークションはさぞ盛り上がることだろう。

 別にそれはそれで構わないのだけれども、それならもうこのUFOはここに存在している時点で仕事を終えている。拠点に放っておいてもいいのではないだろうか。

 ここにはまだまだ人が増えるので、そのうち拠点の外に捨ててくる必要はあるけれど、それまではオブジェとして置いておいてもいい。

「こうまで嫌がるというのが余計に怪しく感じますわね……フロン、どう思います?」

「違和感は覚えるな。姉さんは好きか無関心かのどちらかでいることが多い、興味を抱いていながら積極的に扱き下ろすというのは珍しい」

 そんな風に思われていたのか。まぁ……そうかもしれない。

「リューンさんは?」

「こういう変な物、サクラは好きだと思うんだけど……お庭どころかお部屋に飾りたいっ! とか言い出すと思ってた。変だとは思うっていうのは同感」

 そんな風に思われ──いや、変なのはお前の認識だ。なんで私がこんな粗大ゴミを部屋に飾らにゃならんのだ。

 心地よい朝の目覚めの直後、リューンの寝顔の向こうに真実の口が見え隠れしていたら台無しだ。無言で部屋を出る。

 それにもし夜中に目が覚めて、これが天井に張り付いて見つめ返してきた日には、一人でトイレに行けなくなる。いきなり目が光り出したら漏らすかもしれない。


「サクラ、サクラ、ちょっと結界を張って下さいまし」

 炎天下で、衆人環視の中で、見せたいものでも話したいことでもないのだが、この場で話さねばならない! といった感じの強い意志が伝わってくる。

「いいけど……」

 《結界》内緒話モードにて視界以外の一切を阻むと、防音魔導具を設置する前にお嬢がズバッと本題を切り出してきた。

「わたくしは……これと、サクラの得物にとても近いモノを感じますの。これこそが、探していた貴女の女神の神器なのではないですか?」

(んなアホな──)

「んなアホな……」


 うちのお嬢は知っている。私の実家が北大陸であることも、それがここからほど近い場所にあるということも、私の十手が神器であることも、他にもあの人の神器が残っているということも。

 うちの使徒は知っている。水白金が伝説上の存在ではないことも、私がこれを可愛がっていることも、いくつかはハイエルフ達にすら秘匿しているということも。

 彼女は鈍い私とは違い、ヤバめな迷宮産魔導具の見分けが付く。私では気づけない臭いを感じ取っていたとしても不思議はない。

 だからと言って──。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 謎の神器がまさかのサクラさんの女神様由来のものだったこと。でも不壊意外の特性は分からないみたいだけれども、《浄化》でも施したら何かしらの変化があるのだろうか? [気になる点] この神器、か…
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