第三百二十一話
三人は話し始める。主にフロンとリリウムが。
私のテントには樽がたくさんあるので座る場所には事欠かない。ベッドでもいいけど、リューンを抑えきれなくなるので今はダメだ。
クッションもそれなりに数がある。防音の結界石と共に即席冷房も放ってあるので、それなりに快適な空間にはなっている。井戸端会議ならぬ樽端会議、お喋りするのに不足はない。
お茶を出せればいいのだが、残念なことに樽の中身が可燃物だ。今しばらくは我慢するしかない。
「騎士と共にガルデへ戻り、王に拝謁をして……この辺りまでは特段報告する事項もない」
「野盗とも出遭いませんでしたし、祝宴に付き合わされたくらいですわね」
「ものすーっごくっ!豪華でね? すごかったんだよ! お料理もみんな美味しくてね──」
一歩目から横道に反れ始めたリューンちゃんがこの上なくいい顔でうっとりしている。暑苦しいから離れて欲しいのだが、それを口に載せれば恍惚顔が曇る。今は放っておく他ない。
「手紙は渡してくれた?」
無視するとやかましくなるので、適度にあやす手間を惜しんではならない。正面から張り付かれているので体位的には楽だ。
「あぁ。国王に直渡しなんて真似、普通なら通るわけがないのだがな……姉さんからだと伝えるとあっさり通ったよ」
「話が早くて助かりましたわ。翌日から祝賀の裏で早速調査が始まって……迷宮を秘密裏に専有していた地方貴族に至るまで、十日ほどでしたでしょうか」
「それに協力してくれたのが第一騎士団なんだよ。私達だけだと、貴族相手はちょっと……ね」
満足したのか、ひっつき虫を卒業して樽の上に戻ってくれた。ようやく四人で向かい合える。
きちんと切り替えてくれるので、多少のことは大目に見れるのだ。
──私は知っている。迷宮は儲かる。
パイトの第一迷宮を専有できれば、私はこの世界で簡単にオイルダラーとなることができる。儲かる。
第二迷宮を全力で酷使して自重なく儲けようと思えば、肩入れした国の防衛力は他国に比べて比類なきレベルにまで高まることは確実で、土石は肥料のように加工することもできるので、特級品レベルを湯水のように注ぎ込めれば飢えとも無縁だ。国力の増大っぷりは想像するまでもない。超儲かる。
第三迷宮はともかく、第四迷宮なら鳥肉取り放題。第五迷宮とセットで冷蔵庫を売りだした日には──何でもありだ。
面白みのない第六迷宮だって、大陸全土の村落や街道にまで外灯を備え付ければ……いくらでも、いつまでも、延々と、どこからでも金を毟り取ることができるだろう。
おまけの浄化真石を勿体ぶってチマチマ放出するだけでも、簡単に稼げるのだ。笑いが止まらない。
手段を選ばなければこんな面倒な仕事に明け暮れずとも、国の一つや二つ簡単に買えるようになる。インフラを握るのは命を握るのと同じだ。
魔石であろうとなかろうと、多少の当たり外れがあろうとなかろうと、迷宮は際限なく金を生み続ける。第三迷宮だけは……いい手が思い浮かばないけれども。
「王都の東の……なんちゃら平原とか言ってたっけ」
「その通りだ。街道の管理と交易で益を得ている伯爵位の家が囲っていた。数百年に渡り隠し通してきた手腕は中々のものだったぞ。迷宮の上に屋敷が建っていた」
私も真似したい!
「ワイバーン、大型の黒豹、イノシシワニ、全て確認しています。サクラが見つけたものよりも小さな、極小規模の迷宮でしたが」
「死層はリッチだった? それともレイス?」
「リッチです。迷宮内の個体は魔導具を持っておりませんでしたし、特におかしな挙動は見られませんでしたが、産出された魔導具が倉庫にひとまとめにされていましたので……そこから持ち出したのではないかと」
私は今までに請けた冒険者としての仕事は全て記憶している。というか、過去を含めても両手の指で数えられる程しか請けていない。
特に好んでいるというわけではないのだが、商隊等の護衛の比率が高い。一部はギルドを通してすらおらず、全く仕事をしていない案件もあったのだが──そんな私が明確に依頼を請けて働いた仕事の一つに、ガルデ東側の森に突如として現れたイノシシワニズの殲滅業務がある。
今にして思えば、あれも随分と異質な仕事だった。サクッと片付けてしまったが、放っておけば大問題になったかもしれない。
(あるいは、なってしまえば……スタンピードなんてことにはならなかったかもね)
あの時に痛みを受けておけばあるいは事が露見して、ガルデは危機感を持って戦力の拡充に努めたのではあるまいか。騎士を増やして、調査をして──。
私は問題を先延ばしにして、事態を悪化させただけだったのかもしれない。
(仕事だったとはいえ……ね)
知らぬことだったとはいえ。
リリウムの頭は、その迷宮絡みで一悶着あって燃えたらしい。
冷静であるように努めていたお嬢の銀髪に目をやると、みるみるうちに不機嫌オーラが燃え上がるのが面白い。笑い事じゃないけれども。
「姉さんは知らないかもしれないが……いわゆる邪神崇拝、悪魔信仰というものはそれほど珍しいものではないんだ。その手の地下組織なんてものはごまんとある。大抵は妄想の産物なんだが、稀に当たりがあるから質が悪い」
「そしてそういったものには、十中八九貴族が関わっています。なればこそ、調べは容易かったのですが……」
南大陸の港町、ギルドの酒場でお酒を飲みながら、リリウムは怒りに打ち震えていた。ガルデのギルドで中年冒険者に『掃除屋』呼ばわりされた時も、殺気がムンムンと漂っていた。
うちのお嬢は成長して大人になったように見えるがそれは猫を被っているだけで、内心は割りかし激情家の気質がある。
今日は、特に酷い。
「……後ろから狙われるとはね」
私の使徒のドリルを燃やしたのは、ガルデ王国第一騎士団所属の魔法師だった、とのこと。そら怒るわ。
伯爵は確か、中くらいの貴族だ。木っ端ではないけれど、ずば抜けて偉くもない……ちょうど良い立ち位置。
平民からすれば等しくお貴族様で、手足に使える貴族がいて、闇で使い捨てられる駒も持てて、媚びへつらわなければならない上司も少ない。悪さをするには最適な環境かもしれない。
慎重に慎重に、準備を重ねてきたのだろう。何代にも渡って受け継がれてきた案件だったのかもしれない。
情報が地方で止まって王都に入ってきていなかったり、私へも色々と妨害を企て実行することができたり、それを押し通せたりと、お城の内部にもだいぶ手は伸びていた模様。
ある程度の表立った権力なしに成し得るには少々難易度が高いように思える。納得のいく話だ。
「騎士団丸ごと手下だったの?」
「いや、極一部だろう。だが多くは疑念を晴らせないでいるのでな、彼らは今も尋問を受けている」
「連れてきた娘は無実が証明されたの?」
「そうとは言い切れないんだけど……。まぁ、使い潰していいってお墨付きを得ているから。何なら送り返してもいいって」
三人はおみやげ付きで帰ってきた。お茶っ葉は私が嬉しいし、お酒はギースが喜ぶので私も嬉しいのだが、王様直々選び抜いた騎士達ではなく、ピカピカ鎧のお嬢ちゃんを連れてきたことには文句の一つも言いたくなる。
なんて言ったか……ペトラちゃんのお友達でミッター君とも知り合いだとかいう娘さんだ。戦力になるとは思えないのだが、前線で使い潰しても、不要だと送り返してしまっても、彼女は悲しむかもしれない。悩ましい。
「困ったねぇ……」
「まぁ、あの娘については気にしないでいい。本題はここからだ」
空気は重くなる一方だ。軽くなる要素がないので仕方ない。明るい話題はガルデに全て置いてきてしまっている。