第三百十九話
お休みを頂いた。
今日も雲一つない青い空からギラギラと熱い日差しが降り注いでいる。
気温は日々上昇の一途を辿り、時折挟まれる雨で流されなければとても耐えられるものではないが、それによる湿気がこの熱気を一層引き立たせているのだからままならない。
南大陸ほどムシムシするわけでもないが、ちょっと木陰で一休みとはいかないのが辛いところだ。木陰なんてものは発見次第、有無を言わさずに焼き払われている。
冒険者達もパーティ単位で小銭稼ぎに出向く気概はすっかり失せ、雨を避けて軍団規模で行軍に向かうのが当たり前となっていた。
テントに水筒にお弁当までをも持参して、大勢でワイワイと出かけて行く様はハイキングのように見えなくもない。時節が雨季に差し掛かった今、その頻度も大幅に落ちてはいるのだが。
だからと言って、テントや食堂に屯して、のんべんだらりとお酒を飲んでいるというわけにはいかない。
石工と大工さん達から成る建築班は決戦場の先に第二の拠点を築くために日々汗を流しているし、物資がガンガン届くようになったことでメイドさん達もてんてこ舞いだ。
冒険者ギルドの受付嬢達も、管轄外の仕事をあれこれこなして忙しく過ごしている。お掃除お料理お洗濯と、主婦かよ! ってなくらいに。
私も私でお水を作ったり、シャワールームやトイレの汚水に汚物などを浄化して回ったり、自分の洗濯は自分で行ったり、南東方面から大地の清浄化を開始したりとそれなりに忙しい。そんな中お休みを頂くことになってしまったのは──失態だ。
生力マンは耐えられるだけであって、別に過酷な環境を何とも思わないわけではない。暑いものは暑いし、寒いものは寒い。タンパク質が固まらなくなったりはするけれど、その辺りは普通の人種と変わらない。今のところは。
たぶん帽子をかぶっていなかったのがマズかったのだ。私は白ワンピなんて、名前だけなら麦わら帽子が殊の外似合いそうな、大層涼しげ服を常用してはいるが、この戦闘服はそんなヒラヒラとした可愛らしいものではなく、造形は割りと軍服やフォーマルなスーツワンピースのそれに近い。
白大根の皮は二重以上……おそらく三重になっていて、素の防御力に長けている変わりに通気性を犠牲にしている。しっかりとしていて、それなりに重たい。
半袖だし、下は腐ってもスカートなので熱気が酷く篭もるということもないのだが……まぁ、そんなものでも蒸すは蒸す。
──炎天下での活動の際に軽くクラっときて、よろめいた現場をミッター君とソフィアに見られてしまっていた。
ストレスと、睡眠不足と、もしかしたら栄養も足りていなかったかもしれない。あぁ、本当に失態だ。
私抜きで即刻執り行われた会議により五日間の拠点待機が決定し、その場で執行命令が出たとのこと。異議は認められなかった。
「今日も暑いねぇ……」
「はい、暑いです……」
私は信用がないので、見張り員の配置もマストとされた。なので今回はアリシアが一緒にいる。
彼女もハードワークをこなし続けていたので、ついでに定期のお迎え業務から外された。斥候は他所のパーティの人が担ってくれている。
冷房の効いた食堂の一席を二人で占拠して、何をするわけでもなくダラダラしている。
飲用水の保険にと、ルナで大量にかき集めてきた白大根の浄化蒼石がここにきて大活躍中だ。水石から冷気を放出するのは基本のキで、これはフロンにしっかりと仕込まれている。結界石と同様に魔石に直接術式を刻んで建物の中心に置いておけば、食堂は天国。
やり過ぎると八寒地獄になってしまうので注意が必要だけども。
そんな快適空間で外の暑さを憂いていると、徐々に人が集まりだす。
サボりにきたメイドさんに、書類仕事をしにきた受付嬢に、食事をとりにきた大工さん。
テントにこれを配置してしまうと私のベッド周りがメイドの溜まり場となってしまうので、これは苦渋の決断でもあった。
「アリシアは、これ終わったらどうするのー?」
「これ……ですか?」
たまにこうして雑談を挟んだりもする。この娘は真面目なので、一人でも教科書片手にノートに向かい、日々の共通語学習にも余念がない。基本や文法はバッチリ、後は語彙を増やすだけ──そんな段階に入りつつある。
そうなってくれば気にもなる。語学研修が終わった後、アリシアはどうするのだろう。どうしたいのだろう。
「そうそう、フロンとリューンは二年間面倒を見るって言ってたけど、その後。世界を見て回るの?」
「そうですね、そう……なると思います。国には戻れないので、何とか食べていけるようにならないといけないのですが……その前にもう少し修行したいです」
修行は良い。大好きだ。だがそれについてはひとまず置いておき……そっちも気になっていた。なんで戻ったらいけないんだろう。
顔に出ていたのか、少し困ったような顔で、とんでもないことを教えてくれる。
「私に限った話ではないですが──捨てられたハイエルフは外で生きていかないといけないので、仕方がないんです」
薄々感じていたことでもあったが、やっぱりちょっとギョッとした。
ハイエルフは長命種だ。エルフとハイエルフにどのような差異があるのかについてはあまり詳しくないが、衣食住がしっかりしていれば、ハイな方はノーマルエルフの何倍も、何十倍、それ以上生きることだってできる。
そんなハイエルフは他の種のように、あまりポンポコ産んだりはしないようなのだが、『ハイエルフの国』としてみれば人口は毎年、それなりに増え続け──無策でいるとキャパがオーバーする。
ハイエルフは既得権益にうるさい。美味しいお茶、日々の食べ物、外来の物資、収入の手段、居心地の良い安全な住処、国土。無限に湧いて出てくるものではない。
「あっ、でもでもっ! その、そこも法で定められていて……ある程度の魔力持ちでなければダメだとか、最低限戦えるだけの技術は指導してからだとか、先達の都合は国が責任をもってつけなければならないとか……それにその、『捨てられる』というのは通称であってですね、その、その……」
怖い顔をしていたかもしれない。しどろもどろになって弁解させてしまった。彼女は何一つ悪くないのに。
「私は部外者だから、国の都合は知らないけれど……随分と勝手な話だな、って思うよ」
可愛い子には旅をさせよとは言うが……生まれながらにして捨てられる運命にあるっていうのは、どういう気持ちなんだろう。大いにモヤモヤを抱えさせてくれる。
リューンは……あれでいて結構図太いから、私と出会わなくてもそれなりにやっていけたであろうが、アリシアはあのままルナにいたら、いずれ迷宮に飲まれていたかもしれない。
冷気で少しひんやりとした濃い金色の髪も、あたふたしている空色の瞳も、指でクリクリするとピクピク震える可愛いエルフ耳も、これまたひんやりとしつつある瑞々しい白いお肌も、赤黒く生温かい血肉に染まっていたかもしれない。
勝手だ。身勝手だ。無責任だ。別に一生涯庇護し続けろだなんて言いたいわけではないが、国外に放り出して戻ることを認めないというのは棄民と何が違うと言うのだろう。
生き抜いたエルフだけがいいハイエルフだとでも言いたいんだろうか。そんな選別みたいな真似を──。
ここで無責任な義憤に燃えているのも、そういうものだと受け入れるのも、結局のところお偉いさん達と何も変わらないので、この辺りで切り上げておきたいところだ。
そんなことより、この娘の耳は楽しい。クリックリとしているのは若さによるものだろうか。
フロンは一本筋が通ったように張りがあるし、リューンはもっとこう……心なしフニャッとしている。もしかしたら、エルフの性格は耳に出るのかもしれない。
なにか言いたげにしているが、照れたような顔で為すがままになっているクリクリをむにむにすればピクピクして、笑顔を向ければ可愛いはにかみが返ってくる。楽しい。
「一度見に行ってみたかったけど──あれ、部外者は国に入れるの?」
「永住は無理ですが、一時滞在はできますよ。外のエルフは中で夜を越したらいけないという決まりがあるので私達は無理ですが、サクラさんなら……三日くらいは滞在の許可が出ると思います。あ、あと、商人は少し優遇されます」