第三百十八話
──弟が好きだったのだ。子供の頃の話だ。
少し年が離れていたので幼少の頃はよく面倒を見ていたし、一緒に遊ぶことが日常だった。特にミニカーが好きで、その中でもいわゆる、働く車というものに彼は夢中だった。
消防車、救急車、もちろんパトカーなんかもあったが、彼のヒーローはこれらではなく、一際力強い黄色いアレ。
キリンの首からバケツを下げたような感じの、ショベルカー。
「──アダマントか」
「はい」
「随分な品じゃ……」
私はガルデでショベルを六つ作った。スコップとショベルで何が違うのかは知らないが、とにかく灰を埋めるため、土を掘る目的の道具を。
他にも目的があったのだが、それはさておき。
二つは先の尖った、これまたどのような名称があるのかは分からないが、とにかくよく知った形の刺しやすい形状の物。一つは足で踏み込めるよう、底辺のみ尖らせていない。ヘイムの砦で使った物が、これの丸まっていない方だ。
二つは平型の、雪かきなどに使われるような四角形の物。これも足で踏むことを考えて、片割れのみ一片を丸めてある。
体重をかけるより膂力で押し切った方が早かったのではないかと思い至ったのは製作の後で、多目に残ったアダマンタイトを消費する目的で最後に作ったごっつい造りのショベルが、今回お目見えしたコレである。
キリンの首は曲がったり動いたりはしない。この辺りは他のスコップと変わらないので、一面から見ればただの大槌のようにも見える。
だが裏返してみれば、掘削用の鋭利な五本爪が顔を覗かせる。
当然ながら、バケツの縁も思いっきり鋭利にしてある。これに掘り起こせない土を、私は地面とは認めない。
とにかく、振りかぶって振り下ろせばざっくりと土を抉り取ることができる。アームを曲げられればよかったのだが、そのようなギミックを仕込むところまでは至らなかった。
そんな物で思いっきり薙げば──まぁ、削り取られるか、潰れるか、よくても吹き飛ぶだろう。
アダマンタイトはそれほど重い金属ではないのだが、モチーフが重機なので、これでもか! とひたすら堅牢に仕上げた。
結果、私の作品の中でもダントツの重量を誇る問題作へと仕上がってしまったわけだ。ミッター君のスクトゥム状の盾よりも余裕で重たい。
これらは本当に死蔵する予定でいた。正直やり過ぎ感が満載で、とても土木作業のパートナーとして活用できる代物ではなくなってしまったからだ。
だが、武器としてなら。ギースなら──。
「……取り回しは問題ないようですね」
「うむ。ちと重いが気にするほどのことでもない。この取っ手は良い工夫じゃの」
スコップの取っ手によく使われる、三角形のあれのことだ。正直何も考えずに造形を模倣しただけなのだが、底辺を掴めば斜辺がそのままナックルガードに近い役割を果たしてくれる。そこを握れない太さにもしていない。
片手でぶん回すことはないと思うので、あまり意味はなさそうだけれども……このお爺ちゃんは長さや重心の位置などを念入りに確認した後、蛮族かよっ! ってな具合に、ブォンブォンと重い風切り音を鳴らして振り回し始めた。
初めて触った武器を振り回し、バランスを崩してもいない辺りに、鍛え抜かれた体幹と戦闘勘の片鱗がチラチラしている。私ならきっと、重さに引きずられて飛ばされてしまう。軽いからね。
こんな物を普段から持ち歩いているのもおかしな話なので、一度拠点のテントに戻った後に《次元箱》から予備の魔法袋にわざわざ移し、それを取り出すことでお披露目とした。
一級冒険者のギルドカードと同じ、石ころのような黒に近い灰色をした金属塊。
術式はおろか魔石粉末も使用していないし、名前も付けていない。だが、精魂だけは篭っている。
「頑強さは保障します。使うこともあるかと思い一応持ってきたのですが、機会がありませんで……お気に召しましたなら、遠慮なくどうぞ」
ほぼ同じ物がもう一つある。仮に自分で使うことがあっても杖のように両手で振り回す未来だけはない。ならばいっそ、有効に活用して欲しい。
誰それ構わず配って回るようなことはしないし、これで商売をする気もないが、相手がギースなら話が違う。
「ふむ……お言葉に甘えようかの」
不適な笑みを浮かべたギースというのもこの上なく格好良く、それでいて可愛い。今日は良いものを見られた。
第六陣の討伐。最前衛たる防波堤組の様相は、これまでと大きく様変わりした。……してしまった。
これまでは赤トゲ盾の少女を三角形の頂点に据え、斜辺や底辺組は彼女から漏れた個体を処理しながら後ろに逃がすといったパターンを組んでやっていたのだが、これが過去のものになろうとしている。
「ぬぅぅんっっ!!」
畑に鍬を振り下ろすかのように──上段から降り下ろされた冗談のような暴威により、身長二メートルを優に越すイエティ系のキメラは頭から背骨、そしてお尻までを文字通り抉り取られる。
キリンのバケツに質量の大半をモグモグされてしまっては、流石のキメラもカタナシだ。バケツから肉塊とは到底呼べない細切れが溢れ、それを撒き散らしながら振り上げられた二の太刀は殴打。これにより近くにいた、これまた身長二メートル以上あるオーガ系のキメラが空高く吹き飛んでいく。
肉塊のまま空を飛んだオーガは着地の際にきっちりバケツをお見舞いされ、正中線を食べられて無力化された。ビタビタと跳ね回る四肢や残骸に対して気合を入れた検分をしなくては、これがかつてオーガだったとは調べがつかないだろう。
(バケツに掘った溝がこうも悪さをするとはね……)
ショベルカーの代名詞──であるかどうかは知らないけれど──である、バケツの縁の爪が鋭くブスッ! と刺さることは予想するまでもない。
縁も鋭く仕上げたので、これにより普通の地面ならサクッと削って、バケツいっぱいに土を掘り出せるであろうことも。
問題は内部に作った溝……というか、何本ものブレードだ。正直戦闘に使うことは考えていなかったので、固めの岩をついでに切り裂ければ労力が減るのではないかと、割りとアトランダムに配置したその溝が、お肉をミンチに変えている。
爪や縁を避け、バケツの内部に飛び込んできた小さなウサギさんは運がない。暗い穴の中は、地獄だ。
キメラ達も、バケツ内部にただ圧縮されるのではなく、圧縮されながらも切り刻まれて──怖い怖い、誰がこんな物を作ったんだ……。
そんなギースが肉塊を盛大に散らかすので赤トゲ盾の少女はお爺ちゃん嫌いっ娘になってしまい、横に一本引かれたラインの両端に陣取ってその間にキメラを流すという、後衛ガン無視の陣形になってしまった。
「これは後衛に優しくないねぇ」
「そう、ですね……。わたしはいいですけどぉ……」
本日の私のお供は、ご存知癒し系わんこの聖女ちゃんだ。防波堤組の人員は毎度毎度かなりの怪我を負うので、治癒師なくして前線の維持は成り立たない。
これまでは赤トゲ盾の少女を中心にきっちり後衛を守る体制ができあがっていたので誰でもよかったが、今日は万が一のことも考えて彼女を引き抜いてきた。正解だったね。
「でも、討伐のペースは早いし……安定もしてるんだよねぇ……。あっ」
崩れた。おおよそ五匹程度をまとめて横薙ぎにしようとしたギースのバケツからお肉が溢れ、ここまでギョッとした感情が伝わってくる。
咄嗟にショベルを手放して飛び退くが、判断が一瞬遅かったがために肩に最後っ屁のオークパンチを一撃貰ってしまった。そこに向かって火弾の雨霰が即座に飛んでくる辺り、他の面子も伊達ではない。すぐに静かになるだろう。
「ソフィア」
「はいっ!」
わんこダッシュを持つプリティーヒーラーのソフィアからすれば、この百メートル程度の距離などあってないようなものだ。孫娘に一つ礼を告げ、肉塊から得物を引きぬいた老爺は、また嬉々としてお肉の群れに立ち塞がる。
「一気に若々しくなったな、ギースさん」
老練さがすっかり影を潜めてしまった。なんというか、昔はこうだったんだろうなぁ……的な、荒削りなパトスが迸っている。
楽しそうで何よりなのだが、これが続くと──まぁ、要らぬ心配か。
ギースは知っている。一本の矢より二本の矢の方が強いのだと。まぁ、今日くらいは遊ばせてあげよう。