第三百十五話
前日大幅に数を減らしていたとあって、本日の任務はすんなりと、特に問題なく事を運べた。
引き続き焼け野原から逃げてきた個体を処理し続け、お昼を待たずに合流が叶う。明日以降のこともあるので、本日の動員数は十人と極めて少数だったが、無事ギース一行を迎え入れることに成功した。
こちらより僅かばかり人数が多い、総勢十四名だ。この位の数に分かれて、それぞれ進軍してくれているのだろう。見知った顔は他に一名のみ、『地爆』の占い師の人が同行していた。
「お疲れさまでした、ギースさん。皆さんも、息災のようで何よりです」
「おぉ、サクラか。出迎えご苦労じゃったな」
「ご無沙汰ね。──これで全員なのかしら?」
「お久しぶりです。前日までの疲れが残っている者が多かったので、今は休ませています。これで三割ほどですね」
うちの女衆や後衛など、大半は拠点に置いてきた。ソフィアは同行したがったが、元気があるのならばと料理人達に拉致られてしまってここには居ない。
何やらうちの聖女ちゃんは野菜の皮剥きがずば抜けて早いらしく、彼らにとても愛されている。リューンもこれだけは得意なのだが、手を動かしているところを見る機会は少ない。
しかしまぁ、無事と言うには……揃いも揃って大層煤けて、酷い有様だ。
見知らぬ槍の人なぞは穂先が折れて棒と化してしまった物を主力として振り続けてきたようで、それを杖のようにして体重を預け、今も肩で息をしている。先程まで戦闘行動を取っていたのだろうか。
『地爆』の人も美人が台無しだ。いつもの魔導服は防汚仕様ではないようなので、日の高いうちにシャワーを浴びて、衣服もまとめて洗濯してもらいたい。
新品の肌着、下着の替えという物もなくはないのだが、グラマラスな彼女に私の物は合わないと思う。思いっきり私物だ。この辺りも無くなる前に手配する必要がある。
ギースは多少煤けていようがとても格好良く、頼りがいのあるまさに歴戦の戦士といった風体だが、このまま招き入れるわけにはいかない。
(これはまず風呂だな。いやはや、冬を避けたのは正解だったね)
今この集団を拠点に招き入れれば、うちの後方支援員の顔が曇ることは確定している。荒野の一拠点としては不釣り合いなほど、我が家は清潔さが保たれているわけで。
「とりあえず、拠点までおいでください。次の襲来までしばらく時間がありますので、しばらく身体を休めて頂ければと。ご案内します」
「おぅ、悪いの。これでも慣れていたはずなんじゃが、老いかの。粗食が辛ぅてならんわ」
老いて尚健啖であらせられるらしいところは彼らしい。まだ数百年は生きそうだな。
「お酒はありませんが、糧秣はそれなりに準備してあります。その前に身を清めて頂きますが、その後にでも」
「……致し方ないことじゃが、酒がないのは効くのぉ……」
「申し訳ありません、手配しておきますわ」
──いや、いっそ今買ってこようかしら。以前パイトから差し入れで貰った分は、数度の宴会でほぼ干されてしまったと報告を受けている。一応私物のお酒がないこともないのだが、私の寝酒の残りくらい、ギースは一息で飲み干してしまう。
定期的な仕入れを見込むには国を介するしかないので、私が間に合わせで走るよりは──悩みは尽きないね。
「……こんなところに村があったかの」
「簡素な場所で申し訳ないのですが、ここを拠点としています。まずは埃をお落とし下さい。案内はその後に」
「必要なのは分かるけれど……随分と立派なものを作ったのね」
「大工や石工の方々が頑張ってくれまして」
南北に通る連絡路を歩きながら、南の門をスルーして外壁沿いに東側、シャワールームへと案内する。
ゆくゆくは西側にも大きなものを備え付ける予定でいるのだが、現在は東側のみが稼働している。
シャワーと言ってもそう大したものではない。天井の貯水タンクを火魔法や火炎放射器君達で炙って、適温の湯を天井の小穴から垂らすという、消火器具やミストシャワー、あるいは打たせ湯のような造りの代物だ。男女別に、それぞれ二十人は同時に利用できる広さを誇っている。
残念ながら中に仕切りのようなものはないが、異性は混じらないので気にしないでもらいたい。
ここは料理人さんやメイドさん達も利用しているが、東側が片付いて西側が稼働すれば彼ら専用になることだろう。
「先に衣類や装備を含めて念入りに浄化を施しますので、終わり次第中で垢落としや洗濯などをお願いします。昼食は用意されていますので、中央の大きな建物で寛いで頂ければと。居住テントに関してもそこで説明がなされます」
比較的魔力に余裕がある火系魔法士の人に天井に上がってもらい、早速石造りのタンクをガンガン加熱してもらう。デキるお姉ちゃんは、段取り一つ取ってしても手抜かりがない。
「……ねぇ、これって毎日利用できるのかしら」
「前線へと出向いた方には、内部へ戻る前に浄化の施術とシャワーの利用を義務付けています。施設自体は毎日稼働していますので、休暇中も使って下さって構いませんよ。火と水の心配は無用です」
「……素晴らしいわね」
素晴らしいのだ。お風呂が嫌いな女の子なんていない。年齢も問わないというのが私の持論だ。
一応戦場に出たので己の身も清め、入り口で浄化と案内を続けながら最後の一人を待つ。
最後は『地爆』の人。楽しんで頂けたようで、薄い寝間着のような部屋着……というかネグリジェのような紫色の可愛いヒラヒラに、ホクホク顔を伴って出てきた。
「戦場でお風呂に入れるとは思ってなかったわ。いいわね、ここ」
戦場でも女を忘れてはいけない。この占い師はその辺をよく理解している。一に生存二に闘争、三四に飲食、五に女。
(何か違う意味に捉えられそうだな……エッチなことはテントの中で、声を潜めてお願いしたい)
迷宮産出の魔導服を身に着けていないので、肩を並べて歩くくらいはできる。
よくよく見ると、この人結構背が低い。百五十ないかもしれない。普段履きの靴は結構な上げ底であるようだ。
今は簡素でありながらもセンスの良い素敵なサンダルを素足に引っ掛け、このままベッドに飛び込めんでしまえる身なりをしている。男達を欲情させないか不安だ、浴場だけに。
「お気に召して頂けたようで幸いです。不浄は天敵ですから、相応に備えなくてはなりません」
「そうねぇ……道中も酷かったものね。指示通りに掘り起こして進んできたけれど──」
「森にはナメクジがいますからね」
「そうよ、そうなのよ……! 酷いなんてもんじゃないわよ、あれは……」
ナメクジが好きな女の子なんてものも、きっと少数派だろう。私は嫌いで、彼女も嫌いだったようだ。プリプリしている。
後は各々で交流を図ってもらうことにして……食堂で欲しい資材のリストアップなどをしていると、その日は一日が終わってしまった。
聞き取りで判明したのだが、何やら想定以上に武具の消耗が激しいらしい。
冒険者のお供は数打ちの品であり、一部のラッキーメン達が迷宮産出の聖剣に魔剣などを携えているようだが、当然のように不壊ではない以上、これらは破損の恐れがある。日常使いにしている者はそう多くない。
防具にしても、攻撃を受けてれば当然傷む。凹みを直せば元通りとなるほど、金属鎧は物分りの良い防具ではない。一度ベコってしまった金属は、当然そこが脆くなる。次は穴が空くかもしれない。
包丁を剣に、フライパンを胸当てに、鍋を盾に回すような逼迫した状況に追い込まれるとマズイ。リリウムなら胸当てにも鍋がいる。鍋の消耗が激しい。
ギース一行の折れた槍の人は予備を当然のように準備していたようで、今すぐ戦力外になるということはなさそうだが──。
(鍛冶場を作ると、鉄を打ちたくなりそうだからなぁ……そんなことしてる暇はない。大人しく買うか、提供してもらわないと)
後はお酒とお肉と、下着やタオル、それに石鹸といった日用品が大量に欲しいと記しておく。お肉が現地調達できない縛りがここにきて、確実にウォージャンキー達の精神を蝕みつつある。
お肉のスープではなく、骨付き肉のステーキにかぶりつくのを是とする連中だ。脂なしに気力は湧いてこない。
キメラゾンビのステーキなんてものを影で貪ってもらっては困るのだ。
「こんなものかな。とりあえず酒と肉と鎧が火急か──」
冒険者らしくなってきたな。
8/4 0530
いつも感想、誤字訂正などありがとうございます。大変励みになっています。
梅雨明けしましたが、ここ最近は暑さで体調を崩し気味になっています。執筆作業は続けているのですが、いつも以上に更新時間が不定期となりそうです。
皆さんも暑さに負けないように、くれぐれもご自愛下さい。