表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
313/375

第三百十三話

 

 一人で迷宮に篭っていた過去の頃から、数を数えるのはそれなりに得意になっている。この世界特有の力や神格者の権能とはまた違う、必要に迫られ身につけた技能の一つ。

 私が数をきちんと数えられなくなっている時は頭が余程のことになっているか、割と適当でもいいか、そもそも興味がないかのどれかだ。

 一年は大体四百五十日前後、迷宮の魔物は一つの階層におおよそ六十匹前後、後ろに流したキメラゾンビの数は──千八百二十七匹。

 お昼前に始まったこの作業だが、夕暮れが近づく今現在も未だ終わりが見えてこない。思った以上に敵さん方の進軍ペースが遅い。

「ふぅむ……もうちょっとかかるな。どうしたもんか──」

 単純な頭割りで、後ろでは一人当たり四十五匹前後のキメラを討伐している計算となる。たまにアリシアが飛んできて、今のところ問題はないとの報告を受けてはいる。

 だが、ここまででやっと過半数を回った頃なのだ。このまま続けると夜になる。二千想定は少なく見積もり過ぎで、三千想定ではちと多い。何ともどっちつかずな数だったものだ。

(一旦切り上げてもいいんだけど……目と鼻の先で野営させるのも悪いよねぇ)

 ギース一行は未だに進軍を続けているようで、今この瞬間も、火の手と共に着実に中央方面へと歩を進めている。

 結界石に前後左右を挟まれたキメラがどのような挙動を取るかを調べてみるには、ここは些かヘイムに近すぎる。物資の輸送班などとかち合った日にはストレートに死活問題へと繋がりかねない。

 いい加減、後衛の魔力も尽き果てる頃合いでもある。前衛のみでは殲滅のペースを維持できはしない。

「大人しくしていてくれればいいけど……まぁ、聞いてみるか」

 悩んでいても仕方がない。《次元箱》から浄化白石を取り出して即興の照明魔導具を作り出し、スイッチを入れて真上に放り投げる。

 重力に負けて降ってきたそれをキメラの討伐ついでに拾い上げ、また放り投げる。それを何度か繰り返した後にその辺に放置しておけば、うちのちびっこハイエルフが文字通り飛んでくるのだ。ちょっと楽しい。


「お呼びです、かっ!」

 後ろから聞こえた第一声も、随分とお疲れ気味だ。いくら魔力に長けたハイなエルフ種とはいえ、この娘はまだ若い。リューンやフロンとは器の大きさも比べるべくもない。

「お疲れさま。まだ割と……数百程度は残ってるんだよ。後衛組はどう? まだ魔法ぶつけられそう?」

「い、いえ……もう、半数以上がへばっています。前衛も、一刻は保たないかと……」

「医療班は?」

「そちらはまだ余裕がありそうです。三人ほど攻撃に回れそうですが──」

「ふーむ、へろへろだ」

「はい、へろへろです……」

 へろへろエルフ、可愛くて大変結構である。確実に労基の怒りに触れるブラックな仕事っぷりを見せてくれているが、この戦場にそんな法はない。

 かといって。かといって……だ。

「うちの連中は?」

「ミッターくんは元気です、ソフィアちゃんも……ただ、ペトラちゃんは少し前から焼却作業に専念しています。魔力は残しているみたいですが」

 この娘は彼らを君ちゃん付けで呼ぶ。仲睦まじくて結構結構。私のこともサクラちゃんと呼んでくれて構わないのだけれども、未だにそれは叶っていない。

「うーん……じゃあ、今残ってるのを片付けながら、無理せず前進してくるように伝えてくれるかな。動ける……余裕のある者だけでいいから。医療班も攻勢に移っていいよ」

 先日先走って魔力を切らした治癒使いの少女のような、攻撃もできる癒し系が数人いる。最後に魔力を空っぽにしてから、切り上げて戻ると致しましょう。

「分かりました。動けない者は、拠点に?」

「そゆこと。いつもみたいに中には入らないように念押ししておいて。アリシアもしんどかったら先に戻っていていいからね」


「お姉さまっ! ご無事ですかっ!?」

 しばらくの後、もう間もなく完全に日が沈みきるといった時分に、殲滅部隊が私のテリトリーへと合流を果たした。

 その辺の宙空に浄化白石製の強い光源を浮かせているので、その範囲は蛍光灯の下にいるのと変わらない。目印としてはこの上なく優秀だ。

 街道より十キロほど東の丘の上、そこに総勢二十二名。ざっと半数程度が集まった。雰囲気から疲労が滲み出ていて、どいつもこいつも満身創痍。元気なのは一人だけ……いや、二人になった。

 まぁこうして無事合流を果たせた以上、帰路に障害は残っていない。あと数キロ歩くだけなら誤差だろう。

「サクラさん、お疲れさまです。東側の者とはまだ合流を果たせていませんか」

「今日中に間に合うかとも思ったんだけど、見通しが甘かったね。ここで野営をするのも手だし、今日は戻ってもいいけど──」

 そっち側は、いまだに視程の範囲内には存在してない。キメラゾンビと野焼きの炎に阻まれて、ざっと百キロは先。迎えにいくにはちと遠い。

 あちらからも私の光は確認できているかもしれないし、それを確認していたからこそ合流を急いでくれていたとは思うのだが……老練たるギース率いる一行だ、無理はすまい。


 それにしても、ここ最近のミッター君のスタミナ増強っぷりは目を見張るものがある。瞑想術式を下地にして使用魔力量を大幅にブーストするというやり方はかなり有効度が高い。

 馴染めば馴染むほど、身体強化術式も効果が上がっていく。魔法の知識がない素人だって、レベル一より五の術式の方が効果が高いと容易に想像ができる。そして事実そうなるわけだ。

 効果が上がれば余剰分を反動制御に当てることで同じ膂力を発揮しても少ない疲労しか身体には残らず、長く活動すればするほど、より生力も育っていく。

 更に魔力の格が育つことで、その上昇効果は瞑想術式を含むおおよそ全ての魔法へと波及していくわけだ。魔法だけでは留まらず、活動時間が伸びることは、気力や生力といった他の要素の生育にも大いに関わってくる。

 時間の長さは世界の広さ。エルフが強いわけだね。

 だからといって、やり過ぎると私みたいになってそのうち心を病んでしまうので、何事にも匙加減が肝要だ。

「──戻ろうか。今日は食べて寝て、明日また出迎えよう」

「では、そのように。──お前ら、撤収だ!」

 老練老練。宝箱に釣られて手前の罠に気づかないようでは、ただ年を食っただけの素人だ。そうはなりたくないね。


 冒険者軍団によって焼き払われた変な生物の灰の全てを浄化しつつ『樽』で水をぶっかけて回り、結界石の配置を調整しながら拠点へと戻る。

 もうすっかり日が暮れてしまったが、街道沿いには光源とセットになった結界石がそこらに埋め込まれているので、行軍に不自由はない。

「やっぱり柱も立てておくべきだったか」

「柱……ですか」

 一時的に元気を取り戻したうちの聖女ちゃんも、黙々と歩く時間がやってきたことですっかり大人しくなってしまった。

 こういう時に腕をとってじゃれついてこようものなら私が本気で怒ることをつい先日痛いほど知ったこともあって、今ではいつでも武器を抜けるよう備え、まるで警戒を解いていない、優秀な番犬へと進化している。

 そして──もちろん休みを取りながらの作業であったとは思うが、朝から晩まで働き詰めにすることで疲労困憊となったこの番犬は、深窓の令嬢属性の片鱗を見せるようになるのだ。

 ポーッとしてる金髪美少女……最近ではすっかり美女に近くなったこのわんこは、黙って楚々としていると超お嬢っぽい。そのテンプレお嬢感は、リリウムに匹敵すると思う。

 ごっついドレスの派手なリリウムと、清楚で気品のあるドレスを着せたソフィアとを並べれば──日本ならそれだけで金が取れる。お触りはノーグッドだ。黒服が出陣する。

 リューンもドレスはさぞ似合うであろうが、あれは間違ってもお嬢に分類できる生物ではない。心根がドングリ拾いに明け暮れる村娘の頃から変わっていない。

「うん、柱。その天辺にね、照明魔導具を置いておくんだよ。もっと目立つしもっと明るくなる」

「でもそれだと魔物に──は、襲われませんね」

「そゆこと。でもそんなことしてる暇なかったしなぁ」

 電柱とセットになっている蛍光灯、あれがあれば夜道に襲われる心配もなくなるだろうが、景観の面を考えれば相当微妙だ。

 このメルヘンワールドに、あのブサイクな針山をおっ立ててしまっていいものだろうか。電線がないだけマシかもしれないが、いずれにせよ結界石の効果が切れた後、イノシシの突進で倒されない程度のものを作るとなると片手間ではできない。

 それにまぁ、もし仮にこしらえたところで、高い維持費が重くのしかかってくることは想像するまでもないわけだ。ないないだな、余計なことはするもんじゃない。想像で楽しむに留めておこう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ