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第三百十二話

 

 龍とリッチの一件の後、うちの年寄り組と第三騎士団、それに仕事の終わった冒険者を王都へ送り出して、かれこれ二十日ほどが過ぎた頃のことだ。

 拠点に残っている冒険者の数はうちのパーティを抜いておおよそ三十余り。戦闘要員は合わせて四十にも満たない数にまで減っており、そこに後方支援の方々が百五十。計二百人ほどで生活を送っている。

 拠点である中央の東側から追いやられてくる敵の襲来に備え、事前に森や林を焼き払って見通しをよくしたり、拠点の防備を固めたり、死骸や灰を処理する穴を掘ったり、霊体の捜索に出たりと、皆それなりに慌ただしく日々を過ごしていた。

 毎日のようにキメラゾンビと接敵して戦闘を重ねているが、今のところ重症患者は出ていない。腐っても四級以上の冒険者の群れだ。素人ではないということだろう。


「サクラさんっ! 東側、東南方面より接近する人影があります! 先んじて、お昼頃には魔物が街道に到達しそうです!」

 中々ぐっすり眠ることができず、万全とはいかない体調で日々を過ごしていたが、吉報が舞い込んできたのがちょうどこの頃。ギース一行の来訪を、朝の見回りから帰ってきたアリシアが報せてくれた。

「おっ、ようやくいらっしゃったか。真東や北東方面はどう?」

 日課となっている台所での飲料水の生成作業を続けながら言葉を返す。術式が馴染みすぎると消すのが大変になるので程々にしておきたい気持ちと、一生この術式と付き合っていきたい気持ちとが私の中でせめぎ合っている。

 水を作れるのはとても便利で素晴らしい。汚染されていない純粋なお水だ。ミネラルとかそういう付加要素はないけれど──それでも女神水。割と霊験あらたかで上手く商売したら稼げそう。

 サクラ水として売り出すだけでも、ソフィアの財布を空っぽにできそうだ。

「火の手は確認できていますが、かなり遠いので……真東もまだ数日、少なくとも五日はかかると思います」

「そっか、ありがとう。お出迎えしないといけないね。冒険者を全員、南の門に集めてくれるかな?」

「はい、行ってきます!」

 大人しい系美少女ハイエルフのアリシアも、毎日一緒にいるわんこ達に影響されて元気っ娘気質が出てきたように思える。それでも勢い良くビューン! と飛び立つのではなく、音もなくフワッと飛び上がっていくのが彼女らしい。

 ルナを離れてから毎日のようにあの魔女の箒顔負けな杖に跨がり空を飛んでいるアリシアの練度は、かなりのものになってきている。

 最近は自主練習の比重が攻撃面に寄ってきた節もあるが、試行錯誤するのも経験になる。色々と試してもらいたい。

 長生きできれば、彼女は魔法師ではなく、私の想像上の生物である『魔法使い』になれるかもしれない。

 変幻自在の片鱗を示し出した最近の彼女を見ていると、そんな希望が芽生えてくる。


「じゃあ、私も行ってくるよ。夕飯は大目に用意しておいてくれるかな」

「うん、いってらっしゃーい」

「気をつけてねー」

 最近はメイドさんや料理人さん達ともだいぶ仲良くなってきた。毎日のように『樽』や水杖君で樽に水を作っていると、遠巻きに眺める人影が日に日に増え、年若い生贄のメイド少女が雑談を終え無事生還を果たした辺りで、警戒はすっかり解かれた感がある。

 特に若い子達の適応力たるや……こういうのは世界を問わずに共通なのかもしれない。

 まぁあれだ、可愛いのが一番強いのだ。うちの『樽』は世界一可愛い。


(だからと言って、私は警戒を解けないんだけどね……難儀なもんだよ)

 小さく笑顔を作って手を振り別れ、一人になると一層憂鬱になる。

 今日も暗殺者は来なかった。昨日も一昨日も、その前も。だが今晩は来るかもしれないし、もし来なくても、明日の朝まで息を潜めて隙が生まれるのを狙っているかもしれない。

 ──虎視眈々と。そんな妄執に囚われて早二十日以上が過ぎている。いい加減私のストレスも限界に近い。

(ただまぁ、チャンスではあると思うんだよね……精力は、こういうことに対する耐性だと思うんだけど……)

 毎日毎日上司にガミガミと怒られ続ければ、大抵は心を病むか慣れてしまうものだろう。

(毎日毎日上司にチクチク小言を言わるところから始めれば……慣れそうだよねぇ)

 はいはい、分かりました分かりました。だ。改善する気がなければ、そうなるのではないだろうか。

 ならなかったらならなかったで、この力は何か他の要素に関係する力だ。魔物や人の脳漿をぶち撒けたところで心が動かなくなっているのは、精力とはあまり関係がない。そう結論付けることができる。

(やっぱり魔力干渉に対する対抗力とか、そういうものなんだろうか)

 ゲームなどではどうなんだろう。分かりやすく物理攻撃力に対する物理防御力があって、きっと魔法攻撃力に対する魔法防御力がある。きっとこの数字が高ければ雷を受けたってピンピンとしていられて、真剣で斬られても大したダメージを受けず、毒も麻痺も弾き放題。無敵の身体を手に入れられるのだ。メルヘンだね。

 だが現実は厳しい。雷なんて生身で受けたら一瞬で焦げて死ぬ。鍛冶場の熱気に耐えられたところで、フロンの火玉が直撃すれば無事では済まない。

 魅了に対する抵抗力なんてパラメータもあったりするんだろうか。だとしたら、私は大層その数字が低そうだ。

「もうボチボチ調査に入った頃かな……何か分かればいいけど」

 うちの美人ズが戻ってくるまで、今しばらくは耐えなければならない。気を引き締め、私は私の仕事をこなしておこう。


 東側からの合流速度は南端が図抜けて早く、北側になるにつれて徐々に進軍速度が落ちていく。

 クリームの入った袋を根本から絞り上げていくかのように──少し違うな。まぁ、討伐のキャパシティが限界を越えそうになったところで、それをドンドン北に流していけばオーバーフローすることはない。

 とにかく素晴らしい采配だ。誰の指示かは知らないが、大変やりやすくてこちらは助かる。

「さて……お出迎えの前に、あれを片付けなければなりません」

 すっかり私物化しているガルデの拡声魔導具を手に、拠点から若干南下した街道の一角に集った冒険者達に号令をかける。

 若干四十名ほどの集まりだが、精鋭揃いとは言えなくても、仕事は十分にこなせる連中だ。

 前衛組、中衛組兼焼却組、後衛に加えて、治癒師も十人勢揃いしている。

 最近はそれぞれのパーティ単位で動かすよりも、役割を揃えてそれぞれで足並みを揃えてもらった方が何かとやりやすいことに気づき、一つの軍団(Legion)として動く練習をさせたりもしていた。冒険者というよりは、兵士っぽい。

 盾持ちと前衛が抑え、後衛がバーっと放出魔法をお見舞いし、中衛が臨機応変に立ち回り、怪我人は都度後ろに下げられて治癒師の手にかかる。

 ミッター君が前衛、ペトラちゃんが前衛よりの中衛、ソフィアが中衛寄りの後衛、アリシアは後衛寄りだが、最近は専ら私付きの連絡員になっている。

 この拠点に、拡声魔導具を携えたこの魔法少女の飛行能力を知らない者は一人として居ない。

 私は割とどこにでもいるが、今日は最前衛を担当して、後ろのことにはノータッチの予定だ。

「二千か三千か……まぁ、そんなもんでしょう。大した数ではありません。不覚を取らないよう、各々気を引き締めて取り掛かって下さい」

「はいっ!」

「オオォォォッッ!!」

 蛮族だ。こいつらはこういう時、鬨の声をあげたがる。とにかく吠えたがる。悲しいことに、うちのソフィアもいい笑顔で吠えるのだ。とても切ない。

 このままだと、隣りのアリシアの返事もはいっ! からウオオォォォッッ!! になってしまう。何とかしなければマズイ。蛮族系魔法少女の需要なんてものはない。

「前衛はミッター君が指示を。後衛は前衛に当てないよう、各々効率的に討伐して下さい。中衛は隙あらば焼き払うこと。浄化は後回しで構いません」

「分かりました。行くぞお前ら!」

「ウオオォォォッッ!!」

 突進していく男の子達。これも青春の一ページになるのだろうか。


 私には《探査》がある。探査魔法も持ってはいるが、今のところその精度と範囲は《探査》に及び届かない。

 この《探査》をもってすれば、正確な魔物や人間の数、その名前、内包する魔石の種類、地形や飛んでくる放出魔法まで、目を瞑っていても脳内にそれら多種多様な情報を感じ取り、認識することができる。

(脳というよりは、魂とか、神格に映っているというか……まぁ、便利だ)

 その範囲はミッター君の探査術式によるものよりもはるかに広く、望遠鏡を携えお空で周囲を偵察しているアリシアの視程よりもなお遠くまでを見通せる。

 少し注視すれば各々の疲労感までをも手に取るように分かるのだから、この調査の力は半端ではない。

「情報が多すぎても混乱するだけだけど……これにも慣れないとね」

 火の手から逃げてきたキメラゾンビ軍団の第一陣、それらを適当に散らしながら、過半を後ろに回し続ける。

 私の役目は圧殺されないように勢いを殺し、飽和しない程度の数を維持すること。そして彼らに実戦経験を積ませ続けることだ。探る、報せる、判断する。技を磨き上げるのに実戦以上に適した場はない。

「防波堤ってこういう気持ちなんだろうね」

 波のように押し寄せる変な生命体を前にしてると、身を苛んでいたストレスが少しずつ癒えていくのを感じる。正直どうかと思うが、今この瞬間、私は確かに癒やされている。

 前衛は遠く、後衛はなお遠い。槍が飛んでくることも、矢が飛んでくることも、火弾が飛んでくることもない。大変落ち着く。

 ゆらりゆらりと港を守る、物言わぬ波止場に私はなりたい。



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