第三十一話
作戦の概要は単純だ。私が単独で六層へ侵入し、リビングメイルを潰して回る。数が減ったら他の面々が救助作業を行う。
私は六層での鎧の殲滅のみを行い、人命に対する責任を負わない。
これが、譲歩できる限界だった。あくまでも自分の為に六層を解放する。この名目は外せない。
用意された外套も特に問題はなかった。顔も身体もしっかり隠せるし、身体を動かしても問題はない。色は黒だし形も違って普段とは雰囲気がまるで違う。靴が隠しきれないが……これは仕方がない。十手は見えないように隠してある。それと縦笛。少し大きいが許容範囲だろう。
後は、管理所の立てた作戦通りに他の面々が救出作業を行ってくれればいい。私は詳細を把握していないが、自分の仕事は理解している。作戦終了まで私のやることは変わらない。
一つ、七層への入り口に人がいたら、笛の合図と共に救助が始まる旨を、可能であれば説明するよう求められた。これはおそらく問題ないので承諾しておく。
寝起きの頭を水分で起こし、迷宮一層に集まった他の面々とは距離を置いて私は待機していた。指揮は先程の年嵩の職員が執るようだ。
救出班、医療班、四、五層の安全を確保するための冒険者や騎士など、その数は多い。
職員が説明する作戦は、特に私の意にそぐわぬものではなかった。
まず第一弾として、私とあと二人、足の速い者が同伴して六層まで先行する。侵入できそうなら私は侵入、一人は待機、もう一人は侵入に成功したことを報告しに戻る。待機人員の設定は、救助メンバー到着前に私が周辺の鎧を潰し終えて、笛の音を聞く者がいないという事態を万が一にも避けるための措置だ。
私には、二つの岩山周辺の安全を一時的にでも確保したと判断した段階で合図を出すよう求められている。全域の殲滅は、岩場間の鎧が長時間残ることを危惧されて優先度が下げられた。救出を急ぎたいのだろう。気持ちは分からないでもない。
その後、私の合図とともに救援作業開始。作業が完了次第合図があって、私がそれに返答すれば状況終了だ。
さて、お仕事を始めよう。私は同伴者と合流すると、六層目指して走り出した。
五層までの敵の討伐は無視してよいことになっている。私が浄化で殴ると魔石化するので、それは歓迎だった。六層への大岩へ辿り着くと、一度顔を見合わせ、頷きあって私が先頭で侵入する。入り口の状況……穴がある、行ける! そのまま振り返りもせずに、私は死の階層へと飛び込んだ。
ダメージを受けた個体は、その場をあまり動きたがらない性質があるのかもしれない。五層への大岩付近は、まさに鎧の山だった。
先にここを殲滅したいが、とりあえず七層への大岩へ向かうことにした。そちらも案の定岩場の前は鎧の山で、時折物音もしていることから、まだ抵抗している人間がいるようだった。息を吸って大声を張り上げる。
「七層への入り口に留まっている生存者の方! おられるのであれば返事を頂きたい!」
「ああ! いる! いるぞ! まだ生きている! 怪我人が多い! 助けてくれ!!」
「私の話を聞いて欲しい! 一度しか言わない! よく聞いて欲しい! しばらくすれば救援作業が始まる! 都市主導で! 冒険者と騎士が! 共同であたっている! 救援開始の合図は甲高い笛の音だ! その合図と共に、五層から救援班がそちらへと向かう! 貴方方は、救援班と共に五層以下へ脱出して欲しい! それまで待機していて欲しい! 四、五層にも人員は割かれている! 医療班も待機している! 戦闘は避け、すみやかに迷宮を脱出して欲しい! 繰り返す! 合図は笛の音! 待機していろ! 戦闘は避けろ! 以上だ!」
「ああ、ああ! わかった! まっている! まっているぞ!」
答えを返さず、近場の鎧へ殴りかかった。
(まずは数、とりあえず数を減らす。流石にこれは多すぎる、階層のものが全て集まっている……? いや、そんなことない、まだ辺りには散っている。とすると、数が増えている……?)
鎧の山というのは比喩ではない。山と言うよりも上から見れば剣山のようになっているだろう。とにかく多い、こうも密集していると戦い難くてならない。
(盾を殴っても大したダメージにはならない、殴れる時に本体をひたすら殴って倒しきれなかったら離れよう)
しかし、我ながらやかましい。こうも絶え間なくガンガンガンガン音が鳴っていると……まぁ、囲まれない程度に寄ってくるのは好都合だ。探す手間が省ける。戦っているのが分かれば、七層の人も安心するだろう。
(こうなると、足元にだけは注意しないとね……落ちても引き寄せでなんとかなるとはいえ、避けられるに越したことないんだ)
まぁ、勝手知ったる霊鎧だ。精々稼がせて頂こう。
しばらく戦闘を続け、その密度が徐々に低下していった。反対側に走り抜けられるようになればお仕事はほぼ完了といったところで、危険度は大きく下がる。
(二十八……半分じゃないな、まだこの三倍はいるはず。見えてる範囲で六十は優に越えている。狩れば狩るほど増える? あるいは全滅を経験すれば増えるのか? 分からない、けど、これまでのそれじゃない。もしかして、死人が出たら増えるのか?)
律儀に数を数えている原因は魔石にある。確実に生成されてしまうので、浄化真石から私に行き着くことを避けるには、全て回収するしかなかった。
あとはまぁ、慈善事業をやる趣味もない。文句は言わないでほしいな。
それからひとしきり作業を続け、六十五を超えた辺りで五層への大岩周辺の安全を確保した。魔石を確保しながら思いっきり笛を吹き、七層への大岩へ向かって走る。この後はこの二つの岩の回りを周回して殲滅して回る予定だ。相手が単騎なら最早足を止める必要もない。私だってそれなりに経験を積んできているのだ。振り下ろして突いて振り払う。三回で倒せるようになったのは非常に楽でいい。魔石も落下前に手で掴めるようになったしね。
なお、今回鎧を狩る際は気力の強さを平時より上げないように心がけている。重い攻撃の反動を抑えこむのは消耗がきついので、いつも通りの燃費重視だ。後先考えないなら、おそらく今なら二回で倒せる。
岩の周りをグルグルしていると、救援班が七層側へ向かっているのが確認できた。後はこのまま数を減らし続ければいい。七十一。七十二……確実にまだまだいる。どうなってるんだろうね、ほんとこれ。
幸いというか、再出現のペースが早くなっているようには感じなかった。個体が強く……少なくとも、耐久面が上がっているようなことも。そして魔石の個数が九十を超えた辺りでやっと殲滅が一段落ついた。
(それにしても、死体も遺品も見てないな。取り残されたのは少人数で外縁部まで逃げた? あるいは地割れに落ちたか、装備ごと食べられたか……食べるのかな、リビングメイルも)
大岩の間には特に注意して、再出現した個体の元へ飛んでいって即座に仕留めて回る。その外側へ注意を払うことも忘れない。九十七。
足を一瞬だけ止めて水分補給をし、また駆け出す。走りながら飲むと咽るから……。九十八。
しかし、これ百になった途端ボスが出てきたりしないよね。騎士団が一匹も倒せていないというなら後二匹なんだけど。そもそもどこからカウントするのかって話だ、流石に思考がゲームのそれだ。
振り下ろされた大剣を打ち払ってそのまま潰す。九十九。生まれたばかりの個体へ後ろから突っ込んで振り返る前に潰す。これで百。
そして百一匹目の姿を確認すると、うんざりしながら処分するために駆け出した。まだ終わんないのかなぁ。
それからしばらく、追加で数匹潰したところでようやっと笛の音が聞こえた。私も笛を吹いて答える。袋にしまうとずっと手持ちにしていた魔法袋をマントの下に背負って、五層への岩場まで向かう。そこで残っていた救援班に言伝を頼んだ。
「指揮を執っていた職員に言伝をお願いします。救援終了は了解。六層にて生存者の確認はできず。遺品も遺体も見当たらなかった。今一度探索してみるが徹底はしない。一回りしたら管理所へ直接戻る。お願いします」
「ああ、何もなしってことだな。管理所へ戻ることも間違いなく伝える。気をつけてな」
お願いしますと一言残して外縁部目指して走り出した。まぁ一応ね。
あれだけ探索も救援もしたくないと駄々をこねていたのに、自発的に行動を開始したのには、当然だが理由がある。
殲滅が落ち着いた辺りで、私は定期的にふわふわを飛ばして回っていた。これは単に、神力に余裕があったからだ。この階層でふわふわが索敵としてあてにならないことは最初に訪れた時から身に染みている。
それで適当に飛ばしている間、途中で一箇所おかしな反応を返す場所があったのだ。まるでそう、そこに何もないと意思表示しているような壁。私はここにいませんよ、と。
勘違いかと思って複数回飛ばしてみたが、全て同じ反応を返してきた。瘴気ともまた違う。ならば意図的なものかもしれない。
人がいなくなるのを待ったのは、危険かもしれないから。予想通りなら人を残すべきだったのだろうが、万が一は避けたかった。